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Only Lover  作者:
第7章  まちぶせ
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 改札を出た彼女がこちらに気づいたのはその視線で分かった。驚いたように立ち尽くしている。

 あの、金曜日の夜、昨日の土曜、そして今朝。ここが一番、通る彼女を見つけられる場所だと終電まで待って、始発が来る前から待って。

 素通りはしないで、こちらに歩み寄ってくるのが彼女らしい。はっきり言ったのだから、もう関係ないと無視して通り過ぎることができない。

 車に背を預けていた俺の目の前、少し距離を置いて足を止めた彼女は、少しぼんやりした目をまっすぐに向けて寄越した。

「乗りなさい」

 確かに、有無を言わせぬ声音で言ったけれど。

 拍子抜けするほど素直に、俺が開けた助手席のドアを通った。強引にでも乗せるつもりでいたけれど。

 しかも、呆れるほど素直に道案内をする。本当に、駅からすぐ。歩いても一〇分とかからないような場所。むしろ車だから一方通行の関係で遠回りをしているようだ。

 大きめの通りから一本入った路地のワンルームマンションで彼女は降りて。

 その様子を見ていて察した。素直なわけじゃない。完全に、ぼけている。たぶん、疲れと眠気で。目の前に俺がいることが現実だと認識していない可能性がある。というか、確実にそうだ。

「せり、車置いてくるから。部屋どこ?」

「102号です」

 ……一階。危ないと思うけれど、そういうところに無頓着なのも彼女らしい。チャイムを鳴らすから開けるんだよ、と言い聞かせたのは分かっていたのか甚だ不安。


 パーキングに車を置いて戻ってくると、彼女が言っていた部屋の前にネコが寛いでいる。こちらを眺めて迷惑そうな顔をしたそいつは少しだけ場所を空けた。逃げはしないところを見ると飼い猫か。

 チャイムを鳴らしても反応がない。そのまま寝てしまったか、と思いながら試しにドアノブに手をやるとあっさりとあいてしまう。

「……」

 いろいろ、いろいろ言いたいことがある。本当に。

 一声かけてから部屋に入ると、シャワーの音がした。やっぱり完全にぼけているのか。

 金曜日のあの後仕事に戻って、今まで不眠不休で仕事をしていたのなら、それはもう倒れ込んで寝てしまいたいくらいだろう。それを自力でとにかく帰ってきて動いているのだから、頭が回っていなくても不思議はない。

 不思議はないが、不用心なのはいただけない。

 無断で、というのが気にはなったが、そのまま上がらせてもらった。これで帰れば鍵が開けっ放しでずっといることになる。確実に。

 駅で会った時、疲れ具合が顔に出てはいなかったけれど、それはそれでやっかいなことだ。周りに気づいてもらえないのだから。前から無自覚に動き回るところはあったけれど。


 シャワーの音を聞きながらぼんやりと適当に座って待つ。ワンルームの部屋はこぢんまりとしている。キッチンには一人で自炊するのに困らない程度にものがあり、ベッドは高さの低い小さなもの。テレビはないからPCで兼用か。

 脱衣所がないのは確認していたから、一応仕切りのドアは閉めておいた。

 そのうち出てきた気配がして、閉めたドアが開いた。

 ゆったりとしたジャージに大きめのTシャツで髪を拭きながら姿を見せたせりは、シャワーを浴びてちょっと頭がすっきりしたのか。俺と目が合って、固まった。

「座りなさい」

 言うなり、すとん、とその場に座ったせり。

 それはそうだ、逃げ場がない。ここが自分の家である以上、ここに籠城して閉め出すならともかく、入り込んでいる相手にじたばたしようもないんだろう。

「さて、話を聞かせてもらおうか」

「だからそれは」

 入り口のすぐのところに座ったせりとの距離を詰める。疲れているのは分かっている、休ませてやりたい気持ちはもちろんあったが、それ以上にこちらの我慢も限界だった、

「君と、児島との約束が何なのか、だ。そもそもなぜ君が児島と接点がある?」

 あまりいい想像はできない。

 けれど、せりはそこは首を横に振った。目をそらさず、距離をつめた俺の顔をしっかりと見ながら。

「話せません」

「あのねぇ、君のその約束の影響を俺は十分に受けている。どんな約束をしたかは君らの勝手だ。けれどここまで知った以上、俺は君を問い詰める権利がある。あの場にいた事情を知っているらしい他の誰かじゃない。俺は君の口から聞きたい」

 手を伸ばした俺から逃れようと後ろに下がろうとするけれど、そこにはドアと壁があって逃げ場はない。

 唇をきゅっと噛んだせりの両頬を手で挟み込んでこちらを向かせた。

 居心地が悪そうに目を泳がせる。

 普段は呆れるくらいにまっすぐにこちらを見るくせに、急にそわそわし始める。落ち着かないように。

 無理強いはできなくて。だから彼女とは五年前、体の関係までは進んでいない。大事にしすぎたのか。そうは思わない。大事に「し過ぎる」なんて事はないのだから。ただ、無防備な彼女にかなりの我慢は強いられたけれど。

 今も本当は、事情なんかいいと言ってしまいたい。落ち着かないように目を泳がせながらそれでも時折目を合わせる彼女の目に、頬に、そして唇に口づけたい。

 ただそれでは、先に進めない。きっと。

「せり、俺はやっぱり君を手放す気にはならない。君が平穏を望むなら、それを守るから。俺のせいで騒ぎに巻き込まれると言うけれど、それからも守るから。君を待っている間、ずっと考えていたけれど気持ちは変わりようがなかった」

 揺れる目が探るように俺を見る。

「せり、話して?五年前、せりが背負った荷物を俺にも分けてくれ」

 自分勝手な約束だとは思えなかった。むしろきっと、何かを一人で背負い込んだ。

 目を見開いた後、せりは俺に頬を挟まれたまま、目を伏せてうつむくような動きを見せる。

 顔を隠させはしない。

 偶然でも何でも、もう一度目の前に現れて、こうして手で触れられる場所にいる彼女から、もう目を離さない。この手をすり抜ける隙なんて与えたくない。

 危うく今回も、またすり抜けて行かれるところだった。

 この間、迎えに呼び出された偶然のおかげで待ち伏せてつかまえた。こいつが俺のものだと、離れられないと自覚して認めるまで、離さない。


 小さくなって座り込んでいる彼女は、気づけば詰め寄っている間に俺の足の間に挟まって、すっぽりとくるまれるように腕の中にいて。

 決して小柄ではないのに、コンパクトにまとまってしまうとこんなにも小さく危うげに見えて。

 思わず息を吐き出しながらせりの肩に額を乗せていた。

「せり、頼むから」

 びくり、とまた体を硬くして。

 それから、深く息を吸い込んだ気配が額に伝わってくる。

「五年前……」

 ようやく聞こえたせりの声は、少しかすれていた。

 目を合わせて、顔が見える状態では話しにくかったのか。そのまま、黙って耳を傾けた。




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