1-1.封印された神殿③
目の前のヴィニーからちょっと目を離すと見失ってしまいそうなほどに霧が濃くなっていく。
ひんやりした空気が流れ肌寒さと不気味さを一層際立たせる。風に揺れる木々たちがザワザワと会話するように音を立てる。まるで招かざる客人が来ていることを知らせるかのように。
名前を呼ぶ合間にヴィニーの心音も聞こえてくる。焦っているのかな?いつものヴィニーとは違う雰囲気だ。でもこの雰囲気嫌いじゃない。むしろ小さい頃を思い出させてくれ胸の真ん中があったかくなる感じ。トゲトゲしいけれど、泣いてる僕の手を引いて家まで連れて帰ってくれたあの頃のような。
きっと今日も僕たちをちゃんと村まで連れて帰ってくれる。そんな気がする。
ふと鼻を刺激するものが漂ってきた。木々の匂いをかき消そうと主張する今までに嗅いだことのない臭い。
「アトラー何処にいるのー?あとふごっ」ヴィニーの背中にぶつかる。
いつもならすかさず罵声の雨を降らしそうなのに何も言ってこない。不思議に思いつつもぶつけた鼻を擦りながら、どうしたか聞く。
ヴィニーの声がうわずり声にならない呼吸音のような音を発している。震えてる指が斜め下を指さしているようだ。後から顔を出し、ん?と視線を向ける。
足元に大きく重さのあるものを引きずったような跡が続いている。
跡を追うとそのさきには泥らしきもので汚れてわからないものが地べたに倒れている。
目を凝らし見る。それは鎧をまとった人間だ。
魔物にやられたのだろうか、左足の太ももあたりから下がない。鎧ごと綺麗にない。
腹部は太い棒のようなものでなぐられたのだろう、胸から腰当たりまで衝撃に耐えきれず鎧にくっきりとかたちを作っている。
右腕だった箇所には持ち主の愛用していただろう剣が腕のかわりを担うように無理やりつけられている。
腐乱した元生き物がそこにある。
音にならない声を漏らす。驚きそのまま後ろへ倒れ込みズリズリと音を立て後退しようと手足を動かすが焦る気持ちがうまく動かせなくする。
物凄い勢いで酸っぱい液がこみ上げてきて口の中に広がり、追いかけるように重力に逆らい外へ出ようとするモノがのぼってくる。
堪えきれず僕はそのまま朝食べたものを戻した。
吐き出すものなんて胃の中に残ってないのに嗚咽が止まらない。「大丈夫か」と背中をさすってくれる温かいものを感じた。その手はまだ少し震えてる。ヴィニーだって怖くて今すぐにだって逃げ出したいはずなのに……。
いつも一番最初に僕のピンチに気づいてくれたのは僕の前を走る幼馴染のヴィニーだ。
吐きすぎて頭が痛いしヴィニーの優しさにさらに涙も出てくる。
「あり…がとヴィニー」手を引き立ち上がらせてくれるヴィニーにお礼を言い口元を拭う。
「ったく。世話のかかる奴。ほら早くしねぇと祭り始まるし、化け猫も寂しがって魔物になんぞ」
「まあ、魔物になってもオレが倒すだけだけどな!」と憎まれ口を叩く。もういつものヴィニーだ。
「そうだね。急ごう」また涙を拭い、進んでるかもわからない森の中を歩きだす。
右曲がったり左曲がったり出口のない迷路だ。
冒険者たちがさ迷い出られなくなるのを身をもって経験させてもらっている。
アスティならきっとすぐに奥へ行けるのかな?とかアトラは何故奥へいったのだろうかなど考える。
そうしていないとさっきの光景がよぎり脳を支配してしまいそうだから。
思考が止まりそうになったら先程まで以上にアトラの名前を大きく叫ぶ。安否を願うことだけを考え恐怖心をかき消そうとする。
