第三回・聖山、尾行する
お待たせしました。
ちょっと変なところがあるかもしれませんが…
「おう、ちょっと待て。机の上片づけるから」
そう言って、所長は机の上に置かれていたゲームソフトやらシャア専用ザクのプラモデルやら『新撰組大全』やらを一つの段ボール箱に詰め込んで、机の下に隠しました。
しかし愛刀「時雨裂」の手入れだけは続けています。
やがて、白鷺さんに案内され、依頼人の女性が入ってきました。
歳は20際前後でしょう。
質素な格好ですが、綺麗な顔でした。
彼女は日本刀を持っている所長を見て少し驚いたようですが、私が椅子を勧めるとお礼を言って座りました。
「ご用件は ? 」
「わ、私は…今日の昼間に、科学省であなた方を襲った中学生の姉で…その節は大変なご迷惑を…」
「ああ、そうっすか…。えーと、後は鍔を…」
と、所長は依頼人よりも刀の手入れの方に集中しています。
「それで、どのようなご相談でしょうか ? 」
しょうがないので私が相手をすることにします。
「それが…私達の父親は何ヶ月か前に、麻薬密売の容疑で警察に逮捕され、今火星の刑務所に収容されています。聞いたところによると、この事務所の調査によってそれが明かになったとか…」
「ええ、確かにうちの事務所で調べましたよ」
と、所長が言います。
「一体、誰から頼まれて調査を ! ? 」
女性の声が高ぶります。
「こういう仕事は、依頼人の情報を他には漏らさないということが基本でね。商売は信用第一、解りますね ? 」
所長は刀の鍔を研きながら言います。
「あ…す、すみません…。それで…その…」
女性は少し躊躇いながらも、言いました。
「私の彼氏も、麻薬をやっているのかもしれないんです」
「その人の様子が変なんですか ? 」
所長は刀の手入れに夢中なので、私が話を聞くことにしました。
「はい、最近頬が痩けて、口調もちょっと荒々しくなって…それに、四日ほど前に彼の家に行ってみたら、机の隅に注射器が置いてあったんです。あと、なんか悪い仲間と付き合っているみたいなんです」
「成る程…」
「もし彼が麻薬をやっているのなら、もしかしたら父とも関係があるかもしれません…やっていなかったとしても、最近彼の様子が変わったのは何か理由があるはずです。調べていただけませんか ? お金はここに…」
そう言って、彼女は封筒を差し出しました。
「…いいでしょう」
刀の手入れを終えた所長が、そう言いました。
………30分後………
「ここが、その彼氏が下宿しているアパートですね」
私達は、依頼人の彼氏が出かけるのを見計らって尾行することにしました。
彼氏の名前は進藤 弘和、19歳。
大学生です。
「今時珍しいボロアパートだなぁ」
「ですよねぇ…なんでも最近このアパートに越してきたらしくて、それまではもっと立派なマンションに住んでいたとか…やっぱり麻薬にお金かけたせいで、家賃の安そうな今のアパートに…」
「ま、調べてみないことには解らないけどな。いざとなったらカツ丼食わせてやればいい。そうすれば100%白状するから」
「古いですよ、それ」
私達がそんな会話をしていたとき、
「聖山さん、出てきたみたいです」
白鷺さんがアパートの二階を指さしました。
一人の男性が降りてきます。
「依頼人から受け取った写真と一致するね」
私の隣で夜鷹君がそう言うと、所長は静かに立ち上がりました。
「よし、車じゃなくて徒歩でどっかに行くみたいだな…。じゃあ、俺と白鷺が先に尾行するから、玲奈、鳶、夜鷹はその後から距離を取って尾行しろ。でもって俺らにもしものことがあったら、お前達だけで尾行を続けろ」
「了解。気を付けて」
私がそう言うと、所長は白鷺さんと一緒にこっそりと進藤氏の後を着け始めました。
そして、そのしばらく後に私達も追跡を開始しました。
