勧誘即拒否ニキ vs カレーを作りすぎちゃった美人局のお隣さん
「あのー、隣に住んでる大林という者ですけども。カレー作りぎちゃったので、もしよければいかがですか?」
モニター付きのインターホン越しに、怪しげな人物が見える。言葉通り、手には鍋を持っているようだ。
今のご時世、こういう近所付き合い的なことをする人がいるものか?
そういう文化も残っているのかと思ったけれども、見えるのは若い女性。二つに結んだ髪の毛で幼く見えるが、歳は三十手前といったところだろう。こちらも今どき着用するのかと思うが、エプロンを着けた姿で鍋掴みで鍋を持っているのだ。
時代錯誤な言い方をしてしまったが、総じて可愛らしい雰囲気をしており、家庭的だと言える女性だ。
一瞬、タイムスリップでもしてしまったかと錯覚したが、いまは令和。こんなこともあるのかと思ったけれども、俺はこの申し出は絶対に受けない。タダだとしても、もらってやる義理は無い。
インターホン越しに答える。
「申し出はありがたいですけれども、間に合ってますんでいらないです」
毅然とした態度で答えることが大事。
こういうものも、勧誘セールスと一緒だ。何事も甘く答えるから付け上がってくるのだ。きっちり断る。
「そうなんですか? 結構おいしく作れてると思いますんで、どうですか?」
俺の対応に対しても、食い下がらないようだった。
俺はどんな勧誘でも全て断ってきた。勧誘セールスに対して、少しでも相手につけ入るすきを与えてはダメだったのだが、今の回答は緩かったかもしれない。もっとはっきり断って、こちらが付け入るスキのない――詰まるところ話も通じないヤツだと思わせることで、相手はそれ以上関わってこない。
「いや、いらないです。今からちょっと大画面で、髭もじゃもじゃな男同士が抱き合って、濃厚に戯れる胸熱動画を鑑賞するんで。あぁー、良いシーン始まっちゃうなぁー!」
女が相手なら、こちらの趣向は男だとでも錯覚させれば良い。女としての武器が使えないと分かれば、そこで身じろいで引っ込んでくれるもの。これで効かなかったヤツは今まで見たことが無い。
「そうなんですか? すっごい面白そうですね! 私も見たいです!」
「はっ……? マジ……?」
ついついインターホンに向かって、素を出してしまった。
いかんいかん。毅然とした態度できっぱりと断らねば……。
しかし、何故効かないんだ……。
俺の技は完璧に決まったはず。俺の言ったことが聞こえたからこそ、反応したのだろう。もしかするとコイツは、BLが好きとかそういう類の奴か……?
それなら……。
「いやいや、違った違った。いまから始まるのは、こっちだった。幼い二人の女児が魔法少女コスプレしている動画で、濃厚なキスシーンかましてるっていう、知り合いからもらった正真正銘のみせい……」
「それも面白そうですね! 見てみたいです!」
ウキウキとした顔でこちらを見つめてくる。どうなってるんだ、コイツ……。
大抵の女性は、どちらかの発言で引いていって、話にならないと勧誘をやめてしまうのだけれども。相当強い信念を持っているヤツだな、これは。とすれば、宗教の勧誘の可能性が高そうだ。絶対に絶対に部屋に入れるわけにはいかない。
回りくどいことは辞めだ。直接言って聞かせよう。
そう思ったが、モニターの中には鍋を持ちながら楽しそうにステップを踏んでいる姿が見えた。
これは、いくら言っても効かない可能性が高いな……。
作戦変更。
それならば、徹底的に無視しよう。
無視に勝る攻撃は無いだろう。
モニターの画面を消し、玄関へ行ってブレー力の一部をオフにする。インターホンの電源を消すには、この方法しかないからしょうがない。
玄関まで行くと、こちらの足音に気付いたのか、自称お隣さんの大林はドア越しに言ってくる。
「多趣味なんですね! 仲良くなれそうです!」
「……」
俺が言っていたことは全部嘘なのだけれども、もしも男同士の濃厚シーンのあとに、女児の濃厚シーンを見て興奮する奴がいたら、俺は絶対にお近づきになりたくない。そんな奴と仲良くなれるなんていうのはセールストークだろうけれども、もしも本気で言ってるとしたら絶対に分かり合えない人種だろうから、どちらにしても無視だ。
ブレーカーを落として部屋へと戻る。
インターホンはもう鳴らない状態だ。
今日は、大切な日曜日だからな。
絶対に誰にも邪魔されたくないからこれくらいやって当然。これで、安心だろう。
と思っていたのも束の間に、今度は物理的にドアをドンドンと叩いてきた。
「一緒にカレー食べてくださいよー!」
……うざいけど、無視だな。
「開けてくださいよー! 開けてくれるの待ってますよー!」
……これだけ無視してるっていうのに、強引すぎだろ。もしかすると、ヤバい薬でも飲んでるんじゃないか?
