YYschool days―リクエストVer―
これは、黄菜様のリクエストにて作られた小説です。
黄菜様、リクエスト有り難う御座いました。
僕が高校一年生になったある日の昼休み、クラスメイトから部活へ誘われた。
「君、オカルト部を俺達と作らないか?」
唐突な質問に、その時僕は返事を返せなかった。何しろ僕の立場はこのクラスの中で一番下だからだ。それに僕の性格上、「いいえ」とは言えない。僕はそのまま、誘われるがままに、オカルト部に入ってしまった。それが僕の物語の一頁(1ページ)。
メンバーは、僕を含めて三人。僕以外は他の部活も入っているらしいが、僕は知らない。僕が二人に抱いた印象は、一人目が「モテそう」二人目が「頭良さそう」だった。
「よし、じゃあここにオカルト部を結成するぞ!いぇぃえ!」
声高らかに言う人――部長は、伊達メガネを掛けていて、制服の着こなしも上手い「イケメン」の類いだ。ただ、話し方が少し変ではあるが。
二人目は、今はまだ喋らずにただ頷いていたが、その佇まい的に頭が良さそうだという印象を受けた。
その二人に放課後案内されたのは、とある教室。いつも授業で使われない部屋だ。辺りは物置のようになっており、部屋を使ってないせいか、埃が溜まっている。その埃が、僕達が歩いた時に発生する風で舞った。思わず僕達は咳き込む。
「こりゃ掃除しなきゃ駄目パターンだな」
部長が呟き、僕と部員は頷く。早速僕達は掃除に掛かった。
「げほげほっ」
「うわ蜘蛛の巣出来てる」
「こりゃ酷いなァ」掃除しても掃除しても出る埃に俺達は段々嫌気がさしてきた。だがここで諦める訳にもいかない。
大体一時間くらい掛かって何とか埃と蜘蛛の巣だけは撤去出来た。まだ山積みの段ボール等は手付かずで、そこら辺に適当に置かれている。
「まだ掃除やる?」
「もー無理、やれにゃい」
「……だよね」
これ以上掃除なんてしたくないと僕達は掃除を放棄。
「さてと二人とも、今度は俺達の使う椅子と黒板かホワイトボードを持って来ないと駄目だし」
「はぁ、それも無いの?この部屋」
「そうなんだよ。全く酷いよなァ、やんなっちゃうよなァ」
相変わらず変な話し方だな、部長。
僕達は一旦教室を後にし、他の使われていない教室から椅子とホワイトボードを拝借した。それをさっきの部屋に持っていき、元々部屋にあった机の所に椅子を、そこから見える位置にホワイトボードを置いた。これでやっと部室らしくなったというものだ。何だか少し嬉しい。
「よぉし、部活として……というか同好会程度なんだけどまぁ、認められた事だし、部室もこんなんだけど貰えたって事で一堂拍手!」
ぱちぱちと斑な拍手が起こった。
「じゃあこれから、第一会議をはっじめっるぞぉーッ!」
「何を話すの?」
実際僕は、オカルトに余り詳しくない。というか、全く分からない。ここで聞いておかないと、後々厄介な事になりそうだから聞いておこうと思った。
「あぁ、それなんだけどね?この学校に七不思議が存在しないらしいからさ、作ろうって話で、今はそれの会議をしようと」
「こいつ、あんまりレトルト詳しく無いんだ」
「オカルトな」
今初めてもう1人の部員が喋った。想像してた通りの声だったけど……「オカルト」を完璧「レトルト」って言ったよね……?
「ごめんなー、こいつ馬鹿なんだよー冷静なくせに馬鹿なんだよー」
「河馬じゃない」
「な?」
何だこの会話。成り立ってない!
「え、えっと……それで七不思議の件は?」
「あぁ、そうだったね。ではまず、俺と慎で考えた七不思議をここに書くから、何か意見とかあったら言ってちょ」
「は、はい。分かりました。」
部長はホワイトボードに数字と、七不思議の内容を黒いペンで書き始めた。僕はじっ、とホワイトボードに書かれた内容を見つめる。ある程度書き上げると、部長は書く手を止めた。
「あれ、七不思議なのに六つしかないんですか?」
「そりゃそうだよ。七不思議全部知ったら大変な事になるって決まりなんだからさ。七つ目は作っちゃいけないんさ」
「へぇ……」
何かやっとオカルトっぽい話になったなぁ、と思いつつ僕は文を読んだ。“1、音楽室から響く音”
「これ、何の音なの?」
「怖さを追及するなら、ギロリだな」
「それを言うならギロな。睨んでどうすんの。あ、実際は音楽室にあるピアノ」
“2、調理室で夜な夜な何かを調理する石像”
想像すると意外と怖い。何を調理してるのかが分からない所が怖さを増している。
「石像って……どうやって調理室へ来てるの?」
「自力で」
身体をズリズリと引きずって来てる、ということか。階段等はどうやって上がるのやら。
“3、夜中に泣く写真”
夜中に泣く写真……その壁の近くを通ったらぽたって涙が――。怖ッ。
“4、トイレの「ヨヨコ」”
「花子じゃないの?」
「花子がもし色んな学校に居たら、花子は何人必要になるのか考えた事ある?」
「ない……けど」
「だからここはオリジナルにヨヨコ!どうしてもYを使いたくてね」
「山ノ上高校だから?」
「そう!いぇあ!」
“5、夜中動く人体模型”
「あ、これはメジャーだね」
「少しは馴染みあるものにしなきゃだかんね。ほら、人に口伝えで広めなきゃいけないからさ」
「成程」
“6、体育館にいる少年の霊”
「え……」
「これは、口伝えで回ってきたもの。七不思議にはもってこいだしょ?」
「本当かどうかは分からないから減少しなきゃいけないけどな」
「それを言うなら検証ね。……さて!これで全部だよ。どうだった?」
「充分怖かった……と思う」
こんな部屋で会議してるからという事も理由の一つてはあるが、高校生を怖がらせるには充分だと思った。だが、肝心なのはどう広めるか、である。
「どう広めるの?これ。口伝えというのは分かったけど……オカルト部以外の人から広めてもらわないと、広まらないんじゃない?」
「いい質問だね」
「それならノープログラム」
「違うよ、No problemだしょ。これはね、クラスメイトの女子に一度見てもらって、広めてもらおうと思うんだ」
「見てもらうってこのホワイトボードに書かれた内容を?」
「違うよ、体験してもらうのさ」
それから話された内容を簡潔にまとめると、僕達がこの七不思議を自分達で演じ、クラスメイトの女子を怖がらせる。そうすれば、怖がった女子が七不思議を広めてくれるだろう、というもの。確かに一理あるが、どうやってこの七不思議を実行するのかが問題だ。
「明日の昼休みにまず、女子を誘う。その日の夜、俺達が仕込みに入る。丁度明日は金曜日だから、昼間に生徒に仕込みがバレる可能性はない。先生だってずっと職員室にいるはずだ。実行するなら明日と明後日がいいだろう」
「その仕込みは夜に僕達がこの学校に潜入してやるって事だよね?夜に出掛けて何にも言われないの?」
「俺は大丈夫ぃ!」「俺は悠茉の家に泊まるっていうから」
「あ、成程。そういう手があったのか」
「実際に泊まって行けば何にも問題なっしんぐ!」
「泊まるって…大丈夫なの?」
「俺の家、基本誰も居ないし大丈夫ぃ」
結果、僕達は明日の夜に仕込みをしに学校へ潜入する事に決まった。その日は部長である悠茉さんの家に泊まると口実を作り行くことに。僕としては初めての経験だからどうなるか心配だけど、多分大丈夫だろう。
「じゃあ、明日の昼休みに各自七不思議を怖がってくれそうな女子を誘ってくること、以上!会議終了!」
会議は、僕にとって試練に近い課題を残して終了した。二人は仕込みについての議論を進めている。
「明日の放課後もこうやって話するから宜しく。時間空けとけよぉ?」
「了解」
僕は一言そう言い残し、帰宅を始めた。既に外は暗く、学校に残っている人も少ない。どうやら最終下校の時間ギリギリらしい。あの二人がまだ議論しているという事は、仕込みの相談だけでなく、下見もあるのだろう。さっきの一言から、僕の真面目さを聞き取った二人は僕を帰らせてくれたに違いない。
学校から家まではほぼ直線に近いが、所々人通りが少なかったりして意外と怖い。消えかかった街灯があったりすると余計に怖い。更にその街灯に蛾が――。考えたらきりがないので考えないようにするため、音楽機器を取りだし、イヤホンを両耳にはめた。何も音が流れていない状況が嫌だったので即座に再生ボタンを押す。流れ始めたのは、僕がいつも聞いている曲だ。
途中、明日の課題がふと頭に浮かんだ。女子を誘うなんて僕に出来る気がしない。きっと部長なら何人も誘えると思うが。そう考えている途中、足に何かが当たり、躓いた。
「うわッ」
思わず声を上げる。何に躓いたのかと思い地面を見ると、そこには枝があった。どうやらこれで躓いたらしい。こんなものに躓いてしまう程、考え事に集中していたのかと思い、また歩きだす。家々の明かりや、通りすぎていく車の音に一切の関心を持たず、ただ曲を聞く事に専念する。今、この暗い状況を見てどう思うか自分自身が理解していたからである。階段を上り、ドアの前で立ち止まった。両耳のイヤホンを外し、ドアノブに手を掛ける。
「ただいま」
と同時にドアを開け、中に入った。
「おかえり」
