セッション1 -運命の再会-
学校の制服てもっと細かく描写した方が良いですかね?
「友基、帰りにココス寄ってかない?秋のスイーツフェアで食べたい物あるんだ!」
「おう、行くわ!」
木崎高校に入学して、クラスも同じになった歩夢と共に、俺は順風満帆な高校生活を送っていた。
長野県立大町木崎高校。長野県大町市にある一般的な公立高校だ。大町市の北部、中心地であるJR大糸線信濃大町駅から北へ約5キロ。周辺には木崎湖という小さい湖と温泉がある。更に北へ進めば鹿島槍スキー場を皮切りに、全国でも有数のスキー場地帯、白馬エリアがお目見えする。
10月始めのある日の放課後、帰宅部の俺と歩夢はいつものように放課後の「デート」を楽しむ事にした。
歩夢とは同性の友人ではあるが、見た目も声も性格も、まるで女の子のような人だ。
丸く大きな吸い込まれそうな目。カジュアルショートのブラウンの髪型。といっても男性だからミディアムか。透き通った声色で、背が低く、細身の体型だ。絶対女子より可愛い。
「さてと、今日はココスのスイーツデートか!」
ルンルン気分で歩夢と自転車で大町市中心部に向かう俺。
「僕は友基の彼女じゃないよ。」
「それ以上の存在だ。」
「何それ、気持ち悪ぃ。」
素っ気無い歩夢だが、こうして俺と一緒にいつも仲良くしてくれる。
学校からココスまで約6キロの道のりだが、家には近い。雪が降るまでは、自転車で何とかなる場所だ。
ココスで俺達は、シャインマスカットのパルフェとドリンクバーを注文して、話題に華を咲かせた。
「歩夢は、冬期部活やるの?」
「どうしようかな〜。まだ考えてない。」
木崎高校の部活は、地元の自然と季節を活かしたアウトドアな部活が盛んだ。夏のマウンテンバイク部、カヌー部、ラフティング部なんかは、小規模ながらも精力的に活動をしている。冬になればそれこそ、部活の定番である野球やサッカー、陸上ですら小規模と思えてしまうくらい大規模な部活動が存在感を放つ。
冬の主な部活はアルペンスキー部、ノルディックスキー部、フィギアスケート部、アイスホッケー部、スピードスケート部、カーリング部がある。
「でも、アルペンスキー部は無いな〜。あそこ滅茶苦茶厳しいってい言うし、上下関係や礼儀もうるさいって聞くから、僕には向かないわ〜。」
「あぁ俺もだ。」
アルペンスキー部はかなり大規模だ。部員数100名を越える。全校生徒が630名だから、ざっと6人に1人以上がこの部活に所属している計算だ。
思い返せば、入学前に鹿島槍で会った、あの先輩もアルペンスキー部にいたと言っていた。やはり、厳しさに耐えきれず辞めたのだろうか?
「ところで友基。鹿島槍でナンパしたって言うその人とあれから会えたの?スノーボード部作るとか言ってた人。」
俺は珈琲を口から吹き出した。
「うぁ、汚い!」
歩夢が女子の悲鳴みたいな声色で叫んだ。
「もう〜。僕のパフェにまでかかっちゃったよ。ティラミス奢って。」
「ナンパなんて人聞きの悪い事言うからだ。」
歩夢はあざとくしょげた顔で怒った。わざとそんな表情をしているのは頭では分かっているが、何故か逆らえない。仕方ないから追加注文してご機嫌をとる。
「でも、最初ナンパしたって聞いた時はビックリしたよ。まさか友基がナンパするなんて、真夏に大雪が降ってもあり得ないかと思ってたし。ゲレンデマジックて本当にあるんだってビックリしたよ!」
「だから、ナンパじゃないって!てか、真夏に大雪が降ってもあり得ないてどんだけだよ!」
歩夢はクスクスと思い出し笑いをした。なんか微妙に腹立つな。
「だって友基、女子とあまり話をしないじゃん、昔から。去年の修学旅行の『好きな女子暴露する大会』でも、真剣に悩んだ末、結局出てこなかったし。照れ隠しとかそういうの無しで本当に出てこなかったよね?」
「いや、だって。歩夢より可愛い女子なんていないじゃん!」
「それ、本気で言ってるの?えぇ〜どうしよう〜!僕男の子なのに〜。」
そうやって、頬を顔に当てて、赤面したフリをして、すぐ可愛いアピールする所が、本当に可愛いからマジで困る。普通の女子なら、「何この女、調子に乗ってるの?」て思う所を、逆に萌えポイントに出来る力を持っている。当然、普通の男子なら、…あとは分かるな?
