プレシーズン -プロローグエピソード-
スノーボード物で、ハーレム系を何となく描いてみたいと思い始めました。正直専門知識は乏しい私ですが、なんとか頑張ってみたいと思います。
登場する女の子を可愛く描けると良いのですが。
それにボードの描写もどのように表現するか色々試行錯誤しそうです。
そんな不安だらけな作品になってしまいそうですが、少しでも多くの方に読んで頂ければ幸いです。
ちなみに舞台となるスキー場は、私のお気に入りの場所です。そして、若いスノーボーダーにも人気がある場所です。
3月上旬の夜の鹿島槍スキー場。俺は幼なじみの友人と一緒にスノーボードを楽しんでいた。受験も卒業式も無事終え、中学3年間の締めくくりに「今シーズン初」のボードを2人で楽しんでいた。今シーズン初というのは勿論、高校受験勉強でボードに行っている暇がなかったからだ。中1から始めたスノーボード。2年でどっぷりとハマり、今回が3年目の初滑り。シーズンオフも近く、雪も決して良質とは言えない。それでも、まだ存分に滑れるだけの量はある。このシーズンは中学卒業と高校入学の節目のシーズン。最高の春シーズンを堪能したい。
俺は神楽友基。長野県大町市に在住の今度高校生になる男だ。趣味はスノーボード。俺が住んでいる大町市は長野県の地方都市だ。商業施設はそこそこ揃っているが、県内で大きな街と言える長野市や松本市に比べたら全然小さい。遊ぶ所も対して無い。観光名所と言えば黒部ダムがあるが、俺はそんなに興味は無い。ただし、真冬になれば大雪が降り、スノーボードやスキーは滑りたい放題だ。
その大町市内にある鹿島槍スキー場の魅力は沢山あるが、今1つだけ挙げるとすれば、カクテル光線に照らされた、ナイターで使用するコースだ。全長2000M、最大斜度26度、平均斜度15度の一本ブナダウンヒルコース。全長960Mの高速リフトで一気に駆け上がり、様々な起伏と木々と壁に囲まれたUの字型のロングコースは、面白い地形を形成している。俺はこのコースをかっ飛ばすのが大好きだ。この時期は、暖かい昼で雪が湿り、冷え込んだ夜でアイスバーンと化す。そのため、エッジがかみ辛く滑りにくさはあるが、数回も滑れば慣れて来る。俺が使っている板は、K2のSTANDARD。初心者向きのフラットロッカーだ。K2はアメリカの人気ブランドで、ロッカーボードが豊富に揃っている。値段も手頃なモデルが多く、初心者に易しいブランドだ。この板もその1つで、しなりやすいく扱いやすい。但し、スピードを出すと不安定になりやすいデメリットはある。しかし、地形と斜面の起伏に合わせて体のバランスを取れば、それなりには飛ばせる…と感じていた。
ダウンヒルコースの、最後の急斜面を下り終えた所に、第8ペアリフトの降り場がある。そこから先は中綱ビギナーズゲレンデという400Mの緩斜面コースだ。向かって右側には多数のジブやキッカーが揃っているパークがある。ダウンヒルコースを滑ったボーダーは残り400Mを、ビギナーコースかパークのどちらかを選んで、滑り終える形となる。そこから右に滑り込めば第6クワッドなる高速リフトで、再びダウンヒルコースを滑るか、左に滑り込めば第8ペアで、ビギナーかパークのみを滑る事になる。
第8ペアの降り場の近くのコース脇で、俺は友人を待っていた。友人が遅いのか、俺が速過ぎたのか、まぁこんなアイスバーンでは仕方ない。無理にスピードを出し過ぎて怪我でもしたら大変だ。
「待ってよ〜、友基!!」
よく聞く、まるで女子みたいな声が耳に入った。
友人が慎重なスライドターンとコース幅一杯を使った低速な斜滑降で俺の側に辿り着いた。
「友基速過ぎ。よくそんなスピード出せるよね?」
「え、そう?歩夢が遅過ぎなんじゃねぇの?」
俺は歩夢をからかった。