この強引さは、もしかすると麻薬の密売人とかかもしれない。俺に薬物入りカレーを食べさせて、中毒にさせた上で薬物を売りつけて金をむしり取る気かもしれない。
より一層ガードを固めよう
◇
ドンドンと扉を叩く音が十数分続いたのだが、ドアの音が鳴りやんだ。
さすがに諦めたのだろう。
「ふぅー、よかった……」
これで、俺の快適な休日ライフが再開だ。
じんわりと怖い思いをさせられたので、気分転換でもしよう。
窓を開けて新鮮な空気を部屋に入れようと思い、力ーテンを開けると、驚く光景がそこにはあった。
さっきモニターホンに映し出されていた女が立っていた。
「カレー、一緒に食べましょう!」
「こわこわこわこわっっ!!!!!」
すぐにカーテンを閉める。
は? どんなホラー展開だよ。なんでベランダにいるの?
お隣さんって言ってたけど、人の家のベランダに入ってくるなんて、それはもう住居不応侵入では!?
ヤバいヤツがいたよ。マジかよ。
「カレー作り過ぎちゃったんですってー!」
「そ、そんな話じゃないだろう。何でベランダに!?」
とりあえず無視作戦はダメだ。全く聞いていないどころか、ついにすぐそこまで来てしまってる。このままだと家の中に侵入される。早く追い返さないと。
「お、俺は、お腹いっぱいですから! 今は食べられないです……!!」
シンプルな断り方。今は作戦もなにも思いつかなった。ただただ怖い思いで声を捻りだす。
「そうなんですか? 市販のカレー粉じゃなくて、自家製のハーブから作ってるんで、匂いを嗅げば食欲湧きますよ!」
「ハーブ……?」
なに、自家製のハーブって……。
やっぱり、ヤバい奴なんじゃないか……?
このマンションには小さなベランダがあるくらいだ。ハーブを育てるっていったら、そのスペースしかないけど……。
もしかして、部屋の中でヤバい草とか育ててないよね?
大丈夫なのか、本当に……?
どうにかして追い返さないと。
押してダメなら、少し引いて守ってみるか……。
刺激しないように、優しく丁重に断ろう。
俺は恐る恐るカーテンを開ける。
女はこちらを見つめているが、ビビらず向き合おう。真摯な態度で断れば誠意も伝わるだろう。
窓の鍵は開いていない。
しっかりと女性の姿を見ると、かなり可愛い部類だ。
モニター越しではハッキリとはわからなかったけれども、肌艶も良いし髪も綺麗だ。思っていたよりも顔も整っているし、スタイルだって素晴らしい。まるで、どこかのグラビアアイドルのようだ。「昔やっていました」と言われても、疑わない程度には良い身体つきだ。
もしかして、ちゃんとしている人なのかも……?
いや、騙されちゃダメだ。断ろう。
「カレーの件、大変魅力的なのですが、他をあたってみてもらっても大丈夫ですか?」
「ダメです」
きっぱりと断ってくる。
なんで俺の方が断られてるんだ? 断るっていうのは、こっちの専売特許だろう?