「いや、でもさ?友基だって実際、意外と女子からも注目されているんだよ?普通に格好良いて。」
意外ととか、普通に格好良いとか、褒められても実感沸かないし、そもそも褒められてる気もしない。
「実際目鼻立ちは整っているし、ファッションセンスだってあるでしょ?結構ナルシストっぽいけど。それに友基から話しかける事はあまり無くても、話しかけられたら、結構丁寧に対応してるじゃん?」
「まぁ、顔は知らんが、ファッションと女性付き合いは、姉と妹に散々しごかれたから、一応な。それでも歩夢ほどじゃないだろ?お前は男女共に好かれているから、俺としては変な奴に狙われないか心配だよ。」
「変なのは目の前にいるけどね?」
「え、変な奴て俺かよ。」
「だって、一部では友基、ホモ疑惑があるんだよ。しかも女子の方から。」
「嘘だろ?俺は歩夢以外の男子に下心感じた事は無いぞ?!」
「僕にはあるんだ?てか疑惑確定だよそれ。」
つまるところ、俺はホモ疑惑が出るくらい女子との、いや、性格に言えば、人との関わりに積極的では無かった。実際考えてみたら、ただ単に同じ空間で過ごすだけの人間関係にそこまで興味が無かった。あるとすれば、同じ目標、志、共感出来る場が欲しくて、そこでの人間関係なら充実させたいと思ってはいる。そう考えると先輩が言っていたスノーボード部の設立は、俺にとっても転機になるかもしれない。
「ていうか、大分話がそれたね?それで、例の先輩とは学校で会えたの?」
歩夢は話を元に戻した。湯沢雅先輩の話だ。
「実はあれから全く会えてないんだ。」
「向こうは顔を知らないから、難しいよね?」
「まぁな。俺も碧い目と金髪て所しか、顔は分からないし。」
「でも茶髪は多いけど、金髪は少ないよね。」
「確かに。ただ、それでも複数はいるし、背も似たり寄ったりの人ばっかりで、知らん人といちいち目を合わせに行くのもな…。」
「先輩だもんね?そう簡単には行かないよね。でも確か、明日には冬期部活の募集貼紙が掲示されるよね?もしかしたら、スノーボード部が本人名義で出るかもしれないから、確認してみようか?僕も興味あるし。」
秋にはアルペンスキー部を始め、冬季限定部活の募集が始まる。もしかしたらそこで接触するチャンスが生まれるかもしれない。
先輩が本当に部活を発足する事を祈りながら、今はシャインマスカットのパルフェを口にする。甘酸っぱい。
翌日の昼休み。俺と歩夢は学校のラウンジで昼食を取っていた。ラウンジは広々としていて、多数のテーブルが並んでいる。生徒達はそこで、持参した弁当や、購買で買ったパンを食べている。そのラウンジの片隅には、学校や生徒会、部活などの知らせを貼る掲示板がある。
飯も食い終え、一息ついていたら、制服の特徴でもある、ダークグリーンのブレザーを着た群衆が、掲示板の周りを埋め尽くしていた。
「あ、冬期部活の募集の紙、貼り出されているみたい!」
男子の制服を着ているが、後ろ姿まで男装した女子のような姿の歩夢は、群衆の中に入り込んで行った。
皆名門アルペンスキー部に興味あるのか、それともオリンピックや世界選手権で大活躍のフィギアスケーターに憧れてそっちの部に行くのか?ただ、俺はどちらにも興味は無い。スノーボード部なる貼紙が本当にあるかどうか?気になるのはそれだけだ。