という小さな声は部屋の奥の方から聞こえてきた。僕は自分の部屋に行き、部屋着を持って風呂場へ行く。風呂から上がり部屋着に着替えてから、僕は食事の準備を始めた。今日のメニューはハンバーグだ。肉をこね、形を作り焼いていく。少々不恰好な物が出来たが余り気にしなかった。
「出来たよ」
と母に声を掛ける。母は「いつもごめんね」と言い、テーブルについた。二人で食べる食事。いつものことだ。そして僕は明日の話を切り出した。
「母さん」
「なぁに?」
「明日から、僕の友達の家に泊まろうと思うんだけど」
「友達って、名前は?」
「悠茉さん。僕が入った部活の部長さんだよ」
「まぁ、部活に入ったの。それは良いことだわ。それで?いつからいつまで泊まるの?」
「明日から、明明後日までだよ。その分のご飯は作って行くから」
「そう…迷惑掛けてごめんなさいね」
「いいんだよ、母さん」
母さんは意外とあっさり承諾してくれた。多分、いつも僕を自由に出来ないからと責任を感じているのだろう。
僕と母が食事を終えると、僕が母さんの食器を片付ける。食器を洗い終わり、次は洗濯を行う。そうして掃除等をして一通りの家事が終わると、僕は眠りについた。
次の日僕は5時に起き朝御飯とお弁当を作り、支度をし学校へ向かった。今日はあの課題を片付ける日である。そして悠茉さんの家へ泊まる日でもある。その為、内心気分と荷物、足取りも重かった。何とか学校へ着き、時計を見てほっ、と肩を撫で下ろす。ギリギリの時間に出てきたにも関わらず、セーフだったようだ。
教室に入り、まず悠茉さんと慎さんに「おはよう」と言われた。僕は「おはようございます」と何故か敬語で返す。すると二人は敬語じゃなくていいのに笑い、僕の肩を軽く叩いた。
「昨日、遅くまで残ってたみたいだけど、大丈夫だったの?」
「あぁ、大丈夫。いつもの事だからさ」
「なっ、いつも見回りの人に言われるまで帰らないしなァ。それより、誘う人は決まったかい?」
「……決まってないです」
「今日のお昼に最低一人!絶対だかんな。これはオカルト部の――」
「何の話してンの?チャラ男」
「実際チャラくないんですケド?」
いきなり誰かが話に割り込んで来た。声のする方を見ると明らかに強そうな女子が、悠茉さんの後ろに立っている。
「だーかーらー、何の話してンのって聞いてるでしょ!答えなさいっ」
「オカルト部の話だよ、明日七不思議の検証に行くんだ。いいだろぉ~」
「……ふ、ふぅん……七不思議ね……」
見た目は強そうだけど、案外怖がりなのかな。と思わせる態度に僕は驚く。人は見かけによらないものだ。
「じゃあさ、アタシも連れていくってのはどうよ?」
「あぁ、良いよ。丁度明日、七不思議の検証にオカルト部じゃない人も連れて行こうって話だったし」
「なら、アタシの友達も連れていくかンね」
「どーぞどーぞ、ご自由にぃ」
どうやらこの筋肉ムキムキな女の人が友達も連れて来てくれるらしい。このまま行けば、課題の心配はなさそうだ。それより気になるのは――。
「悠茉さん、あの女の人と知り合いなの?」
「まぁねー、親が仲良いっていうか」
「初めて聞いたぞそれ」
「兎に角、これでメンバー決定だな。後はあいつが誰を連れてくるかだけだ」
これで幽霊を怖がるような人が来てくれれば完璧だ。
「このまま行けばお昼休みに説明が出来そうじゃん」
「確かにそうだな」
「説明って?」
「コースとかだよ。昨日下見してきたから大体決まってるんだ、どやっ」
「す、凄いね……」
明らかに「どや」とか言いながらしているこの表情はどや顔というものだろう。わざわざ「どや」という必要は無いだろうに。
「そろそろ鐘が鳴るな。席につこうか」
「よっし、じゃあまた昼休みに集合なっ?」
「「了解」」
鐘が鳴り、僕達は席についた。一時間目はまぁ得意な科目なので安心だ。授業の支度をしていなかった僕は、急いで鞄の中から筆箱と教科書を出そうとする。だが、教科書とノートはあったものの肝心のシャーペン等が入った筆箱が鞄の中に見当たらない。それは困ると僕はもう一度鞄の中を漁った。しかし筆箱は見つからなかったので仕方なく隣の人からシャーペンを借りる事にした。運の良い事に、隣の席は優しそうな女の子だ。
「あの」
緊張しながら隣の子に声を掛ける。女の子は声を掛けられたのに気付き、こちらを向いた。
「僕筆箱持ってくるの忘れちゃって……シャーペン一本貸してくれませんか?」
何で同級生に敬語なんだろうと自分でも思ったが、今は物を借りる立場。敬語の方が良いだろうと判断した。女の子は黙ってこちらを向いていたが、やがて筆箱からピンクのシャーペンを取り出し、僕の方に差し出した。
「あ……ありが」
「テメェ、筆箱忘れるとか馬鹿じゃねぇの?しかも堂々とオレから借りようとするとかナメてんのかオイ」
いきなりの凄まじい言葉に僕は呆気にとられた。この子、女の子だよね?
「ご……ごめ」
「謝りゃ良いと思ってんのかアァ!?」
もはやこのクラスのボスのような振る舞い方。僕はどうして良いのか分からなくなった。見た目は清楚な女の子なのに――。
「わ、分かりました分かりました。僕が貸してもらおうとしたのが馬鹿でしたごめんなさいぃいぃ!!」
悲鳴に近い叫びが教室中に響き渡る。先生も生徒も驚きこちらを向いた。
「清谷シャーペンくらい貸してやれ」
「チッ……しゃーねぇなァ……」
先生に言われたからか、清谷さんはピンクのシャーペンを僕の机に向かって投げた。
「ガンっ」という音と共に、机で跳ね返されたシャーペンは宙を舞う。僕はすかさずシャーペンを急いで取る。
「ご、ごめんなさい。清谷さん」
「うっせーよ、授業に集中出来ないだろうが」
「はい、すみません……」
何とかシャーペンを貸してもらった僕は、鞄を机から下ろし教科書とノートを広げ授業に集中し始めた。どうやら清谷さんは絡まなければ静かなようで、授業中は熱心にノートをとっている。そのギャップも意外だが、それよりやはりあの話し方である。どうしてあんな話し方になってしまったのか。
時折窓の方から涼しい風が流れ、僕達の髪と紙をなびかせた。プリントが宙を舞ったり、髪型を気にする人は風が吹く度に髪型を直している。先生は全く気にせずに黒板にすらすら文を書いていく。僕達はそれをノートに書き写し、プリントの空欄を埋めていく。プリントの答え合わせが終わった所で授業が終わった。鐘が鳴った途端に皆筆記用具を片付け席を立つ。
「清谷さん。これ……1日借りてていいかな」
清谷さんに話掛けるのは先程の件もあり怖かったが、これは重大な事なので話さないという選択肢は存在しない。無論、僕は清谷さんに話掛けざるを得なかった。
「あぁ、それが無いと困るんだろ。貸してやるよ。但し、今度それなりに見返りを貰うからな」
思っていたより円満に事は進んだものの、見返りを要求された。一体どんな物を要求されるのだろうか。
「今度何かスイーツ奢れ」
「スイーツ……?」
「あぁそうだよ。ショートケーキだろうがパフェだろうがクレープだろうが奢れ」
まだ女の子らしさは残っているのか、と僕は安心した。シャーペン一本借りた事に対しては随分と大きな見返りだったが、まぁそこは気にしない。清谷さんの女の子らしさが見えたから良しとしよう。
「分かった。スイーツを奢るよ」
「分かりました、だろうが!!」
「ひぃぃい!!はい、すみませんんん!!」
僕はその場を逃げるようにして去った。次の授業は体育である――。
次々と授業をこなし、昼食の時間になった。そろそろ説明会の時間である。きっとこの前掃除したあの部屋で会議をやると思い、僕は弁当を持って部室へ向かった。僕の考えは合っていたらしく、部員と女子三名がこの教室の椅子に座っていた。
「遅かったじゃまいか」
「心配したんだぞ?」
「ごめんごめん」
何だかもうこの雰囲気に慣れてしまったらしく、肩に入っていた力が抜ける。緊張しなくて済む、というか……。ふと集まった三人の女子に目を向ける。一人は筋肉ムキムキの女の人だ。その隣に、無邪気そうなちょっと背の低い女の子が座っていた。この子は初めましてだな。そしてその隣には――。
「よぉ、モヤシ」
「清谷さん!?」
あろうことか清谷さんの姿があった。後ろ姿の時はやはり別人に見える。「モヤシ」と呼ばれるまで全く気づかなかった程だ。
「清谷さんも参加するの?」
「駄目なのかい?」
明らかに威圧的な姿勢を示す筋肉ムキムキの女性。流石に怖い。
「いえ、意外だっただけです……」
迫力に押されてしまう。
「この三人が明日の七不思議検証会に参加してくれるらしい。では自己紹介を始めようじゃまいか」「始めようじゃがいも」
「じゃがいもじゃない、ジャマイカだ」
相変わらず部長の悠茉さんと慎さんの二人はこんな感じだ。
「ではまず、花梨からいこうか」
花梨という人がこの三人の中に居るのか。さしずめこの真ん中に座っている子だろう。
「花梨はアタシだよ」
そう言って立ち上がる筋肉ムキムキの女性。え、この人が花梨さん?
「何だい、アタシが花梨じゃ可笑しいってのかい?モヤシ」
「僕の名前はモヤシじゃないです」
「モヤシも同然だよなァ、花梨」
「あぁ、そうだな清谷」
花梨さんも清谷さんを清谷さんと呼んでいる事に僕は驚いた。だってこの二人は花梨さんの友達の筈だ。なのに、何故名字で呼ぶんだろう?
