第四回・“独眼天龍”、聖山を訪ねる
お待たせしました。
「聖山さん、道場の掃除、終わりました」
白鷺さんが言いました。
進藤氏の尾行の翌日。
今日は所長が、ロボット三人に武術を教えるそうです。
ちなみに昨日の依頼人にはちゃんと話をつけ、また、警察は麻薬を商っていたチンピラ達のバックにもっと大きな組織がいると見て、捜査を続けています。
範囲限定爆弾なんて物が降ってきましたし、確かにヤバイ組織が絡んでいそうです。
「玲奈、お前ちょっと白鷺達と一緒に倉庫へ行って、丁度よさそうな道着がないか探してこい」
「あっ、はい」
「間違ってもお姫様のドレスとか持ってくるなよ」
間違えませんよ、誰かさんじゃあるまいし。
とにかく、私は三人を連れ、所長の言うとおり衣類などが置いてある倉庫に向かいました。
ちなみにその倉庫は、鎖鎌、日本刀、槍、刺叉、フランベルジュ(刃が曲がりくねった西洋の剣。斬ると切り口がズタズタになる)、エクゼキューショナーズソード(斬首刀)などなど…
様々な武器が並んでいます。
まあ、合法的に所持しているわけですが。
「えーと、この押入ね」
私はその引き戸を開けようとしましたが、なかなか開きません。
「大丈夫 ? 」
「ひっかかってるみたい…えいっ ! 」
再度力を入れて、一気に横に引っ張ってみたところ…
ずさーーーーっ
「きゃあぁ ! ! 」
押入の中から色とりどりの衣類が、雪崩の如く一斉に降り注ぎ、私は為す術もなく生き埋めになってしまいました。
「大変だ、東風さんが埋まった ! 」
白鷺さん、鳶さん、夜鷹君が慌てて服の中から私を掘り出してくれました。
もう少しで本当に息が苦しくなるところだった…
あの馬鹿所長…なんでこんな大量の服を…
しかも本当にお姫様のドレスまである…
「大丈夫 ? とりあえず、柔道着を探そうよ」
夜鷹君が言います。
「うん、そうね」
私達はその大量の衣類をかき分けて、柔道着を探しました。
その際見つかった物リスト
・昔の不良が来ていたようなボロボロの学ランと学帽
・平安貴族の衣装
・海賊の衣装
・忍者服
・ドルイドのローブ
・宇宙服
・水戸黄門セット
・助さん・格さんセット
・うっかり八兵衛セット
・孫悟空セット
・亀仙人セット
・水色のラッコの着ぐるみ
・しまっちゃうおじさんの着ぐるみ
・某猫型ロボットの着ぐるみ
・30年前のインスタント・ラーメン
・『豆腐料理86種』と云う本
・『鍋奉行所』と書かれた提灯
・『難出矢念』と書かれたハリセン
・『ムラマサブレード』と彫られたパン切りナイフ
・『ロボットクラッシャー』と書かれたピコピコハンマー
・『ドラゴンキラー』と書かれた文化包丁
・『ドラゴンシールド』と書かれたベニヤ板
・『武田信玄の象徴たる風林火山は元々は孫子の兵法の言葉で、実は風林火山の後に陰、雷霆が続く』と書かれた扇子
その他、ガラクタ多数…。
所長のことだから新撰組セットもあるに違い有りませんが、恐らくそれはこの倉庫ではなく、所長のすぐ手の届く所に置いてあるはずです。
さて、そしてようやく、三人にピッタリ合う柔道着を発見できました。
そして私達はそれを持って所長の所に行きます。
「よーし、それじゃあ柔道着に着替えて、武道場に行って待ってろ。それから、玲奈」
所長は千円札を3枚、私に手渡しました。
「コンビニ行って、米と野菜、あと『週間大江戸伝』買ってこい」
「解りました、行ってきます」
そう言って、私は事務所を出て、コンビニへ向かいました。
街の中はエアカーが走り、所々に警察の犬型メカ・スタンドッグが見回りをしていますが、街の中はほぼ平穏で、通りには街の人々の笑顔が溢れ…