あれから5分程さ迷っていたら、聞き覚えのある小さな獣が叫ぶような声が聞こえた。アトラだ。
二人で顔を見合わせ鳴き声が聞こえた方へ駆ける。
心臓が早く鼓動する。そしてなんだか少しだけ右手が熱い。
「アトラ!!」霧が少しだけ晴れ、先程よりも視界がひらける。そしてその場に立ち止まる。
絵本に出てきた伝説の剣が眠っていそうな神殿が見える。いや、それと同じだ。そしてその前に3つの影がある。
巨大な深緑色の化け物がいた。これまた絵本で見たことがある。アスティも戦ってた魔物トロルだ。トロルの黄色く怪しく光るその眼差しは小さな獣の次の動きを気にしている。
小さな獣は何かを気にしながら、いや、何かを守るように行動しているようだ。すぐ近くに何かは横たわっている。子供。女の子だ。
状況を理解したと共に僕は走り出した。いつもなら膝が震えて動けないはずなのに、何故か今は不思議と怖くない。あの子を助けなきゃいけないって気持ちでいっぱいだ。
走り出した僕に化け物が反応する。大きなこん棒を両手で持ち振り上げる。あまりスピードが早くないのと両手で振り上げているためスキが生まれる。そこへアトラが顔めがけとびかかる。身体がグラつきこん棒の重さに耐えきれずそのまま頭から倒れ込んだ。巨大な化け物の衝撃に地面が揺れる。身体が揺れよろける。体制を立て直し人生で初めてな勢いで全力で走り少女を抱き上げヴィニーの元へ戻る。
逃げ切るまでどうか起き上がってきませんようにー!祈りながらがむしゃらに走る。アトラが先陣を切り元来た道を走る。その後をヴィニーと僕は追いかけた。
「でかしたぞルーファス!それでこそオレの幼馴染だな!はーっはっはっは」と前を走るヴィニーに褒められるけど、息が上がって苦しい僕は今それどころではない。それに何も考えず走ってるけど大丈夫なのだろうか?と思ってるそばからいつもの場所へ戻ってこれた。
「あ…ハァハァ……いつ…も…ハァハァ……のばしょ……?」抱き抱えてる少女を地べたにそっと横たわらせその場にへたり込む。アトラがそばによってきて頬を舐める。無事でよかった。ぎゅっとアトラを抱きしめ、化け物から逃れみんなで村へ戻れる安堵感から僕は大きな声で泣いた。そんな僕をヴィニーは「そうだな」って優しい瞳で見ていた。
ひとしきり泣いたあとヴィニーに「そろそろ泣きやめ。そしてそのガキ、お前の泣き声でも起きないとか死んでんじゃねーのか?」と言いハッとして僕は少女の胸に耳を近づける。ドクンドクンと一定のリズムを刻んでいる。ホッと胸をなで下ろす。
まるで息をしていないように眠っている少女は、綺麗な金色の耳ぐらいまでの少し短い髪は糸のように細く滑らかそう。容姿は幼い顔立ちだけど整っているのがわかる。多分10歳はいってないかな?そんな気がする。ふっくらとした唇は触ったら気持ちよさそうだ。服装はこの辺ではあまり見かけないフワフワなスカートを身にまとって、可愛らしさを際立たせている。
見たことのない綺麗な女の子に、緊張から今更ながら胸がドキドキしてきた。
さっきまでの緊張感とは少し違う。今までに味わったことのない胸の高まり。
胸があったかくなるような、ぎゅっと締め付けられるような、上手く言い表せない胸の高まり。
「さてと、もう歩けるだろ?村に帰るぞ。オレは腹が減った。」ほら行くぞと、先を歩いていくヴィニーを追いかけるように少女を抱き上げ歩き出す。
いつもこの辺に出没する最弱と呼ばれるお馴染みの魔物スライムが見当たらない。そんなことにも気付かずに僕たちは森をあとにした。