「花梨、自己紹介してくれたもう」
「相変わらず話し方可笑しいねェ、悠茉は」
「そりゃどーも」
「褒めてない。……で、自己紹介だったね。アタシの名前は早川 花梨クラスはあんたらと同じだから言わなくていいね」
「山梨はこう見えて幽霊の類いが苦手なんだ」
慎さんが付け加えた。
「山梨じゃなくて花梨だよ。いい加減覚えろよォ」
呆れた顔で花梨さんが慎さんを軽く叩いた。鈍い音が響く。本人は軽く叩いたつもりだろうが、実際は凄い痛いに違いない。何故って叩かれた慎さんが痛みで黙ってしまったからだ。
「次は清谷……は、清谷で良いな」「あァ、清谷って呼んでくれて構わねぇよ。名前で呼んだ奴はぶっ××す」
明らかに喧嘩を売っている清谷さん。よほど喧嘩に自信があるのだろう。
「最後に鵺宵だな」
初めましての女の子が、こちらを向いた。か、かなり可愛い。そこら辺の女子とは比べ物にならない。
「オイもやし、オレの鵺宵をじろじろ見てんじゃねーよ」
「へっ?す、すみません」
条件反射で謝る僕をよそに、鵺宵さんは話始めた。
「私は紺乃 鵺宵。宜しくね、悠茉くんと慎くんと……えーっと、もやし君?」
何だかもう僕の名前がどーでも良くなってきた。もういいやモヤシで。
「モヤシ、耳の穴かっぽじってよく聞け!鵺宵はな、ファルスミアで読者モデルやってんだよ。オレの女だがら手ェ出したら××すぞモヤシぃ!!」
「ファルスミアって言うのは、今世間で大人~気の雑誌だよ」
「へぇ、そんな有名な雑誌のモデルさんやってるんだ……」
どうりで可愛い訳だ。
「明日お化け屋敷やるんでしょう?鵺宵、今から楽しみでしょうがないよ」
何かすっごく楽しみにしてるご様子?笑顔でこっち見てるんだけど。
「以上のメンバーで七不思議検証を行うよー。」
「日にちは明日の夜だったねェ?」
「そうだよ。明日の夜」
「明日の夜かぁ……楽しみすぎて寝れないなぁ」
「ルートは俺達が案内するから安心して……といっても、モヤシ君と慎はお家の事情で来ないけんね」
「え?でも七不思議検証はこの六人で行うって言っただろぉ?」
「あぁ、二人には前日の夜に検証を行ってもらう。異常が無いかどうかや、潜入する入り口を探してもらうんだ。当日には入り口で見張りもしてもらう」
「成程~っ。頭良いね、悠茉くんは」
「は」…ね。何だか傷付くなぁ。そうは言っても僕、頭良くないけどね。
昼食を取りながら行っていたこの会議も終盤にさしかかった。何時に学校に集合するかや、各自の持ち物等を決めた。持ち物については基本的に自由だが、懐中電灯と電池と無線機又は携帯と笛は絶対に持ってくるようにと指示を出した。懐中電灯と電池と携帯等に説明は要らないだろうが、笛については必要だろうから説明しておこう。
「笛は、もしこの中の誰かが迷子になった時の為に持っていく。迷子になったら笛をならせばいい。すぐに駆けつける。万が一異常があった時も同様だ」
説明する時の悠茉くんは妙に真剣で、いつもの変な話し方でもないが、逆に本気にさせられて怖い。
「携帯か無線機ってのは、どっちを持っていけばいいんだ?バラバラに持ってっても意味ないだろうが」
「携帯か無線機かはまだ決まってない。だが、無線機が用意出来れば全員無線機でいく予定だ。先に聞いておくけど、この中で携帯を持ってない人は手をあげろ」
その問いに、僕と清谷と花梨が挙手した。情けないが、僕は携帯を持っていない。
「携帯なんて使わねぇからな」
「清谷と同じ理由だよ」
「僕はただ単にお金の関係で」
「こんなにいるとは予想外だな、取り敢えず今のところは携帯ではなく無線機の路線にしておこう」
携帯か無線機かは無線機でいくと決めた僕達は、休み時間終了の鐘が鳴るまで細かな内容についても打ち合わせした。服装は成るべく目立つもので肌を隠すもの。かといって何処かに引っ掛かった際に怪我をしないもの……すなわちスカーフのような引っ掛かったら首が締まる、のような事態は避けるもの等を決定した。更に、百円均一の店で蛍光の光を発する棒や蛍光色の腕に巻くもの等を買おうという話になった。腕に巻くのは基本的に一番目立つ蛍光イエローのものに決め、蛍光の光を発する棒については各自でカラーを変える事にした。これは暗い中一目で誰が居るか、また居ないかを判別出来るようにする為である。
このような事を決めた時、丁度鐘が鳴った。これから午後の授業が始まろうとしている。僕達は最後に決めた事を一つ一つ振り替えってから解散した。
午後の授業は理科で実験だった為、時間が短く感じられた。今回は余り難しくない実験だった為、自らの意思で進んで実験を行った。これは今日の夜にこの学校に潜入する際と同様に勇気を出す必要があると思ったからだ。ここで勇気を出さなければ、今日の夜にも勇気は出せないと考えた。一歩間違えば有毒ガスが充満してしまう実験、という訳でもないが、取り敢えず臭い気体が発生するというので、成るべく吸わないようにしたりと工夫を行った。実験も終わり、器具を片付けた後、帰りのHRに臨む。
主に月曜日の予定や、授業への持ち物のお知らせ等があったが全く耳に入らなかった。今頭の中にあるのは、今日の夜のことだけである。
HRが終わり、早速オカルト部の部室へ向かう。足取りは軽い。先程までの恐怖はいつの間にか楽しみに変わったようだ。この変化には自分でもビックリだが、こんなスリルを味わう経験が無かった事からこうなったのだろう。
ドアを開け、早速今日の仕込みについて話し合う。
「僕と慎さんは当日、見張り等をするって言ったけど、あれは嘘でしょ?」
「あぁ、当たり前だろ?当日は幽霊役だよ、ばんがれよ」
「珍しいな、悠茉が間違えるなんて」
「間違えてねーよ、独特の言い回し」
「あ、そ」
「あははっ」
僕と慎さんが幽霊だなんて、可笑しい以外の何物でもない。それであの三人が怖がるというなら尚更だ。
「仕込みについて、説明を始めようか」
昨日のように、ホワイトボードに向かい、七不思議を書き出す。
「まず、一番について」
「音をどう出させるかだね」
「録音だとバレる可能性がある。だから違う方法でやるじぇ」
「違う方法か…難しいな」
「僕なら、どうにかしてピアノを遠隔操作出来れば良いかなって思いますけど」
「遠隔操作、ねぇ」
「糸か何かを使えば見えないんじゃ?」
「むしろ普通に弾いてた方が怖くね?変装すればバレないって」
あぁ、確かにそうかも。と二人で顔を見合う。
「なら、それでいこう」
「じゃあモヤシ担当な」
「えぇっ!?」
「メイクとかは任せとけ。何とかしてやんぜ!」
「じゃあ二つ目はどうするんだ?石像なんて持って行けないぞ?」
これには三人もお手上げだった。まず石像という時点で三人で運べるものじゃないし、本物なら動いてくれない。
「もうこれはロボットでいこうか、うんそれがいいな」
「そんなものあるんですか!?」
「慎の家の人はロボット作る人だからさ、大丈夫ぃ!」
「丁度石像っぽい見た目のがある」
「おぉー」
三つ目のは予めその泣く写真の目の部分と壁に穴を開け、反対側からスポイトを使って水を流させようということになった。勿論、「泣いている」という設定なので、薄い塩水を流す事に。
四つ目は、誰かがヨヨコに変装してトイレに出現するという事に。このヨヨコについては、個室での出来事になるので、怖がらせるのは一人でいい。それに全員がトイレに入る訳ではないから楽勝だ。窓の方から侵入し、怖がらせた後は案内係りの悠茉に「今トイレに入ったらヨヨコに襲われる」と言わせ、他の人をトイレに近付けさせないようにする。様子を見てヨヨコ役は物置代わりの個室に入り、客が出た後、悠茉の連絡を待ってトイレから脱出すれば良し。
五つ目も誰かが人体模型になりすます事に。慎さんの家で作られた人体模型人形の空洞に入り、脅かせば良い。
六つ目の少年の霊については暫く何もしないでおく。逆に何も起きない事で恐怖を誘う戦法だ。そして皆が安心しきった所で上の通路からボールを落とす。勿論下からは見えない場所から、あたかも幽霊が投げてきたかのように投げるのだ。
これで七不思議は完成する。完璧にいくかどうかは分からないが、バレた所で怖がらせる事には成功するだろう。
「よっし、後は仕込みと準備だけだな!必要なのはぁ……」
「メイク道具、幽霊の衣装、壁に穴をあけられるもの、スポイト、俺の家のロボットと人体模型人形ぐらいか?」
「おぉ、慎ナイス!それでおっけろん!」
「リハーサルとかってやる?やるなら今日の夜までにメイクとかを買わなきゃ駄目だよ」
「そうだなリハーサルは必要だ。万一失敗したら終わりだし」「ならやればおっけろん!今日帰りに買っていくか。さっき言ったものと一緒に」
「それがいいね」
そのあと、メイクや幽霊の動き方等の研究をするために映画を見た。暗い部屋で見たのでかなり怖かったが、全体的に白いメイクと引きずったような動き方、人間とは思えない動き方を学んだ。
「そろそろ時間だな」
「じゃあ買い物いきますかぁ!」
「うん」
三人学校から20分程先にある駅から電車に乗り、少し遠めの駅にある店で買い物をした。ここまでしないといけない理由はただ一つ。買い物の内容でバレる可能性があるからだ。買ったもので一杯になった袋を引っ提げて、学校へと戻る。これもあまり人気のない道を通った。
学校についてみると、既に教員もほとんど帰ったようで、灯りがほぼ全て消えていた。ついているのは職員室だけのようだ。
「よし、夜の学校に潜入するぞ」
「あいさっさ!」
「う……うん!」
初めての体験に心臓の鼓動が速くなる。
「ギィイィ」
まるで風で開いたかのような音を奏でながら学校の門を少しだけ開いた。これくらいの音なら、職員室に届かないだろう。次に、先程僕達の居た部屋への潜入を試みる。僕達の部室は一階に有るため、台を使えば窓から潜入出来る。先程帰る際に窓を開けてきたので入れる筈だ。中に入ればドアは室内からロックを掛けれるようになっているタイプなので、廊下に出る事が出来る。
「台をどうするか決めて無かったな……」
慎さんが呟いた。
「そうだな……あ、あれなんて使えるんじゃないかぬ?」
悠茉さんの指差す先には廃棄されるであろう椅子がぽつんと隅に置いてあった。
「確か、引き取られるまではあぁやって外に見えるよう出しておくんですよね」