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みなさんこんにちは、人間型AIロボットA-307CH、コードネーム「白鷺」です。
本来この話の解説役は聖山 誠さんの助手である、東風 玲奈さんの担当ですが、今別行動をとることになったので、しばらくの間僕が解説を務めます。
「白鷺、『こんにちは』ってのは昼の挨拶だ。早朝や夜に読んでいる人のために『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』を合体させて『おはこんばんちわ』と言うようにしろ」
「了解しました、データにインプットしておきます」
さて、今私は聖山さんと二人で依頼人の彼氏である進藤を尾行中です。
聖山さんの尾行のやり方は、僕のデータに入っているものと違うところが結構ありますが、一緒に付き従っている僕でさえ尾行をやっているという感覚が無くなってしまうほど自然です。
そもそも聖山さんは和服を着ているのでかなり目立つし、その上履いているのは下駄なので、普通気づかれるはずなのですが…
これが実戦経験という奴でしょうか…
「ん、路地裏に入っていくな…」
聖山さんは静かに忍び寄り、こっそりとその路地裏の中を覗きました。
私も聴力を倍にして、会話を探ります。
『金はあるのか ? 』
『も、もう少し…もう少ししたら必ず払う…だから、アレを…』
『やれねえな。てめえ、今まで何万貯め込んでると思ってんだ ? 』
『た、頼む…アレが無いと…』
『うるせぇ ! 』
次の瞬間、鈍い打撃音が響きました。
「…白鷺」
聖山さんが、低い声で言いました。
「探偵ってのは、余計なことはしちゃいけないんだが…これは無視できない状況だ。玲奈達に、早く来いと伝えろ。それから警察呼べ」
聖山さんはそう言うと、路地裏の中に躍り込んでいきました。
そして、倒れていた進藤氏を蹴りつけていた一人の男の胸ぐらを掴んで、一瞬で地面に叩きつけます。
僕は鳶・夜鷹、そして警察署に電波信号を飛ばすと同時に、進藤氏を引きずり出して、彼を守る体制をとります。
「な、なんだてめえらは ! ? 」
チンピラ達がざわめきます。
「劉玄徳の義弟にして三蔵法師の弟子、梁山泊の好漢・ヒジリーマンだ ! 」
聖山さんは僕の電子頭脳では理解不能な名乗り方をしました。
そして、劉玄徳の義弟にして三蔵法師の弟子である梁山泊の好漢・ヒジリーマンこと聖山さんは、次々とチンピラ達をねじ伏せます。
「ちっ、死ね ! 」
チンピラの一人がナイフを取り出します。
僕は咄嗟に手を伸ばし、そのナイフの刃をキャッチしました。
僕の手の中で、刃は粘土のように潰れていきます。
もちろん、僕の人工皮膚には傷一つつきません。
「なっ… ! ? 」
チンピラが怯んだ瞬間、聖山さんがそいつを背負い投げして地面に叩きつけます。
5人いたチンピラも、聖山さんが全員叩きのめし、地に伏して呻いていました。
スポーツ化された柔道ではなく、実戦で相手を殺さずに制す、見事な柔術です。
「所長ー ! 」
玲奈さんの声が聞こえました。
見ると、玲奈さん、鳶、夜鷹の三人が駆けつけてきます。
「玲奈、遅いっつーの。どんだけ距離とってたんだよ ? 」
「すみません、散歩してたお爺さんにぶつかってしまって…」
「まあいいや、とりあえずこのクソガキ共を逃がさないようにして…白鷺、警察を呼んで…」
「先ほど、近くの警察署に電波を飛ばしましたから、もうすぐ来ると思います」
僕がそう言うと、所長は「へえ、便利だなぁ」と言って、丁度立ち上がろうとしていたチンピラの一人の背中を踏みつけました。
「おっと、もうすぐお巡りさんが来るから、それまで寝てな」
これは事情を知らない人が見たら、聖山さんが悪役に見えるでしょうね。
「た、頼む…見逃してくれ…そうじゃねえと、俺達…」
