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装甲愚者ピグマリオン・改

作者: Mr.K

衝動のままに書ききったら、気づいたら一万字越えしていたでござるの巻。



――遥かなる未来の、遥かなる北の凍土にて。


「あんりゃー。こりゃいかんわ。こっからさきゃあ、コイツじゃ進めんだら」


 ある場所を境に、全てが凍り付いてしまっているその土地には、ある噂があった。

 曰く、その凍った大地の先には『氷の王国』があり、そこには『雪の女王』なる存在が住んでいるという。そして、この地が凍り付いているのは、全て『雪の女王』の仕業であるとも。

 その真偽を確かめに行った者は、少なからずいた。たった一人を除き、その全てが帰らぬ人となったが。


 その内の一人は、生きて帰ってこれた理由をこう語った。


『女王は、ある人間を探しているらしい』。


 その人間を見つけ、ここまで連れてこなければ、一ヵ月に十~二十メートルずつ凍土を広げると、そう脅されたのだという。


 果たして、凍土から僅かに離れた町の人々は、その人間を見つけた。いや、正確に言えば、元よりその人間が此処に来るつもりだった、と言うべきか。

 そして今、人呼んで『送別屋』のハチ太郎は、その件の人物を凍土の境界線まで、トラックに乗せて連れてきていた。だが、この先はトラックでは進めない。凍った大地を進む為の技術は、当の昔に失われてしまった。

「しかし、ホントに行く気べ?防寒の準備してりゃある程度は行けるったって、奥に進めば進む程、服着てる意味ねぇって話ずら」

 心配そうに問いかけるハチ太郎に、身体をボロの布切れですっぽりと隠したその人物は、「問題ない」と、若い男の声で返答する。

 見れば見る程、奇妙な男である。背丈で言えば、町に住む数少ない若者と同じか、それよりも少し低いかぐらい。いずれにせよ、かなり年若い男と見受けられる。

 それに気になるのは、背中辺りの膨らみ。若干浮き出ているシルエットが、どうにも人間のそれに見えて仕方がない。

(……まさか、人ひとり背負って、歩いて町まで来たってぇのか?)

 男がどこからやってきたのかは知らない。何処からともなくふらりとやってきた男は、宿に入っても決してそのマントを脱ぐ事は無く、荷物が何なのかも教えてはくれなかった。元よりそんな質問はご法度だとは分かってはいるが、朝食の時ですら肌身離さず背負うそれが何なのか、町の誰もが気にしていた。

 だが結局、誰もそんな質問は出来なかった。他ならぬ、男の纏う他者を寄せ付けない気配のせいで。


 凍土に一歩踏み入れようとした男が、ふと何かを思い出したかのようにこちらを振り向いた。

「そういえば、まだ礼を弾んでいなかったな」

「へぇ?」

 思わず、そんな変な声が出てしまった。無理もない。最初から礼をされるような事などしていないのだから。この男を連れてきたのは、言ってしまえば人身御供、生贄のようなものだから。そうしなければ、村は滅びの一途を辿るのみ。

 だというのに、この男は今、何と言った?「礼」だと?


 すると、男は懐を弄ると、「こんなものしかないが」と言いながら、ハチ太郎の方に一つの袋を投げて寄越した。

 それを若干警戒しつつ開けてみれば――


「……や、野菜? それに……肉まで!?」

 両手でようやく抱えられる程の大きさの袋を、どうやってずっと持っていたのかはハチ太郎には分からなかったが、その中に入っていたのは、今の時勢では貴重な食料の数々。

 昔は栄養を考えて、などという考えが広まっていたが、今思えばそんなものは贅沢な考えとしか思えなかった。皆、生きるのに必死で、食べられるものなら何だって食べるのが、今の彼らの普通なのだから。