「あれなら使えそうだな。壊れているのは椅子の背の部分だけだ」
丁度良い道具が運良く外にあったため、僕達は部室に入る事に成功した。さて、ここからが勝負だ。いかにして先生に気付かれずに行動出来るかが鍵だ。
「取り敢えず、電気を着けたらバレっから月光と蛍光ライトか懐中電灯で凌っぞ」
「そうするしかないな」
「だね」
「まずは……モヤシのメイクからやってみっか」
「そうだな。ではこの白粉を…それ!」
「ぼふぼふぼふぼふぼふぼふ」
「けほけほっ」
なんだこれ凄く粉っぽい、ちゃんと肌についてるのかなこれ。何だか舞ってるだけな気がするんだけど――。という僕の思いは通じる筈もなく、二人は黙々と僕に白粉を塗っていく。
「舞妓さんがこんなん使ってるとか驚きだよなァ」
「そうだな……あそこまで真っ白にする必要があるのかどうか」
「あれじゃあお化けみたいだよなァ」
「それ舞妓さんに失礼だよ」
「でも現にお化けを作るのに使ってる訳だしょ?」
「ま、まぁ……けほっ、そうだけど……」
「よっし、でーきたッ。慎、鏡出してくんね?」
「了解」
慎さんが鏡を取り出した。何色なのかは余りよく分からないが、月光のお陰で自分の顔を鏡で確認できた。
「怖っ」
それしか言葉が出なかった。真っ白な中に僅かに青みのかかった肌はもう生きている者の肌には見えない。目にもメイクがされており、兎に角怖かった。幽霊より「化け物」に近い。
「これにこの服とウィッグを着れば大丈夫ぃ!」
そう差し出したのはとてつもないロングヘアーのかつらと、真っ白なワンピースだった。
「ワンピースはこのまま着るの?」
「いんや。ワンピースの裾はビリビリにして、赤と黒を混ぜた×糊をビャッってかける。あたかも人を××した時の返り×みたいに見せる為にな」
そんな考えを見いだせる悠茉さんが正直怖くなった。それよりも今の自身の顔の方が怖いけど。
「×糊は黒を多めにしないとだぞ、悠茉」
「あぁ、時間が経過してるって思わせる為だな?」
「そうだ。逆に赤を多めにして今××してきたみたいにしてもいいけどな」
「怖……」
流石に怖い。暗い中でこんな会話をするのが。
「ビチビチッ」
突然音が鳴った。僕達は驚いて跳び跳ねる。
「二人がそんな会話してるから……!」
だが、少し経つとその音の正体が蛾だという事が分かった。
「こんな時に――。KYな蛾だな」
今は少しの音にもかなり警戒してしまう。こんな状況というのもあるが、バレたら一巻の終わりである。
「さてと、幽霊役のメイクは大丈夫そうだな」
「次は慎、お前の人体模型の番だぞ」
「それは家で練習しておく。任せろ」
「よし、じゃあ最も危険な場所に行くか」
そう、今回一番気をつけなくてはならない仕込みは三番目の「夜中に泣く写真」の仕込みだ。泣かせる写真が廊下にあるため、僕達は廊下に出て作業しなくてはならない。しかも壁に穴をあけるという大胆な行動をしなくてはならないのだ。
「俺が穴をあけるから、慎とモヤシは見張りをしてくれ」
「分かった」
「了解」
僕達はそろそろと部室を出る。「カチャン」と鳴りドアのロックが外れると、右と左を確認してから廊下に出た。
「しっかし暗いな」
「だな。ライトがないと足元も見えない」
「さっきは月光があったから良かったけど……今は光が入らない場所に居るもんね」
蛍光ライトをそれぞれ手に持ち、廊下を注意深く歩いていく。辺りに誰かいる気配はしないが、注意を怠る事は出来ない。
「案外こんな細工しなくても七不思議は出来てたかもな」
「詳論だ」
「正論ね」
今回は珍しく僕が訂正を入れてみる。これも緊張をほぐす為だ。長い廊下をそろそろ進み、階段にさしかかる。泣かせる写真があるのは二階なので階段を上らねばならない。
「上から降りるときは人を見つけるの楽なんだけどな」
「下から上がる時は余り気づかない」
「そうなんだ……」
「取り敢えず、灯りが見えたらしゃがめ」
「了解」
一段一段慎重に上がっていく。勿論音をなるべくたてないようにだ。これにはかなり神経を使った。
「よし、二階についた。まず俺が人が居るか見てくるから待ってろ」
悠茉さんが右の通路と左の通路を見てから、オッケーのサインを出した。僕達も悠茉さんの元へと急ぐ。
「泣かせる絵はあそこだ」
慎さんが指をさす。そこにあるのは一枚の女性の写真……いや、絵かな?
「最初は四階にある絵を泣かせる予定だっけど、四階まで上がんのはリスクが高いし、あそこにある絵に変更したんだ」
「そうだったんだ」
「しかもルート的に、最初は一階の音楽室、次が二階の調理室、その次がこの廊下、こっから北のトイレ、階段を上がって三階の理科室、最後に一気に下って一階の体育館っていう道順が一番良いんだ」
「そういえば、ロボットはどうするの?持ってきてないみたいだけど」
「心配すんな。ロボットは明日調理室の掃除の時に紛れこませる」
「そんな事できるんだ」
僕達は廊下を北側に歩いて行く。その途中に目的の絵……ポスターがあった。
「ポスターに穴をあけちゃうのは何だか忍びないね」
「大丈夫ぃ!このポスター描いたの俺だから」
「えっ!?」
ポスターには美しく微笑む女性、そして女性の手には鳥が乗っている。どうやら「愛鳥週間」のポスターらしい。しかしとてつもなく上手い。頬の自然な赤み、肌の一色とは言えない色、髪に注ぐ光――。まるで芸術家が描いたようだ。
「悠茉はこういうポスターとかのコンクールで何度も入賞しているんだ。確か最優秀賞も何度かあった」
その話にに全く疑いを掛けられなかった。それほど良くできたポスターだったのである。
「こんな上手いポスターに穴をあけるの?」
「あったり前やーん。絵なんて何回でも描けるよ」
「……そうなの?」
「安心せぃあ」
自信たっぷりの悠茉さんを見ると、どうも本当らしい。
「じゃあ穴をあけますか」「だな」
僕と慎さんはそれぞれ北側の廊下と南側の廊下を見張る。その間に悠茉さんが絵と壁に僅かな穴をあけようと試みる。ズリズリ……いや、ゴリゴリに近い音を放つ壁は、悠茉さんの持つアイスピックのような物で削り取られていった。
「よっし、片方おっけぃ!」
「もう片方も急いだ方がいい」
誰か来そうな気配がする、というような口調で慎さんは呟いた。確かに、この廊下では異様とも言える壁を削る音以外何の音もしていない。もしこの音が職員室に聞こえていれば、何事かと職員が見回りに来てもおかしくない。
「後どれくらいかかるの?」
「そんなに掛かんないよ」
そう言いつつも、悠茉さんの顔に焦りが見える。成るべく音を出さず、かといってのんびりもしていられないこの作業に神経を使っているのだろう。
それから数分経った。未だに人が来る気配はないが、僕達には緊張が走っている。
「……出来た」
やっと、と言うように汗を拭う悠茉さん。だがここで安心は出来ない。次はこのまま北へ進み、「ヨヨコ」のリハーサルを行わなければならないからだ。
そそくさとその場を逃げ出すように早歩きをする。足元に注意しなくてはならないが、かといって正面も向かなくてはならない。僕達は前を向いたり下を向いたりを繰り返しながら、廊下を更に進んでいった。
目の前に出てきたトイレはまるで別世界のような異様な雰囲気を出していた。
「花子が出そうだな」
「そんな事言わないでよ、怖くなっちゃうから」
「そうゎ言ってもねぇ~。あ、ヨヨコはどっちがやんの?」
「順番的に言うと僕かな」
「じゃあモヤシ、あそこの窓から外を見て来な。当日は窓から侵入しないといけないからサ」
「分かった」
何故かトイレに二人はついて来てくれなかった。その為、僕は一人でトイレに入る事に。誰も居ないとはいえ、ここは女子トイレである。何だか気が引ける。
トイレに入り、右と左を見る。普通のトイレと(ただ、男子の僕にとって、個室しか存在しないこのトイレは異様な光景だったが)何ら変わりはない。少し奥まで進むと、悠茉さんの言っていた「窓」があった。この窓の鍵も内側からあけるタイプだったので、僕は容易に窓を開ける事が出来た。
窓の外に見えるのは、テニスコートや体育館だ。
「ここから入ってくるのか……」
登れるものといえば、少し太めの木がある事くらいである。当日はこの木を登る事になりそうだ。一通りトイレを見てから、僕は二人の元に戻った。
「どう?当日、どう窓から入るかとか分かったかぬ?」
僕はすかさず「木を登って窓から入る」と答えた。
「そう、その通り」
悠茉さんは満足そうに頷いた。
「じゃあ次、行こうか」
次は人体模型のある理科室だ。その為には階段をまた上がる必要がある。理科室を見終わった後、最後に体育館に行くとき以外は基本的に階段を上がる事になるが、これは先程二人が言っていたように、先生に見つかりやすい工程だ。
「じゃあ降りて、体育館に行こうか」
僕はその瞬間、呆気にとられた。僕はてっきり理科室に行くかと思っていたからだ。
「実は昨日、下見の時に人体模型人形を置いてきたんだ」
つまり、既にセッティング済みという事か。
「じゃあ後は体育館でボールを特定の位置に置くだけ?」
「そういうこっとー!!」
僕達は先程来た道のりをそっくりそのまま戻り始めた。この道が一番見つかりにくいと考えたからだ。職員室から遠目の位置だし、先程来た時点で場慣れしている。
廊下を通り、階段を下る。そして一旦部室に戻り、これからの事を話した。
「次潜入するのは体育館だぜえぃえ!」
「ここから北側に移動しなくちゃならないな」
「人目につくところを歩かなきゃいけないんだね?」
今までは校舎内を歩いていたが、次は外を歩く事になる。室内にいる職員だけでなく、近所に住んでいる住民にも注意をはらう必要があるということだ。
「この学校は木で囲まれてるだろ?その蜥蜴を移動するのがいいんじゃないか?」
「木陰か……いい案だぬ」
僕達は、部室の窓から外へ出た。そこから一番近い木の下に隠れる。
「よし、次はあの木だな」
はぐれないように、移動する際確認をとりながら慎重に進んでいく。途中木の根っこで躓きそうになったが何とか堪えた。
次第に体育館が見えてきた。体育館は月光に僅かに照らされている。下から見ると、窓は全て閉まっているようだ。今回は真っ正面……入口から入るのだろうか?
