セッション5 -Carving Session-
しばらく、板を買うエピソードになります。スノーボードのギア選びって色々悩まされますが、結構楽しい物があります。
スノ部最初の会議を行った同週の日曜の昼過ぎ。11月上旬の大町は、葉が落ちた木々や、作物が刈り取られた畑によって、紅茶のような色をした景色を写し出している。北寄りの弱風がうっすら寒さを感じさせる。厚手のコートを羽織るような寒さではないが、パーカーや薄手のコートなど、それなりに着込まないと耐えられない。
ちなみに俺の私服は、アウターは黒のテーラージャケットにインナーは白のニットセーター。ボトムは黒の細身のカーゴパンツだ。シューズは黒のスニーカーで頭には中折れの黒いハットを被っている。と、なんかほとんど黒ばっかりのモノトーンコーデに落ち着いてしまうが、俺はこの色彩が一番落ち着く。スノーウェアも派手な柄物やネオンカラーよりも、モノトーンやアースカラーなど、落ち着きのある色味の方が好きだ。これから買いに行くウェアもモノトーンをベースに考えている。
俺は信濃大町駅前でジャイアント製の黒いクロスバイクを横に停車させて、皆を待っていた。俺の家も学校も駅近だが、電車は1時間に1本あるかないかと言うローカル線だ。近距離移動はチャリが1番便利だ。というか俺の家はこの信濃大町から1駅先。わずか1キロの南大町駅のすぐ近くだ。歩いてでも行ける。わざわざ電車を使うのも馬鹿馬鹿しい。
駅のホームでは、白馬方面から来る松本行きの電車が到着した。おそらく由香が乗っているのだろう。由香の家は木崎湖の北側にある海ノ口駅近くだ。ここまでだと、俺だったらチャリでも良いくらいだが、8キロの道のりはある。由香にとっては電車の方が便利なのかもしれない。
駅構内から続々と人が下りて来る。2両編成の電車なので、人が多いという訳では無いが、この辺の地域では一番大きい街になるので、それなりにはいる。その中から由香の姿を発見した。
「あ、友基くーん!」
由香も俺に気が付いて、にこやかな笑顔でこっちに掛けて来た。
トップスはクリーム色にうっすらとボヘミアンテイストな刺繍が入ったニットカーディガン。茶色のボタンがより可愛さを際立たせている。ボトムは透き通ったピンクのチュールスカート。膝の間接が少し見え隠れするくらいの、長過ぎず短すぎずの丁度良いバランスで、ゆったりふわふわな雰囲気を演出している。その一方で膝の微妙な透け感が、どこかエロティックで男心を少々くすぐる。足元には紐靴タイプの茶色のショートブーツ。紐の色であるベージュのアクセントが、可愛さを引き立てている。ニットカーディガンと同じ色のベレー帽もまたキュートだ。
初めて会った時にも思ったが、その姿はまるで、子犬が大好きな飼い主や親しい人間に会った時のような、可愛らしい小動物のような印象だ。小柄な身長がそう見えるのか、それとも丸いたれ目がそう見えるのか。
「おはよう。」
俺は軽く手をあげて由香に挨拶する。おはようと言っても昼過ぎだが。
ホームではすれ違いの待ち合わせのため、まだ松本行きの電車が停車している。大糸線は単線路線のため、2線以上ある駅で、対向車両のすれ違いを待たなければならない。
南の方角、松本方面から南小谷行きの電車が到着した。こっちはおそらく智香が乗っている。智香は池田に住んでいる。信濃松川駅から高瀬川を横切る高瀬川大橋を渡った場所に家があるらしい。
大町駅は下車した乗客で、また少しにぎわいを見せる。由香が乗って来た電車よりも僅かながら多い。
予想通り智香の姿が見えた。青系のコーデだ。ネイビーのブルゾンにスカイブルーのシャツ。ボトムは脚の長さを強調するぴったりしたスキニーデニムに加え、キャメルのロングブーツが視線をそちらに誘導させる。まるでモデルのようなスレンダーな体型で、美しさを際立たせる。元々脚の長い智香であったが、それを遺憾なく発揮させたコーデだ。