 だが、そんな困窮を感じさせない程の食料が、袋の中に詰まっているではないか。

「あ、アンタ、一体…!?」

 困惑するハチ太郎を残し、男は去っていく。


「俺にはもう、必要のないものだ」


 その一言だけを残して。



******




 全てが冷たく閉ざされた世界の最奥。氷の大地と氷結晶の剣山に囲まれるようにそびえ立つ城。

 城と言うにはあまりにも豪奢であり、煌びやかというにはあまりにも冷たすぎるその城は、孤独の要塞という名前が酷く似つかわしい存在感を放っている。


 その城の奥深く、全てが氷で支配された玉座の間に、その女はいた。

 一際目立つのは、その銀氷の髪。ファーのついた蒼のドレスに身を包んだその女は、だらしなくその前髪を垂らしている。その隙間から覗く瞳は、まるで水晶かと見紛う程に、透き通った蒼色をしている。だが、その目には、一切の力も、生命の気配すらも感じられない。人形。それが、今の女に一番似合う言葉だろう。


 女は、この周辺の地域において、悪名高き『雪の女王』として知られているその人である。ありとあらゆるものを凍てつかせる、邪悪なる女帝。

 だが、本人にとって周りに存在する有象無象の事など、どうでもよい事である。ただ力を振るったら、勝手に周りが怖気づき、恐れ慄き、そして勝手に、己達を下に捉え、彼女を上に据えているに過ぎない。

 彼女の目的は、ただ一つ。


「……嗚呼」


――あの『男』と、今一度巡り会いたい。


 ひとたび聞けば、まるで恋愛小説に出てくるヒロインのように、儚く、悲しい物語があっただろうと思うだろう。 ……だが、現実はそうではない。

 だから、玉座の間に通じる扉が粉々に粉砕された瞬間、彼女が浮かべた笑みは乙女のそれではなく――


「……嗚呼!」


――御伽話に語られる、魔女の如きものだった。


「会いたかった……会いたかったわ!」


 歓喜と共に、雪の女王の表情無き顔に色が生まれ、瞳には光が生まれる。その視線の先からやって来るのは、ボロのマントに身を包んだあの男。実質スケートリンクの如き床でありながら、男はすっくと立っていた。

 やってきた男は、何も語らない。

「ようやく…ようやく、私の元に来てくれたのね!」

 何も語らない男に対し、一方的にまくし立てる女王。それはまるで、年頃の少女のように。

 だが――

「……ようやく、見つけた」

――ようやく開かれた男の口から出た言葉。女王の口にする言葉に近いように思えるが、言葉に乗せられた想いは、全く逆を向いていた。

「ええ、ようやく、見つけた!」

 女王は歓喜にその身を震わせる。


 瞬間、玉座が爆ぜた。


「……ふふ、うふふ」


 女王は微笑む。……鏡のように磨かれた天井に足をつけながら。

 重力に逆らうというよりも、まるで最初から天地が逆であったかのように、女王は平然と、天井から眼前の男を見下ろしていた。その口は、禍々しい笑みで歪んでいる。

 対する男は、影で表情こそ見えないものの、奥歯をギリリと噛み締め、拳を握りしめる。

「……避けるな」

 玉座を粉砕したのは、マントの男だった。一瞬にして飛び出した男は、その拳を突き出し、問答無用で女王に襲い掛かった。だが、女王は一切狼狽える事無く、予備動作も無く飛び上がる事でそれを回避せしめたのだ。

「避けると――お前を潰せないだろうがッ!」

 感情の爆発と共に発せられた叫び。怒りの籠ったその叫びは、氷の王座を震わせる。

 怒りは目に見えない熱となり、女王の人形の如き肌を一瞬焼いた。

「くふっ」

 だが、女王は笑った。明らかな怒りをぶつけられたというのに。

「嗚呼……良い、良いわ! 私だけ(・・・)に向けられる、その感情!」

 その言葉と共に、女王の身体から冷気が吹き出す。その冷気に触れた途端、既に凍り付いた天井が、更に凍り付き、遂には氷柱(つらら)まで発生する。

「もっと……もっとよ!」

 女王が腕を振るう。すると不思議な事に、周りの氷柱が独りでに動き出し、急速な勢いと共に、地面にいる男に向かって伸びていく!