「あいつ、何処に隠れたんだ ! ? 早く借金返してもらわないと、うちの店の方が破産しちまう ! 」
…まあ、笑顔ばかりが溢れているわけではありませんが…
とにかく、私はコンビニで米や野菜、そして所長の読んでる週刊誌などを買い、再び事務所に戻ってきました。
すると、事務所の前に、若い男の人が立っていました。
歳は所長と同じくらいで、包帯で右目を隠し、肩に長いバッグをぶら下げています。
ただ者じゃない。
私は直感しました。
体つきやしぐさなど、何らかの武術を心得ているようです。
目配りにも一点の隙もない…
「あのー、うちの事務所に御用でしょうか ? 」
私は警戒しつつ、そう尋ねました。
その男性は私の方に振り向くと、
「ここの事務所の人かい ? 」
と、尋ねます。
「はい、所長の助手を務めている者です」
「へえ、あいつの助手…さぞかし大変だろうなぁ。とにかく、依頼があるんで、取り次いでもらえるかい ? 」
「あっ、はい。すぐに」
私は玄関を開け、その男性を中に入れると、所長を呼びに行きました。
その時…
ジャラジャラ
ジャラジャラ
ジャラジャラ
こ、この音は…
私は素早く、音の聞こえる方へ向かいました。
そこには…
「どうだ、当たるなら当たれ ! 」
「大当たりー ! 」
「うわっ、それ食うか」
「いくらでも食いますよ」
…道場にテーブルを持ち込んで、麻雀をしている所長達の姿が…
「ちょ、ちょっと ! 何やってるんですかっ ! ? 」
「おう、玲奈、もう帰ってきたのか」
言いながら、所長は麻雀パイをいじっています。
「おかえり東風さん ! 僕もう三回も勝ったよ ! 」
…夜鷹君、無邪気に言わないで。
怒る気が消失しちゃうから…
「お帰りなさい、東風さん。東風さんもどうですか ? 」
白鷺さん、その歳で麻雀の道に引きずり込まれたら、オヤジ道から抜けられなく…
まあ、ロボットだから歳は関係ないかもしれないけど…。
「…クッ…」
鳶さん、いつも無表情で無感情なのに何故麻雀でそんなに熱中してるんですか。
しかも「…クッ…」って…登場してから初めて喋ったセリフがそれですか。
「いやー、こいつら教えたことをスポンジみたいに吸収していくから面白くてさあ」
所長、貴方は麻雀パイの山に生き埋めになりなさい。
「とにかく、依頼人が来ています。麻雀は中断してください」
「しょうがねぇなあ…よっこらしょ」
所長は立ち上がって、麻雀台を横にどかしました。
「相変わらずだな、“狂雲齋”」
その声に振り向くと、あの男性がいつの間にか部屋の中に入ってきていました。
「お前…“独眼天龍”じゃないか」
どうやら所長の知り合いのようです。
所長の目が、少し真剣になったような気がします。
「まあ、紹介しておくか。玲奈、白鷺、鳶、夜鷹、こいつは小次郎=ルトフスキー。父親がロシア人。でもって銃剣術の達人だ」
銃剣…ようするに割と長い銃の先に小型の剣を装着し、接近戦でも使えるようにしたものです。
ヨーロッパでは銃剣が発明されたことにより、長槍兵と銃撃兵を区別する必要が無くなり、戦術は大きく進歩しました。
銃剣道は木製の『模擬銃』を使って行う武道で、その技法には刺突、薙ぎ払いなどがあります。
しかし、銃剣道ではなく銃剣術と言っていますから、この小次郎と云う人はスポーツ化された武道ではなく、相当実戦的な技術を持っているのでしょう。
第一、元々の銃剣は普通の日本刀とかと違って、純然たる『殺し合いの道具』ですからね…。
とすると、あの長いバッグに入っているのは本物の銃剣でしょうか…。
「えーと、小次郎、お前今何やってるんだっけ ? 」
所長がそう尋ねます。
「宇宙警察の…まあ、特殊遊撃隊で暴れている」
