【856】躍進
まーた即興から輸入です。普段の倍、一時間の制限下でしたが案の定失敗。小説はホイホイ書ける代物ではないらしい(小並感
はぁ、とため息をつく。休み時間、席に座ったまま窓の外を向き、惚けた表情をだらしなく浮かべている彼女の姿は、ちょっと危ない感じがした。気分を阻害するのは躊躇われたが、それでも友人として心配してあげなければ、と私は思い立って彼女の肩をそっとつついた。
「……どうしたの?」
二人で同時に言っていた。お互い、きょとんとして顔を見合わせ、それから吹き出した。
「真似すんなし!」とすかさず彼女が突っ込む。
「いや、おめーだし!」
先程の調子はずれな姿はどこへやら、彼女は普段と変わらない大声で笑う。それを見て、ひとまず私はほっと息をついた。その傍ら、彼女——相場彩乃の膝元におかれている小さな物体に目を留めた。見るからに文庫本そのものだが、なにか頭に引っかかる。彩乃って本読むっけ?
友人だからこそ言うが、彩乃は頭が弱い。『国語科授業廃止運動』の『名誉会員』を自称しているが、そもそも本人の頭にそんな単語は存在していない。人の話はチンプンカンプンだからすぐ鵜呑みにするし、理解するなんてもってのほか。そのおかげで会話の際にはなるべく平易な言葉を使うよう心掛けないといけない、なんとも困った特徴の女の子だ。いい加減、なにかにつけて私のことを辞書扱いするのをやめてほしい。
「それでさ、彩乃さっき変だったでしょ?」
話を戻し、私は彩乃にさっきのことを尋ねた。彩乃はまたしても意外そうな表情をする。心当たりがないのだろうか?
「ぼーっと窓の方見てた。先週もそんなことあったよね? 考え事してるんじゃないかと思って、今日は試しに声をかけてみたの」
私が言い終えるのが早いか、彩乃はとっさに私の手を取り、「雪ちゃん……!」と感激したような声色で私の月並みな愛称を呼ぶ。いかにもな反応だ。悩み事があるなら聞いてあげたい——
「……遅い!」
「うるせーな」
わざわざ親身になって心配するとこれだ。
「怒んないでよぉ、別にほら——」
彩乃はおもむろに膝元の本を私に見せた。漫画の類いかもしれない、という抜け目のない姑根性を働かせた私は、すかさずそれを取り上げて中身を見渡す。表紙、章扉、いずれも文字のみの構成をしている。
「あら珍しい。アンタが読書なんて」
「スゴくね?」
「スゴくねー」
案の定の台詞を吐く彩乃に、視線を介すことなく喉からノースパン・カウンターを繰り出す。変な話、相手との連携が取れなければ、技とは何事も完成しないものなのだ。
彩乃に返す直前、意外なことだったのでつい何の本なのか確認し忘れていたのを思い出し、今一度表紙を見返す。
「——あぁ、『金閣寺』!」
思わず、やるじゃない、とまで言いそうになったのを堪えた。読み終えるまでは、別に何もやってない。まぁ心意気だけでもこの際、大きな進歩と思って賞賛してあげるべきかもしれないけど。
「なんかねぇ、読んでるとすっごく変な感じするの!」
興奮した様子で彩乃は話す。私も読書の後、言葉にならない感覚に陥った経験はよくあるから、口に出そうとすると曖昧な感想になってしまうのはよくわかる。
「そうねぇ……それで、どこまで読んだの?」
「金閣寺が燃えるところ」
「お前まだ裏表紙しか読んでねぇのかよ」
「当たり」
「マジでそこだけに一週間かかったの……」
「だって本なんて今までちゃんと読んだことないし」
そりゃそうか、と私は納得した。しかし内心、私は彩乃を尊敬していた。無事に読破できるかどうか、本は好きだし、そこまで見届けてやるのもいいかもしれない。とりあえず彩乃がどこまで粘るか、純粋に気になるところではあった。
「それで最近は、金閣寺って燃えたら綺麗かもねぇ、ってずっと考えてたってわけ」
予想はしていたけど、やっぱり危ない発言だ。
「気になるなら、とりあえず中身を読んでみないと」
「無理! 高校生活が終わっちゃうわ!」
「良いでしょうが! アンタもちょっと賢くなってから卒業すれば?」
辛辣なツッコミのつもりで口を出た言葉が、意外にそれっぽかった。彩乃はすっかり乗り気になってしまったらしく、ぱっと最初の頁を開いて私に言った。
「OK。ちょっと本気出す」
私は閉口した。ちょうどそのときチャイムが鳴り、私は自分の席に戻っていった。彩乃は真後ろの列にいるので、そのあとのことはわからなかった。
はたして金閣寺は彩乃に躍進をもたらしてくれるのだろうか?
あと思うんだけど、『ちょっと本気出す』って何?
最後になりますが、この作品のテーマは「大いなる栄光」ですwwww
……でぇきるわきゃねえだろおおおおおおお!!