「体育館へは裏口から入るぞ」
普段は非常口に使われているという入口から侵入するらしい。その裏口の付近に来ると、近くに倉庫のようなものが見えた。
「ここからボールを頂戴していくとするか」
「せうするっきゃないな」
倉庫の鍵は何故か悠茉さんが所有しており、鍵を開ける事が出来た。ギィィという音と同時に湿っぽい空気が流れてくる。
「よっし、それじゃあ確実無理に持たない程度で出来るだけボールを持て」
各自三つか四つくらいボールを抱え、倉庫を後にする。体育館の裏口は目立たない場所にあり、見つけるのに苦労した。何せ周りの視界は木々に遮られているし、入口自体も自然の中に溶け込んでしまっていたからだ。
「こんな入口、非常時にちゃんと使えるのかな」
「いや、多分ここは使えない」
「何で?」
当たり前の様に言う慎さんに、僕は問う。
「もし仮に、地震が起きて体育館を逃げ出さなくちゃいけなくなったとする。でもその時点で入口付近の木々が倒れ、入口を塞き止めてしまうだろう」
慎さんにしてはまともな回答に僕はほぅ、と頷く。
「そこぉ、無駄話してないで急ぐぞ」
「了解」
体育館に無事侵入した僕達は、夜独特の体育館の雰囲気に驚嘆した。単に暗くて怖いという感情だけでなく、いつもなら人気の多い体育館にたった三人という光景に慣れてないのだ。まるで忘れ去られてしまったかのようにシン、と静まり返った体育館は、恐ろしいと同時に美しく感じた。
「壇上に上がろーか」
「ボールはどうするの」
「一度床に置いて、まず二人が壇上に上がる。その後に残った一人がボールを二人に渡して、全部渡し終わったら最後の人が登る」
ボールを落とした際の音はかなりでかいと想定した僕らは、安全策をとる。先程説明してもらった通りに事を進めた。
壇上に上がってから階段を上がり室内から見えない所にボールをセットしていく。
「外、誰も居ないな」
既に時間は0時。とっくのとうに職員は帰宅し、見回りも済んでいる時間だろう。体育館の上の通路にある窓から外を眺めてみるが、人通りもなく、車も通っていない。
「これだけ人が居ないと何か不思議な感覚だね」
その時、強い風の音とカーテンがなびく音が響いた。僕達は驚いて音がした方向を向く。だが、音のした方向には人は居ない。
「元から窓が開いてたのか?」
さっき僕がトイレから見た時に体育館は見えたが、窓は一つも開いて居なかった筈だ。僕の背筋が凍る。
「あー、ごめん。俺が開けたんだ」
申し訳ないというように悠茉さんが言った。
「驚かしたくなっちって」
「止めてくれよ……」
「本気で怖かった……」
「ごみーんにっ!でもさぁ、案外侵入も全て上手くいっちゃったからこんくらいは冷っとしてもらわないとね」
「わー、悠茉さんの意地悪ー」
「あははッ」
全然笑い事何かじゃなかったけれど、悠茉さんの笑顔を見たらさっきまでの恐怖感も何処か飛んでいってしまった。
「もう止めて下さいよ?」
「あいあい」
ボールを置く時の軽い「トッ」という音が何度か響く。次々と置いていくので山彦のように聞こえた。
「これで細工はオッケーだね」
「この調子なら大丈夫そうだな」
「だぬ」
階段を降り、壇上から下りる。先程の裏口を開き、外へ出た。
「細工も全部終わった事だし俺のほーむに行こうか」
「悠茉の家か……久々だな」
「僕は初めてだよ」
誰も通っていない夜道を、三人で肩を並べ歩いていく。当然話題は明日の事だ。
「このままいけば明日も余裕だな」
「そうかもね」
「皆怖がってくれるかな」
「大丈夫、大丈夫ぃ!」
「それより……」
慎さんが足を止めた。何かあったのかと心配になった矢先、響き渡るのは腹の音。一気に緊張感が無くなる。
「お腹空いてないか?」
「うん、空いた」
「お腹ぐーぐるぐー」
「それ、お腹が鳴ってるって意味?」
「お腹空いたの意」
「悠茉、夜飯はご馳走になれるか?」
「んー、多分?一応コンビニで何か買った方がいいかも」
どうやら、家に食材はあるものの悠茉さんは料理の腕に自信は無いらしい。
悠茉さんの家に近いというコンビニに来たのは良いが、さて、今の所持金で何を買えるだろうか。明日の為の道具は三人で割り勘だった為、所持金は残り少ない。残金を確認してみると152円……何とも微妙である。
結局僕はおにぎり一個を購入した。他の二人も何か買ったようだが何を買ったかは分からない。二人が購入するのを待ち、また悠茉さんの家に向かって歩き始めた。
それから数分後。目の前に一件の和風な家が現れた。周りは壁に囲まれており、明らかに豪邸のような雰囲気を漂わせている。
「ここが悠茉さんの家?」
「そだよ」
門のような入り口をくぐると庭園のような場所が出現した。鯉の泳いでいる池やその池にかかる橋、地面は白い石で覆われている等、まるでお寺のようである。
家の中に入ると、やはり床は畳だった。畳独特のあの香りが息を吸うと同時に流れ込む。
「うわぁ……凄いなぁ」
「あ、そうそう。もし料理作れるんだったら、キッチンと冷蔵庫とかに入ってる食材勝手に使っていいからぬ?というか使ってくれると有難い」
和風なこの家で「キッチン」と聞くと少し場違いな気がするが、恐らく釜戸など昔懐かしい料理道具が置いてあるに違いない。
「茂中」
「は、はいっ!?」
いきなり名前を呼ばれ、驚く僕に、悠茉さんは続けた。
「モヤシって呼んでごめんな。これからはちゃんと茂中って呼ぶから」
そう、今までずっと「モヤシ」と呼ばれていたが、僕の名前は茂中 夜叉だ。見た目と省略形とでモヤシというニックネームになっている。
「え、別に良いよ。モヤシでも。自覚してるし……」
「駄目だ」
「大切な名前なんだからさァ。夜叉なんてカッコイイ名前じゃん。呼ばないんじゃ勿体ないよ」
「それに、名前呼びの方が仲が良い感じがするだろう?」
そう言われて僕は嬉しくなった。この人達は僕の事を「単なる数合わせの部員」とは思って無かったと分かったからだ。
「ねぇ、二人共」
「どうした?」
「どうして僕を、この部活に誘ったの?」
二人は顔を見合せてからまたこちらを向いた。
「何でって……一緒に部活やりたかったからに決まってんだろ」
「茂中と仲良くなりたいって思ってたからサ。君、いつも教室で本読んでただしょ?」
「あぁ、怪談とか妖怪百科とか神話とかね」
「そういうのが好きなのかなぁって思って部活に誘ったんだお」
二人は、僕がクラスに馴染めないでいること、僕が怪談話や神話が好きって事を知っていたらしい。
「そうだったんだ……」
「さ、こういう話は寝る前にやるとして、ご飯食べようじぇ。ご飯。もうお腹ぐーぐるぐー」
悠茉さんに案内され着いたのは、悠茉さんの部屋だ。
「あれ?」
悠茉さんの部屋に一足踏み込んだ途端、他の部屋とは違う事に驚いた。
「和風……じゃない」
そこは、僕達に馴染みのある洋風な部屋だった。ベッドや机をはじめとする家具はどれも一般の家庭にあるような物だ。
「何でこの部屋だけ?」
「俺が洋風の方が良いって言ったからサ」 全体的に茶色と青でまとめられた室内。そのせいか、かなり落ち着く。フローリングの床に敷いてある絨毯も肌触りが良い。
「じゃあ早速ご飯を食べよーう」
そう言って悠茉さんは手に持っていたビニール袋を部屋の真ん中にある硝子張りのテーブルに置いた。中からパンやおにぎりが顔を出す。
「やっぱこれが一番楽だよね」
「あ、僕と同じおにぎり買ってる!」
「慎もだー!」
実際、そんな事いくらでも有りうるのに、その時は奇跡のように思えて、三人は思わず笑ってしまった。
暫く笑ったり、話したりしながら時を過ごす。眠気なんて全く襲ってこない。辺りは段々と明るくなっていく……
気が付くと、朝を通り越して昼になっていた。どうやら知らぬ間にテーブルに頭を乗せ、寝てしまったらしい。すぐ近くには同じように寝ている二人の姿もある。
「悠茉さん、慎さん、起きて起きて」
二人の体を揺さぶり起こそうと試みるが、爆睡しているらしく起きる気配がない。
一人で何が出来るだろうと考えたが、先にお腹が「腹が空いた」と主張してきたので、僕は調理場を借りて自分と二人の分の昼御飯を作る事にした。
「しっかし広いなぁ~……」
周りを見回すと、所々に障子が見えた。あれで部屋を仕切っているのだとしたら相当の部屋数だ。 あちこちの部屋を手当たり次第に渡り歩き、とうとうキッチンを見つけた。
キッチンは悠茉さんの部屋と同じく洋風である。周りの部屋から見るとかなり浮いている。そこの部屋だけ別世界のようだ。
全体的に白でまとめられた室内には、冷蔵庫、電子レンジ、オーブン等様々な調理器具が並んでいる。これならかなり色々な種類の料理を作れそうだ、と僕は思った。
早速冷蔵庫、野菜室、冷凍庫の扉を開ける。中には調味料や飲み物、魚、お肉、野菜を始めとした食材がところ狭しと並べられていた。
「何を作ろうかなぁ」
とりあえず、冷蔵庫にあった卵を取り出す。朝食だったら簡単なハムエッグでもと考えたのだ。丁度良いことに、ハムもすぐ見える範囲の場所に入っていた。
ハムと卵をゲットした僕は、次にフライパンを探した。フライパンは見える場所に置いてあった為に容易に見つける事が出来た。
油も発見出来た所で、ハムエッグ作りを開始。まず、フライパンをコンロの部分に起き、火を付け油を少しフライパンに注ぐ。フライパンが熱くなった所でハムを投入。その後少し経ってから卵を割り、ハムの上に乗せた。ジュウゥという卵の焼ける音がフライパンの上で奏でられる。
フライパン返しでハムエッグを取りだし、皿に盛った。
「何だか寂しいな」
皿の上に乗ったハムエッグがぽつんとあるのが妙に目立って気にくわない。
ハムエッグの周りを彩る為にレタスを盛り付け、同時にウインナーを焼き、レタスと同じく盛り付けた。三人分出来てから皿をテーブルに並べ、二人を呼んでくる。
「起きてよ二人共。ご飯出来たよ」
これではまるで、ルームシェアでもしているようだ。
「んん?あぁ……茂中か」
「朝御飯?作ってくれたぬ?」
「ハムエッグ……上手く出来た自信は無いけど」
「作ってくれた物に文句なんて言わないよ。じゃあ、食べに行こうかぬ」