「とっ、特殊遊撃隊 ! ? 」
私は思わず叫んでしまいました。
宇宙警察の特殊遊撃隊といえば、宇宙中のギャングが震え上がるほどの能力を持った集団…。
所長、そんな人たちと交流があったなんて…
「で、聖山、今日はお前に依頼がある」
「なんだ ? 彼女の浮気調査か ? それとも飼っている猫でも逃げたか ? 」
所長…警官に向かってなんてことを…
まあ、確かに探偵の仕事というのは、浮気調査といなくなったペット探しがほとんどなのですが…。
「お前、昨日チンピラ共をぶちのめしただろ ? そいつらのバックにいた組織っぽい奴らがな、先日火星の第一都市内の兵器研究所を襲撃して、戦闘用ロボットのデータを奪っていった。その際、追撃したスタンドッグ50体と、市街戦用バトルポッド28台が、人間一人の手で全滅させられた」
「どんな武器を使ってだ ? 」
「ビームショットガンらしい。名前はレイチャー=ライン。第一宇宙コロニー出身。国籍はアメリカ。元傭兵だ」
小次郎さんの顔が、さらに真剣になりました。
「その男が今、地球…それも東京にいるという情報が入った。調査してもらえるかい ? 」
「へえ」
所長は立ち上がると、脇に抱えていた愛刀・時雨裂を手に取りました。
「いいだろう、やってやるよ」
「そうか。いやあ、こんなことを任せられるのはお前くらいだからな」
「ま、俺の腕が錆びてないということを見せてやるよ」
「警察の方で調べたデータと、依頼料の前払い分はここに置いていく」
そう言うと小次郎さんは、道場の壁に掛けられた「ええじゃないか」と書かれた掛け軸をちらりと眺めました。
「やっぱり昔と変わっていないな。相変わらず、新撰組に狂っているのか ? 」
「ああ。最高だよ、あれは」
所長はそう答えました。
「新撰組隊士は信念を持った奴らだったが、最期は…」
「わかってる」
小次郎さんの言葉を遮って、所長は言いました。
「俺はそういう面も知った上で、新撰組ファンやってるんだ」
「だろうなぁ、お前は昔からチャランポランだったが、相当疑り深いからな。ま、その疑り深さのおかげで、俺も何回か助かったけどな」
そう、所長は結構疑り深いのです。
何をするにもまずは疑ってかかるという人物なのです。
「『疑う』のが基本で、『信じる』のが応用なのさ。疑って疑って疑いまくって、疑う余地が無くなったら始めて信じる。根拠もないのに疑うのは人間として最低だ云々とか、甘っちょろい道徳論唱えるガキもいるが、そいつらはただの馬鹿だな。そもそも人間は疑うことで進歩してきた。何故雨は降るのか、何故火が燃えるのか、何故星は夜にしか見えないのか…ってな。そうやって疑った連中がいたからこそ、ここまで科学が進歩したんじゃないか」
「ああ、お前の言うとおりだな」
小次郎さんは、微かに笑ってそう言いました。
「お前が疑うことの大切さを教えてくれたおかげで、今の仕事も上手くいっている。お前は本当に、探偵事務所なんかやらせておくにはもったいないくらいだ」
「今の俺には…まあ、このぐらいが丁度いいのさ。結構いろいろな奴に会えたしな」
「そうか。ま、お前の性格じゃそうだろうな。んじゃ、あばよ」
そう言って、小次郎さんは道場から玄関へ向かおうとしました。
そして、道場から出る一瞬前に私の方を振り向いて、
「このサムライ野郎のこと、宜しく頼むぜ」
と、言いました。
「はっ、はい ! 」
小次郎さんの一つ目に見つめられて、私はちょっと緊張しましたが、そう答えました。
そして小次郎さんが帰っていった後…
「さて、久々の大仕事だ」
言いながら、所長は再び麻雀を始めました。
次回は、聖山が本格的に戦闘をします。多分。