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託された面倒くさい事 第1話

7/4

前話の「プロローグ~咲くには早い夜~」

後書きに小話追加しました。


4月1日

小春日和というにふさわしく爽やかに晴れ渡った、穏やかな日射しが心地好いその日。俺は、これから三年間過ごす新たな地へと、遠路遥々北海道から飛行機に乗り、夢の都東京へとやって来た!


「は〜、山が見えないですね〜」


「初めて東京に来た感想がそれなんだ」


現在、空港まで迎えに来てくれた叔母が運転している車の中。助手席の窓から眺めている風景は、自分が生まれ育った田舎とは、本当に同じ国かってぐらい全く違う世界だった。


「……なんだろう。心に穴があいたような…山が無いと落ちつかない。…俺はこれからこの東京で、本当に生きてるいけるのだろうか……」


「……あなたは山を心の拠り所にしていたの?」


まぁ冗談だけど。


「しかしこっちは暑いですねー。長袖、パーカー、上着の三枚重ね着してる俺がアホみたいですよ」


「上着脱ぎなさいよ」


ぬぎぬぎ。


「4月でこんなにだと、夏とかどうなるんですか?」


「死ねるわよ。北海道と違ってジメぇ~としてるし」


うはぁ~……東京で生きていけるのか。さっきの言葉が冗談じゃ無くなった。


「そんだけ暑いなら髪切った方が良さそうですかね」


俺の髪は背中まである長さで、括って肩から前へと垂らしている。

祖母が、昔見たらしい舞台の佐々木小次郎に惚れて、小さい頃から伸ばされしまった。

佐々木小次郎って。


「せっかくそこまで伸ばしたんだから勿体ないわよ。似合ってるだし」


「似合ってますか?」


「似合ってるわよ。女の子みたいで」


……男なのに女の子みたいって。それは似合ってるとは言えないと思うんだけど。まぁ昔から、散々言われ慣れてますがな!