友人の名は水上歩夢。保育園時代からの幼なじみだ。高校も一緒の学校に通う事になる。俺と共にスノーボードを一緒に初めて、マイボードも一緒に買いに行った。
今着てるスノーウェアは、緑のスタジャン風ジャケットにベージュのパンツというユニセックスのはずのコーデが、低身長で女性のような雰囲気の彼には、レディース物に見えてしまう不思議がある。
歩夢が乗っているボードはHEADのEVIL YOUTH。長さ138cmの子ども向けのロッカーボードだ。なにせ男子としては低身長の155cmだ。俺は167cmで使っている板は147cm。昨シーズン買った時は、160cmの身長だった。第2時成長期真っ最中の男子の身長では、1シーズンであっという間に体格が変わってしまう。来シーズンはおそらく買い替えだろう。そろそろ初心者を中学と共に卒業して、更なる高みを目指したい。
「ジブに挑戦してみる!」
歩夢は無邪気にそう言って、パークを目指した。急斜面の滑りは俺の方が速いが、パークアイテム、特にレールやボックスを滑るバランス感覚は歩夢の方が圧倒的に優れている。
俺はワイドボックスをスライドするのが精一杯なのに、あいつは学校の平均台よりも細いレールを、いとも簡単にジャンプして滑りきる。
「見て見て!!行くよ!!」
鹿島槍のパークはレーンがいくつかあり手前から、キッカー、初級向けジブ、上級向けジブが2つと計4つのレーン、合計20以上のアイテムが設置してある。歩夢は初級向けジブのワイドボックスとナローボックスを50-50という、単なる通過するだけの技だが。、すいすいと通過している。俺はワイドはなんとか通過出来たが、ナローで後ろ足を踏み外し盛大にこけた。
「歩夢上手過ぎ!よくそんな細い鉄の上滑れるな?」
「え、そう〜?友基が下手過ぎなんじゃないの〜?」
ちょっと嫌みのある言い方だったけど、さっき俺がからかったばかりだから仕方ない。
だがそんな俺ら2人は、本当に遅いし、下手だと言う事を思い知らされる。いや、それを差し引いても、その人が上手過ぎるのかも知れないが。
ブナダウンヒルコースの急斜面から猛スピードで人影がこちらにやってきた。俺も結構飛ばしていたがそれ以上だ。急斜面から減速する事無く、あっという間にパークに進入。上級向けのレールを主体とした、アイテムのリップで軽々とジャンプ。と思いきや、背を向けてた体を180度右に半回転。逆向きでレールをスライドさせたバックサイド180からのスイッチ50-50を決めた。次のレールはスイッチの状態から、今度は左に半回転、体勢を元に戻してレールをスライドというキャブフロントサイド180をして、レールに乗る技を披露した。どのアイテムも軽々と技を決めながら猛スピードで通過して行く。そのまま停止する事無く、後ろ足のバインディングを外して第6リフト乗り場に滑り込んだ。
「さっきから凄いよね、あの人?」
歩夢が興奮しながら俺に言った。
あの人は俺たちが着いたと同時くらいに来て、1人でずっと滑り通している。その間俺たちは何度あの人に追い抜かれた事か。
「あの人て女の子かな?」
歩夢が興味ありげに聞いて来る。
「いや〜どうだろうね?歩夢みたいなのもいるから断言は出来ないよ。」
「僕みたいなのは、多分そんなにいないでしょ?」
歩夢はツッコミを入れた。
確かに、ビーニーとゴーグルとフェイスマスクで顔が分からないが、確かにあれは女性だ。背は歩夢よりも小柄か。ビーニーから出ている髪は金髪の前下がりのミディアムショートボブ。黒のジャケット、黄色のパンツはどちらも体のラインが出やすいレディースのスリムフィット。ジャケットは胸の膨らみとウエストのくびれが意外とはっきりでており、前傾姿勢から覗かせた尻のラインも、女性ならではの丸みのあるボリュームがあった。太腿も女性らしい肉感が綺麗なラインを作っている。