智香は、まるでファッションショーのランウェイを歩くように、背筋を伸ばして、堂々とした佇まいでこちらに向かって歩いて来た。
「おはよう智香。」
「こんにちは、智香ちゃん。」
「お疲れ2人とも。」
全員バラバラな時系列を生きているかのような挨拶だが、皆同じ意味だ。
「後は先生と歩夢君だよね。」
由香は2人の姿を探すように周りを見渡す。俺はスマホの時計を確認した。
「そろそろみんな来るんじゃない?」
時計の時刻は14:25。待ち合わせは14:30だ。
国道147号線の方角から、自転車に乗った、まるで少女のような見覚えのある姿が目に入った。歩夢も到着した。
えんじ色のパーカーに紺色のニット帽、臑を出した短めの裾のデニムと、黒のハイカットスニーカーでの組み合わせで、少しだけ肌を見せている。まるでボーイッシュコーデだが、それは女性に使う言い方だ。
「おはよ、みんな。」
歩夢は女子のようなスマイルで挨拶した。相変わらず可愛いな。
「あ、こんにちは、歩夢君。」
「歩夢、おつかれ。」
由香と智香それぞれの挨拶。
「歩夢、相変わらずガーリーな服装だな。俺を誘惑する気か?たまには、メンズコーデにも挑戦しろよ?」
俺が歩夢にそんな風に言うのは私服で会った時の挨拶のような物だ。
「え?友基、また変なキレカジまがいのモノトーンコーデにしたの?それモテファッッションのつもり?小顔でちょっとイケメンだからって調子乗ってない?」
歩夢から俺のコーデをダメだしされるのも挨拶みたいなものだ。
「友基君?歩夢君は立派な男の人の格好しているよ?」
おっと、ここで由香からの突っ込み。歩夢に対しては、俺も雅も智香も女の子のような可愛さがあると言う認識は一致している。しかし、どうやら由香はそうでは無いらしい。普通に男性として見ている。
人の見方や価値観はそれぞれだ。俺が見る歩夢と由香が見る歩夢は、同じ歩夢でも違う物が見えたり、感じているのだ。それは雅や智香、そして俺自身も、捉え方は人それぞれ。様々な印象がある。
ついこの前経験した出来事だってそうだ。おっぱいに顔を埋めさせられ、ヘッドロックを食らう事が、人によって快楽に感じる人もいれば、地獄のような苦しみに感じる人だっている事だろう。実際それを食らっている俺の姿を見ていて、歩夢は気持ち良さそうと印象を持ち、由香は苦しそうと…あれ、何言っているんだ俺は、違う違うこの話じゃない。
ついこの前経験した出来事もそうだ。俺はスノーボードを格好良いと感じて、スノ部設立に携わったが、生徒会長は野蛮で危険だと思い込んでいる。俺が初めて雅と会った時、彼女はフロントサイド720を華麗に決めて、俺はもの凄く感動した。だけどもし、あれを会長が見ていたのなら、多分また違った感想を持った事だろう。
「後は先生ね。」
智香がつぶやいた。先生は目的地の店であるカービングセッションの駐車場に一旦車を止め、俺達を駅まで迎えに来る手はずだ。雅はアルバイト先と言う事もあり、朝からこの時間辺りまではアルバイトとして、店内で仕事をしている。俺達との約束の時間に終業し、一緒に店内でプライベートな時間を過ごす事になっている。
商店街の方角から、先生がとことことやって来た。キャメルのニットカーディガンに、グリーンをベースにしたエスニック柄のセーター。グレーのスキニーパンツ姿だ。
「あぁ〜、みんな〜、ごきげんよう〜。」
いつものおっとりした口調で挨拶をする。
「ごきげんよう!」
「おはようございいます。」
「こんにちは。」
「お疲れさまです。」
歩夢は先生に合わせたごきげんようという挨拶だったが、俺らはまたさっきと同じ、違う時系列の挨拶だ。
「みんな〜、挨拶の仕方〜、違ってて面白い〜。まぁ、とりあえず〜、カービングセッションに〜、行くから〜、付いて来てね〜」
ぞろぞろと先生に付いて行く俺達。歩夢と俺はチャリを引いて歩く。
片側2車線、計4車線の大通り、国道147号線の東側にある歩道に出た俺達。この道路は松本と新潟県の糸魚川まで、ほとんど2車線道路だが、何故かここ大町では渋滞緩和のためか広くなっている。冬は安曇野インターから白馬方面に行く、スキーやボードを積んだ車が多数行き交う。この地域の最重要幹線道路だ。