「チィ!」

 それを、男は紙一重で避けた。だが、僅かに掠ったマントの先が、みるみるうちに凍り付いていく。

「――クソッ!」

 どんどん上へと登ってくるそれを確認した男は、まだ凍っていないマントの上部を握ると、思いっきりそれを剥ぎ取る。


――その下から現れたのは、若々しいようで、それでいて朽ちた樹を思わせる青年。


 まず目立つのは、白髪混じりの黒髪、というよりも、黒髪混じりの白髪と言った方が正しいであろう頭髪。そして、首に巻かれてたなびく、白いスカーフ。

 服装自体は、この世紀末的時代には左程珍しくない、継ぎ接ぎのズボンに、継ぎ接ぎの黒いレザーコート。


――そして極め付けに、男が身体に紐を括りつけて背負っている少女。


 艶やかで無垢な、銀髪と見紛う程の美しい白い髪。そして、人形のように整った顔つき。瞳は閉じられており、まるで眠っているかのようだ。

 だが――美しい玉の肌は、よく見れば僅かにひび割れており、身体は毛布で包まれている。その毛布からダラリと垂れさがっている左腕からは、生気を全く感じられない。


 それを目にした瞬間、女王の表情が変わった。

「……まだ、ソイツを大事にしてるの」

 狂気すら感じられる程の笑顔だったのが、一転、恐ろしいまでに感情を感じさせない、それこそ人形という形容が似合いそうな真顔になる。

 そして、憤怒の感情が乗せられた眼光を、男に突き刺す。

「当たり前だ。俺にとって彼女以外……ガラテア以外に、大事な存在などいない」

 だが、そんな視線を受けてもなお、男は臆する事なく返し、寧ろ逆に睨み返す。

 男と女王の間で、怒りの感情がぶつかり合い、火花を散らす。

「……忌々しい」

 女王が右腕を振りかざす。

「忌々しいッ!」

 その腕が振り落とされると同時に、荒ぶる冷気が男に降り注ぐ!

 その冷気を前に男は――微動だにしない。それどころか、男は右腕を冷気に向かってかざし――


「――ふざけろ、クソッタレが」


――瞬間、右腕を包む衣服が燃え上がる。


「ジャッ!」


 その燃え上がる右腕を横一文字に振るえば、そこから生じた炎の波が、氷の波へと向かっていく。

 炎と氷、二つの波がぶつかり合った瞬間、まるでガスが抜けるかのような音の後、爆発を起こした!

 その爆発が、玉座の間を包み込み――


「――融着」


――男の声が爆発で生じた蒸気の中から聞こえ、それと共に男のいた場所から、眩い閃光が放たれる。


 永遠の如き刹那の後、空間を支配する静寂が、風の吹きすさぶ音と共に切り裂かれ、蒸気を晴らす。先程の爆発が、玉座の間の壁の一面に、大きな穴を開けたのだ。


「……どうしても、どうしても離れないと言うのね」


 果たして、そこに立っていたのは腕に炎を宿していた男ではなく、かと言ってその背に背負われていた人形でもない。

 人のカタチをしていながら、人ならざる形相をしたナニか。

 それこそは、愚者と人形の少女が融合着装した姿。


 全体的に見れば、それはまるで鎧のようであった。だが、西洋の物でも、ましてや東洋の物でもない。

 肉体に密着するような黒いボディースーツに、ひび割れと汚れの目立つ、白いプロテクター。

 例えるならそれは――かつて子供達に夢を与え続けた、英雄(ヒーロー)のような。


 だが、今の彼は――ヒーローと呼ぶには程遠い。


「俺からガラテアを奪ったお前が、何をほざく」


 ヒーローとは、大なり小なり、『誰かの為』に戦う者である。

 その『誰か』を失った戦士。それこそが男――御堂愛斗の、成れの果ての姿。

 愛の為にたたかうと謳いながら、それを果たせなかった男。人ならざる少女を愛してしまった男。その少女を失い、己を失い、そして復讐によってしか、彼女への愛を確かめられなくなった、哀れな男。