一応俺も確かめに行くか、そう思った矢先に歩夢が呼んでいる。
「友基〜!スノーボードクラブの募集の紙、貼ってあったよ!」
スノーボードクラブ。マジか?もしかして…。
急いで確認しに行くと、確かに「スノーボードクラブ、今年発足!部員大募集♪」とA4縦位地の紙面を埋め尽くすかのごとく、でかでかと書かれていた。青色のマジックペンで丸文字のフォントをレタリングしたような、いかにも女子が書きそうなタッチだ。左下にはなんの意味があるのかよく分からない、黄色に茶色のトラ縞の猫のイラスト。ボードをしながら、「みんなで滑ろうニャー」と吹き出しが出ている。右下には連絡先であるLINEのIDが、そして湯沢雅の名前が記されている。
湯沢雅。先輩は本当に部活を発足させようとしている。
部員募集の掲示板は2つの欄があり、ひとつは既存のクラブのための、もうひとつは生徒会へ申請中の欄だ。木崎高校の部活発足規定は、部員数5名以上、顧問1名以上がその条件だ。申請中と言う事は、まだ受諾してないが、その見込みがあるため掲示している。あるいは仮申請という形で、発足の条件にはまだ満たしていないが、期限までに発足する見込みがあるという事だ。
いずれにせよ、生徒会に承認される事が最低条件だが、スノーボードクラブはまだ承認はされていないようだ。しかし、ここに貼紙、そして湯沢雅の記載。先輩は鹿島槍で出会ったあの日、間違いなく発足させる事を決意していたのだ。
俺は高揚した。今シーズンはこの部活で先輩と、そして色んな仲間を作って、皆でゲレンデを滑れると。なにより先輩が俺との会話で、有言実行しようとしている、その姿勢が伝わって来た事が凄く嬉しかった。
しばらくスノーボードクラブの貼紙を眺めていると、突然聞き覚えのある女子の声が耳に入った。
「ねぇねぇ!!スノーボード興味あるの?是非入部してよ!」
ビックリした。
いきなり、ぬっと斜め下から覗かせるように、金髪の碧い目の女子が、上目遣いをしながら話しかけて来た。俺は一瞬悲鳴を挙げそうになったが、なんとか堪えた。
その女子は、顔全体を見るのは初めてだが、明らかに見覚えがあった。金髪の前下がりミディアムショートボブ。そして忘れもしない碧い目。勧誘するようなセリフからしても明らかだ。湯沢雅先輩。久しぶりの対面だ。
「久しぶりです、先輩!」
俺は挨拶した。
「あれ、どこかで会ったっけ?まぁ、たまたますれ違うのはよくあるかもしれないけど〜?」
やはり俺の事は覚えていない。当然か、俺はあのとき顔は完全に覆っていたからな。むしろ知らないよな。
「昨シーズン、鹿島槍のナイターで、一緒にリフト乗った…」
「ん?それいつの話?」
まさか、俺の事は覚えていない?
「私鹿島槍にしょっちゅう行っては、知らない人とリフト相乗りして、色々話しかけてて。」
なるほど、俺に話しかけた事も本人はいつもの事だったんだな。
「あ、思い出した!!」
お、思い出したのか?!
「カタクラ ユージ君でしょ?」
ガクっ!俺は脳内でズッこけた。違うし、微妙に違うし!
