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蒼(『ある日のこと』シリーズⅢ)

作者: 真田玲

『ある日のこと』シリーズ第三弾!今回のテーマは「クーデレ」です!

 遠くまで広がる青空。何も障害物の無いこの高台は俺のお気に入りの場所。俺たちの住む街がすべて見え、学校や町役場が見栄を張るように背伸びをする。遠くには山と海が見える絶好のロケーション。割と急な坂道を上ったところにある神社の、更に後ろにある階段を上りきったところにあるこの場所は、たまに町役場から派遣されたボランティアのおじいちゃん達が来るくらいでそれ以外はほとんど無し。こうしていつもと同じように見える街も、毎週写真を撮っている俺にとっては全て別物だ。趣味で始めたカメラがそろそろ板に付いてきた頃、ふいに来客が現れた。


「こんにちは~。」

「……。」


 こちらに気づいていないのか、こちらを気にしていないだけなのか、返事は無かった。自分よりも少し大きめのキャンバスを広げ、ベンチに腰掛けた麦わら帽子の少女。帽子の端からはポニーテールが垂れており、本格的に絵を描きに来たことを伺わせた。俺の通っていた高校の制服を来ている辺り、少なくとも俺よりは年下だ。コスプレじゃなければ。ちなみに、今年の春から俺の父さんが外部理事に就任した学校でもある。一年早ければコネとかで良い大学行けたりしたのかな……って、ないか。


そんな彼女は、綺麗に収納されていたパレットと絵の具セットを取り出し、絵の具まみれのエプロンを着けたりと、それなりに大がかりな準備を淡々と行っていった。


「なにか手伝いましょうか?」

「……私のことは気にしないで。」

「は、はぁ……。」


 冷めた言い方でそう話す彼女とそれ以上コミュニケーションを取ることは諦めることにした。そもそもこんな場所に毎日キャンバスを持ってくることは大変だし、まず続かないだろう。おそらく、彼女とも一期一会の関係。目的は同じだし、今は自分のことに専念しよう。


山の中ということもあって、いろいろな夏の虫が競うように鳴いている。それが暑さを際立たせているが、それをも上回るこの場所の魅力を自分なりに収めようと、一枚一枚丁寧に写真を撮る。その横で、なめらかな筆遣いでどんどんとその風景を切り取っていく少女。お互いにこの景色に夢中になっている。それだけは、何となく分かった。


 この時間の写真を撮り終えて、ベンチに腰掛ける。お弁当を広げてお昼の時間だ。


「ねぇ、お兄さん。」

「は、はい。」

「撮ってた写真、見せて。」

「これかい?」


 そういって彼女にカメラを差し出す。食い入るようにカメラのディスプレイを眺めては、『次へ』ボタンを選択する。俺がお弁当をのんびりと食べている間、彼女はひたすらに俺の撮影したそれらを見ていた。その間、彼女の表情は一度たりとも変わることはなかった。