三人でキッチンのすぐ側にテーブルを囲む。テーブルには僕の作ったハムエッグ、ウインナーとご飯が置いてある。
「じゃあ俺も何か振る舞おうか。味噌汁くらいなら作れる筈だ」
「じゃあ頼むよ。俺、絵は描けるけど、料理は苦手なんだ」
へぇ……流石に万能、って訳にはいかないんだ。意外だ。
少し経つと、慎さんが慣れた手つきで味噌汁を作り始めた。僕達はそれを見守るような形で席に座っている。
味噌汁の材料は、味噌と豆腐と玉葱と若布と馬鈴薯(ばれいしょ←ジャガイモ)と人参と蒟蒻と大根と浅蜊と蜆……
「……って材料入れすぎじゃない!?」
明らかに味噌汁じゃなくて豚汁の具もあるし。
「何のお味噌汁か決めないと凄いものになっちゃうよ!」
慌てて僕は慎さんに告げる。慎さんは首を傾げ、それから僕に食材選びを頼んだ。
「じゃあ……大根のお味噌汁で」
それにしても、慎さんの家の味噌汁はいつもあんな感じなのだろうか……。
「よし、これでいいだろう」
味見をした慎さんが呟いた。味噌汁が出来上がったのだろう。
やがて味噌汁の入ったお椀が運ばれてきて、やっと朝御飯が完成した。僕達は三人揃って席についてから食べ始める。
慎さんの作った味噌汁は少し薄味だった。薄味が好みなのだろうか。一方悠茉さんの方は、ハムエッグの目玉焼きの部分に醤油をどっぷりとかけている。慎さんとは違い、濃い味が好みなのかなと思いながら、僕はソースを取りに冷蔵庫まで行った。
「ついでにケチャップも取ってちょ!」
「分かりました」
悠茉さんに頼まれ、ソースと共にケチャップを取る。多分これはウインナーにかけるのだろう。
「どうぞ」
「お、ありがとん」
僕の勘は的中した。僕からケチャップを受け取ってすぐにウインナーにケチャップをかけ始めたのである。
「やっぱケチャップだよね~」
もはやケチャップの塊にしか見えないウインナー。あれではウインナーの味がしそうにない。
「ごちそうさまでした」
三人は殆ど同時に食事を終えた。食器の片付けはどうしてもと言うので、悠茉さんが担当する。暇になった僕達は、待ち合わせ時間まで何をしようかという話になった。
「まだ夜まで時間があるな……少し早めに行くとしても、一目に付く時間じゃ危ない。せめて暗くなるまで待たないとな」
「じゃあウノとかトランプでもやるかい?」
悠茉さんの提案で、トランプをやる事になった。最初は七並べ、次にブラックジャック、その次が51、その後は大富豪……長い間トランプをしている内に、外は暗くなっていった。
「そろそろ学校へ向かうか」
「そうだね」
暗い夜道を三人で歩く。人通りはやや多いがその内少なくなるだろう。約束の時間まであと少しだ。
学校に着くと、既に花梨さんだけは到着しており、残りの二人はまだ来て居なかった。
「清谷と鵺宵はどったの?」
「まだ来てない。でも連絡は来て無いからまァその内来るさ」
花梨さんは腕を組み、仁王立ちとも言える格好で悠茉さんと話している。僕には平気で会話している悠茉さんが信じられなかった。僕なら絶対怖じ気ついてしまうだろう。
「お待たせ~」
「スマン、鵺宵を迎えに行ったらこのザマだ」
どうやら、紺乃さんの支度が遅かったようだ。多分、服選びに時間が掛かったのだろう。
「じゃー全員揃った事だし、入ろっか」 悠茉さんと女子三名は、僕達を校門に残したまま進み始めた。予定通りだ。
皆の姿が見えなくなってから、僕達もそそくさと校舎に入る。確か一番最初は、一階の音楽室の筈だ。
先回りをして僕達は音楽室の窓から侵入する。きっと四人はオカルト部の部室から潜入しただろうから、ここまで来るには時間が掛かる。
「よし、メイクと着替えをするぞ」
昨日のように顔に白粉を付ける。かつらも付け、服も着替えた。服の裾を適当に破り、血糊をべったりとつけた。これは少し手あとを引きずるようにし、恐怖感を増すようにする。
「後はお前がピアノを弾くだけだ」
ここで重要な事を忘れていた僕は驚愕した。そう、ピアノを弾かなければならないのである。僕はピアノに殆ど触った事は無く、ピアノが弾けるとは到底思えない。
「適当に低い音と高い音を合わせれば何とかなる」
そういう慎さんは、カーテンの後ろに隠れ、待機するようだ。
「そんな事言われても……」
「そろそろ来るぞ」
徐々に近付く足音が、三人が来る事を物語っていた。暗い校舎というシチュエーションで既に恐怖心に支配された女子は恐る恐る進んでいるかのように、思える。周りを警戒しているのだろう。
「今だ」
慎さんから合図を出された僕は躍起になってピアノを弾き始めた。勿論楽譜等存在しない中での演奏である。
「キャア」
という声が近くで聞こえた。成功……か?
「ここは以前、ある生徒のお気に入りの場所だった。だが、その生徒は不運な事故で死んでしまったんだ」
悠茉さんの説明も聞こえる。
「じゃあこの演奏はその霊が――?」
焦ったような花梨さんの口調に思わず表情が緩む。
ピアノの奏でる音は、切なく、そして激しく響き渡る。思いっきり鍵盤を叩いたり、軽く触れてみたり。強弱も付き、次第に緩やかになりながら急に速くなる。
これは僕が適当に弾いているから起きる現象であって、決して幽霊の想いが――という訳ではない。だが、聴いている人からしたらそう聞こえるらしい。
「何だか……」
「切なかったり、五月蝿かったり激しいな、コイツ」
「きっともっと生きたかったんだね……」
ドアの向こうから聴こえてくるのは、恐怖故の叫びではなく、幽霊に対する同情の声だった。
「幽霊の面なんて滅多に見れるモンじゃねぇからなぁ。ちょっと興味はあったんだけどよ、何か邪魔したら悪ぃから次行くか。オイ、さっさと次案内しろや」
「わ……分かったよ」
幽霊に同情してしまった三人と悠茉さんは僕に施されたメイクを見る事も無く去っていってしまった。予想外の行動に僕達も戸惑う。
「……ど、どうしましょうか」
「……次の石像マシーンに託すか」
次は僕達が演じるのではなく、マシーンが勝手にやってくれる。
「ちなみに、何を調理しているんですか?」
「恐怖さを追及して、肉を切らせてる」
「何の肉を?」
「市場で買ってきた、良く分からない肉」
それなら恐怖感もたっぷりだ。これで鶏肉や魚なんて捌いていたら、ただの調理マシーンである。
「包丁も出刃包丁にしておいたし、ほぼミンチにする工程をやらせてる」
つまり、ダンダンとまな板に向かって包丁を降り下ろしていると。
「二つ目はマシーンに任せて、次の準備に行こう」
「写真のとこか」
「塩水作っておかないとだからな」
僕はメイクを落としながら、写真のある廊下へと向かった。勿論、悠茉さん達とは違うルートからである。
「よし、じゃあ俺が茂中のヨヨコメイクをやるから、茂中は塩水を作ってくれ」
廊下にあった写真から涙を流させる為に、僕達は準備室へ入った。ここの廊下側の壁に、穴が開いている筈だ。
「あった」
その場所には予め準備しておいた水と塩がある。僕は水の入ったバケツに、塩をサラサラと入れ始めた。適当に塩を入れては少し舐め、濃さを調整していく。
「こんなものかな」
丁度ヨヨコメイクも完成し、僕はヨヨコ用の衣装を着て、壁の前に座る。
「ピロン」
慎さんの携帯が鳴った。どうやら調理室での反応をメールで教えてくれるらしい。
「皆怖がらなかったみたいだな。終いには体が重くないのかなと言ってきたそうだ。案外手強いな」
さっきのといい、今のといい、充分怖い筈なのに中々怖がってもらえない。何だか僕達のやっている事が無意味に思えてきた。……よし、今度こそ怖がらせよう。
「来たぞ」
またも足音で四人を認識。懐中電灯の光も近い。
「この絵は愛鳥週間のポスターなんだけど、この絵の女の人のこの赤黒い服は、鳥の血で塗られているんだ」
実際は、普通に赤黒い絵の具で塗られているし、描いたのは悠茉さんだが、三人はそれを知らないので鵜呑みにしたようだ。えっ、という僅かなどよめきが起こる。
「愛鳥週間という言葉とそれと逆の行動に絶望したこの女性は悲しさの余り、涙を流すという……これが三つ目の七不思議」
小さな穴から、懐中電灯の光が差し込む。
「今だ!」
確信した僕達は両目の穴から、スポイトを使い水を穴に入れ始めた。
今頃水は穴を通り、向こう側へと流れているだろう。
「!!」
「ほ……本当に泣いてるじゃないか!」
悠茉さんのナイスなリアクションにより、怖さが一段と増した。女子もこれには驚いたようだ。
「泣いてる……」
「絵が……泣いてるだと!?」
「嘘だ!どうせ雨漏りとかしてるンだろう?」
花梨らしき声の人が叫んだ。多分、今頃上を向いて必死に雨漏りの部分を探しているだろう。しかし、例えこれが雨漏りだったとしても、この数日間雨は降っていないのでここに水が発生する理由にはならないのだ。
「なっ……無い!!」
「じゃあ本当に泣いてるの?」
「マジかよ……オイ、逃げるぞ!次行くぞ次!気味が悪い。さっさと検証を終わらせようぜ」
「そ……そうだな、気味が悪い。さっさと次に行こう」
早々と去っていく一行に、思わず慎さんとハイタッチをする。どうやら上手くいったようだ。
「ピロン」
携帯の画面には大きくぐっじょぶ!!と書かれている。女子はいい反応だそうだ。
「次はヨヨコだな。外に急ぐぞ」
二階の窓から侵入するためには、予め木に上りトイレに侵入し、バレないように隠れている必要がある。急ぎ足で皆が向かったなら、こちらも急がねばならない。
外に出て、体育館方面の木々の場所に急ぐ。そしてヨヨコの格好のまま、木を上り、屋根へ上り、トイレに侵入した。
「俺は先に理科室へ向かう。頑張れよ、茂中」
「有り難う。頑張るよ」
慎さんは、先に理科室へ向かい、人体模型の準備を行うということで、今回は自分だけで相手を怖がらせる事になった。
トイレの個室……いや、用具の入った個室に居る僕は、そっと耳を澄ませ、一行が来るのを待つ。
少し経って、足音が聴こえて来た。…が、聴こえてきた足音は一つだけだ。おかしいな、トイレの前までは皆で来る筈なのに。
僕は一度個室を出て、入り口の所から周りを見渡す。だが、人の気配はしなかった。単なる聞き間違いだろうか?それとも先に行った慎さんの足音か?