「いや〜あの時は凄かったね〜、最初の一言目が、『俺と一緒に愛の新天地に滑り込まない?』て、なんだよそれ、意味わかんないよ〜!あれは引くわ〜、さすがに。まぁ面白かったから良いんだけどさ。」
おい、ちょっと待て!誰の話してるんだよ?俺はそんな変なセリフ言った覚え無いぞ!誰かと勘違いしてないか?!てか会ったばかりの女性にそのセリフ言う奴てどんな奴だよ?!カタクラユージて何者なんだよ?
色々ツッコミ入れたいけど、取りあえず正確な名前を名乗ろう。
「あの、神楽友基です、カグラユウキ。スノーボード部、本当に発足させたんですね。」
「…………!!」
その瞬間、カタクラユーキなるどこぞの変な奴の話がぴたりと止んだ。一瞬固まったように見えた。
「カグラ ユウキ…神楽…友基…神楽友基!会いたかったよー、かぐらく〜ん!!」
「うわぁ!!」
今度は本当に悲鳴をあげた。名前を思い出すと同時にいきなり抱きついて来た。俺の背中を先輩の両腕が強く締め付ける。自分の胸と腹の間あたりに先輩の柔らかな乳房が押し込まれた。意外と大きい。
だけど、いきなり人前でそんな事されても困惑する。俺たちはラブストーリーに出て来るカップルでも無いし、百合みたいに仲の良い女の子同士でも無いぞ。
「神楽君ようこそ、スノーボードクラブへ!あの時の約束、今ここで果たすよ?!」
先輩が嬉しそうに俺の顔を見つめた。俺の事を本当に覚えていてくれた。困惑するのも忘れて、俺も凄く嬉しくなった。なんて喜ばしい事だろう。抱きしめられて困惑していたはずの俺の体は、無意識に両手が先輩の背中に回って抱きしめ返そうとす…
「あの〜お熱い所すいません、僕もそのクラブ入りたいんですけど?」
それまで空気と化していた歩夢が横槍を入れた。
「あわぁぁわぁっ、ごめん!」
先輩が慌てふためいて、3歩くらいスタスタと下がった。キョドって赤面した。俺も現実に引き戻されて赤面した。
「で、えっとなんだっけ?あ、君も入部希望者?」
先輩と歩夢は初対面だ。
「先輩、紹介します。同じクラスの水上歩夢。俺の保育園時代からの幼なじみです。」
「水上歩夢です、よろしくお願いします。」
「水上歩夢君か〜。私、湯沢雅。よろしくね。」
お互いにこやかに挨拶する。
「あれ、水上君て、もしかして、あの時の鹿島槍に神楽君と一緒にいた?」
「はい、そうです。よく覚えていましたね?!」
歩夢と一緒にいた所は、確かに先輩も見ていたと思われるが、そこもちゃんと覚えていたのか。
「最初、男か女か分からなかったんだ。小柄で、可愛らしい体型だったし〜。でもウェアが多分メンズぽいデザインだったから〜。」
「たまに、女の子と間違われるんですよ。」
まぁスノーウェアを着た歩夢が、端から見て男か女か分からないのは無理もない話だ。
「でも、今見ればちゃんとした…あれ、どっち?」
おい、男子用ブレザー着てるだろ?!
「さぁ、どっちでしょうね〜?」
わざわざ乗るんかい、歩夢?!