第6クワッドに乗り込み、再びダウンヒルコースの頂上を目指す。リフトの上から先ほどの女性が、またもやパークのレールやボックスを華麗に通過して行く。俺がアイテムで何度かこけた事もあり、時間がかかってしまったのか、あの人が速過ぎるのか、1週まわってもう追いつきそうな勢いだ。
2人で何本か滑った後、歩夢は休憩すると言って、第6クワッド横、コースから見て奥にあるセンターハウスへ入って行った。
俺はもうしばらく滑ると言って、今度は1人で滑りはじめた。
ダウンヒルコースをスピード出して滑り下りるも、と言いつつも、あの人に比べれば大分遅いけど、再びボックスに挑戦するべくパークに入る。ワイドは板を常に水平にしてエッジを立てなければ難なく通過。次にナロー。アプローチに入る際のスピードと進路を調整しながら、板の先を見つめる。板の両サイドとボックスの淵が平行になり通過に成功する。
この調子で次はレール。高さは上級レーンに比べれば大分低いレールだが、ちゃんとオーリーが出来なければ上手く行かない。オーリー…リップ、つまりジャンプ台に進入して前足を踏み切り、直後に後ろも踏み切ってジャンプ…レールに乗れたと思ったのも束の間、今度は前足が左側にずれ込み、後ろに倒れ込んだ。背中が痛い。転んだ時に背中をレールにぶつけた。しばらく動けなかった。
痛みを堪えてなんとか起き上がろうとした時、隣のキッカーレーンめがけて、またあの人がやって来た。今度はキッカーに挑戦するようだ。5メートルキッカー。決して高い方のキッカーでは無いが、初級レベルの人ならビビるレベルの大きさはある。あの人はスタート地点を表示する立て看板で一瞬停止、すぐさまエントリー。右へ左へ小刻みなターンを繰り返し、リップへアプローチ。
リップに到達した直後、その体は左へ勢い良く、高く回転を始める。一回、二回…レギュラースタンスでこちらに向けていた体は、瞬時に後ろを向く。同時に右手を丁度足と足の間、ウエスト部にあるボードのエッジを掴み、上半身を小さく丸めて回転の勢いを付けてバランスも取る。その光景は俺のほぼ正面上。黄色のスリムフィットパンツが作り出す、四つん這いのように突き出た尻と、ぴったり張り付いた太腿のラインをローアングルで眺める事になった。ボードのソールにはBURTONと書かれたカラフルなロゴタイプが刻まれている。その光景はどこか官能的、それ以上に滅茶苦茶格好良い。その光景を一瞬にして2回眺める事になった。着地もなんの危なげも無くあっさり決め、そのまま第6クワッドの乗り場へと向った。
俺は何を思ったのか、彼女を追いかけた。今日は何度も彼女の滑りを見せつけられた。それも目の前であんな凄い技を見せつけられて。様々な感情が脳内を巡る。驚愕、感動、躍動、興奮。なかには嫉妬も少々あったが、それはむしろどうでも良いくらいだ。だけど俺が本当に心を奪われたのその次の瞬間だった。リフトに乗るため、後ろ足のバインディングを外した後、今度はゴーグルのレンズを額にずらした。レンズから開放された目が一瞬こちらを向いた。
碧い目。
その目はまるでブルーサファイアの瞳を持つ子猫のような目だった。大きく丸く、少しだけつり目がかっているような愛らしい目だった。俺は激しい動揺を覚えた。さっきまであんなに激しい滑りをしていた彼女と同じ人物とは思えない、碧く愛らしい瞳。あまりにも衝撃的なギャップだった。
彼女がリフト乗り場で信号が青になるのを待つ。今日のナイターの鹿島槍は、平日というのもあってか大分空いている。4人乗りのリフトではあるが、わざわざ他人と相乗りするのも馬鹿らしいくらい人はいない。そんな中、俺は思い切って彼女にひと声かけた。
