はじまり。
第三者視点って難しいですね。うまくなりたいです。変わらずバトル&恋愛的ノリですが、よろしくです。もう一方は書いてたデータがあぼんしたので悲しみでしばらく休載です。面白いと思って頂いていた方がいらっしゃたのであれば申し訳ありません。頑張ります。
「さて、今回君にはここへ向かってもらいたい」
ある建物の最上階。都心からは若干離れた場所に建てられたこのビルは、表向き外資系の貿易会社ということになっていた。
机に片肘ついた姿勢でニコニコと資料を差し出す男は、この会社の代表取締役である。
それを受け取る人物はその男の直属の部下で、経理担当の浅山という男だった。
ペラペラと資料を確認し、それを読み終えると、しばし考えるような素振りをみせたと思うと、浅山は言った。
「代表、私、本日で会社を辞めさせていただきます」
「あれ?」
浅山は机に辞表を置くとそそくさと部屋から退室した。男、国重はその様を呆けて見ていたが、我に帰ると慌てて浅山を追った。「待て待て待て。浅山君、どうしたのだ」
意味が分からないという様子で国重は言う。それに対して浅山は悲しみを含んだ表情で答える。
「あなたの遊びに付き合いきれません。別の就職先を探します。今までお世話になりました。御社に幸あらんことを」
口早にそうしめると、再び踵を返してエレベーターへと向かった。
「待て待て待て。早まるな。君のニーズに沿った依頼なんだぞ?」
「……あの有名なお嬢様学校へ、男である自分を編入させる? はっはっはっ、なんの冗談ですか」
「あの学園には普通に男子生徒も通っているではないか。だいたい、昼間のカリキュラムも仕事の一環であってだな……」
「自分は高等学校……いえ、初等教育すら受けていないのですよ?」
「だが、それを言ってしまうと就職先がないぞ? 裏の仕事ですらある程度の学歴を問うような時代でどうやって生きていく?」
「学力は問題ありません」
「では仕方ない。私の経営系列の末端にでも君が来たら雇わないように伝令を出すしかないな。それはまあ、この街では死んだも同然だね」
「な……卑怯な真似を……」
「いやいや私も鬼じゃない。家からでる退去費くらいは負担してやるさ、ハハハハ」
浅山が踏み切れないのには訳がある。この街が企業法人を中心に治められている自治区であるからだ。大企業を中心に中小企業全体で成り立っているが、実質、この会社が街を支え、管理運営を行っている。街に住んでいる三割の人間がこの会社、もしくはその関連企業で働いており、末端の子会社も含めるならばその数は実に六割にも上る。
その会社の最高経営責任者である国重という男は、その頂点に立つ者である。いうなれば王様なのだ。それに逆らうのならば、その国では生きていけないのは同然の理。しぶしぶながら浅山は部屋へと戻った。
「浅山君。私は充分に君の要求を考慮しているつもりだ。今までに時間がかかったのは条件が難しいのだから仕方がないことだと我慢してもらうしかない。普通の仕事なのに嘘をついて、君の要求通りの内容だと偽ってやらせていたのは認めよう。しかし、君、穀潰しを雇っておくわけにもいかない。働こうとしなかった自分にも責任があることは理解してくれ」
「いえ、やると決めました。ただ、質問をしてもよいですか?」
浅山の目的と此度の仕事内容は今までやってきた仕事の中でも、一番それと縁遠そうなものであったからだ。
浅山の仕事は所謂殺し屋稼業であり、この自治区内での治安維持の役目を担っている。自治体制に入ってまだ数年。法も完璧ではない。しかし、犯罪件数は少なく、表面上は平和に見える。だが水面下では権力争いが年々激化していた。国重が安全にトップとして君臨して居られるのは浅山のお陰なのだ。
浅山の望みはさておいて、国重が出した命令は学園への編入。つまり、護衛の役をも解任させての不可解な指令となる。
浅山にはそれが解せなかった。
「まず、自分の望む内容とどう一致するか、第二に学園に入れる理由です」