「どうだった?」

「すごく……心地良い写真だった。」

「ありがとう。」

「こちらこそ。」


 さっきまでの真剣な眼差しとは違い、彼女はニコリと笑ってくれた。自分の作品を褒めてもらえること。それがたとえ自分よりも年下の女の子だったとしてもすごく嬉しかった。


「お兄さん、お名前は?」

「浜田佑一。大学一年生だよ。よろしく。」

「私は、井上遙香。高校三年生。よろしく。」

「一応、同じ学校の先輩だぞ、俺。」

「そう。一つだけしか違わないのね。」

「ま、まぁそうだね。」


 先輩アピールも虚しく、彼女は真顔のまま、淡々とタメ語で話してくる。でも、不思議と彼女にそう話されるのは嫌じゃなかった。むしろ、心地良いくらいで。


 一通りの自己紹介が終わったところで、彼女はコンビニの袋からおにぎりを取り出し、その小さな口でもぐもぐと食し始めた。


「ところで、遙香さんの絵も見せてもらえないかな?」

「いいわよ。下手だけど。」

「謙遜しないで。さっき少し見ちゃったけど、すごくうまかったし。」

「エッチ……。」

「えっ?!」

「盗み見はダメよ。」

「ご、ごめん。」

「なんてね。見てください、先輩。」


 なんなんだこの子は。で、なんで俺もこんなにからかわれてるのになんとも思わないんだろう。何もかもがイレギュラーだった。


「やっぱりうまいな。すごく線も整ってるし、情景も伝わってくる。」

「まだまだよ。」

「遙香さんがそう思うなら、そうなのかもしれないけど。俺は好きだな。」

「あ、ありがと……。」


 麦わら帽子を少し深く被り直したが、その隙間から彼女の赤く染まる頬が見え、こちらまでドキドキさせられた。やっぱり、褒められるのって嬉しいよな。


「そういえば、先輩はどうしてここで写真を撮ってるの?」

「写真にはまってから、いろんなところで写真を撮っていたんだけど、気づいたらここに来ていて写真を撮ってた、って感じかな。」

「キザッ……。」

「言い方酷いぞ~。」

「ふふ……ごめんなさい。」

「で、遙香さんはどうしてここなんだ?」

「あまり人の事言えないかも。」

「じゃあ、キミも十分キザいじゃん。」

「そうかもしれないわね。」


 手を口に添えて笑う遙香さん。それにつられて、俺も笑顔になる。


「ここ、気に入ったわ。」

「俺は毎週来てるぞ。」

「気持ち、分かるわ。」

「あれ……、『気持ち悪い』とかいうと思ったんだけど。」

「私も『気持ち悪い』ことになっちゃうもの。」

「気が合うな。」

「そうかもしれないわね。」



 それから毎週、彼女は大きなキャンバスを持ってこの場所に来るようになった。取り憑かれたかのように真剣な表情で筆を走らせる遙香さん。その横で、これまでと同じように写真を撮り続ける俺。まるで初めからお互いを知っていたかのように気を遣うことなくそれぞれの作業に没頭できるその感覚がとても嬉しかった。




 夏も終わりかけたある日。いつものように彼女が遅れてやってくる。


「おはよう。今日も早いね。」

「おはよう。」


 彼女の言葉に感情は乗っていなかったが、それでも挨拶をしてくれるだけでお互いの存在を確認できて良かった。黙々とキャンバスを広げ、いつもと同じようにパレットを準備。


「ねぇ、先輩。」

「ん?」

「蒼の絵の具持ってない?」

「持ってるわけないでしょ。俺、写真撮りに来てるんだよ?」

「そうよね。ごめんなさい。」


 そういうと、画材をそのままに小さなポーチだけを持って、神社の方へ向かっていった。確かに、この場所は海も山もあるし、大きく広がっている空もある。素人目でも蒼は必要な色だ。そもそも三原色の一つだし、補充を忘れることなどあまりない思うのだが……。


たまたま今日はそれがなかった、初めはそう思っていた。だが、彼女の置いていった学校用の鞄から、ちらりと見えたノートが真っ青に染まっていたことを見て、どうやらそういうわけでもないのではないかと憶測した。