個室に戻り、再度耳を澄ます。廊下を過ぎていく風の音が聴こえる。あれ、さっきの時は聞こえなかったのに。まさか、誰かが開けたのか?
余りにも皆が遅いので、僕は段々心配になってしまった。しかし、危機感を感じた時に吹く笛の音はしない。つまり、あの一行はまだ、校内をさ迷っている。僕に携帯があれば、連絡をとれるんだが……。
「トイレは嫌だ。暗くて怖いから」
いきなり声が聴こえて来たのでハッ、となりまた耳を澄ます。今のは誰の声だ?
足音が近付き、聞き覚えのある声が聴こえて来た。
「ねーねー、清谷ちゃんが入ってよー」
どうやら紺乃さんが、清谷さんにヨヨコを体験させようとしているようだ。
「んなモン悠茉が行けばいいだろ!」
「女子トイレに入れっていうのか?嫌だよ、変態扱いされたうから」
「なら花梨でいいだろ!」
清谷さんはどうしてもトイレに入る気が無いらしい。
「じゃあ、公平にじゃんけんしよう、俺抜きで」
「……ずるい」
「何でだよーそんなに女子トイレに入る男子を見たいのかい?」
「それは見たくねぇけど」
「まァ、じゃんけんなら公平だな」
「じゃあじゃんけん行くよ~?負けた人がやるんだよ、最初はグーっ、じゃんけん」
「ぽんッ」
結局、じゃんけんで決める事に決まったようだ。一体誰が体験するのだろうか。
「……負けたァア!!」
かなり大きな叫び声。この声は花梨さんのようだ。
「じゃあ、一番奥のトイレに入って、ヨヨコさんヨヨコさんいらっしゃいましたらどうぞ、ドアを叩いて下さいって言うんだ」
渋々受け入れたらしい花梨さんが、僕の入っている個室の目の前にある個室に入った音がした。ちゃんと鍵まで掛けている。
「……ヨヨコさんヨヨコさんいらっしゃいましたらどうぞ……何だっけ」
「ドアを叩いて下さい、だよ」
「ドアを叩いて下さい」
悠茉さんに続いて花梨さんが言う。
「今、ヨヨコさんがこのトイレに来ている。何があってもドアを開けるな!」
「分かった、開けないよ!!」
「私達は?」
「絶対トイレを覗いてはいけない。見たら呪われるからな」
ここで僕の出番か。ゆっくりとドアを開け、目の前の個室に近づく。そして思いっきりドアをドンドンと叩いた。
「ギャアア!!」
パニックを起こした花梨さんが叫ぶ。ほぼ耳元で叫ばれ、耳がじんじんするが耐え、ドアを叩き続ける。
「花梨!自分でドアを叩くな!ビビるだろうが!」
向こうから、焦る清谷の声が聞こえる。
「叩いてない、叩いてないよォ!!」
かなり怯えた声で花梨さんが叫んだ。どうやら花梨さんはあの三人を疑っているようだ。僕がやっているなんて夢にも思ってないだろう。
「悠茉!お前がやってンだろ!」
「やってないよ、声で分かるだろぉ?」
わざとらしい声でいう悠茉さん。貴方も人が悪いなぁ。
「帰って欲しかったら、ヨヨコさんヨヨコさん、また今度遊びましょう。今日はもう烏が鳴くわって言えば帰ってくれるよ」
なんだそれ、初めて聞いたぞ?とりあえず、そう言われたらアレを使おう。
「ヨヨコさん……ヨヨ……コさん、また今度遊びましょう。今日はもう烏が鳴くわ」
「また今度……絶対よ、ふふふふっ……」 予め録音しておいた怖い……掠れたような声を流す。他の人には聞かれないように、音量を小さくして。
そして僕は、窓から屋根に戻り、木を降りた。
「も……もう出ていい?」
「あぁ、いいよ。ヨヨコさん帰ったみたいだから。ほら」
僕が残して行ったのは手形。さっきの血糊が余ってたから、べったりと窓やドアにつけておいたんだ。
「ひっ……!!」
流石に驚くだろうなぁ、これは予定に入って無かったサプライズだから。
さてと、次は理科室だ。慎さんの演技も見たいし先回りして隠れていよう。
部屋に入る際は、前もって決めておいたサインであの一行ではない事を示す。慎さんも気付いたらしく、人体模型は動かない。
「これで動くんだ……」
「そうだ。怖いか?」
「うん、とっても」
今誰かが僕達を見たら驚くだろう。だってヨヨコの格好をした僕が、人体模型と話してるんだから。
「そろそろ来そうだ。隠れておけ」
「分かった」
すぐ近くにあったロッカーに僕は身を潜めた。箒やモップ等に囲まれて、静かに一行を待つ。
ロッカーの上の方にある隙間からロッカーの外を見る何て初めてだ。何だか悪戯心が湧いてくる。
「……来た」
もう帰ろうと言いながら、三人と悠茉さんはやって来た。
「もう充分だろ、七不思議の出来事は本当だって!これ以上ここに居たかねェんだ、さっさと帰らしてくれよ」
「帰りたいなら一人でどうじょ」
「花梨は?」
「え?あ、アタシは大丈夫に決まってンだろぅ?」
「だよねぇ!中々このお化け屋敷は本格的だね~」
どうやら会話を聞くと、紺乃さんだけはこの状況を楽しんでいるようだ。一番か弱そうなのに、一番幽霊に強いのか……。
「ガラッ」
理科室へと四人が入って来た。ひっそりと静まり返った理科室は、独特の雰囲気を醸し出している。
謎のホルマリン漬け、薬品等怪しいものは沢山あるが、やはり人体模型程不気味な物はあるまい。
「んー……何か動きそうだねコレ」
何も知らないとは思えない発言。開いたままのドアから入る冷たい風が、ロッカーの隙間にも流れ込み、思わず震える。
「ガタガタッ」
僕が震えた際に、ロッカーまで振動が起きてしまったようだ。ヤバい、バレる……!?
「キャア!!」
今のは……?
「清谷……!?」
明らかに動揺した声が聞こえる。これは悠茉さんの声だ。それより……、今の女性らしい悲鳴は清谷さんだというのに僕は驚愕した。レアだ、非常にレアだ!あちゃー、録音しておけば良かったな。
「ガタガタッ」
今度は慎さんが動いたようだ。隙間から見ると、僅かに人体模型が揺れている。
「ま、まさか本当に……?」
「そう、真夜中に動く人体模型だよ……!」
悠茉さんが(わざと)震える声で説明した時には既に、慎さん……すなわち人体模型は動き出していた。
「ぎゃあぁあ!?」
まるでゴキ○リが出た時のように一目散に逃げていく三人。だが、メンバーがおかしい。清谷さんと花梨さんは良いとして、後一人逃げたのが悠茉さんという……本当なら、紺乃さんが怖がる筈だったのに。
そして当の本人、紺乃さんは――。
「かっわいーい!!」
あろうことか、人体模型に抱きついていた。
「これ、家に一人欲しい!」
かなり興奮しているらしい紺乃さんは、恍惚の表情で人体模型を見つめている。その反応に困ったのか、慎さんは動きを止めてしまった。
「あれ?動かなくなっちゃった……」
それでもジッ、と期待を込めた眼差しで人体模型を見つめている紺乃さん。何だか僕達とツボが違うらしい。「なぁんだ、つまんない」
今回の作戦は失敗、か……。だが、今回は仕方ない。まさか人体模型が可愛いなんて言うとは思わなかったのだから。
「鵺宵……大丈夫か?」
心配したフリをして、悠茉さんが理科室に戻ってきた。そして、「早く出た方がいい」と急かし、半ば引きずるような形で理科室を後にした。
どうやら花梨さんと清谷さんは逃げたままらしく、姿は見当たらない。
全員が去った後、周りを確認しつつロッカーを出た。窮屈なロッカーはどちらかというと蒸し暑かったので、出てから涼しい風を感じた。
目の前には、顔の赤い慎さんが立っている。ロッカーよりも狭い環境にいたのだから、仕方ない事だ。
「まさかあんな事になるとはな……」
顔に滲み出る汗を拭いながら、慎さんが呟く。
「……まぁ、しょうがないよ」
状況も状況だったでしょ、と慎さんを慰めてから、体育館へ行こうと告げた。慎さんは、引きずっても仕方ないと立ち直り、体育館へと向かい始める。僕もそれについていった。
体育館へは裏口から入り、一行が居ない事を確認してから壇上へ登り、更に階段を上った。昨日準備しておいたボールのある位置につき、一行を待つ。
だが、僕達にアクシデントが起きた。さっきまで全力で先回り等をして体力を使ったせいか、急に眠気が起きてしまったのである。目の前の風景が霞み始め、自分の意思とは別に意識が遠のいていく。
これが、最後のトリックなのに――。
「ガアァン!!」
「キャァアァッ!!」
突然の落下音と叫び声に僕は慌てて起き上がった。一体今の音は何の音だ!?