「私に振り向かないから、私に振り向かせようと努力をする。当然でしょう」

 そして、『雪の女王』と称されたその女は、人の手により生み出されし心ある機械人間――即ち『有心機人』、そのロストナンバー。機名は、『ヘラ』。御堂愛斗が長年追い続けた仇敵であり、御堂愛斗にとって唯一無二の存在にして、同じ『有心機人』たる少女、ガラテアを機能不能に追い込んだ(殺した)張本人。

「……違うな」

「何?」

 御堂愛斗であった復讐の愚者は、その拳を固く握りしめる。拳から陽炎が立ち昇り、陽炎が炎となる。

「お前は、俺に愛情を持っているわけじゃない。ただ自分が、この世で最も尊い存在だと思ってるだけだろう。違うか?」

「……黙れ」

「だからお前は――」

「……黙れ!」

「――ガラテアに嫉妬(・・)して、そんな自分に敗北感を感じたんだ。自分にはないものを持っていたガラテアに、お前は自分で『負けた』と思ったんだ」

「黙れェ!」

 銀氷の波動が地を駆ける。それに伴う形で、地面から鋭く尖った氷の剣山が次々と生まれる。

 対する愚者は、地面に燃え上がる鉄拳を叩きつける。そうすると、ジュウ、という音と共に、床を構成していた氷が解け始める。

 瞬間、男の姿が消えた。後に残るのは、再び凍らされ、主の意に沿うように敵意を剥き出しにした、氷の剣山のみ。

「どこ!? どこに……ッ!」

 雪の女王の持つ人ならざる感覚が、警笛を鳴らす!

 ヘラが咄嗟にその場を飛び退くと、彼女が立っていた場所が赤熱し、次の瞬間、炎の柱が噴き出す。

 炎はまるで竜のように立ち昇り、氷の天井に到達すると炎が裂け、玉座の間を駆け巡る。

『確かに、貴様は美しいのだろう』

 どこからともなく、愚者の声が響いてくる。だが、それは聴覚で捉えたものではなく、頭の中に直接語り掛けてくるようなものだった。

『見てくれと気品は上等。だが、お前は所詮、その程度だ。どこまでも自分を愛してやまないだけのお前は、それ以上に美しくなる事はない』

 ヘラは腕を振るい、氷を操り、拳大の氷塊を幾つも創りだすと、それを穴の中に向かって殺到させる。

『造り物のような美しさで言えば、ガラテアも同じだ。だが……お前と彼女は違う。何もかも、違い過ぎる』

 だが、声は未だ止む事はない。ヘラの氷の心に苛立ちが募る。

『お前には一生分かるまい。芯まで凍り付いたお前には。ガラテアの持つ、『人』の暖かさが』

 愚者は言葉を続ける。わざと苛立たせようとしているかのように。

『彼女は……機械の身体を持ってるというのに、人より臆病で、シャイで、人前に出るといつも俺の影に隠れていた。知り合い相手じゃなきゃ、まともに話をする事すらできない』

 でも、と続ける。

『それでもガラテアは、誰かの為に命を張る程の勇気がある。俺も、何度も止めたさ。時には、目も当てられない程の怪我をして、ヒヤヒヤしたもんだ。……けど、けどな。そんな彼女を見てきたからこそ、はっきりと言える』


