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Only Lover  作者:
第1章  まさかの再会
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 五年前のあの日。忘れられたらと思うのに忘れられない。それだけ、気づかないうちに自分の中で彼女が大きな存在になっていたということなんだろう。


 突然突きつけられた別れ。


 それより前に、付き合い始めて二ヶ月目くらいだったろう。彼女が避けて別れようとしたことがあった。その時、確かに言った。

『別れてなんかやらない』

 その気持ちは変わらなかったのに。

 離れたくなかった。彼女の前で自分は外面そとづらからリセットできたから。

 それなのに彼女は離れていった。

 ただ、そのときに向けられた言葉を聞いたら……引き止められなかった。




 その彼女が、目の前に現れた。

 半ば強引に、業務命令に近い状態で呼び出された「紹介」の場。聞き流す状態でも一応は事前に聞いていた相手のプロフィールが相手に合致しない。

 そんなこともどうでもよかった。ただ、見覚えのある面影。

 そして、毅然とした様子で詫びの言葉を述べたのは、確かに忘れられない彼女の声だった。






 つい、居心地の悪い空気を作り出す。

 自分でも認めたくないが、思いがけない再会に想像以上に喜んでいるのに。

 連絡がつかなくなり。かといって、つながらないわけではない。出ないし返してこない。故意の拒絶。

 それがかえってつらかった。

 つながらないように、せめて番号やアドレスを変えるとしてくれれば彼女もつらいのだと思えたのに。彼女は本当に切り捨てたのだ。あの、きっぱりとした態度で。こうと決めたら絶対に譲らない、意志の強い眼。

 あきらめて何年も経っての思いがけない再会。

 でも、彼女は変わっていなかった。

 気づいていないはずはない。彼女ほど変わっていないのは年齢のせい(おかげ?)もあるし、何より紹介者の取締役は名前を呼んだ。

 それでもそ知らぬ顔。

 気まずい空気を作り続けたら、ようやく記憶にある、新鮮だったあの彼女が戻ってきた。


 それでも。

 五年越しのわたしの問いかけに彼女はやっぱり、あの時と同じように穏やかな笑顔で答えてくれた。

「あの時、言ったとおりですよ、御柴さん」




 相変わらず、見た目や付きまとう肩書きには左右されないでものを言う彼女は好もしい。それなのに、やっぱり別れた時と同じようにこちらを必要以上に近づけようとしない。

 ただ、今回は見逃さなかった。

 少なくとも彼女は、あの時、自分の言い分だけでこちらからの連絡を無視し続けて終わらせたことに後ろめたさがある。

 相変わらず、正直な顔だ。

 思わずまた笑みが浮かびそうになる。こんなに、自然に笑顔になれるのも久しぶりだな。

「なるほど。君がそんなに自尊心が強いとは知らなかったよ」

「悔しいからなかなか見せないだけですよ。誰だってそうじゃないですか?」

 さらっと答えてくれるじゃないか。

 憂鬱だった食事が、代打になってそれが彼女だったおかげで断然面白くなった。実においしい料理を味わいながら彼女、せりの顔をまっすぐに見る。眼をそらさせはしない。

「君は変わらないね。思ったことがすぐに顔に出る」

 言った途端、はっとしたような顔になってこちらの様子を伺う。それから軽くにらんでくる。そこで威嚇するようではないのは彼女の性格と、あとはこちらへの後ろめたさのおかげか。

「社会人になってもそれでは思いやられるね」

「仕事とプライベートは違います」

「なるほど、これは仕事ではなく君にとってはプライベートか」

 見事に嫌味がきいた。自分でも後悔するくらいに。

 相手が彼女だと分かってから、これは仕事とプライベートの境界をさまよっていた。いや、正直に言えば一足飛びにプライベートになっていたのに。

 言い訳をするなら、ここで追いうちをかけたのは、そんな自分をごまかすためだったと。

「君もパートナーを必要とするようになったということか。それとも、この話を持ち込んだ人間に意味があったか?代打であっても」

 彼女が知っている人間なら言わなかったような嫌味。

 言った瞬間に浮かびかけた彼女の傷ついた顔に思わず取り繕いそうになる。

 それなのに、彼女はすぐにそれを覆い隠した。

「御柴さんも、変わりましたね」

「そうかい?」

 さらっと聞き流しながら、胸が痛い。彼女は変わったのか?知っている彼女ならできないほどにすぐに取り繕ったのは図星だったから?

 そんなはずはないと思いたいのは、自分の思い出を守りたいから?

 しかし、確かに自分がこうして気軽に言葉を交わせるきっかけを作ったのは、かつてと変わらない調子で向けられる彼女の言葉だった。

「蓮見さん、連絡先は?」

 突発的な、想定外のことに弱くて正直になるのは変わらないらしい。きょとんとした彼女は、素の顔で

「変わりませんけど」

 と。

 言ってから不思議そうに、しまったか?とうかがうような顔になるのは知ったことではない。

「そうか」

 言って、きっと彼女には不敵に見えるだろう顔を見せた。

「取締役の顔を立てる意味でも、今後の虫除けにも連絡をするよ。君はわたしにとっては貴重な面白い人間という点では変わらないようだからね」

「な……」

「さめるよ」

 言うと、あわてたように食べ始めてからごまかされたと気づく。




 そう。

 こんな彼女が、きちんと計算をして、予定を立てて話をしたとは思えないから。

 だから五年前、とっさになにも言えなかった。

 ……動けなかった。

 あの時、彼女が本当に言葉どおりのことを思っていたのか今も、たった今も確認したばかりなのにまだ聞きたい。

 それは言葉どおりだと信じたくはない自分の思い上がりだとは思いたくない。

 けれど確認するすべもなくあきらめていたのに。

 こうして再会したのはどういうことだろう。

 ただ、ありがたく利用させてもらう。彼女が感じているらしい後ろめたさも含めて。

 彼女に未練があるわけではない。過去にするしかなかったのだから。

 ただせっかくの機会、逃す手はない。


 わたしの視線に気づいた彼女は、いやな顔をした。こちらの思惑を読んで悪い予感でも覚えたように。

 だから面白い。

 そうやって、目が合ったときに頬を染めたり迷惑な思い込みをするのではなく嫌な顔をする彼女は貴重なことこの上ない。



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