ふわふわとろとろギリギリのオムライス 第4話
ちょっと長くなってしまった。でも話は進まない。次の次ぐらいから、テンポよく進めれるかなぁと。
訳が分からない。という表情をしながらキッチンへと先生に連れていかれた山田君。いや、山田君だけではなく、私を含めた寮生みんながそんな表情をしていた。……結晶だけはお昼ご飯と聞いて、嬉しそうしているけど。
「……理事長。話が全く見えないのですけど」
「話はお昼ご飯を食べてからよ」
「……一応言っておきますけど、山田君の料理が美味しいから、そのままなし崩し的に認めさせてやろう、とはなりませんよ」
「え、駄目?」
ほ、本当にそんなつもりだったの?
「駄目です!ここにいる寮生みんなが認めても、後の半数の寮生が認めるとは限りませんし、そもそもさっき言った問題の解決になってません!」
山田君には申し訳ないのだけど、お昼を作ってくれてもあまり意味がない。
「そうねぇ……正直言うと、女子寮に男子が〜っていうのは問題じゃないのよ。いや、問題にしないのよ。私が。力づくで」
恐ろしい事をいう理事長。
権力でも能力でも、本当にそう出来るだけの力があるのがなにより恐ろしい。
「他の寮生に関しては、あなたと巴が認めれば後は問題無いじゃない」
「そんな訳「あるかもしれないわね!」……結晶?」
人の言葉に被せる様に会話に入ってきて、まるで私と巴先輩が寮を牛耳ってる様な理事長の言葉に、同意してくれた友人。そんな訳ないのに。なんてひどい娘だ。
けれど、そう思ったのは私だけのようで。
「………うん。私と結晶は、花の決定に従う」
「そんでー、ありさとかぐやは巴の決定に従い、私と千傘は基本、おーるうぇるかむー!ってな感じだからー……うん、実質的に花と巴の二人天下だねー!」
……頭が痛い。実際にその通りかもしれないのが余計に痛い。
「……そうだとしても、巴先輩が認めるかは分かりませんよ」
頭を抑えながら、負け惜しみの様なセリフを言ってしまう。そうでないと本当にこの場で、山田君が寮母に決まってしまいそうだったから。
……いや、なにも山田君個人が嫌な訳ではない。
むしろ、どちらかというと印象は良い方だ。
これは第一女子寮の友人も言っていたが、同性しかいない寮内だとどうしても気持ちが緩んでしまう。学園内では絶対にしない様な仕草や格好を、気付かない内にしてしまう。
新雪寮だと、特に結晶と透子先輩、沢樹先生は人一倍緩み易い。
そして今現在。三人は緩んでいる。ゆるゆるしている。具体的には胸が。
(普段から寮内でもブラぐらいは着けろと、あれ程言っているのに……)
気がついたのが食堂に来てからなので、注意するタイミングが無かった。
しかし、そんな三人を、山田君がじろじろ見る事は無かった。
最初は気が付いていないのかと思っていたけど、結晶が何やら大喜びしていた時に、弾んでいた大きな胸からあからさまに視線をずらしたのが分かった。
その後も密かに山田君を観察していたが、胸へ視線を向ける事は無かった。
これから徐々に薄着になっていく季節。特に夏服になると訪れる異性からの多くの視線。
それを向けられないだけでも、彼への印象は少しではあるが良くなってしまった。
会って間もないのに、楽しそうに会話が盛り上がっていた他の三人も、悪い印象は持っていないだろう。
そんな訳で、これで料理が上手であれば本当になし崩し的に認めてしまいそうで。
だから「今この場にいない巴先輩は反対するかも」という可能性は残して起きたかった。のに。
「私がどうかしたの?」
……なんだかもう。全て理事長の思惑通りに進んでいそうで怖いです。
▽▼
「あっれー?巴出かけてたんじゃないのー?」
「ずっと部屋にいたわよ」
「あっれれー?さっき呼びに行った時、ドアに鍵かかってたし呼び掛けても返事無かったけどー……もしかして寝てた?」
「ごめんなさい。起きてたけど煩かったから無視したの」
「あははは!相変わらずひどいぜドちきしょー!」
来て早々、本当に相変わらずなやり取りをする巴先輩と透子先輩。少しジト目で巴先輩を見てしまったが、仕方がないのではないだろうか?