「まぁ夏になってから考えますか」


まだ春だって始まったばかりだ。夏まではまだまだ時間はあるさ。


「それはそうと。緊張しますねー。初めての寮生活で、しかも寮母の代わりとは」


「まぁそれなりに大変でしょうけど、銀なら大丈夫よ。難しい事も無いでしょうし」


「だと良いんですけどねー」


そう言いながら、先程学校のパンフレットと一緒に渡された、寮の見取り図を開く。


「…新雪寮。築13年。二階建。一階がトイレ、風呂、食堂とかで、二階が寮生の部屋…と」


「ああ、銀の部屋は一階の管理人室って所使うと良いわ」


「管理人室……あった。玄関の近くですね。了解です」


毎度毎度、階段を登り降りしなくてすんだ。


「しかし、寮っていうだけあって結構広いですねー。掃除が大変そうです」


「あぁ、二階は寮生が掃除しているから、寮母は一階と寮の外周りぐらいよ」


「おお?そうなんですか?それは助かりますね」


見取り図には寮の外観は載っていないから、どんなものかは分からないけど、一階と外周りだけで良いなら問題にはならなさそうかな。


「食事に関しては、朝と夜を用意して……寮生は10人ぐらいでしたっけ?」


「正確には寮生11人の責任者として教員1人」


自分の分も数えて合計13人分……。


「それぐらいなら大丈夫そうですかね」


「あら、食事の用意が一番大変だろうと思っていたんだけど」


「田舎じゃ、ジジババの集まりの度に、大量に料理作らされていましたから」


娯楽の少ない田舎じゃ、集まって騒ぐのが唯一の楽しみだと。


「アハハッ、お母さんそういう賑やかな事が大好きだったもんね」


「ええ。いい年し過ぎた大人達が週2ぐらいで騒いでましたよ」


元気過ぎる老人達を思い浮かべ、二人して笑っていた。

俺も叔母も。普段とは少し違っていたと思う。

お互い、そんなにおしゃべりでも無いくせに、車内は不自然に明るかったから。





▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼





「……無理してるでしょ?」


「無理してますよ?」


途中に寄ったサービスエリアにて小休止中。叔母のストレートな問い掛けに、ストレートに返した。

そんな素直に答えられるとは思っていなかったのか、叔母は一瞬固まった。


「……はぁ。まぁ、銀にとっての育ての親だったからね。引きずってしまうのもわかるけど…」


去年の12月。

ばぁちゃんが亡くなった。

自分が産まれてすぐに亡くなった両親に代わり、自分をここまで育てくれた祖母。

全く病気にならない元気な人だったから、かなり長生きすると思ってたんだけどなぁ。

…まぁ、本人は「十分寿命まで生きた!」って笑ってたし、そんなに悲しい別れって感じもしなかった。


だから


「ばぁちゃんが死んだ事を引きずってるんじゃなくて、ばぁちゃんが死んだのは私のせいだーって思ってる美桜さんが無理してるのでそれに引きずられて無理してます」


「っ………」


息を飲む叔母。

しばらく二人で、じーっと目を合わせ続ける。


「父親、仲が良かった幼なじみ。そんで俺の母…美桜さんの姉で、恋人、一緒に会社を立ち上げたもう一人の幼なじみ。で最後がばあちゃん」


「……………母さんね?」


「ばぁちゃんの遺言ですよ。美桜の事お願いねって」


「……はぁ。普通、逆でしょう…」

うん、逆だろって意見には賛成。


「でもばぁちゃんと同じように、俺の事より美桜さんの事を心配してる人が結構いるみたいですよ」


ごそごそと、持ってきた手提げの鞄からノートを取り出し、ごほん、と一つ咳払い。


「えーまずはー、昔からのばぁちゃんの飲み友だった坂本のじいさんから。『美桜ちゃん、あんまり無理ばっかしないで。困ったら銀に頼るんだよ』

続いて高田ストアーのおばちゃん。『昔から素直じゃないみっちゃん。疲れたらいつでもこっちに帰ってきなさい』

更に続いて岡崎先生『友達の中で結婚してないのはアンタだけよ』

まだまだ続いて現代の武蔵こと、篠原…」


「ちょ、ちょっとまって!!そのノート貸しなさい!!」


何やら焦っている叔母にノートを引ったくられた。

今朝田舎から旅立つ前に、見送りに来てくれた人達のほとんどが叔母に伝言を頼んでくるので、一人一人ノートに書いてもらった。


「全く。ひどいですよね。中学卒業したばかりで、まだ社会の荒波に揉まれた事も無いか弱き青少年への心配より、いい年したキャリアウーマンへの心配が勝ってるとか」


「………うぐっ」


そのままノートを手にしたまま、項垂れてしまった叔母。27歳。

ノートの言葉が心に響いたのか。俺の言葉が心を砕いたのか。……項垂れたまたぶつぶつ言ってる所を見ると、砕いてしまった可能性が高い。

……ふむ。みなから叔母を頼まれた身としては、ここは一つ、元気が出る慰めの言葉をかけよう!


「残念でしたね?」


「……ケンカ売ってんの?」


「ごふぇんなはい。いふぁいれす」


頬をつねられた。俺には荷が重かったようだ。


「ま、まぁ何にしても元気出して下さい。そのノートの書き込みだって、皆が美桜さんに元気になって欲しいから書いてくれたんですし」


「………はぁぁ。わかってるわよ…」


そう言って叔母は、目を瞑ったままノートの背表紙を、人差し指でコツコツ叩いている。

……まぁ、元気出せと言われて元気になる人は、あまりいないだろう。特にこの叔母は、昔から積もるに積もったシガラミというかトラウマというか。そういうものを抱えてる人だし。



…いつだったろう。昔、2、3回距離を置かれた事があった。叔母の親しい人が亡くなった時。

「私の近くにいると、皆死んでしまう」とか言って(笑)

その度にばぁちゃんが渇をいれに出向いていたけど。……今回から自分の仕事になりましたか。そうですか。







うわーーめんどーー










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




『お前さんはどんな道を選んでも、それなりの結果を残せるだろうさ。ただ、面倒だからそこそこで満足してしまう。面倒だと思うのはもう仕方ない。だけど、無理だと思う所までやりなさい。面倒だと思った所で止めるんではなくてな』






