瀬尾くん日記
亀更新ですが完結目指して頑張ります
いつもの時間、いつもの場所、いつものタイミングで、あの人を見つける。
今日も小波高校の制服に、飾り気のない茶色の鞄を持っている。平日の放課後なのだから当たり前だけど、たまには私服も見てみたい欲がもどかしかった。
「いーずみ! 一人で帰るなって」
「坂城。今日は日直の仕事があると言っていたから先に帰ったまでだ」
「少しぐらい待ってくれって。おかげで速攻で終わらせたけどな」
いつもの友人らしき人物が現れて、あの人の隣に並ぶ。冗談めかした話題で場を和ませながら、ほぼ一方的にだけどあの人に話しかける彼に羨望の眼差しを向けずにはいられない。
坂城信司。あの人の数少ない、知る限りでは唯一と言っていい同学年の友人。
明るく、誰とでも隔てなく接することのできる驚異のコミュニケーションマン。姉と妹がいて三人兄弟。あの気さくな性格だからこそ、気難しい彼の側にいても鬱陶しがられはせよ邪険にはされていないようだ。
なんやかんやで、あの人は彼の話をちゃんと聞いているし、信頼もされていることが端から見ていても分かるほどだった。
「……」
「ん? どうした和泉。忘れもんか?」
「……何でもない」
…………危なかった。
電信柱がないか、私がそれよりも横幅があったら、完全にアウトだった。不意打ちに振り返ったあの人と目があってしまっていた。
恩柱?である電信柱に一礼をして、再び彼に目線を送る。
気だるげな背中、でも背筋はピンと伸びていて180cmの長身に細身筋肉を備えた抜群のスタイル。視線だけで心を射止められそうなキリリと鋭い黒色の瞳に、聞くだけで体が痺れてしまうような低音ボイス、誰もが目を留める端正な顔立ちは笑っていなくても色気が溢れ出ている。
一般的に彼のことをイケメンと称するのだろう。まだ高校に入学し一年も経っていないというのに、既に校内外にはファンクラブが存在している。会員は決して少なくない。
器量良しに加え、成績は学年トップでもあり、運動神経もどの運動部からも助っ人要請が頻繁にくるほど抜群。勧誘だって山のようだけど、なぜか帰宅部を貫く彼に付いたあだ名は「最終兵器」。
兄弟はいないようで、今は訳あってマンションで一人暮らし。そのせいか料理が得意で、難しいものほど情熱がわくそうで好きな番組はもこ○キッチン。
普段は制服姿で買い物などを済ませるため、私服は滅多に見られない、レア中のレア姿。
以上が、私が調べたあの人に関する情報。
あの人――瀬尾和泉。私の、好きな人。
瀬尾和泉について三戸鈴音が調べだしたのは約一ヶ月前。たまたまラジオで自分の悩みが読まれ、返ってきたあまりに簡潔な答えに目から鱗が落ちた次の日からだった。
好きな人に近づき、知る。鈴音はこの一ヶ月近くの行動を世間一般的に「ストーカー」と呼ばれるものだと自覚はあった。しかし恋する乙女に手段は選んでいられず、もとから話しかける勇気もないので、少しでも瀬尾和泉を理解したいがため鈴音としても苦渋の選択だった。
その甲斐あってか、何も知らなかった一ヶ月前に比べそこそこ「瀬尾和泉」について知識を得ているという自負も芽生えた。
女の自分が男の跡を追っていたのではもし誰かに見つかった際に問題が起きやすいのではと、小波高校の男子制服をわざわざ瀬尾和泉と同じ高校に通っていた従兄経由で拝借もしていた。鈴音は女子である上に高校が異なるため、これ幸いと通した袖も裾もぶかぶかでまともに着れるよう縫うのに三時間もかかってしまった。
不幸中の幸いか、色気も胸も大分控えめな体型のおかげで違和感は薄いように思う。その事実に軽く落ち込みはしたものの、これで好きな人に近づけるのであればと、鈴音の覚悟は山よりも高かった。
「今日の瀬尾くんはスーパーに寄ってジャガイモ、玉葱、人参等々、カレーに使われると思われる材料を購入。恐らく今晩の夕飯と推測。また野菜の鮮度を一つ一つ確認しながら最高の物を選ぶ真剣な姿を見せて、坂城くんに呆れられる。その後、道端で遭遇した野良猫に触ろうとして猫パンチをくらう。帰り道は三回くしゃみをして、ふいに後ろを振り返ってきたので、とっさに隠れてやり過ごし、そこで見逃してしまう。今日も家はわからず、と。瀬尾くん日記おしまい」
知るためには、記録もしなければいけない。そのために始めた「瀬尾くん日記」を誰にも見つからないよう本棚の奥に仕舞う。
「最近の瀬尾くん、どんどん察しが良くなってきてる気がする……」
ストーカー行為を始めてしまってから早くも一ヶ月が過ぎた。
瀬尾くんが振り返る頻度も、振り返った後の確認する時間も伸びてきているのはきっと、気のせいではないだろう。
幸いにも瀬尾くんは振り返るだけで、何かいるのかとわざわざ足を動かしてまで探ってはこないが、それも時間の問題な気がする。最近はそんな瀬尾くんを坂城くんも気にかけていて、むしろ彼が確認しようとするのを瀬尾くんが「なんでもない。行くぞ」と言って止めてくれている現状だ。
鈴音はストーカーをしてしまっているが、プロではなく、遠目から眺めて気づかれそうになったらとっさに物陰に隠れているだけだ。
幸いにも耳が良いのが自慢でもあるので何十メートル離れていても会話はそこそこ聞こえているが、正直、一ヶ月間も見つかって通報されていないのが奇跡だと鈴音自身思っている。それでも止められないのは、鈴音が未だ瀬尾に話しかけられない小心者だから。
気づかれたらきっと、鈴音の存在は気持ち悪いと一蹴されて二度と近寄れなくなってしまう。一度も近寄ったことがないのに、初めで最後が軽蔑の視線なんて絶対に嫌だ。
あと、少しだけ。もう少しだけ、瀬尾くんを知ったらきっと話しかける勇気が持てるから。瀬尾くんを知っていることに自信を持ちながら、目を見て告白できるようになるから。
告白した後、この想いが実ることはなくても、瀬尾くんを好きになって、知って、ドキドキした瞬間を忘れることはないだろうと鈴音は確信していた。
鈴音には端から、自分が瀬尾の隣に立つ未来なんて思い描いていなかった。