歩夢は少しだけ声色を高く甘くして先輩を困惑させた。彼は意外とイタズラ好きなのだ。特に自分の性別ネタに関してはコンプレックスに感じたり、怒ったりする事も無く、むしろ相手をイジッてくる。俺も何度彼の「女の誘惑」に引っ掛けられた事か。
取りあえず、休み時間も終了に近いので、放課後改めて3人で色々と交流したり、部活の話し合いをする事に決めた。
放課後のラウンジ。俺と歩夢と先輩と3人で発足させる部活の話し合いをすることにした。
「ところで先輩は…」
俺は先輩に他の仲間について聞こうとした。
「あ、雅で良いよ」
だが、話題はお互いの呼び名の話になった。
「えっと雅先輩?」
「だから〜、ミヤビて呼び捨てで良いよ。それとタメ語で良いし、敬語で話さなくて良いよ〜。」
仮にも年上に対して、そのように振る舞って良いのか?しかし相手が年下だからと言って、下手に敬語を使われるのを嫌がる人もなかにはいると聞く。堅苦しかったり、変に距離感を感じてしまったりと。先輩もそういうタイプかもしれない。
「えっと、じゃ、ミヤビ…」
下の名前で呼び捨てにするのは気恥ずかしい。
「なぁ〜にぃ〜、ユーキ〜?」
雅はニコニコと顔を近づけて来た。照れる俺をからかっている。
「じゃ、僕は雅ちゃんて呼ばせて貰うよ。さすがに先輩相手に呼び捨ては、僕としては言い辛いし。」
歩夢が雅に提言した。
「良いよ〜、ちゃん付けでも。あゆむん〜。」
雅は歩夢の事をあゆむんと呼ぶようだ。
さて本題に入らねば。この部活はまだ正式に発足しておらず、仮申請の段階だ。取りあえず実際メンバーはどうなっているのか雅に訪ねてみる。
「えっとね〜、実のところ私達以外まだ誰もいないんだ〜。」
今の所、正式にメンバーとして参加する意志があるのは3人だけのようだ。
仮申請の期限は11月終わり。今は10月始め。まだ2ヶ月近く余裕はあるので慌てる事は無い。ただし、準備等活動を円滑に進めるには早い方が良い。
俺と歩夢も授業の休み時間に、クラスメートに声をかけてみたりはしたが、反応は芳しく無い。既存の部活で忙しいかったり、既に他の冬期部活に決めていたりと。クラスでもアルペンスキー部は特に人気だった。なにせ、全国レベルの実績だ。その部活が目当てで、この学校を受験する人も少なく無かったと聞いた。
クラスメートに難色を示されるのは、雅のクラスでも同じだったようだ。
「私もさ、友達とかクラスの人らに声かけまくってるんだけど、全然興味しめしてくれないんだよ〜!」
雅の話を聞くとこうだ。
クラスの女友達に誘いをかけたら
「え、スノボー?私ぃ寒いのダメなぁんだよねぇ〜。」
と、寒さ自体が苦手だったり、
「たまになら良いけど、雅てけっこうガチじゃん?あたしついて行け無いわぁ。」
など雅のボードに対する技術と情熱で引いている人もいる。確かにアイスバーンを高速ライディングしたり、キッカーで720なんていう、あんな大技を決めれる女子なんてそういるもんじゃない。部の方針としてはビギナーも歓迎するスタイルだが、実際に雅の滑りについて行けるかどうかなんて、今の俺にだって多分無理だ。
一方、ボード好きの男子達にも声をかけたらしいが、そちらは
「え?部活でボードするの?俺、ボード好きだけど、部活してまでやりたいとは思わねぇ〜な。」
と一蹴されてしまったらしい。薄情な奴、ボードに対する愛が足りない。そんなんでよくボード好きと言えた物だ。
「なかなか、厳しいね〜。」
歩夢がため息をつきながらつぶやいた。
「あ、でも顧問と、1人メンバーは確保出来そうだよ。」
雅が、はつらつとした表情で言った。
「顧問なんだけど、うちの担任の先生。ボードのインストラクターの資格持ってるんだ。それに趣味はバックカントリー〜。」
インストラクターの資格があるなんて実に頼もしい。絶対に顧問になってもらうべき人だ。