――彼女は、誰よりも美しい、と。


『俺は、そんな彼女だからこそ尊び、愛した。 ……そんな彼女の心を、お前は穢し、踏みにじり、そして壊した』

 愚者の声が震えた。それと同時に、ヘラは足元の氷の奥底から、熱が迫ってくるのを感知する。

『――お前だけは、絶対に許さん!』

 直後、ヘラの視界が全て、真っ赤に燃える炎に包まれ――




******




「……なんでかねぇ」


 吹きすさぶ雪風の中、厚手の防寒着に身を包んだハチ太郎が銀世界を歩いていた。

 本来なら、この銀世界の境界まで、あの男を運ぶのが彼の仕事であり、それを終えた今、ただ家路につくだけのはずであった……のだが。

「……なぁんか、気になんだよなぁ」

 豊富な食料を渡し、銀世界に消えていったマントの男。あのどこか哀愁を漂わせた背中が、彼の脳裏に焼き付いて離れないのだ。 ……色恋だとか、そんな冗談ではなく。

 町に帰ってからしばらく考えた後、ハチ太郎は極寒領域用の防寒着に身を包み、男の足跡を辿るように此処までやってきたのだ。

 しかし、この吹雪だ。彼の足跡は、既に雪で塗り替えられてしまっている。しかも、防寒着を纏っているというのに、逆に寒さしか感じられない。

「……つっても、行くトコ分かってんだけどもなぁ」

 どんな人間であろうと、生命無きこの大地で行くアテなど、一つしかない。雪の女王の根城たる、氷の城。勇気ある冒険者も、雪の女王を討ち果たさんとした蛮勇も、最終的にはあそこに向かい、そして帰らぬ人となる。

 一応、ハチ太郎自身も城への行き方は知っている。本来なら一人で行くようなところではないのだが、そもそも誰も行きたがらない為、こうして一人でやってきたのだが、改めてやってくると、視界が全く効かず、もはや自分が何処からやってきたかもわからない。

……というより、心なしか普段よりも吹雪が激しい気がするのだ。ここまで気象状況が酷くなっているのなら、大人しく帰るべきなのだろうと、ハチ太郎自身思う。


――だが、あの男は、そのどれとも違う。ハチ太郎には、何故かそんな直感があった。その直感に導かれるまま、こうしてやってきたのだ。


 そう、もしかしたら。


「……ん? むむむ?」

 と、そんな時だった。突然、真っ白な景色の中に、橙色の光が見えたのは。

 その光は、段々と赤みを増していき――


「……!? わぁッ!!!」


 冷え切っていた身体に、熱波が叩きつけられる。驚いたハチ太郎は、深く積もった雪に尻餅をついてしまう。熱と冷気が同時に身体を襲い、ハチ太郎の脳の処理速度が追い付かなくなる。

「な、なんがどーなって……」

 目を擦り、ようやく視界を取り戻すと、相も変わらず視界に広がるのは白い景色。

 違いがあるとすれば、あれほど激しかった吹雪が何故か止んでいた事。そして――

「……な、なんだっぺありゃあ……城が……」

――煌々と燃え上がる、氷の城。あまりにもおかしな光景に、ハチ太郎自身、自分の頭がおかしくなったかと思わざるを得ない。だが、皮膚で感じられる熱と冷気が、それが夢でも幻でもない事を暗に示していた。


 ハチ太郎は、ごくり、と生唾を飲むと、その場にゆっくりと立ち上がる。そして、決心がついたように、燃える氷の城に向かって歩き出す。




******




「……その力」


 炎に当てられ、融け出す城を背に、ヘラは呟く。その目に、常人では耐えられない程の怨讐の念をたたえながら。

「そうだ、お前の考えている通りだ」

 そんな視線を向けられながらも、飄々とした態度を崩さない愚者。腕だけに纏わせていた炎が、身体全体を燃やしているが、意にも介さない。

「お前と対になる力を持ち、お前と同時期に生まれた、双子の兄弟。名前は、『トーチ』」

 愚者が告げたその名前は、かつて愚者と少女が出会い、そしてその身に秘めた炎を彼らに継がせた、『原初の炎』。ヘラの氷の能力に唯一対抗できる手段。

「この炎が、お前を融かし尽くす。跡形もなく、な!」

 その言葉と共に、愚者はヘラに向かって駆け出す。そして、燃え盛る拳でヘラに殴り掛かる!

「小癪なッ!」

 だが、その攻撃をヘラは回避し、空中に生み出した長い氷柱を掴むと、それを愚者に突き出す。その氷柱を、愚者は真っ向から防ぎ、逆に融かそうとするが――


「……何ッ!?」


 氷柱がまるで腕にめり込むように融けたかと思うと、逆に腕が凍らされてしまったではないか!