「学園に入れる理由は君に集団生活をしてもらうためさ、会社にこれからもいようと思うなら必要なスキルだよ? 今までは私が庇護してきたが、さすがに庇いきれなくなってきてね。社内から不満の声続出、コミュニケーション能力を培ってきてほしい」
「それはわかりました。でも重要なのは……」
そちらではなく、と続けようとした瞬間に机に備え付けてある電話がけたたましく鳴り響いた。電話が嫌いな国重にとって、社の内線を使用していいのは緊急時のみとなっていた。
少し顔をこわばらせて国重は受話器を耳に当てる。通話相手と二、三言葉を交わすと唐突に立ち上がり、先ほどとは逆に国重がエレベーターへと向かった。
通話相手は外国支社のほうでトラブルがあったと伝えた。トラブル自体は大したことはないのだが、なにぶん外国にあるので状況が把握しにくい。現場も混乱しているために、国重は直ぐにそちらに向かってトラブルの処理をしなければならなくなった。
「すまない。すぐに外国へ発たないといけなくなった。資料に必要なことはすべて書いてある。手続きも済んでいるから、今日にでも学園の寮に移ってくれ。そちらの手配もしておく」
「その前に説明していけ!!」
最低限の礼儀を払うのすら忘れて叫ぶ浅山に、しかし返事はなかった。かくして、理由もはっきりしないままに浅山暁の学園生活は幕を開けた。
浅山の住居には寝具のような必要最低限の物しか置かれていない。だだっ広い空間の中央にぽつりとベッドがある様は、無名の芸術作品の油絵にでも描かれていそうな光景だ。
浅山は生活必需品をリュックサックにまとめると、長年住んでいたはずのそこを一度も振り返らずに後にした。一見、愛着など微塵もないような素振りだが、内心は郷里を去るような思いに苛まれていた。彼なりに決別する意味と、普段からいつでも退去できるくらいに清掃をしておいたという、二重の意味を含んだけじめである。
大きな家具は業者が運び出してくれることになっていた。国重が手配した者達であるが、浅山と入れ替わるように部屋へと入っていった。外で待機していたらしい。
それから、浅山は役所に一度顔を出し、住居移住に関した手続きを済ませ、新たな住居へと赴いた。着いた先にあった大きなその建物は、白く塗られた外装に太陽がよく映えており、まるで西洋の古いお屋敷のようであった。
綺麗。浅山が最初に受けた印象である。全寮制で、ほんの数年前までは女子校、それも資産家の令嬢などが通う、文字通りお嬢様学校であったが、ここらが自治区に変わって以降、共学化した。学校を新たにつくるのには莫大な費用を要するので、共学にしたというのが背景にある。広さの割に自治区内には十カ所しか教育機関がない。性質上、外国に分類される自治区外への通学は制約や手続きも多く、通学にも手間がかかる。それらの理由により学校がないというのは意外にも深刻な問題なのだ。
「どうなさいました?」
浅山は声を掛けられ、背後にいた声の主の方へとゆっくり振り向いた。学園指定の制服を着ている所を見ると、ここの学生だと思われる。紺を基調に肩辺りから胸くらいまで赤いラインが入った上着に、同じく黒系を基調にしたスカートというセットは、浅山が資料で見た女子用制服そのままだった。
女性は柔和な笑みを浮かべて浅山の言葉を待った。髪は長いストレート、茶色がかったその髪は遠くからでも艶やかだとわかる。笑顔は本当に優しそうで、立ち振る舞いはお淑やか。年不相応の包容力がより浅山には印象的だった。
なにを言ったものかと窮する浅山に、はっと気づいたように女性は言った。
「あらあら、私ったら自己紹介を忘れていました。城崎ゆいなと申します。お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも、浅山暁。暁と書いてさとると読む」
「いい名前ですね」
「どうも。一文字というのは割と気に入っている」