でも、ごめんなさい。
「お久しぶりですね、理事長」
「ええ、久しぶりね。あなただけは普通に元気そうね」
先輩が学園に入る前から知り合いらしい、この二人。
未だにどんな関係なのか、仲が良いのか悪いのかも、よく分からない。……いや、悪いって事は無さそうだけど。
「それで新しい寮母さんはどこですか?」
「キッチンでお昼ご飯作ってるわ。貴女も食べたいなら、もう一人前お願いして来なさい」
「そうですね。では挨拶ついでに」
椅子に座ったばかりの先輩が、すぐに立ち上がりキッチンへと向かう。
「ふっふっふー!巴にこの前話したビッグでびっ「本当に男の子だったんでしょ」……あっれー…なんで知っ「二階の窓から見えたわ」……ソウデシタカ」
しょんぼりしながら見送る透子先輩。そのままお茶を飲もうとしたが中身が空だったようで、一層しょんぼりとしていた。
そんな透子先輩に若干和まされながら、私はこの寮にとってどうする事が一番良いかを考えていた。
この場に巴先輩が来てしまった以上、なんらかの決断をしなければならない。
山田君を寮母として迎えるか迎えられないか。
新雪寮には入寮条件がありその寮母にも条件がある。その為に半年以上も寮母が見つからなかったのだ。今回の寮母の話を断ってすぐに、新しい寮母が見つかるとは到底思えない。
しかし、だ。山田君は男性だ。見た目が身長高めの綺麗な女性にしか見えなくても男性なのだ。問題になるのは世間体だけじゃない。
ひとつ屋根の下で異性と生活していく事は、間違いなくストレスになる。私達も山田君も。
それは許容できる範囲なのだろうか?
当然、家族以外の異性と暮らした事のない自分には分からないが……むしろ、私達より山田君の方がストレスになるのではないだろうか。同世代の女の子達の中に一人自分だけ男の子、という状況。気まずいと思うのではないだろうか?それとも、たくさん女の子がいて嬉しいと思うのだろうか?私にはそういうタイプには見えなかったが………しかしっ「はーーなちゃん!!」
「きゃっ……なに?」
驚いた。いきなり結晶に後ろから抱き着かれ、柄にもない声を出してしまった。
「なにじゃないわ!さっきから何度も呼んでたのよ!」
……思っていた以上に考え込んでいたみたいだ。
「ごめんなさい。少し考え事していたわ」
「ん〜、山田君の事?」
当てられてしまった……でも今の状況なら誰でも予想はつくかな。
「ええ。それとこれからの新雪寮の事もね」
「なるほどなるほど!ん〜〜〜…私はね、山田君は悪い子じゃないと思うの!」
「……うん。良い子」
「ソだねー。なかなか愉快な少年だと思うよー」
先程、彼と話をしていた三人はやはり良い印象を持ったようだ。
「そうね。悪い子じゃない、って意見には同意できるわ。でもそれだけで、これから一緒にこの寮で生活していけるのか?って考えたら…ね」
「良いんじゃないかな?」
……なんとも簡単に言ってくれるわね。
「そういう訳にもいかないわよ。男の子っていうのはやっぱり問題になるし、彼自身の事もほとんど知らないのだから」
「だからね、それ以上考え様が無いと思うの。何も知らないんだもん。山田君が悪い子か悪い子じゃないか、今の私達にはそれぐらいしか分からないんだから、それでどうするか結論を出すしかないんじゃないかな?」
「それは……」
そうかもしれない。私が考えてた事は結局、彼の事を知らなくては判断のしようが無い事だ。
「それに男の子だから絶対にダメ!って事でも無いんでしょ?」
「そう、ね。……そうかもしれないわね。……うん、ありがとう、結晶」
結晶の言葉で気付いた。
どうやら思ってた以上に、私は動揺してしまっていたみたいだ。
……誰にも言えないが、彼を見た時の第一印象が『年上の格好いいお姉さん』だった……いや、自分でも何故年上に思ったのか分からないけど。まさか年下で男の子だとは。
その上、第一女子寮との統合の話。新雪寮が無くなるかもしれない。そんな考えが私を動揺させ、慎重にさせ過ぎていたのだろう。
「……ふぅ」
ひとつ息をはいた。詰まっていた頭に、余裕が出来た気がする。
何も白黒ハッキリさせる必要は無いでしょう。妥協案ならいくらでもあるんだから。
……山田君が持ってきてくれたサラダを、一心不乱にポリポリさせている結晶達を、少し見習わせて貰おうかな。
とりあえず今は、私も彼が作ってくれるお昼ご飯を、楽しみに待つ事にした。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
「ふぅー……こんなもんかな」
自分の分も含めた八人分のオムライス。後はホワイトソースをかけて完成。
本当は普通にケチャップオムライスを作るつもりだったのだが、昨日の晩御飯の残りらしいシチューがあったので、先生に許可をとって使わせてもらった。少し味見させて貰ったが、普通に美味しかった……なぜこれを作れる人がいてギリギリの食生活になるのだろうか?