北へ少し歩いた所、信濃大町駅から歩いて7分くらいだろうか。青地に白く中太のセリフ体のロゴタイプで「Carving Session」と書かれた看板がお出迎えした。
「は〜い、みんな〜、着いたよ〜。」
先生がお疲れと言わんばかりに、俺達に声をかけた。
10台ほど停まれる駐車スペースには先生の車とおぼしき、白い日産セレナが停まっている。
2階建ての建物で、入り口側はガラス張りの三角屋根が特徴だ。両サイドの建物を支える柱は木目の模様が施されているモダンなデザインだ。店舗にそのままくっつく形で、右側にはトラックヤードが備えられた、木造のような倉庫がある。おそらく、ボードなどの商品の納入や、宅配業者を使っての配送に使用するのだろう。
Carving Session。先生の友人が経営するスノーボード専門ショップであり、雅のバイト先でもある。
信濃大町駅からここまで先生と少し話したが、雅がアルペンスキー部を退部した直後、当時雅の副担任だった先生と雅が、共にスノーボード好きと言うのを知ったそうだ。雅がボードの費用を稼ぐために、アルバイトを探していたと言うのを聞いて、先生が雅に店のバイトを紹介したらし。それまで雅も近くに住んでいる事もあり、この店の常連客として、既にオーナーとの面識もあったらしい。
大町では唯一のスノーボード専門店なので、少なくとも大町市民のスノーボーダーはほぼ皆、この店を利用しているとの事だ。ちなみに、池田に住んでいる智香はクラブチーム仲間の知り合いの繋がりで、松本にあるショップを利用していたそうだ。
店のドアを開けて中に入る。
店舗の中に入ると、1階はコンビニと同じくらいの面積だろうか。決して狭い店という印象ではなかったが、それでも足りないくらい、多彩なスノーボードの数々が所狭しと、立て掛けスタンドに陳列されている。入り口左側には螺旋階段が設けられていた。「ウェアコーナー」と書かれた看板が掲げられている。階段を上がりきったところの真下にはバインディングの陳列棚があり、奥にはブーツの陳列棚がある。その手前には、試着用のベンチが2台並んでいる。店舗の右側にはレジがあり、その奥はスタッフルームとトラックヤードが設けられているようだ。
「いらっしゃいませ!」
威勢の良い女性の声が店中にこだました。ウェアを見回っていたのだろうか、階段からその女性が下りて来た。
黒のテンガロンハットから垂れる、ミディアムストレートの金に近い色の茶髪。きりっとした凛々く力強い目つき。赤をベースにしたタータンチェックのジャケットから白いシャツがみえる。黒のスキニーパンツにキャメルのハイカットスニーカー姿だ。
初めて会う人物だが、どこか見覚えのあるような雰囲気がした。
「さっちー、おかえり!連れて来た?」
快活とハキハキした口調の姉御肌な雰囲気のある女性だ。おっとりした先生とは正反対である。
「おかえり」というのは、俺達を迎えに行く時に、車を止めさせてもらうために会っていたからだろう。
「うんミエちゃん、連れて来たよ〜。うちの部員達〜。あ、紹介するね〜。先生の高校時代からの友達で〜、このお店のオーナー、鳴沢ミエちゃんで〜す。」
俺達は初めましてと順に軽く挨拶をした。
「よろしくな、皆!」
すると突然智香がハッとしたように口を走らせた。
「あ、あのさっきから思っていたんですけど、鳴沢ミエさんてスノーボードクロス選手の?」
見覚えのある雰囲気はこれだ。
鳴沢ミエ、スノーボードクロスのプロライダーで、全日本大会での優勝もある名ライダーだ。CS放送で彼女が出場している大会を何度も見た事がある。クロスにおけるライン取りの正確さと、複雑な地形攻略を得意としており、他の選手が転倒しやすい劣悪なコンデョンでも、もろともしない強豪ライダーだ。