互いに自己紹介をして、再び沈黙がおりた。片や微笑を湛え、片や仏頂面で腕を組んでいた。ゆいなにとっては相手を立てる受け答えが常であるため、静かに言葉を待っているのだが、暁に至ってはコミュニケーションのうまい取り方というのがまるでわからない。
「もしかして暁様は噂の編入生様でしょうか?」
幸いにも、ゆいなは聞き上手なだけではなく話し上手でもあった。その情報は昼間に学内で聞いたものだった。共学化したといってもやはり元女子校。まだまだ、男子生徒は少ない。更に小中高大までエレベーター式の学園だ。編入は過去に数度の例しかない。故に噂はけっこうな頻度で耳にしていたのだ。そこに見慣れない男が佇んでいたのだ、ピンと来ないほうが難しい。
「あ、ああ……そうだな。そう、だったな」
「では、着いてきていただけますか? 手続きもおありでしょう」
「その、すまない」
「いえいえ」
暁が案内された先は学長室だった。ノックをして返ってきたのは女性の声。「失礼します」と言って入室すると、部屋は割と狭く、机と椅子、本棚くらいしか家具は見当たらない。
「学園長、編入生の浅山暁様です」
「ほー。君がね」
声は二人の前方からではなく後方から聞こえてきた。暁とゆいなが同時に振り向くと、先ほど入ってきた扉の前に人影があった。暁はそれに少なからず驚く。背後を取られるまで正確な位置を察知できなかったからだ。
「ほー。ほー。ほー」
「……」
暁は表情や所作は変えないながらも、いつでも動けるように準備をする。目の前の自分よりもかなり小柄な少女は、得体の知れない迫力を纏っていた。
「には。国重も物騒らなー。ちみちみ、もっと殺気はわからないように出すもんだよー」
ふっ、と暁の視界から少女が消えたかとおもうと、肩に飛びつかれており、ゆいなに聞こえないくらいの小さな声で少女は囁いた。動けないでいる暁に少女、学園長である芳野縁はぺちりと一発デコピンをかまして肩から飛び降りる。
「気に入ったぞ、暁。これから日に一回はここに顔を出すがいい」
「学園長、暁様がお困りですよ。暁様、悪い方ではないのでどうか許して差し上げてください」
「城崎よ、なにか失礼なことを言ってないか?」
「いえいえ」
くすくすと笑うゆいなと不満そうに顔を歪める縁。いまいち、状況の理解できない暁は縁とは違う意味で顔を歪めた。暁はなにより驚いているのだ。ここはただの元女子校であるにも関わらず、自分が反応できないような速度で彼よりも小柄な少女に一本とられたこと、そして、その少女が学園長であることにも。
「には。疲れたっしょ、城崎は彼を寮に案内してくれ、手続きはわたしがやっとくからー」
「承りました。では暁様、こちらへ」
「……ああ」
縁は手を振りながら二人を見送る。暁はその姿を目に焼き付け、部屋から退室した。
ゆいなに連れ立たれ、来るときにも通った広い廊下を進んでいく。学園に来たばかりの彼は本来、建物の構造を早く覚えることに勤めるべきである。所々でゆいなが施設の説明などをしてくれているのだが、それが耳に入らないほど、先のことが気がかりで仕方がなかった。
―――あれは人間の動きではない。
「暁様。着きましたよ? 暁様?」
では、なんであろうか。なんなのであろうか。あの体つきでは筋力も大してない。あれほどのしなやかな動きは高速下では不可能。増してや人間ほどの巨大な物体を目で追いきれないとはどういうことか。疑問は疑問を呼ぶばかりであった。
「てい」
「ぐぉ……」
熟考していた暁を現実に引き戻したのは、話を無視し続けられていたゆいなの一撃だった。何度呼びかけても返事がないものだから、軽い力で腹にグーパンを入れたのだが力を入れていたわけではない上、水月に見事決まった一撃は深刻なダメージを与えた。
「人のはなしはききましょー」
「すいません……」
ゆいなは必要な説明を済ませると、二人はそこで別れた。暁は部屋へと向かう、期待と不安が入り混じった、しかしどこかで渇望していた、おかしな未来を予感しながら。