昼下がりのハリネズミ
「最近どうよ、最近。」
「なんだよ突然。」
昼食のサンドイッチを頬張りながら、俺は質問の意図を汲みかねた。
「遊んでないの?合コンとか行ってないの、合コン。」
隣に座る会社の同期の丸は、当然でしょと言わんばかりで不遜げだった。
「行ってないよ。」
「俺、最近行ったんだよね。それがさ、たまったもんじゃなくてさ。」
快晴の下、朝の業務に一息ついたこの時間帯でなければ、少しはいらついただろう。
丸は、丁寧に剥かれたリンゴを器用にタッパーから取り出して口にする。
「聞いてくれる?スマホいじってないで聞いてくれる?」
「うるさいな。聞いてるよ。」
昼食後の会議の内容を確認しようとしたが、俺はスマホをポケットに入れた。
サンドイッチの具が少ない。たっぷりタマゴサンドなのに、形容詞どおりのたっぷり感は無い。
「お互い3人同士でさ、なかなか美人揃いだったわけ。会話も弾むし、なかなか良かったわけ。けど、その内の1人が種族が犬でさ、もうご主人様ご主人様ってうるさくて。」
「飼い主さんとの話しか?」
「いや、結婚してやがんの。」
そっちの主人か。
「来るなっての、結婚してるやつ。合コンに。まじで引くよ。」
うーんと伸びをして、俺は溜まった息をたっぷりと空中に吐いた。
「って、お前ももう結婚するだろ。そんなやつが合コンに行くなよ。」
「いやいや、するけど、別じゃん。家庭と恋愛は違うからさ。」
リンゴ以外に取り出したのは醤油で炒められたキノコだった。香ばしい匂いが漂ってくる。
向こうでは女性陣が同じようにベンチに座って昼食を食べていた。
「お前、いつもそればっかり食ってるよな。リンゴとかキノコとか。飽きないの?」
食うか?
最後のサンドイッチを口の中に放り込み、俺はコンビニの袋からから揚げの串刺しを取り出しながら丸に差し出した。
「俺だって他の食べ物食べたいっての。ってか、いらない。もしかしたら共食いかもしれないじゃん、それ。」
「ハリネズミのから揚げなんて聞いたことないよ。それじゃ何食べたいの?」
「いや、俺だって食べたいモノあるよ。女以外にあるよ。けど、嫌じゃん。引くじゃん。だってコオロギとかワームとか、ゴキブリだよ、俺。大抵の女子引くじゃん!」
丸は、背中のハリを少し逆立てながら語気を強めた。
お昼にボリボリとコオロギやゴキブリを食べていたりしたら、例えば向こうに座っている女性陣らは確かに席を移動するに違いないだろう。
から揚げを口にしようとした俺の手が数瞬止まった。
「最近、ほんとにないの?」
「だから何が。」
「だから浮ついた話しだよ。」
しつこいな。
気を取り直して俺はから揚げを頬張った。
特段、浮ついたことではないが、気になる女性は頭に思い浮かぶ。
口いっぱいに広がる肉汁を噛みしめながら、カンクンのお店で出会ったあの猫女性を思い出していた。
あれから1ヶ月が経ち、平日でもカンクンには訪れているのだが、一度も再会することはなかったた。
時間帯が合わないのか、平日は全く飲みに出歩かないのか、そもそももう来ないか。
相合傘で駅まで一緒に歩いたたった数分間のことだったが、あの甘い香り、甘い声は今でも思い出せる。
「お前、まだあの謎な店に入り浸ってるのか?」
謎じゃないの。
「マスター、ワニだろう?その内食われるぞお前。」
「食わねぇよ。」
たぶん。
「なんてたっけ、あの店の名前。ケンコウコツとか、カイキンショウとか言ったっけ?」
「カンクンだよ。全然合ってないし。」
「そうそうカンクン。カンクンってメキシコの都市の名前だろ。リゾート地の。」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。」
知らなかった。
こいつの無駄知識にはいつもに感心させられるが、何だか気に食わない。
キノコも食べ終え、丸はタッパーを閉じる。
「ま、俺アフリカ出身だから。メキシコのことならなんでも聞きなさい。」
「えっ、アフリカとメキシコ関係なくない?」
「えっ、メキシコってアフリカに無かったっけ?」
「南米だよ。」
「もう昼休み終わりだぞ。会議の内容確認しなくちゃ。」
すくっと立ち上がった丸は軽い伸びをし、さっさと歩きだした。
――前言撤回。
俺はポケットからスマホを取り出し、会議の内容と取引先からのメールチェックした。