ちなみにその時に、アレルギーを持ってる人はいないか聞いてみたら『ちーちゃんが猫アレルギーなんだよぉ。猫可愛いのにぃ。可哀想だよねぇ……』と言われた。
……食物アレルギーを聞いたんだよ!とツッコミたかったが、きっと自分の聞き方が悪かったのだろうと我慢した。
まぁ、今後この寮で生活する事になるなら、そういう情報も知っていた方が良いんだけどねー……はてさて、どうなるんでしょうかー
「と言ってる間に、完成!名付けて『ホワイトソースのふわふわオムライス』!!」
そのまんまです。
ちなみに前菜として『豆腐と豆乳ドレッシングのスティックサラダ』を既に出している。
なにやら美容を気にしていたみたいだから肌に良い、イソフラボンが含まれる豆腐と豆乳にβカロチンが含まれるニンジンを使い、更にニンジンは油と一緒にとる事で栄養の吸収が良くなるので、ドレッシングにはオリーブオイルを使ってみました。と説明したら、もっの凄い勢いで平らげていた。……ちょっとだけ引いてしまったのは内緒。
「それはそうとお盆、出来れば配膳台なんかないだろうか」
八人分を持っていくのは大変なんだけど……なさそうかな。
「出来たのぉ!?」
「おわぁっ!?」
キッチンに入ってくるなり叫んでくれた沢樹先生。
普通にびっくりするからやめて下さい。
「とりあえず出来たんですけど、お盆か配膳台なんかないかなぁと探してまして」
「あぁ、配膳台はないけどぉ、お盆ならどこかにあるよぉ」
どこかって。まぁ、目に付く範囲で探してるだけだから、無いなら無いで普通に両手で持って行きますよ。
「じゃあ、すいませんけど持って行くの手伝って下さい」
目をキラキラ輝かせながらオムライスを見つめている先生にお願いする。……いや、顔近過ぎませんかね?鼻にソース付きますよ。
「あぁぁ、わざわざ持って行かなくてもぉ、そこのカウンターから出して行けばみんな自分達で持っていくよぉ」
といいながら、名残惜しそうに顔を離して、先生は食堂側の壁を持ち上げた。
「おぉぉぉっ!?」
驚いた。超驚いた。こんな構造になっているとは。全く気が付かなかった。
カウンターからは先輩達が座っている食堂のテーブルが見えた。なるほど。ここから出して食堂にいる人が配ってくれるなら随分手間が省けると……ふむふむ。
めっちゃ素敵なんですけどーーーーー!!?
ぶっちゃけ手間とかどうでも良い!カウンターとか!なにこのオサレ構造!一見なんの変鉄もないキッチンの壁が……なんて事でしょう!上に持ち上げるとカウンターに!!どこの匠が設計したのかわからんけど、こういう隠し要素大好きです!!
そんな素敵カウンターから、先生が次々出しているオムライスを見て、みなさん「美味しそう!」「お店で出てくるのみたい!」「……想像以上」等々と褒めてくれているが、俺の心は既にオサレカウンターに夢中だった。よし、俺はここでお昼を食べる!ひとりカウンターの所で食べるんだ!!