以上。

ばぁちゃんの言葉でした。



それはさておき。

今なら「この人独身なんですよ」って言っても、「あ〜わかる〜」って答えられそうなオーラ溢れ出しているこの叔母を、なんとかしましょう。



叔母の心が全く読めない俺が、元気を出させるなんて出来ないし、トラウマやらシガラミを全て解消させるなんて、そりゃあ無理な話ですし、そもそもやろうとすら思いませんが。



でも少しぐらいなら。


叔母の面倒くさい所を、抱えてみても。


まぁ良いかなと。




「美桜さん」


「…………」


目を開け、視線で返事をする叔母。


「先送りにしましょう」


「……何を?」


「どうせ『私の近くにいたら銀も〜』なんて考えてるんでしょう?」


「…………」


目を逸らして、視線で答えた叔母。

10歳以上年上なのに、こういう所は可愛いと思ってしまう。


「だからそれを先送りしましょう」


「……どういう事よ」


「実際に俺が死んでから悩んで下さい」


「なっ!?」


「あなたの親しい人が立て続けに亡くなったのは、ただの偶然です。って言ってもあまり効果はないでしょうし」


「ふ、ふざけっ」


叔母の言葉を遮るように、手のひらを顔の前に広げる。


「……生命線長いんですよ俺。はっきりくっきりしてますし。だから後70年は死にません」


口を開いたまま、俺の手のひらを見つめる叔母。何やら言いたそうにしているが、言葉が出ないみたいで。それでもなんとか


「……そう言って…すぐに死んじゃったら…どうするのよ…」


と掠れた声で言葉を絞りだした。


「どうします?」


なんだかいじめてる様な気分になってくるんだけど。


「……死ぬわよ。あなたが死んだら、私も死ぬわよ」


今の叔母なら、それは大袈裟ではなく、本当にそうするんだろうなぁと思った。

血の繋がりがある家族は俺と叔母だけだし。


それでも今はそれで良い。納得はしないだろうけど。

まぁ、ゆっくりといきましょ。


「じゃあ契約成立ですね。俺が死ぬまで美桜さんは、自分のせいでどうこうっていう面倒くさい事は考えない。そのかわり俺が死んだら美桜さんも死ぬ」


「……なにそれ。完全に私が損してるじゃない…」


詐欺師もびっくりな契約内容だ。


「そうですね。じゃあ契約が守られてる限り、美桜さんが望んだ時に、美味しい料理を振る舞うって事を追加で」


叔母の心は読めずとも、胃袋は既に手中におさめてる訳でして。


「……はぁぁぁ〜…本当になによそれ……。……そんな内容を追加されたんじゃ……………承諾するしかないじゃない…」


何度目かのため息と共に、そう頷くのは分かりきっていた。



今の俺と叔母にはここまでが限界だろう。

お互い踏み込んだりさらけ出したりするには、まだ早過ぎる。

だからもう少しだけこの距離で。離さないでいられるこの距離で。

変な顔をしていたら、すぐにちょっかいをかけにいけるぐらいのこの距離で。



その距離感で見る叔母は、呆れやら諦めやらその他色々な感情が混ざった表情をしていたけれど。





さっきよりも随分と、俺好みの表情をしていました。


〜1時間後〜


「……あれ?『お腹が空いたわ』の言葉と共にデパートらしき建物に連れて来られたから、てっきりお昼でも奢って貰えるかと思ったら……地下食品売場ですか?」


「奢るわよ。食材費は」


「……もしかして、長旅で疲れてる僕が作るとか?」


「そういう契約でしょ?」


「……もう施行されてるんですか。今日は色々あった訳ですし、明日からでも良いんじゃないかと、僕は愚考するのですが…」


「オムライスが食べたいわ」


「おおっと、巧みにスルーされたぜー」


「寮の子達も食べるでしょうし、多めに買っていきましょう」


「そして俺の労力が増えたとさ。もうどーにでもナーレ!」

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