チンピラが涙を流しつつ嘆願し始めたとき、僕と鳶、夜鷹の爆発物センサーが反応しました。
【空中に要人暗殺用範囲限定爆弾を確認。周囲の人間を守れ】
センサーと電算機はそう指示しました。
僕が聖山さんを庇おうとする一瞬前に、聖山さんが叫びます。
「散れ ! 」
聖山さんはそう言うなり、倒れている進藤氏をさっと抱え、もう片方の腕で僕を路地裏から外の方に突き飛ばし、玲奈さんは夜鷹を抱きかかえて路地裏から脱出を計ります。
落下してきた爆弾はビー玉くらいの小型の物で、しかも聖山さんは爆発物センサーなど持たない人間なのに、それの存在に気づいたのです。
そして、宙から落下してきた爆弾が地面に触れるかと思ったその瞬間。
何かが風のように動き、その爆弾を空中へと蹴り飛ばしました。
動いたのは鳶です。
僕らの中で一番運動機能に優れた鳶に蹴り飛ばされた爆弾は、僕らから20メートル以上上に飛んだところで、轟音と共に爆発しました。
「…みんな、無事か ? 」
聖山さんが言います。
「大丈夫です。鳶さんのおかげで助かりました」
玲奈さんも、額の汗を拭って答えます。
「あの爆弾は、あの窓から落とされたみたいだな」
聖山さんはそう言って、すぐ側の廃屋の窓を指さします。
僕はセンサーを起動させ、その廃屋をサーチしました。
やがて僕の電算機は、【生命反応、無し】という結果を出しました。
「廃屋の中からは、生命反応を探知できません」
僕がそう言うと、聖山さんは地面にうずくまって震えているチンピラの一人を見やって、
「おい、もうすぐ警察が来るから、そしたら知ってることを全部話しな。そうすりゃ警察が守ってくれるだろ」
聖山さんがそう言った時、ようやく警察が駆けつけてきました。
そして僕らはしばらくの間警察から事情聴取を受け、やがて解放されました。
そして、進藤氏のアパートの近くに停めておいたエアカーに乗り、事務所に帰ります。
「さーて、帰って依頼人に電話するか」
聖山さんがそう言ったとき、夜鷹が東風さんに話しかけました。
「ねえ東風さん、ああいう風に危なくなったとき、僕のことを庇ってくれなくてもいいよ」
「え… ? 」
「僕らはロボットだから、人間より頑丈だし、破損したら修理すればいいんだし。それに何よりも、人間を守るのが仕事だし」
夜鷹がそう言うと、僕も同調します。
「その通りです。あなた達人間を危険な目に遭わせることはできません。僕らに何かあっても、危険を冒して助けるなどと云うことは…」
僕がそう言うと、鳶も無言で頷きます。
すると、聖山さんは、
「玲奈、うちの事務所の規定の第六条を言ってみろ」
「はい。『所員は互いに助け合うべし』」
「そういうことだ、お前らも今はうちの所員だろうが。互いに助け合うんだよ。お前らが危なくなったら俺らが助ける、そして俺らが危なくなったらお前らが助ける。いいじゃないか、別に」
「しかし…」
「ゴチャゴチャ言ってると、口の中に塩詰めて縫っちまうぞ ? 」
聖山さんは五月蠅そうにそう言います。
「それじゃゾンビですって」
と、東風さんがツッコミを入れます。
「とにかく、今日は帰って、電話で依頼人に報告する。明日は柔術教えてやるから、事務所の地下にある道場を掃除しとけ。清潔も強さのうちだぞ。宮本武蔵は剣の腕は良くても風呂に入らなかったせいで、何処にも雇ってもらえなかったっていう説もあるんだからな(※本当です)」
聖山さんがそう言うと、東風さんが苦笑してアクセルを踏み込み、僕らは帰路につきました。
『互いに助け合うべし』
その言葉を思い出すと、僕の電子頭脳の中に、何か暖かい感情が広がっていきました。
思っていたよりもアクションシーン少なかったです(汗)
こんな作品でもご感想を頂けたら幸いです。
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