「私の部屋、角部屋なんです。あなたはその隣の家。だから、お隣さんは貴方しかいないんです!」
キリッとして決め台詞のように言ってくる。ただ、至極当然なことしか言っていない。角部屋とその隣の部屋の住人の会話。ただそれだけ。勢いに押されちゃダメだぞ、俺。
「ま、まぁ、その通りかもしれないですけれども。お隣さんへのお裾分けじゃなくても、もう一つ隣へ行ってみるとか……?」
「いえ、お隣さんとの付き合いが、大事なんです!!」
人の家のベランダで、鍋をもって仁王立ちして良くわからない圧力をかけてくる謎の美人。
その容姿につられて、ついつい「はい」と答えそうになってしまうけれども。意識を保たねば……。
俺が意識を取り戻そうとしていると、話を続けてくる。
「このカレーを受け取るだけでいいですから。先っちょだけ、先っちょだけでも入れてくれませんかねー?」
急におどけて来たから、ついついイラっとして言い返した。
「なにが先っちょだよ!! ふざけてないで帰ってくれ!! こっちは真剣に断ってるんだよ!!」
俺が怒っても、大林は顔色変えずに美人な表情へと戻って落ち着いた声で言ってくる。
「大丈夫ですよ。本当に、先っちょ以外入らないですから。それ以上何もしないですから?」
良くわからないんだよ、先っちょってなんだよ。
ナンパな野郎が、女性と交わりたくて言う言葉じゃねぇか。
美人に言われると、なんだかドキッとしちゃうけれども。俺は真剣に断ってるんだぞ。なんで引いてくれないんだよ……。
ただ、直に姿を見ていると、不思議と悪い人じゃないようにも見えてきてしまっている。ふざけているように聞こえたが、楽しくコミュニケーションを取ろうという冗談にも思えてくる。
やはり男は、見た目が良い女性に騙されてしまうのか……。
「私、不審な物じゃないですから」
「いや、十分不振だろ!」
「んー!!」
今度は、ほっぺたをぷくっと膨らませて抗議してくる。その姿は子供を見ているようで、すごく愛らしいけれども……。
「じゃあ、録音、録画していて大丈夫ですよ! 何かあったら警察にでも訴えてくださいな」
半分呆れたような口調になった。
俺が悪いみたいな空気になってるけど、そうじゃないんだけどな……。
けど、ここまで言ってくるっていうことは、本当に大丈夫なのかもしれない。何かあったとき用に、あらかじめ部屋に防犯カメラは仕掛けているけれども……。
すべてのセールスを断ってきた身としては、即拒否して絶対に信じたくは無いんだが……。ワンチャンに賭けてみるか……。
「お隣さんが男性だって知ったので、喜ぶと思ってエプロンの下には、なにも着てきてないんですよ?」
そう言われたのでついつい胸元を見てしまうが、しっかりとTシャツを着ている。あからさまな嘘をついて、どうしてそれで釣れると思ったんだよ、コイツ……。ただ、ここにきて、あからさまなエッチワードは心に来るものがある……。ちょっと胸見たら意識しちゃうし……
「先っちょだけ? お願いします!」
もしかすると、この人ならワンチャンあるかもしれない……。
そう思わせる作戦なのだろうけども……。
騙されてはいけないけど……。
ただ、もしも勧誘じゃないとしたら。本当にお隣さんとお近づきになりたいんだとしたら。
この人とお近づきになりたいと思ってきてる自分がいる……。
大林さんのことを見つめて固まってしまう。
その場で数秒程迷った挙句、俺は窓の鍵を開けてしまっていた。
◇
「意外と綺麗な部屋してるじゃないですか?」
お隣さんの大林を部屋に入れてやると、部屋の中をキョロキョロと見回し始めた。
俺の部屋は基本的に物を置かないようにしている。だから、一人暮らしの男性としては綺麗な方だと思う。別に誰が来るっていうわけじゃないけれども、物はあまり持ちたくないのだ。無駄なものは極力減らしたい。
部屋は常に綺麗にしておくことが精神にはやはり一番良い。綺麗な部屋で過ごすことこそ、最高のストレス発散方法だと思っている。
「そうだな。部屋は清潔にしておきたいんだ」
「けど、こざっぱりし過ぎですね。彼女いないんですか?」
「……!?」
いきなり核心を突いてきやがる。いないんじゃなくて作れないのだけれども、それでも楽しく生きているのだ。誰に咎められる筋合いはない。
もしも俺を咎めることが出来る奴がいるとすれば、孫の誕生を楽しみにしているお袋くらいだろう。そこは本当にごめんと思うけど、こんな男に育ててしまった責任はお袋にもあると思う。それをある時言い返したら、言い合いになった。結局、和解して何も言われなくなっている。
