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(1) 前編

ー (1) ー




暖かくなりはじめた朝の日差しが小鳥たちが羽を休める庭に優しく降り注いだ。

アンティーク調の家具やソファが並び、白を基調としたゆったり空間のリビング。

挽きたての高級豆を使ったコーヒーが芳ばしい香りを漂わせ、焼きたてのパンがテーブルに運ばれた。


「ぐふっつ、がっ‥‥‥」


有刺鉄線でチェアに両手両足を拘束された男が腹を殴られうめき声をあげた。

爽やかな朝食には似つかわしくないその男、バッカスが切れた口に笑みを浮かべた。

「へ、へっへっへ、‥‥‥。あ〜、いい朝だな。オレの分もあるんだろ。腹減ってきたぜ」

このハイソな豪邸に似合わない迷彩服男の腕周り40センチのパンチがバッカスの腹に再び刺さった。

「ぐおっつ‥‥‥、くっ、ふ〜う、あ、オレはビールにしてくれ。朝からコーヒーなんて体に悪いよな。胃に穴があきそうだ」

すぐさま平手打ちが飛んだ。だが、バッカスは咳込んでも顔が変形しても”ニヤニヤ”と減らず口は消えないようだ。血の混じったツバを吐き、

「あんたなかなかヤるな。いい打撃だ。イジメ慣れてる。女の子の三つ編み引っ張ってスカートまくってたのが大人になってから役に立ったな」

いい加減カチンときた迷彩男は腹に刺してた銃を抜き、怒り混じりに撃鉄を起こした。

パコ、パコ

その時、テーブルから白いバスローブの女が立ち上がり、銃を制止した。イキリ立っていた迷彩服男だが、女の意思におとなしく従った。

女は背筋と腰がやたらとまっすぐな立ち姿だ。昔、爆発事故に巻き込まれ、背中と腰が曲がらず、歩くたびに膝がパコッと鳴った。

カーツィと呼ばれているその女は、まっすぐバッカスの瞳の奥を覗き込んだ。

「ねえ、”ツインアックス”、どうして人は約束を忘れるのかしら。簡単なことなのに、なぜ守れないの」

「カーツィ‥‥‥」


バッカスの目に戸惑いの色が浮かんだ。

このバッカスは、以前ガーデンで佐保姫詩音とその姉の時雨と争いになり、一度は手にした価値ある《花》を失ってしまった経緯があった。もっともその《花》は他人が採取したものをバッカスが強奪しようとしたのだが。


「忘れちゃいない。手ブラで帰ってきたのにはワケがある。だからもう少し待ってくれ、コーヒーでも飲んで」

「そう、私はいいのよ。あなたに持って帰って来てって頼んでおいた《花》がまだ無いなんて。私はいいのよ、時間がかかっても」

でもね、と言いかけたカーツィがバッカスの口に千切れた指を咥えさせた。それは大人のものではなさそうだ。

「知ってる? 指ってね切れ味悪い刃を使うと遠くに飛ぶのよ。見てごらんなさい。その証拠に砂まみれでしょう。おかげで私のブラウスも汚れたわ、もう散々よ」

バッカスから笑みが消えた。

「奥さんとはどう、しばらく会ってないんでしょ。お子さんは? 元気かしら。時間がかかるようだと、次はどうなるのかしら。あなたの口に入らないくらい大きなものが届くかも」

バッカスは答えなかった。ただ、押し黙ったまま地を、血を睨みつけていた。身体中から言葉にならない”気”が発しられていた。


パコ


カーツィは小型の斧を二本手にしてバッカスの目の前に差し出した。バッカスの愛用の斧だ。

「さあ、どうする”ツインアックス”。ここで私たちに八つ当たりする?」

迷彩男は手足の拘束を外した。

バッカスの瞳に怒り炎が燃えている。斧を二本ともゆっくりと鷲掴みに握りしめた。

”契約成立”

カーツィは、その名の通りスカートのようにローブの裾を軽くつまんで膝を曲げてお辞儀して応えた。愛想よく。








「というワケでココに来た」


バッカスの突然の”訪問”に、

え、なにそれ、全然話が見えねえ、と言いかけた詩音は後ずさりした足を葉で切った。

「うっぎゃあ、痛ってえー!」

ここは《ガーデン》の内のあるエリア《ブレイド・ステップ・ロード》との異名を持つ海沿いの草原地帯。

背丈を超える草木が生い茂っているが、これがただの草原じゃ無い。

葉の全てが”刃”になっているのだ。かすっただけでもよく切れる”葉”の草原地帯。

かすり傷だが詩音は切れたふくらはぎと飛び出しそうな目を押さえて呻きまわった。

「つか、いったい何しにきたのよ。あんたとは会いたくないんだけど」

「何だっていいさ。お前に預けてる《花》を取りかえせりゃ、酒代も出る」

バッカスはビール瓶を咥えひと口あおった。

「あんたから《花》なんて預かってない。それにあの時のアレはあんたが横取りしようとしてたんでしょ。まあ、その後、あたしがお礼にもらったんだけどね。いい値で売れたし」

「そうか‥‥‥、なら他の花でもいい、出した方が身の為だぞ。オレも今度は手ブラじゃ帰れないからな」

アロハシャツに隠れて見えなかったが、”ツインアックス”ことバッカスが裾をまくるとスボンに斧が二本とも差さっているのが見えた。

詩音はここで気づいた。遠くの小高い丘に迷彩服姿の大柄な男が2人、双眼鏡でこちらを監視しているようだった。

どうも、おちゃらけで済むような状況ではなさそうな空気を感じた。


「やっぱ、ヤらなきゃダメ? ここで‥‥‥」


海風が吹くと”葉”が揺れ、擦れ合う金属音がキラキラと静かに響き合った。

詩音は、バッカスの動きから目を離さず、腰ホルスターのピッケルに手をかけた。





※(2)に続く





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