「すいません、一緒に乗っても良いですか?」
自分でも変な人だとは分かっていた。こんなガラガラのスキー場のリフト乗り場で1人でいる女性客に対し、俺と言う男が、わざわざ相乗りしようとしてるんだ。どう考えたって下心丸出しのアブナイ人だ。だけど、今はそう思われてでも、何か話しかけたい。そんな衝動で一杯だった。もし彼女が断ったり、嫌そうな表情を見せたら謝って先行かせよう。そう考えていた。だが彼女の反応はちょっと意外だった。
「あ、どうぞどうぞ〜!おかまいなく〜!」
結構あっさり、というか、ようこそと言わんばかりの明るい返事だった。フェイスマスクで表情は分かり辛いが、読み取れる表情は笑顔だ。
俺はお言葉に甘えて、相席させてもらった。それが、彼女との運命的な出会いだった。
リフトの搬器は乗車時にゆっくりと走行し、、乗り場から出ると速度を上げる。高速リフト、デダッチャブルリフトというタイプのリフトは、乗り場と降り場は速度が低速で、走行中は第8ペアのような普通の固定式リフトよりも速い速度でケーブルを回す。俺の心臓の鼓動も高速リフトの発進と同時に速くなった。
全長960メートル。秒速は約4メートル。4分くらいで降り場に着いてしまう。せっかく相乗りさせてもらったのに何から話そう。「今日はいい天気ですね?」まぁ今日は風も無く星空も綺麗だ。「寒いですね。」確かに冷え込む。3月とはいえ、雪国である白馬、大町の夜はこの時期はまだ常に氷点下だ。「さっきの技凄かったですね?」率直に思ったのはこれだ。だけどその先の話題の膨らませ方が分からない。専門知識はそんなにある訳でも無いし、なにをどう聞けば、あの技を教えてくれるのか。そんな事を思っているうちに、リフトの景色はパークから、急な上り坂に差し掛かった。色々迷っているうちに向こうから突如話しかけて来た。
「ねぇねえ?私のF7どうだった?」
俺はあっけに取られた。
「エフセブン?」
聞き返してしまった。
「そうそう。フロントサイド720。さっき見てたでしょ?私格好良かった〜?」
フロントサイド720。俺がキッカーで見たあの2回転ジャンプだ。ジャンプをする時に体を正面、つまりフロントにまわして、720度回転する技。それがフロントサイド720、略してF7だ。
「見てました!凄く格好良かったです!」
俺は興奮気味に答えた。
「でしょ〜?あれ、私の一番の得意技なんだ。中学の時あれやって全日本大会優勝したんだ!」
彼女は自慢げに語った。全日本大会優勝、それは凄い訳だ。
「あ、ねぇねぇ?君中学生?なんかそれっぽい雰囲気だけど。」
それっぽい雰囲気がどんな雰囲気なのかは分からないが、そうですと答えた。
「といっても、卒業式が終わって、今度高校生になるんですけどね。」
この時期の中3は何とも微妙な時期だ。
実際は3月までは中3だが、卒業式を終え、入学式を目前に控える。感覚的には中3と高1の間と言った所だ。
「そうなの?何処の高校?てか地元の人?」
彼女は更に質問して来た。地元の人?と聞いて来たのは、このスキー場自体、県外からの客も多いからだ。関東地方は特に。更に言えばトップシーズンには台湾や中国からのツアー客も来日する。白馬エリアでも特に巨大な白馬五竜や八方尾根、栂池高原はオーストラリアからの滞在客で賑わっている。まるで日本じゃないみたいに。
だが俺は、生まれも育ちも地元大町の人間だ。彼女はどうだろう?質問から察するに地元感満載だが。
「今度、木崎高校に入学します。」
大町木崎高校。大町市北部にある地元の高校だ。家からも電車ですぐ行ける近さだ。このスキー場からも車で10分くらいの場所にある。
「え?マジ?!ウソ?!同じ高校じゃん!!」