プロのライダーが兼任して、プロショップを経営する例も実はそんなに珍しい事でもない。例えば長野市にあるプロショップのオーナー兼プロライダーも有名だ。数々のフィルムメイクや、パークのコース設計もプロデュースしている、動画サイトでの人気が凄い人がいる。
「知ってもらえているのは嬉しいけど、でも、私そこまで強く無いよ!」
鳴沢オーナーは謙遜しているが、俺にとっては尊敬できるレベルの人だ。先生の友人で、この大町市にそんな凄い人が店を持っていたとは。
そう言えば、雅の仕事はどうなったのだろうか。俺達が合流する頃には終了すると聞いたが。
「雅さん、もうすぐ終わりますか?」
俺は鳴沢さんに訪ねた。
「おう、そうだった!この時期、ネット通販の発注が多いから、あいつ大変かもな。ちょっと呼んで来る!」
鳴沢オーナーは、レジ奥のスタッフルームに行って雅を呼びに行った。
「あの、雅ちゃんてどんな仕事している…のかな?」
由香が先生に訪ねている。本人なりに頑張ってタメ語を使ってみようとしているような言い回しだ。
「雅ちゃんの仕事はね〜、ワックス掛けだよ〜。お店で買った板は〜、そういうサービスをするんだ〜。」
「ワックス?」
由香が訪ねると智香が説明した。
「雪の上でちゃんと滑るようにするために、必ず行わなければならない作業よ。」
「俺は家で、専用のリムーバーやスプレーを適当にかけて、それなりの簡単なケアをしていたんだけどね。」
「僕も同じく。」
「だけど、より洗練されたワキシングを行うには、ホットワックスが最低限必要になる。簡単にいうとアイロンがけね。固形のワックスを溶かして、ボードに塗しみ込ませて乾かす。最後に固まったワックスを剥がす作業よ。」
「先生も家で〜、自分のボードで頻繁にやっているんだけど〜、結構面倒くさいのよね〜。」
このお店の場合、購入された商品は、最初は無料でかけるため、それが雅の主な担当らしい。また同時に、バインディングの装着やセッティングも行っているようだ。
一方で、あれだけ陽気で、対人にも臆する事が無い性格のため、接客も行っているらしい。雅の明るく元気な姿を好み、それ目当てで店に来る常連客もいるそうだ。
「みんな、待たせた!ようこそ〜、カービングセッションへ〜!」
「雅も終わった所だし、好きなだけ見て行きなよ。」
スタッフルームから雅と鳴沢オーナーが出て来た。
雅はいつものように、ニコニコした表情で俺達を出迎えてくれた。
黒の長袖Tシャツの上から白地のグラフィックTシャツ。グラフィクTシャツは BURTONと細いサンセリフ体で書かれたロゴタイプがプリントされている。伸縮性が豊かなのか、胸のラインが大きくはっきりと形作られている。おっぱい…。
ボトムは丈がかなり短いデニムのショートパンツ。後ろから見たら、ぷりっとしたボリュームのある尻の肉がはみ出しそうだ。黒のショートブーツがすべすべの肌で覆われた脚のセクシーさを更に引きだしている。
スノ部全員が集結して早速、鳴沢オーナーが俺達に一声かける。
「えっと、今日ギアを買いに来たのは誰だっけ?」
ギアとは、ボード、バインディング、ブーツなど全般を指す。
「俺と、歩夢と、由香です。由香は初心者なので、1から色々教えてあげてくれませんか?」
俺は鳴沢オーナーに自分たちの経験の有無や、どのような品を買いたいかを説明し、対応して貰う事にした。
「なるほど、よし!じゃぁ由香ちゃん。ブーツのフィッティングしてみようか?」
「え、あ、はい。」
相変わらずオロオロな由香だ。初めて来るタイプの店だからなのだろうか、緊張しているようだ。
「初めてで、よく分からないだろ?大丈夫だから、リラックスして楽しもうぜ。好きな洋服買うみたいにさ。」
オーナーは由香の緊張をほぐそうとする。好きな洋服を買う。スノーボードはいわばファッションだ。自分がどんな姿になりたいか、それをいかに楽しむかというのも大事なテーマになる。
「神楽君と水上君はどうする?」
オーナーが俺達に聞いて来た。