「……ククク」

 それを見たヘラが、不気味に微笑む。

 一方の愚者は、凍らされた腕を解凍すべく、一旦下がると同時に、もう一方の燃える手を押し当てる。

「なんだかんだと言っても、結局その程度らしいわね」

「……」

 笑うヘラに、愚者はただ黙る。

「 愛? 想い?優しさ? ……それがどうだというのかしら」

 ヘラは片手を持ち上げ、その手に氷塊を創りだす。

「ええ、確かにそうねぇ。私は、あの子に嫉妬した。 …私が持ってないものを持っているから。 けれどそれは、愛を知ってるからとか、そんな下らない理由からじゃないわ」

 ヘラの口の端が、更に吊り上がる。

「……貴方よ」

「何?」

 愚者が訝しむ。

「『貴方を持っていた』から。近くには私という存在もいたというのに。私という、ありとあらゆる男を魅了する存在がいたというのに。 ……ええ、そうね。気に食わない」

 すると唐突に、ヘラは空いた手で、愚者の足下を指さす。

「そこを見て見なさい」

 その言葉に釣られるように、足下に視線を向けると――

「……これは」

「驚いた? それね、ここにやってきた、馬鹿な人間どもよ」

 恐怖の表情のまま氷漬けになった、男達が埋まっていた。

「ほぉんとに、男って単純よねぇ。見た目に簡単に騙されちゃって。 ……その点では、貴方と、貴方の父親はまだ良い男だと思うわよ」

 ヘラは蠱惑的な笑みを漏らす。

「そう、私のこの美貌は、どんな男だって虜にするの。けれど虜にならなかったのは、貴方達二人。 ……それが、どうしようもなく気に食わない。特に貴方。貴方の傍には、いつだってあの子がいた。それが……それが私の怒りを駆り立てた!」

 その叫びと共に、氷塊が一回り、二回りと大きくなる。

「私はね! 欲しいと思ったものは、なんだって手に入れる! 手に入れる為なら誰だって傷つけるし、誰とでも組む!」

「……つまりは、俺をモノ扱い、というわけか」

「人間って、自分勝手な生き物でしょう? どこまでも自分を中心に動き、『誰かの為』と謳うのも、突き詰めれば結局、『自分の為』になる。そうねぇ。突き詰めれば、私も貴方も、大して変わらないんじゃないかしら?」

「……何が言いたい」

「私も貴方も、『自分の欲を満たす為に、他人を巻き込む』。そこに、何の違いがあるのかしらねぇ?」

 ヘラは自分を満たす為に男達を虜にし、愚者は自分を満たす為に少女に愛を求める。

 なるほど、そういう見方では的を得ているだろう。だが――

「そんな戯言で、俺を止めるつもりか」

「……クフフ、クフフ! いえ、いいえ! 止まるつもりがないなら、それで良し!」

 その言葉を聞き、ヘラは答えに辿り着いた。それは、即ち――

「貴方、私にお熱なのね!」

「……ほざけ!」

――御堂愛斗という愚者が、後戻りできない程に狂っているという事。

 元より彼は、ガラテアという人ならざる存在に執着し、人間という種としてあるべき場所から踏み外しかけていた。それが、ガラテアを失った事で、堕ちた。『愛』という狂気に。


 そも、ガラテアが持つ『融合着装』という能力は、人間を選ぶものである。人間と合体する事で、更に強力な存在へとなるのだ。だが、融合に適した人間というのは、かなり限定される。単純な融和率の問題ではない。ガラテア側の感情の問題なのだ。

 つまり、御堂愛斗が彼女と融着できるのは、彼女が彼と「融着してもいい」と考えるからに他ならない。更に言えば、彼女は御堂愛斗という男を愛していた。彼がまだ幼い頃、ガラス越しに触れあった時から。御堂愛斗の側もまた然り。

