【856】ゲンゴローと爺さんの盆栽
朝起きて 一限終えて 二時間ちょっとの執筆時間♪
初投稿ですのでテストも兼ねてうpしてみます
投げやりっぽいのは御勘弁ください……
毬を投げてよ。
実際にそう言ったかどうかはわからない。だが目を見ればわかった。あるいは、単に自分がそう言って欲しかっただけなのかもしれないが。
子どもの頼みは一度聞いたら飽きるまで解放されないものだ。
息子と彼の妻の間に出来た長男は、とにかく遊び好きで手が付けられないものだから、知らぬ間にゲンゴローなどと言う名で呼ばれるようになっていた。虫の分際で水にもぐり魚を食ってしまうやつの名だ。
今年で三歳になるゲンゴローには、もとより庭の盆栽の手入れがどれほど大事なことなのか言い聞かせてもわかるはずがなかった。息子達が険しい顔をして老体を心配してくれるが、他にさして家の役に立たないような人間には、生殺しの思いやりより幼子が下す無垢な判決を聞き入れたほうが相応しい。
彼にとって、目に見える全ては遊び相手なのだ。日が昇っている限りはいつまでも遊び倒し、夜には家の明かりが吹き消されるのと同じようにぱったりと眠ってしまう。
年老いた身分としては、これほど不可解な性質の持ち主もそうそうないだろうと思える。悩みなど一切持たず、毎日が未知の体験で溢れかえっている。はるか昔ならば自身もそうであったと頭ではわかっているが、すっかりしわだらけになった手をいくら見ても、その頃の感覚は蘇ってくるはずもなかった。
我が孫、今だけは思う存分遊べよ。そうして、忘れ去った昔の自分を垣間見ようとするように、老人は庭で走り回る小さな男の子に手作りの毬をまた投げてやった。すでに何回も同じ方向に投げているにもかかわらず、子どもは驚きと興奮に甲高い歓声を上げながら毬を追いかける。
それがゲンゴローにとって、はたしてどれほどの時間に思えたかは、彼自身にもわからなかった。だが、どんな遊戯にも終わりが存在する。もっともっととせがむのは常套だが、ゲンゴローは一切不満を漏らさなかった。
投げ返した毬が飛んでこなくなったので、ゲンゴローは不思議に思って祖父を見た。祖父も不思議そうな顔をしていた。
毬を投げてよ。
幼いゲンゴローにそこまで達者な会話が出来たか定かではないが、祖父には言わずとも要求は伝わった。笑顔で答える。
だが、どんなに大きく振りかぶっても、毬が祖父の手のひらから離れようとしない。また二人は顔を見合わせた。
二人がそのことに気づくには、そのあと何分も時間を要した。
――毬を掴んだ老人の手が、干からびた枯れ木のように固まっていたのである。
事件からわずか二日後のこと。
そこに老人の面影はなかった。
寝室に植わっている一本の木を見て、ある者は涙を流し、またある者は無言のまま感動に打ち震えていた。
ただ一人、一同が集まる部屋の外で、まだ年端も行かない男の子が普段と変わらない様子ではしゃいでいる。彼はおそらく、自分の祖父がどうなってしまったか知る由もないのだろう。
つまりお爺さんは盆栽になっちまったのさ!