「それじゃ、僕たちもブーツ履いてみようか。」
「そうだな。」
由香に付いて行くようにして俺達もブーツの陳列棚の前に足を運んだ。
「俺達もブーツ試着します。」
「はいよ、それじゃ3人の足のサイズ測らなくちゃな?」
スノーボードのギアを一式揃える時、初心者はついボードから選びがちになる。俺も歩夢も初めて購入した時は、ボードのグラフィックから気に入った物を探そうとしていた。だけど、一番重要なのはブーツからだ。ブーツが自分の足に合っているか、合ったブーツがバインディングに合っているか、そしてバインディングとボードが合うか。それがギアを選ぶコツだと聞いた事がある。ブーツは、足を守るために重要な役割を果たす。逆に自分に合わないブーツはボードの上達の妨げになったり、下手をすれば怪我の元にもなる。
オーナーは、ベンチの下から、足のサイズを測る計測器を取り出した。まず由香を裸足にさせ、両端をぞれぞれ計り出す。裸足になって、計測器に乗った由香の足。まるで子どものように小さい、すべすべしそうな肌の質感と透明感のある綺麗な爪が、少しばかり色気をそそる。オーナーが計測して確認する。
口頭で普段履いている靴のサイズを聞いて、履かせるのも無くは無いが、ただ履けるのではなく、ジャストフィットするブーツを徹底的に見つけ出す必要がある。そのためショップ店員は、予め正確なサイズを知っておく必要があるらしい。
「右22.2に左22.3か…。小さくて可愛いな。」
「へっ?!」
オーナーが優しい声でつぶやいた。由香は頬を赤く染めてすこしばかり恥ずかしそうだ。
「よし、メンズ2人も計ろうか?」
次に俺達のサイズも測る。
「んじゃ、私も手伝うよ。」
「頼む雅、手伝ってくれると助かる。」
側で俺達を見ていた雅が、もうひとつ計測器をベンチの下から取り出す。歩夢はオーナーが計測して、俺を雅が計測する。
歩夢はまるで女性のような白く透き通った色の足を計測器に置く。
「え、これ男性の足?てか、水上君本当に男の子だよね?」
「男の娘て言われます。」
歩夢はニコリと、驚愕したオーナーの問いかけに答えた。少しばかり声を高くしている。相変わらずあざとい。
俺も裸足になって、計測器を足に置いた。
雅は計測レバーを動かして、俺の足の親指に接触させた近づけた。目線のすぐ下では雅がジロジロと俺の足を眺めている。少しばかり心臓の鼓動が早くなった。多分他の人だったらこんな感覚にはならないだろう。だけど、雅に対しては妙に緊張してしまう。というか、足臭くないよな?靴も蒸れていたり、汚れていないし、靴下も洗濯したてだ。自分の足も毎日風呂はいる時にちゃんと洗っている。大丈夫だきっと。俺は心の中で言い聞かせた。
じっくり俺の足を眺めた雅が一言発した。
「男の子の足って結構大きいんだね。」
俺の心臓の鼓動が更に早さを増した。何の事は無い、普通の感想のつもりなんだろうけど、何だろ?俺にとっては強烈なインパクトのあるセリフだ。
「水上君は24.4と24.5だな。」
「ユーキは26.8と26.7だよ。」
全員の計測をし終えると、オーナーはブーツの陳列棚から、おすすめのブーツを由香の前に置いた。
同時に雅も俺に自分がおすすめするブーツを目の前に差し出した。
「バートン!結構良いよ!」
雅が着ているTシャツと同じスペルが書かれた、青いブーツを勧めれた。
BURTON。アメリカの、スノーボード最大手のブランドだ。世界中の数多くの有名ライダーを抱え、本国アメリカでも、ボードの関連大会やイベントのスポンサー企業に名を連ねる、スノーボード界の重鎮だ。実際日本人のワールドカップチャンピョンや、オリッピックメダリストもBURTONの所属チームだったり、スポンサードを受けている。初心者から上級者まで幅広いユーザーに親しまれ、ギアは勿論、ウェアの品質の高さまで、どれを取っても一級品だ。雅はBURTONをこよなく愛するユーザーのように思える。初めて会った時に見たフロントサイド720、そこから見えたボードのソールもBURTONだったし、今思い返せば、ウェアにもそのロゴタイプが刺繍されていた。