 運命的な一目惚れが、御堂愛斗とガラテアの二人を融着へと導き、そして装甲を纏う超人は誕生した。

 だが、人ならざる存在との融合が、人体にどのような影響を及ぼすのか。そこまでは、御堂愛斗の父を含む研究者達も、研究に及べなかった。及ぶ前に、ヘラの企てで研究所が崩壊したから。


 結論から言えば、彼らが互いを想えば想う程、その融合係数は上昇し、それが100%になった時――彼らは、互いを自分自身と認識するようになる。完全なる融合とは即ち、完全なる一心同体、完全なる一個体になる事を意味する。

 御堂愛斗の想いはガラテアの想いであり、ガラテアの心は御堂愛斗の心である。そうなってしまえばもう、彼は人間ではいられなくなる。

 だが、彼は既に覚悟を決めていた。 ……否、決める必要も無かった。元より自分の人生に孤独を感じていた彼にとって、ガラテアこそが全てだったのだから。それは、親愛や恋愛を超えた、言葉にし難い感情だった。

 そして、完全なる一となる寸前に、ある事件が切っ掛けでガラテアが心を閉ざす事になる。


 今、御堂愛斗が融着を行えているのは、一重にガラテアと心を重ね、そして心を一つにしていたからに他ならない。多少の不自由何のその。ガラテアを愛する事は、己を愛する事。

 常人には理解し難い自己愛が、彼を妥協無き復讐者にして、超人たらしめていた。


 御堂愛斗に後戻りできない過ちがあるとするなら、それはガラテアの持つ優しさを捨て去った事だろう。


 装甲愚者は、ヘラを倒す為に受け継いだ灯火を拳に集中させ、更に燃え上がらせる。熱くはない。その炎こそは、彼の持つ情熱と憤怒なのだから。


 対するヘラは、会話の中でその氷塊を、自分の身体よりも更に大きく――氷の城に匹敵しうる程の大きさにまで巨大化させていた。もはや単なる氷塊どころではない、氷河だ。

 それは、ヘラの持ちうる力のほぼ全てを注ぎ込んだ、冷極の一撃。これの為に、外に吹雪かせていた雪の嵐を止ませ、城に残された氷をかき集めた。

「これで……決めるッ!」

「これで……終わりよッ!」

 両者、共に構える。これより放たれるのは、最大にして、最後の一撃。


「ジャアァッッ!!!」

「はぁァッッ!!!」


 復讐の劫火と、冷徹なる氷河。二つの歪んだ自己愛が、ぶつかり合う――ッ!












******




「ねーねー、そっからどうなったのー?」

「ん?ああ……」


 町の中心にある広場。僅かながらに作物が育つ畑を背にしたそこで、幼い少年少女が老人を急く。

 老人は、目当ての記憶を捻りだそうと、云々と唸る。そして、ようやく記憶を掘り起こせたかのように、ハッとした顔を見せると――

「……その後は、ようわからなんだ」

 その発言に、子供達は「えー」と声を上げる。

「凄い爆発があったのは、よぉ覚えとる。けんども――」

「こぉら! ジィさん!」

 急にかけられた怒鳴り声に、老人は肩を震わせる。恐る恐る振り返ると、そこには額に青筋を浮かばせた老婆の姿。

「これから収穫だってのに、なぁにサボってんだい!」

「あ、ああ……すまなんだ。そ、それじゃあ子供達、これでお開きってぇ事で……」

「えー! まだマントの人と雪の女王がどうなったのか聞いてないよー!」

「てかいっつもそこで終わるじゃんこの話!」

 不満の声を上げる子供達に、老人はただ「すまん、すまん」と、手を立てて謝るだけ。


 そんな彼らを見下ろすように、雲の隙間から太陽が顔を覗かせ、実った作物を優しく照らす。


 作物についた雪解け水が、太陽に照らされて光を反射し、新鮮な作物をきらきらと輝かせていた。



歪みを持つ奴らがぶつかり合う、っていうのをコンセプトにしたような気がする作品ですが、ところどころ説明不足なところがあるかも……ていうか絶対あるけど、まぁ書ききるのが目的なんでお兄さん許して(懇願)

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