僕達の予定では落下するのはボール……すなわちあんな大きな音は出ない。もしかして何か事故があったのか!?
慌てて階段をかけ降り、一行のいる目の前まで来た。中には同じようにして来たであろう慎さんの姿もある。
「モヤシ……!?」
「何故ここに!?」
「説明は後!それより、何があったの!?」
今までバレないようにしてきた事も忘れ、ただ皆の安全を確認する。
紺乃さんが震えながら指先す先には、何と机があった。一体何処から持って来たというのか。「そこ……、そこに少年が……!」
怯えた声で言う紺乃さん。先程理科室で人体模型に抱きついた時とは態度が全然違う事に僕は気付いた。それは、嘘ではない事を物語っている。
紺乃さんに何が見えているのかは分からないが、明らかに紺乃さんの様子が変なので、六人全員纏めて体育館から逃げ出した。
僕が体育館から出る際、後ろを振り替えると……。
確かに、人影があった。
僕達は、六人全員纏めて居るというのに、そこに人影があったのだ。あれは僕達の知っているものではない!
皆全力疾走で校門をくぐり、取り敢えず行ける所まで走った。
「モヤシ……、おい、どういうことだよ」
息も切れ切れになった清谷さんが、一番弱そうな僕を問い詰める。その顔は怒っていると同時に怯えていた。
「僕達……オカルト部は、七不思議を広める為に――」
僕は洗いざらい、今までの事を正確に皆に話した。これまで頑張ってきた事は水の泡だが、最後に起こった出来事は、僕達の仕業ではない事を証明するにはそれしか方法がなかったのだ。
「つまり」
「今までの七不思議は、ほとんどお前達がやってたが、最後だけは違うんだな?」
「じゃなきゃ慌てて出てこないよ!」
必死に弁解する僕に、慎さんと悠茉さんが加勢する。僕達の行動が一貫している事から、何とか納得はしてもらえた。
「さっきの霊は何だったの?」
「知らない」
僕達に沈黙が訪れた。誰として口を開かないので空気が重い。皆顔は真っ青で、小刻みに震えている人もいる。
「……七不思議さ」
沈黙を破ったのは、清谷さんだ。
「広げるしかないな、二度とこんな恐怖体験したくねぇし、させたくもねぇ。」
「噂で広めちゃえば、近付く人は減る筈だよ」
「そうだな……」
「それに……」
「それに?」
「オカルト部、案外良いかもしれないしな。協力してやるよ!」
この場を盛り上げようとしたのか、単にもともと協力する気だったのかは知らないが、皆口々に協力すると言う。
「私、オカルト部入る~!」
恐怖とは、恐れ、怖れる事ではあるが、スリルを求める僕達にとっては、恐怖さえも楽しみに変える事が出来るのだと、僕は知った。友情という力があれば、怖くても支え合う事が出来るのだと。そしてその支え合いこそが、強い力になるのだ。
三人がオカルト部に入った事により、部員は六名になった。
「じゃあ次は、何の検証をしょっか。今度は作りものじゃなくて、ちゃんとやるしか!」
「じゃあ悪魔召喚とかはどうだ?」
怖い、けど楽しい。それこそがオカルト部の醍醐味だよね。
「とり憑かれそうだからやだ」
「ちゃーんと工程を踏めば大丈夫だよん」
しかしここで残る謎は、あの体育館での出来事である。この出来事は、オカルト部の歴史に深く刻まれる事になるだろう…… これから僕達六人で様々な不可思議現象や、ミステリーを解明していく事になるだろう。僕は、オカルト部の一員として、今後の活動が楽しみだ。
「モヤシ!行くぞ!」
「僕は茂中です!」
~END~
ここからは、俺……永田 英樹しか知らない物語。心して聞けよ?
まずは、俺の自己紹介をしようか。俺は、オカルト部を立ち上げた張本人、悠茉のクラスメイトであり、オカルト部の臨時部員だ。
茂中がオカルト部に入る前、部活に誘われたのだが、俺は漫画・アニメ研究部に入っている為、オカルト部には余り入れないと断った。
しかし、部活を創立するには最低四人の部員が必要なそうで、名前だけでもとせがまれた。どうやら悠茉は、オカルト同好会という名は気にくわないらしい。
丁度、オカルトの類い……所謂悪魔や天使等にも興味があった為、暇な時にいくからと承諾した。漫画・アニメ研究部の仕事が忙しく、余り行けていないが俺も正式なオカルト部の一員なのである。
そして一昨日と昨日、たまたま休み時間が暇になったので、部室であるあの部屋に向かった。そこでは丁度会議を開いている所だったが、部屋の中に茂中が居たため入るのに気まずくなってしまい、その時は入る事が出来なかった。
その場で暫く、ドアの窓から覗いたり、話を盗聴したりしてこの七不思議企画を聞いたのだ。興味を持った俺は、サプライズで独自に参加をする事にした。
一体、どこまで自分が知っていたかは分からない。だが、最後の仕上げは体育館で行うという事は知っていた。その為、俺はその日、体育館で皆を待ち伏せし、驚かそうと思ったのである。
それからは簡単だった。机を体育館に用意し、自分の隠れる場所を見つけた。
当日は、夜の六時から体育館で待機しており、ひたすらに皆を待った。外で吹く風が入ってくる事は無く、やや蒸し暑い。水分補給は必要だと思い持ってきた飲み物を片手に一人音楽を聞き始める。それでも一向に皆が来る気配は無い。
飲み物を飲んだせいか、途中でトイレに行きたくなった俺は、体育館を一度去り、一番近いであろうトイレに入った。すっきりした所で、また体育館へと戻る。
そこから待つこと二時間、やっと人が体育館に入って来た。誰かと思い、見てみるとどうやら仕掛け班らしい、慎と茂中の姿があった。
暫く様子を見ていると、何やらボールを上から落とすらしい。俺と同じように通路に登り、ボールを前にスタンバイしている。
更に二人を観察していると、ちゃんと昼間に寝て、夜の間に寝ないように対策をしていなかったのか、二人は寝てしまった。
「さて、どうしようか」
二人が寝ている間に、女子を四人連れた悠茉が現れた。成程、この四人を怖がらせたかったのか。丁度二人は寝てしまっているし、俺の考えた企画をやってしまおう。
流石に人の近くに落とすのはマズイ。危ないしな。そう思った俺は、五人からかなり離れた場所に、机を「落とした」。
「ガアァン!!」
「キャァアァッ!!」
凄まじい音が、夜の静まり返ったこの体育館に鳴り響いた。下を見ると、俺の落とした机が、床を若干壊し、横たわっていた。その直後に聞こえた声は、悠茉に連れられた女の子のものだ。
「モヤシ……!?」
「何故ここに!?」
「説明は後!それより、何があったの!?」
今まで寝ていた二人も起きたらしく、客である五人と合流し安全を確かめあっている。俺がわざと人から離れた場所に落としたのだから、怪我人は居ない筈だ。それはいいとして。
四人居た女子の中の一人がこちらを向いた。こちらを見て、ニコリと笑っている。まさか、俺が居たことは気付かれていたのか?
「そこ……、そこに少年が……!」
女子がこちらを指差した。それと同時に皆がこちらを向く。
「マズイ」
俺はすぐさま物陰に隠れた。暫くして皆が逃げ出す音が聞こえたので、俺も階段を降りた。その時はまだ、数名が体育館に居る状態だった。まぁ、逃げ出していたからこちらを向いては居ないが。
逃げていく最中、茂中だけがこちらを向いた。あーぁ、バレちゃったかぁ。
しかしここは明かりのついていない体育館。しかも茂中は俺の顔を知らない。その事が幸いして、俺だと気づかれる事は無かった。俺は皆が帰った後、悠々と家に帰った。
この事は、誰にも教えてやんない。だって俺の秘密だから。きっとあいつら、幽霊がやったって今頃怯えてるんだろうな。そう思うと、笑いが込み上げて来た。
「あははっ」
月が綺麗な夜、灯のせいで見えない星の下、俺はお腹を抱えて笑った。
皆様、何処が「ホラー」だったのか気付いて頂けたでしょうか。多分、最後まで読んでいれば内容の「矛盾」に気が付くかと思います。
あ、ちなみに……永田英樹くんは「オタクっぽいスポーツマン」という設定だったのですが、本作品では余り出せませんでした。案外この作品を作るのが楽しかったので、また別にYYスクールデイズを書くかもしれません。
YYスクールデイズはそのまま「ワイワイ」スクールデイズと読むのですが、ちゃんとYYにも意味があったりします。
最後に、短編の癖に異常に長くてすみませんでした。今までと書き方が変わっているので読みにくかったかもしれません。このYYスクールデイズ、実は他の連載作品より(今のところ)長いです。
そういう意味では、かなり本気で書いた作品ということですね。他の作品より、早く終結しましたし。
いや、この後書きを含めて、皆様講読お疲れ様でした、そして有り難う御座いました(`・ω・´)