隣のベンチでは由香がオーナーに紫色のブーツを履かせてもらっている。ブーツのタン、臑の部分に丸い突起物がある。
ボアシステムブーツだ。ボアブーツというと、レディースファッションにおけるムートンなどのモコモコした素材を使用したブーツだが、スノーボードに置けるボアシステムブーツはそれと全く異なる。タンにある丸い突起部分はダイヤルで、靴ひもの役割を果たすワイヤーで足を締めるのが特徴だ。
初心者向けでは一番ポピュラーなタイプのブーツだろう。靴紐のように、力を入れずとも簡単に締まる。俺や歩夢も初めて買った時は、このタイプのブーツだった。
しかし、俺や歩夢が試着するのはそういうタイプではない。かかと側面、シャフトの部分に、取っ手が付いている紐がある。細いが頑丈そうな紐だ。ブーツに足をはめ込み、ホールドしようとするが、紐を引っ張れば良いのだろうか。
「あ、私やるからちょっと待ってて。」
雅が手際良くブーツをホールドする。それぞれのヒモをぐいっと引っ張り、カチッと音をならし、装着を終える。
「クイックレースブーツってさ、ブランドによって装着方法が微妙に違うんだよね。覚えるのちょっと大変だったよ〜。」
雅は瞬時にして俺の両足共にフィッティングを完了させた。
クイックレースブーツ。俺がフィッテングしているタイプのブーツだ。紐を引っ張るだけで、瞬時にフィッティング出来るタイプのブーツ。上級者の大半はこのタイプを使用しているらしい。ボアシステムに比べて、細かい箇所の調節がしやすいそうだ。
由香も装着が完了した。
「由香ちゃん、神楽君。店内歩き回ってみてよ。軽く運動してみたりとかもしてさ。」
オーナーに言われて、俺と由香は一緒に歩きはじめた。
オーナーは今度は、歩夢のブーツの試着を手伝っている。
店内の陳列されたボードを眺めながら、歩いてみる由香と俺。
「なんか、意外と軽いし動きやすいね。スキーのブーツとは大違い。」
「スキーのブーツは重いし、滅茶苦茶硬いもんな。あれ階段なんて登れたもんじゃないわ〜。」
由香の問いかけに、俺はスキーブーツの嫌な部分を思い出して、失笑しながら返答した。
「由香はスキーの経験はあるんだ?」
「小中学校のスキー教室だけだよ。友達とスノボーやっている人を見て、格好良いねて言ってた。」
「だから、ボードをやって見たかったのか?」
「うん。」
由香と雑談しながら店内を歩き回ってみた。
「歩いてみてどうだ?どこか痛いとか、かかとが浮いたりとかしないか?」
歩夢のフィッティングを終えたオーナーが、俺達にブーツのフィーリングを聞いて来た。
「はい…、履き心地…、悪く無いんですけど…、つま先がぴったりし過ぎてるのかな…。だけどかかとや足首が緩いような…。」
由香は確証は持てないでいるような反応を示した。
だが、由香のそれは間違いなく合っていないブーツだ。ブーツを履く際、つま先はほんの少し余裕がある程度で、足の指が軽く曲げられる必要がある。転んだり、つま先を立てるフロントサイドターンをする時に痛めるからだ。反面、かかとが浮いているのは、今度は板の反応を鈍くさせてしまい、正確なターンが出来なくなる。
「あぁ、これはダメだね。由香ちゃん、違うの考えてみよう。」
「あ、はい。」
オーナーはあっさりと、そのブーツを見限ってしまい、別のブーツを手に取った。
「神楽君はどう?」
「うん…悪く無いんですけど、確かにかかと浮きますね…。」
初めて買った時のブーツも実はこんな感じだった。というよりは、今フィッティングしているブーツの方が履き心地が良い。だけど、オーナーの言うように、細かい所まで、感覚に気を使うと、確かに違和感が生じてしまう。まだいくつか試した方がよさそうだ。
長野市のプロショップは実在するお店を元ネタにしました。私の板もそこで買いました。あとオーナーが竜王スキーパークで撮影した動画、面白いですよ。