 彼女の帰りまで、そのことがもやもやと気になってベンチにゆっくりと座っていたが、いつの間にかその心地良い風を受けて、寝てしまっていた。



「先輩。」

「うわぁっ!」

「ちゃんと見ててくれないと、荷物。」

「ごめん。俺、どれくらい寝てた?」

「今帰ってきたところだから、30分くらいかしら?」


 幸い、お互いの荷物も問題なさそうだ。ただ、依然として見えるあの青いノートを除けば。でも、黙ってるのもモヤモヤしたので、意を決して聞いてみた。


「遙香さん。その……ノート、どうしたのかなって。」

「見たのね。」

「ご、ごめん。」

「いいの。鞄の中で絵の具が爆発しちゃっただけよ。」


 真顔でそう答える彼女。いつもと同じ表情。


「……嘘だよね。」

「えっ?」

「あれだけ几帳面に道具を整理しているキミが、そんなことをするわけがない。」

「……。」


 彼女は俺から目線を反らし、俺たちが魅了されたその景色を眺めた。


「なにか、あったの?」

「別に。」

「そんなわけないだろ!」

「あなたには……関係ないでしょ。」


 彼女の肩は震えていた。


「俺は、キミの送っている学校生活という世界には存在しない。その世界に関わる手段もない。だから、もし良かったら聞かせて欲しい。」

「先輩……。」

「遙香さ……!!」


 俺に何かを言わせる前に、彼女は俺の胸に顔を埋めた。か弱い声を出しながら俺の洋服を濡らしていく。


「なんで賞を取ったくらいでこんなことにならなきゃいけないのよ!」

「うん。」

「私、何も悪いことしてないのに!」

「うん……。」

「こんなことなら賞なんて取らなくて良かった!」

「頑張ったな………。」

「あ゛ぁあああああ……。」


 烏滸がましいかもしれないが、俺は彼女を一生懸命抱きしめた。彼女が安心して泣けるように。これまで我慢してきたことを全部はき出せるように。強く、優しく。



◇◆◇◆◇



「落ち着いた?」

「うん……。」


 ゆっくりと俺から離れた遙香さんは、キャンバスの前に移動した。


「私ね。いじめられて、ここに来たのよ。」

「そうだったんだ。」

「ずっと先輩からも『もう少し頑張ろう』って言われ続けてたから一生懸命家でも練習したら、高校最後にうちの美術部で初めて入選して。」

「遙香さんの絵は、努力の賜物だったんだね。」

「なのに、同級生が『調子に乗ってる』とか『なにか裏であった』とかイチャモンつけてきて。我慢出来なくて反論したら、ターゲットになっちゃってね。」

「そうなんだ。」

「私、普段から『冷たい』って言われてきたくらい感情を外に出すのが下手だし、当然かもしれないけど。」


「初めてキミに会ったとき、俺も『冷たい』んじゃないかって思ったよ。」

「そう。」

「でも、キミはそんな子じゃなかった。君の絵から、キミが伝えたい感情がすごくよく伝わってきてた。毎週描いていた絵を見て、そのときの遙香さんがどう思ってるか、なんとなくだけど分かったし。」

「そ、そうなの?」

「うん。だから、キミの今置かれてる状況はしょうがないものなんかじゃない。」

「でも、私は戦えない……。私が我慢すれば、なにもかもうまくいく。」


 彼女は震えていた。自分がこれまで体験してきた恐怖や悲しみ、つらさがきっとのしかかってきてるんだと思う。でも。


「それでいいわけないだろ!」

「周りのやつももみんなそう言う!『頑張って戦わなくちゃ!』って!」


 本当に頑張り屋さんなんだな、彼女。


「遙香さん。」

「なによ……。」

「キミは、もう十分頑張ったよ。」

「うぅ……。な、泣かないもん。」

「ほら、ちゃんと感情だせるじゃん。」

「全部、先輩のせいだもん。」

「そうだね。」

「か、顔洗ってくる!」


 そんなことを言いながら、彼女は水道のある神社の方へ走っていた。その背中を見送ったところで、俺はポケットから携帯を取りだした。


「父さん、突然ごめんね。ちょっと調べて欲しいことがあって……うん、そう……宜しく。」


 彼女が可愛らしい黄色いタオルで手を拭きながら帰ってきたところで電話を切った。


「誰?」

「ん~。彼女とか?」

「そんなのいるんだ、先輩に。」

「どうだろうね。」

「いじわる。」


 そう言いながら、キャンバスの前に座り、黙々といつもと同じように見える風景を描いていく。俺も、肩から掛けたカメラでこの風景を撮る。


「あっ、そうだ。」

「なに。」

「遙香さんの写真も撮っていいかな?」

「好きにして。」

「ありがと。」


 麦わら帽子にポニーテールの彼女の背中とキャンバス。そして、お馴染みの美しい背景。やっとそろったパズルのピースが填まったようにしっくりと来るその画をしっかりと残せるように、何枚も何枚も撮った。