「雅ちゃんの担任の先生て何て言う人?」
歩夢が訪ねた。
「立山先生だよ〜。私がスノーボードクラブ作るから、顧問になってて頼んだら、OKしてくれた〜!」
立山先生、立山幸先生の事か。若い女性の先生で、スノーボードが好きで滅茶苦茶うまいと噂には聞いている。しかし、インストラクターの資格があるとは知らなかった。これは相当な実力者だ。しかも趣味が、天然の雪山を登山して滑り降りるバックカントリーとは、もの凄いコアな人だ。俺はせいぜい挨拶を交わしたくらいしか関わりが無いが、見た目がおっとりした雰囲気なので、全然そんな風には見えなかった。本当に人って見かけによらないと思わせる。それは雅に対しても同じ印象を持っただろう。もし雅との出会いがゲレンデでは無く、この学校での日常での出来事だったら、スノーボードであんな凄い事をやる人だとは思わないだろう。ボードをしていると聞いたら、多分柄物の可愛らしいウェアに身を包んで、初級者ゲレンデで友達同士キャッキャウフフしてる程度だと思っていたかもしれない。見た目がどんなに可愛くとも、多分そこまで印象には残らなかっただろう。
「確保出来そうなメンバーてどんな人?」
俺が立山先生や雅の事を色々考えてるうちに、今度は歩夢がメンバーの話をふった。
「えっとね、ともちゃん。同じクラスの丸沼智香ちゃんて言うんだけど、その人テクニカルやってる人なんだよ。」
テクニカル。スノーボード競技のひとつで、カービーングターンなど、ボードの基本的な滑りを徹底的にマスターして、その技術を競う種目だ。派手さは無いものの、スノーボードというスポーツを基礎から熟知していないと出来ない奥の深い競技だ。
ちなみに雅のやっている競技はスロープスタイル。いくつかのジブとキッカーを使ってトリック、つまりは技を決める種目だ。半円状のコースを使ってエアー、つまりジャンプしてトリックを行うハーフパイプ同様、見た目はド派手だ。テクニカルもスロープスタイルも、どちらも採点競技で審査員を納得させるに値する技術が必要だが、基礎をコツコツと堅実に磨き上げるテクニカルと、派手さと縛られない自由なスタイルを求めるスロープスタイルとでは水と油だ。俺が理想とする様々なスタイルの人が交わり、無限の可能性を広げるスノーボード部。似たり寄ったりではなく、濃いくらいの様々な個性が集う場所。最高じゃないか、こういうのを求めていたんだよ。丸沼智香先輩。是非メンバーに入れたいと思った。
ただ、ひとつ気になる事がある。
「雅、確保出来そうてことは、本人まだ正式に決めてないってことなのか?」
スタイルこそ違えど、同じスノーボーダー、同じクラス。もし本当に入部する見込みがあるなら、俺達より早くメンバー入りしてそうな物だが。
「うん、まだ交渉中なんだ。なんでもクラブチームに所属しているらしく、そっちを優先させたいって。あ、でもこっちにも入れるよ!!掛け持ち出来るようにはするて伝えてるし。もっと頑張ってみるよ!」
確かに、既に別で活動している人を入部させるのは難しいかもしれない。だが、雅は丸沼先輩を入部させるという意志は固いようだ。話を聞いて俺も大分気になったし、交渉がうまく行く事を願いたい。
会話も色々と盛り上がって来た時、雅のスマホからLINEの受信音が鳴った。
「お、誰だろ?知らない人だ。入部希望者かな?」
掲示板の貼紙にIDを載せているから、知らない人物から着信してもなんの不思議も無い。
「なんだろ〜な?…げっ!?」
どうしたのだろう、雅の表情が青ざめた。
「『生徒会長の狭山です。まだ学校にいるのなら、今すぐ生徒会室に来なさい。スノーボードクラブについて大事なお話があります。』だって!あの生徒会長がこんな命令口調で呼び出しするって、嫌な予感しかしないんですけど〜!」
