プロローグ
拙い文才ですが楽しんでいただけたら幸いです。
「由々しき事態、と言わざるを得ないでしょうね」
「何か意見があるなら、お伺いしたいのですが……」
重い口調で学院長は口を開く。
しかし周囲の人間は誰一人その発言に続こうとはしなかった。
いや、正確には続けないでいた。
己の技量をはるかに上回る案件を前に、ただ固唾を呑んで様子を伺うしかできないからだ。
誰かの、奇跡的な回答、答えを述べるのを待つ。
そんな遠慮とも取れる行動を、誰にも咎める事ができない。
「…………」
ドリームシープ地区代表、ユーシェブライアンもまた、静かに視線を落とし、じっと腕を組んでいたからだ。
自らの一つの決断が街の運命を左右する事態に、未だ結論を出せないでいた。
意見を戦わせる場での出来事。
ほんの数分間の沈黙にも関わらず、この場に居た多くの人間は、この場の時がが止まる、そう、永遠とも思える重圧を感じていただろう。
誰でもいい。
この場の空気の流れを、変えてほしい。
「よろしいですか?」
重苦しい沈黙を破ったのは、ドリームリング代表の、ミセルアンジェリカだった。
全員、ゆっくりとアンジェリカへと視線を向ける。
その場の止まった時が徐々に動き始め、アンジェリカへと集中する。
全ての重圧を身に受けるアンジェリカだが、その姿、心には一切の迷いはなく、事を冷静に受け止めている。
「物は考えようかと、ましてや相手も我々と同じ人類です」
「ユーシェブライアンも理解されていたはずです。いつか、このような日が来るかも知れない、と言うことを」
「ちがいますか?」
「ああ……そうだ。確かにいまさら驚くようなことじゃねえな」
「俺はこんなところで、足踏みしている暇はないんだからな」
「それでこそ、ユーシェブライアンです」
長年、最前線で共に戦い続けたアンジェリカの言葉に、ブライアンをはじめ全員が耳を傾けた。
単なる上っ面の言葉だけではなく、自信からくる言葉。
過去、何十もの死線を共に潜り抜けたアンジェリカの信頼は、今や学院長にも、匹敵するレベルにまで来ていた。
それは、学院長にとっても不快なものではなく、初めてできた対等な仲間として、他の者と同じく絶大な信頼を寄せている。
「実力行使に出るしかないでしょう。それしか道は無い」
学院長が頷く。
「学院長、アンジェリカ。単刀直入に聞く、勝算はあるのか?」
「情報どおりであれば、こちらが有利かと」
「しかし――――」
「あちら側が何かを隠しているとなれば、話は別、ですね?」
「判断の見極めを誤れば、被害は甚大になり……いえ、多くの犠牲をもたらしドリームシープだけではなく、全てを占拠されてしまうでしょう」
「相手がどのような野蛮人であっても、勝機はあります。歴戦の戦士として戦場に立つ以上負けは許されない」
「はい。私たちが力を合わせて、敵わない相手などいないでしょう」
覇気のある声を響かせ、ブライアンはテーブルを手のひらで叩く。
「おし、なら俺も覚悟を決めるとしようか」
「やつ等に、どちらが上か、この俺様のコブシで叩き込んでやる」
「しかし――――万が一のことは考えておくべきです」
「それが上に立つ者の役目だと、私は考えます」
「なぁに、心配ないさ。もしもの時は、ヤツを導入するだけさ」
ブライアンは不敵な笑みを浮かべ、そう言った。
「ではそろそろ参りましょうか。お時間のようです」
学院長が立ち上がると、それに続きアンジェリカ、そしてブライアンとそれぞれが腰を上げた。
それは、突然訪れた。
何の前触れも無く。
いや、正確には少しだけ違う。
俺たちの知らないところで、着々と、淡々と進んでいただけのことなんだ。
それは、地上から人類が消え、大空へと旅立った日。
――その事を、俺はまだ知らない。