「いいから早く来なさい」
「はい」
叔母に再び腕を掴まれ引きずられてしまった。
この光景、デジャビュかな?
◇◆
「すいません。お待たせしました」
既に皆食べる準備が整っていて、自分が座るのを待っていてくれた。
心なしか「早く座れコラ」という心の声が聞こえた様な気がしたけど、気のせいに決まっている。
「それじゃあみんな揃ったしぃ、頂きましょぉ!花ちゃんん!」
「……あ、はい。で、では、いただきます」
「「「「「いただきます!」」」」」
寮長さんに続いていただきますをするも、反応が気になってスプーンを持ったまま周りを伺ってしまう。
ふわふわとろとろの半熟卵とシチューベースのホワイトソース。その二つが混ざり合った斑模様を、スプーンですくって口に運ぶ。
「「「「「っ!!!」」」」」
そして口に入れた瞬間固まってしまった先輩方。
それを見て咄嗟に出口を探す俺。
急に不安になった。正直、料理には自信が有ったが不味いと言われたら逃げよう!!
視界の隅で逃走ルートを確保しながら、先輩方が動き出すのを待つ。ちなみに叔母は黙々と食べている。不味くても美味しくても黙々と食べる人なのであてにならない。まったくもう。
「「はぁぁぁ〜んん♪」」
最初に動き出したのは、冬堂先輩に沢樹先生。やたら色っぽい声を上げてくれました。好評価……なのかな?
続いて邑町 巴、先輩も黙々と食べ始めた。……先程料理中に、完全に気配を消して後ろから「私の分もお願い」と声をかけてくれやがった先輩。驚きのあまり、震え声で「うぁあぁあぁぁ……」と悲鳴を上げてしまった。新生活早々、黒歴史が出来ました。
そんな先輩も黙々と食べているって事は、不味いって訳ではないのだろう。とりあえずこの先輩に関しては、積極的には関わらない方向で行こうかと思います。はい。
「んんんーーまーーい!!」
「すごく美味しい」
そしてストレートに褒めてくれた鈴井先輩と深夜先輩。
鈴井先輩は只でさえ高めなテンションに拍車をかけている。深夜先輩は一口食べる度に「美味しい」と呟いてくれる。
二人の直球な称賛が素直に嬉しい。
「決してベチャっとしていない、シットリとした程好い食感のチキンライス!深みのあるコク、だけど卵とチキンライスの風味を殺さず見事なフュージョンを成し遂げたホワイトソース!!そしてなんと言っても、ふわっふわのとろっとろの半・熟・卵!!食べた瞬間、口いっぱいに広がるハーモニー!!そう!まさにお口の中で奏でるオムライスのふわふわタ「ごちそうさまでした」って早っ!!……えー、もう食べたの?」
「美味しかったわ」
鈴井先輩のギリギリなセリフを遮ってくれた邑町先輩。少し目を話した瞬間に平らげていた。……いやいや、早いってレベルじゃなくない?
まぁそんだけ気にいってくれたって事で。深くは考えませんよ。
「まだ材料有りますけど、おかわり作ってきますか?」
「そうね……魅力的だけど我慢するわ。夜ご飯を楽しみにしてるわね」
なんとも艶やか微笑みを浮かべてくれる先輩だけど、あれ?俺は結局ここにいても良いのかな?それとも夜ご飯作ったら帰れ、とか?
どちらにしても夜ご飯を作る事は構わないのだけど。むしろこんなに喜んで食べてくれるなら、こちらも喜んで作らせて頂きますよ。
みんなが美味しそうに食べている中、ちらっと寮長さんを見てみる。
未だに一言も喋らず固まったままだけど、美味しくないのかな?という不安は既に無かった。
この半熟卵の様な、そのとろけた笑みは。言葉では表す事の出来ない、料理を作った者への、最高の賛辞でした。
「さーて、いよいよ俺も自分のオムライスを食べてみるかねー……………ねぇ、俺のオムライスが無くなってるんだけど知らない?」
「私と巴で食べちゃった」
「………………え?」
「ごめんなさい。やっぱり我慢出来なかったの」
「………………え?」
「「ごめ〜んね♪」」
「………………え?」
またデジャビュ?