生徒会長、2年、狭山多恵。またの名を女帝狭山。「生徒の自由な創造と発想、それを育む教育と校風」をスローガンとしているこの学校において、全く相反する「社会のための規律と秩序」をモットーとする、恐怖の独裁者と言われている生徒会長だ。本当に独裁者かどうかは置いておくとして、学校のスローガンに相反するのは確かだ。なぜなら「生徒の個性を生かして、よりよい社会を創ろう」というのが学校のスローガンだとすれば、会長の「社会のための」というのは、「個人より社会が優先されるべき。」という考えで、つまり「社会のためにならない個性はいらない」という事になる。これこそ、自分の個性を生かして、社会を創るという意味合いの学校スローガンと相反する事になるわけだ。そして、雅に送られて来たLINEのメッセージ。「スノーボードクラブについてお話」。俺の予想が正しければ、完全に嫌な予感しかしない。
「雅、俺も一緒に行って良いか?」
「うん、良いよ。むしろ、そうして貰えた方が良い。」
「じゃ、僕も行くよ。」
3人で生徒会長室を目指す事にした。通りがかりに掲示板に目をやると、貼ってあったはずのスノーボードクラブの貼紙が消えていた。
生徒会室のドアの前に着いた。ドアは教室と同じ引き戸で、磨りガラス越しの奥から人影が見える。雅がドアをノックする。
「どうぞ。」
やや高圧がかった女子の声が聞こえた。
「失礼しまぁ〜す。」
雅が投げやりな挨拶をしながらドアを引いた。会議用に並べられた6人掛け用テーブルと椅子を挟んだ、部屋の奥に2人の女子生徒がいる。
1人は生徒会長と書かれた立て札が置かれた高級そうな木製の机、その椅子に腰掛けて、両肘を机に置いている。高級そうな机を使用しているのは、かつて校長室で使用していた机を譲り受けた物らしい。生徒会長という肩書きが、お古の机によって絶大な権力の象徴であるかのような雰囲気を作り出している。彼女がこの学校の生徒会長、女帝狭山多恵だ。黒髪のロングストレート、吊り上がった眉と目つき。その目も切れ長でこちらを威圧してる。薄めのピンクのアイラインを入れて、目力を強めてはいるが。
もう1人は生徒会長の机の、向かって右側に立っている。こちらは知らない生徒だ。体はついさっきまで会長の方を向いていたのか、俺達がきた時に振り向いたのか、左を向けている。顔はこっちを向いていた。身長170あるかないかの、スレンダーな体型をしている。こちらも黒髪のロングストレート。顔立ちは、大きめの吊り上がった力強い目つき。清楚でクールな美人といった印象だ。アニメのメインヒロインがそのまま実写に出てきそうな容姿をしている。
「あ〜!ともちゃん〜!」
雅が友人と偶然であったような雰囲気で声を上げた。
ともちゃん?丸沼智香先輩?どうやら知らない生徒は、雅が入部交渉中の丸沼智香先輩らしい。
「ともちゃん、どうしたの〜?こんな所で?」
雅がニコニコと話かける。
「あなたを待ってたのよ。」
丸沼先輩がすました顔で返事をした。
「ところで、湯沢さん、そこの男子2人は誰?」
会長が睨みつけるようにこちらを見ている。
「入部希望者」
雅はそっけない返事で答えた。会長と雅の間の空気は重い。
「1年の神楽友基です。」
「同じく水上歩です。」
俺と歩夢は取りあえず自己紹介をした。
会長は、あっそと言わんばかりのどうでも良さそうな態度を示した。そして口を切り開いた。
「2人には悪いのだけれど。湯沢さん、あなたの申請してる部活、認めないって言ったでしょ?!」
やっぱりその話か。察しは付いていた。規律と秩序を重んじるこの生徒会長が、雅や俺が理想とするスノーボードに対して、どんなイメージを持っているか。
少なくとも、良いイメージを持っている訳ないだろ。
キャラクターの名前は、名字はスキー場、あるいはその地域の名称で、下の名前はプロのスノーボード選手の名前から取っています。