彼女は驚いた。俺も驚いた。まさか同じ高校なる人と出くわすとは。とは言う物の、そもそも地元の人間同士だから本当はそこまで不思議な事は無いのかもしれないけど。
「私は湯沢雅、木崎高校の今度2年になるよ。君は後輩君だね!」
彼女は明るく、名乗った。俺も自己紹介をする。
「俺は神楽友基。よろしくお願いします、先輩。」
ところで、俺が入学する木崎高校、そこは冬期限定の部活も盛んらしい。俺は湯沢先輩に訪ねてみた。
「あの、木崎高校てスキーとかスケートの部活盛んですよね、確か。先輩は何か入っているんですか?」
「あぁ、部活ね〜。この前までアルペンスキー部やってたんだけど、やめちゃった。」
木崎高校アルペンスキー部。スラローム大会で全国優勝も幾度か果たしている名門だ。先輩はそんな所にも所属していらしい。
「やめたのはやっぱり、ボードが一番だからですか?」
本当は、「何故やめたんですか?」とか「練習きつかったんですか?」とか辞めた理由を聞いてみたい気持ちも無くは無かったが、辞めたからには、何か複雑な事情もあるのかもしれない。何より初対面の人間に対して下手に深入りするような質問するのは失礼だ。
「まぁそだね〜。スキーよりボードの方が楽しいしね。」
「高校には、スノーボード部みたいな部活は、無いんですか?」
木崎高校で冬期限定の部活が盛んだと言うのは、受験前の学校見学で聞いた。どんな部活があるかも一通り確認したつもりだったが。
「無いんだよね〜それが。」
やはり無いようだ。見学の時も確認出来なかった。そもそも、スノーボード部が存在する高校は、全国にどれ程あるのだろうか。スキーやスケート関係の部活はよく耳にするが。
「やっぱり無いんですね。あったら凄く面白そうなのに。」
俺はそんな理想をふと語りはじめていた。
「例えば、沢山仲間集めて、みんなで思いっきりゲレンデ滑りまくったり、色んな大会にも出てみたいです。先輩からもさっきのような技、色々教わってみたいですし。」
俺の理想空想は更に語る。
「ボードって一口に言っても、いろんなスタイルや競技があるじゃないですか。なかなかそれを知る機会や、触れ合う機会て見つけにくいと思うんですよ、多分。友達や家族だけだと、ただ単にレジャー感覚で滑っているだけだで、妥協してしまう気がして。だから、色んな仲間を沢山集めて、ボードの楽しさや可能性も沢山広げられたらなて思うんですよ。」
ボード歴3年程度の俺だが、ネットの動画やテレビのCS放送で様々なスタイルや競技を見て来た。そんな世界に漠然と憧れて、大自然の雪山を滑りたい、大会に参加してみたいと思う気持ちは確かにあった。もし部活が存在したら、多分そんな世界に一歩入って行けるのではないか、そう思っていた。
スノーボードというのは奥が深い。ただ単に滑っているだけなら、そこから先は対して何も無い。だけど、真っ白で雄大な雪原を颯爽と滑るライダー。巨大なキッカーで華麗にトリックを決めるライダー。どのスタイルでも、ただ雪の上を滑っているには留まらない何かを、テレビやネットの画面から感じていた。そして今日、目の前で先輩の滑りを目の当たりにし、それがより一層強くなった。本当にボードを楽しみたいのなら、今のままでは全然足りない。もっと上を、あらゆる可能性を確かめたい。そんな感情がわき起こり、気が付いたら俺は先輩に色々語ってしまった。
「はぁ。」
先輩はあっけに取られていた。いきなりこんな話をしては相手も困るのは当然だろう。しばらく2人とも黙り込んでいた。リフトも中間地点を過ぎた。
「よし!!」
先輩は急に何かをひらめいたのか、勢い良く声を上げた。
「部活、作ろう!!」
先輩の碧い目がさらに輝きを増して俺を見つめている。前のめりになって、その顔が俺にぐっと近づいた。
「私部活作るよ。神楽君が言ってくれたような部活。私もそんな部活やりたいもん!」