              たぶん、君に会うのはこれが最後だから。



◇◆◇◆◇



 その次の週から、予想通り彼女はこの場所には来なくなった。父さんに美術部でいじめの件に関する調査を依頼した結果、それが常態化しているという事実が確認でき、地元の新聞で大々的に取り上げられた。小さな街と言うこともあり、それが誰だったかとかそういう話も広がってしまい、犯人グループだった女の子達は、休学・停学をすることになったということも、友達伝手に聞いた。


 秋は山々が朱や黄、緑と様々な色を連ね、それが週を追うごとに変化していく。空の蒼とのコントラストが鮮やかで、少し涼しい風で揺れる木々の一瞬一瞬もまた芸術的で。とにかく心地の良い空間に姿を変えていた。


 彼女が来なくなっても、俺は毎週この場所に来て写真を撮り続けた。もともと俺は一人でこの場所にいることに対して優越感を持っていた。そのはずなのに、今の俺の心は虚無感でいっぱいだった。原因は分かってるし、彼女のためにはそれで良かったということもよく分かっている。もう大人なんだし、それくらい受け容れないとな。





「今日も良い景色だな。」





「先輩。独り言ですか?」


「は、遙香さん?」


「お久しぶりです。」


 幻聴かと思った。振り返るとそこには確かに彼女の姿があった。目をこすり何度確認しても彼女。心の中に高揚感と、安心感が広がっていく。


「制服じゃないから気づかないかと思いましたよ。」

「敬語使えるようになってるな。」

「先輩は命の恩人ですから。」

「俺は何もしてないよ。」

「とぼけないでください。」


 口調は相変わらず平淡なままだが、普通に話せるようになっていた。水色のワンピースに白い帽子と、相変わらずのポニーテール。見ないうちにずいぶんと大人になったな。


「今日は画材持ってきてないんだ。」

「先輩がまだここにいたら、報告したいことがあってきただけ。」

「報告?」

「私、先輩と同じ大学に合格しました。……美術推薦ですけど。」

「おめでとう!!」


 なんで俺が通ってる大学を知っているのかはさておき、彼女の合格は自分の事に嬉しかった。現実逃避のためにここに来ていた遙香さんが、ちゃんと戦ったからこそ、その推薦を勝ち取ったのだから。


「先輩、なんで泣いてるんですか?」

「キミが戦いに勝ったことが嬉しくて。」

「涙もろ……年取ったんですね。」

「一つしか違わないだろ。」


「すみません。でも、そうやって優しくしてくれる人がいるって思えたから頑張れたんです。」


「そ、そうか。俺も少しは役に立てたんだね。」

「はい。だから、もう一つお伝えしたいことがあって。」

「これ以上俺を泣かせないでくれよ?」

「うん。」


 俯いたまま、数秒。真剣な眼差しでこちらを見つめた。


「先輩。」

「はい。」


 吸い込まれそうなその大きな目。可愛らしい顔。そこから発せられた言葉に




「私と、付き合ってください。」




 うまく返す言葉が見つからなかった。


「えっ?」

「私、先輩がいてくれたから頑張れたんです。『頑張ったね』って言ってくれたから、自分で自分を追い詰めることもやめました。だから、上手に前に進めました。これからも、側にいて欲しいんです!」

「いや、えっと……。」

「先輩!」


 彼女の本気は、すごく伝わってきた。でも、俺なんかが幸せに出来るんだろうか。目の前の少女の将来を考えると、不安になった。


「俺で良いの?俺、毎週ここに一人で来るようなタイプだよ?」


「良いじゃないですか。私は、あなたが好き。それだけですから。」



     なんで俺が勇気づけられてるんだ。なんでこんなことまで言わせちゃってるんだ。



 自分の覚悟の無さに恥ずかしさを覚えつつ、意を決して、彼女を抱きしめた。



「遙香さん。これからも宜しくお願いします!」


「先輩……」


「へっ?」


「かっこ悪い。」


「ご、ごめん。」






「でも……







そういうところが、私は大好きです。」


次回のテーマは「年上」です!お楽しみに!

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