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Only Lover  作者:
第1章  まさかの再会
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 端正な顔を工藤さんに向けたこの「紹介相手」は見事な営業用の笑顔を顔に浮かべた。その顔が怖くなるのはわたしだけか?

「工藤取締役、せっかくご用意いただいた席ですし、彼女に同席していただくのでもわたしはかまいませんが」

 我が意を得たり、という顔を工藤のおじさんがしたのは言うまでもない。わたしの方はもう、逃げ出したくて仕方ないというのに。何考えてるんだ、この人。

 大体、どう考えたって人から女性を紹介してもらう必要なんてなさそうなのに。

 ということは、会社のお偉いさんから言われて断れず、で、今のはとりあえず顔を立てておけば今後同じようなことはないだろうということ?何回も同じ事をやるほど暇でもないだろうし、一度やれば満足だろうって?

 あ~。そんな気がする。少なくとも出世するのに上司の言うこと聞こうとか、そういうタイプじゃない……はず。そういう方向には変わっていてほしくないというのが本音?

 わたしが頭の中でそんなことを思っている間にもなんだか目の前で話はまとまってしまう。

「じゃあ御柴君、わたしは用事があるから後は二人で」

 ちょっと、お互いを紹介もせずにいなくなっちゃうって。まあ……紹介されても困るんだけどさ。ほんの少し先延ばしにされただけだけど。


 さすがは工藤さんのお父さん、というかナイスミドルなおじさんは颯爽と歩いて出て行ってしまう。それを見送って、まだ立ったままのわたしは、振り返るとばっちり、彼と目が合ってしまった。

 そらしたいのにそらせない。他のテーブルからの視線を見事に集めているこの人は、手振りだけでわたしに座るように勧めてくれた。もうこうなったら、とにかく食事だけは一緒にするしかないみたいで。

 覚悟を決めて足を踏み出すと、緊張でぎこちない動きになっているんだろうな、と思いながらやっと、椅子に腰を下ろした。


 御柴さんもきれいな身ごなしでもう一度座り直すと、それが合図だったように料理が運ばれてくる。

 さっき一度聞いたきりの声は相変わらずのいい声。でもそれっきり全く会話もない。居心地悪いことこの上ないし、第一気づいているんだか気づいていないんだか。

 せっかくの料理もこれじゃのどを通りにくい。

 話しかけるなオーラをはっきりと出している人に、わたしはもう我慢できなかった。それがきっと、いけなかったんだろうな。

「あの」

 やっと発した声に彼は目だけを向けてくる。

「やっぱりわたし失礼します。代理だなんてやっぱり気を悪くしたんじゃないですか?」

 一応、オブラートに包んでみた。この空気じゃ一緒にいたくないんだよ、というのを。

 けれど彼は静かに手にしていたシルバーを置くと、またもや一分の隙もない営業スマイル。

「この席で一人で食事をする方が居心地悪いね。女性に帰られて一人残されるというのもあまりいいカッコじゃない」

 なんて自分勝手。

「だったらもう少しこの空気なんとかなりませんか?上司に言われて仕方なくここにいるんだって、そんな空気出されてもご飯おいしくありません」

 きっぱりと言いきったわたしに、今度こそ、営業用じゃない笑顔を向けてくれた。ただしそれは優しいものじゃない。

 おかしい。どんな時でも優しい人だったはず……なんだけど。まあわたしにまで優しくしろって方が無理?気づいてるなら。

「やっと本性出したじゃないか、蓮見さん」



 ばれてたーーー!



 って、当たり前か。

 いや、というか、ここまで居心地悪くさせて、挙げ句にこの物言いって。

 しかも名前の呼び方に嫌みがある。五年のブランクがあるんだからそりゃあ、名字でしょうよ。でも、声音が嫌み。

「気づいて……」

「どこまでこの空気に耐えるかと思ったけどね。どういう関係かは知らないけど、代理でも工藤取締役に引っ張り出されるのがまさか君とはな」

「でも会社が違うんじゃ」

「よく覚えてるね」

 蛇に睨まれたかえる。って、こんな気分?

 おかしいよ。怖いぞ、この人。

「まあ、わたしが知っている君は化粧もしないしスカートもはかない。ずいぶんと変わっていて分からなかったよ」

 嘘だ。絶対嘘だ。いじめて楽しんでる、この人。

「そんな風に女性に接するから人から紹介されるようなことになってるんですね」

 はっ、と思った時にはもう遅い。口から出た言葉は戻ってこない。

 この調子の御柴さんじゃあ怒るかな、と思ったけれど、ぽかんとした後、初めて楽しそうな顔になるのを見た。嫌みじゃなく営業用でもない笑顔。声を立てて笑う顔、仕種が懐かしくて思わず目をそらした。

「相変わらずまっすぐにものを言うね」

 とにかく会話は始まった。そんで、さっきまでの気まずいだんまりよりは食事もおいしく感じられる。

「ただまあ、君に言われる筋合いはないけどね」

 分かってますよ。傷つく筋合いでもない。

 だからぐっとそこはこらえた。でもだったら、最初のあの段階で帰ろうとしたわたしをそのまま帰らせてくれれば良かったのに。

「わたしの外見や肩書きにくっついてくる女に興味はない。そうするとこういうことになるんだ。分かったかい?」

 さっきの答えか、と思いながらも、その言い方と内容に唖然とする。女性のことをこんな風に言う人だった?

 そうすると、まっすぐに見つめられて、そして彼は笑わずに言った。

「蓮見さん、君にそれをとやかく言われる気はないよ。分かるだろう?」

 諭すような言い方。でも、分かる。わたしが蒔いた種もきっとある。彼に何も言わせず、十分な説明もせず、五年前わたしはこの人から離れた。

「あの時、わたしは君に何かしたか?」

 黙って首を振った。今もまだ、ううん、これからもずっと、あの時のことを話すつもりはない。知られるつもりもない。

 だから、まっすぐに顔を上げる。目をそらしてなんかやらない。

「あの時言った通りですよ、御柴さん」




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