「え?本気ですか?」
その場の勢いと言うのもあり、にわかに信じられなかった。
「本気だよ!無いものは作れば良いんだし。難しい事じゃないよ!」
確かに、学園物のライトノベルや漫画なんかではそういう作品も多い。いや高校生活てそれが普通なのだろうか。少なくともうちの中学では、そういう事していた人はいなかった。
「じゃぁ、決まりだね!立ち上げたら真っ先に神楽君入部してね!」
口先だけの俺を真に受けたのか、それとも先輩が勢い重視の人なのか。半信半疑な俺は、まだピンと来ない。それでも会話は楽しかった。もしそんな部活が出来たら喜んで入部したい。仮に出来なくとも、一時の夢を楽しめたと思っても良い。目の前で見たフロントサイド720。それを披露した、とても可愛らしい碧い目を輝かせた女の子。そんな人と話せた事が今は一番嬉しかった。
リフトが降り場に到着した。たった4分の、同時に濃厚な4分の幸せな時間だった。多分これがゲレンデマジックと言う奴だ。
降車してスケーティングをして、ダウンヒルコースのスタート地点に到着する。
「あ、電話。多分パパからだ。」
先輩はパンツのポケットからスマホを取り出した。
「もしもし、パパ?着いたの?今ブナのてっぺん。」
ブナ、そう言えばブナ林ダウンヒルコースてブナと称されていたな。ダウンヒルより言いやすいか。
「うん、今滑り降りるから待っててね。」
そう言って先輩は電話を切った。
「じゃ、迎え来たから、そろそろ行くね。」
気が付いたらもう夜の9時だ。うちの親もそろそろ迎えに来る時間だ。
「それじゃ神楽君、またね。」
先輩は右手を差し出して握手を求める。俺もそれに応じる。お互いグローヴ越しだが、どこか柔らかく暖かい。そんな気がした。
「必ず部活作るから。だから、絶対来てね?」
碧い目は今度は真剣で力強い表情へと変わっていた。念を押すような力強さが漂っていた。半信半疑だった自分の気持ちもこの時、本気で信じたいという気持ちに変わった。先輩の作る部活、絶対成功させよう。俺の高校生活の目標が出来た瞬間だった。
先輩はゴーグルを掛けて、その碧い目を封じた。
「それじゃ、行くね!ばいば〜い!」
滑り出すと同時に明るい声をあげ、手を振った。そのまま颯爽と谷底に消えて行った。天真爛漫で気さくな人だった。またどこかで会おう。ゲレンデかあるいは入学する学校か。
先輩を見送り、想いに浸っていた。
だが、俺は致命的なミスを2つ犯していた。
1つ目は連絡先の交換をしていない。番号もメアドもLINEのIDも。先輩が去る前にちゃんと聞けば良かった。ただそれだけなら、同じ学校になるので、またそこで会えば良い。だがそれも難しい。
それは2つ目のミス。俺はずっとビーニー、ゴーグル、フェイスマスクをしたままだった。つまり相手は俺の顔を覚えられない、いやそれ以前に知る事が不可能だ。俺はなんとかあの碧い目を覚える事が出来た。髪型も金髪のミディアムショートボブらしきスタイル。だがそれ以外に手がかりになる物は何一つ無い。
結局は一時の夢だったのかもしれない。
そう思いもしたが、彼女とは入学後の秋に再会する事になる。
すべてはここから始まった。
プロローグでした。
最後まで読んで頂きありがとう御座いました。
この出会いがきっかけでこれから、スノーボードクラブが結成されます。ただし、初滑りまでが長くなります。それまでは、学校の日常がメインとなります。
さて、鹿島槍スキー場についてですが、このエピソードはナイターですが、鹿島槍のブナダウンヒルコースは朝一に滑ると最高です。ピステン斜面も良いですが、新雪が積もったパウダーも面白いですよ。
個人的な楽しみとしては、朝一でコースをぶっ飛ばし、それから何本か滑った後は地形遊びをするのがおすすめです。