【856】巡り合わせ
今しがた即興小説というサイトで試しに書いてみた文を上げてみます。
制限時間は30分。「何かの時雨」というお題が与えられたのですが……なんじゃそりゃ!
灰色が線路の向こう側を包み込んでいて、そこにいた彼女の表情までも曇らせてしまっていた。
彼女は踏切を挟んで僕と向き合う。その目にうっすらと涙を浮かべて。
どうして泣くのか。そう問いかけたいが、僕の弱々しい言葉を雨音はかき消してしまうだろう。
きまぐれな雨のようだ、と僕は思った。理由があろうとなかろうと、心に雲が広がれば、おのずと雨は降ってくる。そして雲が過ぎ去れば、元通り晴れるに違いない。僕にはよくわかる。
だって彼女とはずっと一緒だったから。
今でも覚えている。小学校の入学式前日だった。彼女がお母さんに連れられて車から下りてきたのを、僕は家のベランダから見ていた。ふとそのとき目が合って、それだけでも僕らは知り合えた。あとで彼女のお母さんが僕の家にきて、軽い挨拶を交わしていった。僕の家のすぐ隣に引っ越してきたらしい。
しかし小学校ではいきなり離ればなれのクラスになってしまい、僕はなかなか彼女に会うことができなかった。他にも友達になった子たちがいたから、半ば忘れかけていた。一緒に登校することも考えたけど、僕が誘わなくても、彼女も友達が大勢できていたようだから、僕の出る幕はなかった。
でも、いつか必ず巡ってくるだろう。
僕はベランダに出る度に確信していた。そこにはいつも彼女も出ていたから。彼女のうちは我が家と同じ建物だから、ベランダは鏡を合わせたように見えた。違うのは、僕の反対側にいるのが彼女であることくらい。
さすがに気恥ずかしくて、二人とも会話を交わすことなんてできなかった。けれど居心地は悪くなくて、雨の日でも真冬でも僕らは向き合っていた。気がつけばそれは何年も続いていた。一言も交わさなかったけど、彼女は笑顔でいた。それを見る度、僕もずっと笑顔を返した。
二年に一度クラス替えの機会があったが、結局五年生のときにあった最後のときも、僕らは一緒のクラスにはなれなかった。でも、別に構わないさ、と僕は考え直した。彼女とは、またあの場所で会えばいいのだから。
その日の帰り道での出来事だった。急に雨が降り出して、僕はずぶ濡れになって帰ろうとしていた。運悪く踏切が下りてしまって、舌打ちした瞬間に僕は彼女を見た。
はっとして、けれど言葉は出なかった。それがいつものことだったからだろう。
沈黙が濡れた線路を覆い、やがて彼女は涙を流して——僕にはじめて言葉を投げかけた。
「……今日で引っ越すの」
毎度毎度短い分量で申し訳ないのですが、今後書き貯めていくうちにその辺は成長できればいいなと思っていますので、今後もよろしくおねがいします。あとはきちんとオチを作ることかな……