一方で、初対面のコイツに言われる筋合いは全くないというものだ。
「彼女はいないです」
「作らないんですか?」
「一人が好きだから作らないです」
「えぇー、作ったらいいのに。私であれば、相談乗りますよ? 誰か紹介しましょうか?」
「いや、いきなりそんな……。親しい女友達みたいなポジションみたいな言動されても……? さっききから、距離感おかしくないですか?」
「そんなことないですよー。お隣さんですよ? 一番近い存在ですよ?」
「一番近い存在……?」
物理的に距離を詰められて優しい言葉をかけられて、その上で真顔で上目遣い気味に言われると、なんだか意識してしまうな……。
けど、コイツが何を企んでいるのかわからないうちは心を許すわけにはいかない。絶対になにか魂胆があるはずだ。作り過ぎたカレーをお隣さんにあげるなんていう発想は、現代人には無いハズ。しかも、こんな高所の部屋のベランダを渡って隣の部屋までやってくるなんて、普通の人間なら考えないことだろう。絶対におかしい。
大林は、再度上目遣いで言ってくる。
「お隣さんは、一番の近所じゃないですか? 困ったことがあったら私になんでも相談してくださいね?」
ダメだ騙されちゃダメだ……。
絶対に裏があるはず……、こんなに可愛く言ってくるなんて無いから。俺の心が、誘惑に勝ててるうちに追い返さないと……。
「ま、まぁ、俺は一人の自由時間を大事にしたい方なので、渡す物を渡したら帰ってもらって……」
「そうですよね、気持ちわかりますー」
「……!!?」
なんで話に乗ってくるんだよ。
こんな言い方されたら、普通は「迷惑かけちゃったかも」って申し訳なくなって帰るものだろ。本当に俺の気持ちがわかる人だとしたら、絶対にそうなるはずだぞ。帰って一人の趣味をするだろ。なのに、この女ときたらいつまで経っても帰らないで……。
「私もそうなんですよー。色んな趣味があるって忙しいですよね。私はですね、漫画とかアニメとかが主に好きなんです。部屋の中を見ると、少しそんな気配を感じますけど……。もしかして、私と趣味合いますか?」
「いや、特に合わないと思うけど……」
どうしてコイツは話を広げようとしてくるんだよ。漫画やアニメ鑑賞は、一人だけの空間でやるから楽しいのであって、誰かと共有するためにはアニメは見てないっての。それをするのは、友達のいるヤツとか陽キャがするものであって、学生時代から陰キャな俺は、一人で閉じこもってアニメ見る派だっての。そんなの見た目から察せるだろ、察せ!
「あー!? これ知ってますよ! 私も好きです。ロリっ子な魔法使いが濃厚なキスをするって、この作品のことだったんですね!……けど、なんとなく私の知ってるものと違うような気もするなぁ……。まぁ、せっかくなら、一緒に見ます?」
「いやいやいやいや、それは絶対ダメ!! 勝手に人のパソコン覗かないで!!」
慌ててノートパソコンを閉じた。
大林は首をかしげてみせるけど、絶対に中身がわかっているっていう顔をしている。人を煽ってる時の表情だ。半笑いでこちらの様子を伺っている。
アダルト動画の画面をデスクトップに表示させていた俺がいけないかもだけど、一番のプライベート空間を躊躇なく覗くヤツがいるのかよ。コイツ、やっぱり距離感バグってるし、ダメだダメだ。やっぱり早く家に帰らせないと。
「さっき言ってた別の方――男の人同士が熱く抱擁するのでもいいですよ? 私は興味ありますよ?」
「だから、早く帰って下さいよ! そんなの見ないです!」
「えぇー、そんなこと言っちゃってー? どこにあるんですか? そういう趣味もあるんでしょ? 私興味津々ですよ?」
大林は、ノートパソコンを再び開くために、俺の手をどかそうとしてくるが俺は一歩も動かない。
はてさて……、コイツはどうしたものか……。
とりあえず話題を変えないと、俺の性癖が根掘り葉掘り聞かれて、それを元に揺すられたらたまったものじゃない。違う興味のあること、コイツが興味を持ちそうなこと……。
「そ、そうだ! そういえば、カレーを作り過ぎちゃったって言ってたじゃないですか。どんなカレーなんですか? 俺はそっちの方が興味ありますよ!」
「ん? カレーの話なんてしなくていいですよ。今一番興味あるのは、あなたが鑑賞しているものです。早く教えてくださいよー」
「絶対に教えないですって。それよりもカレー!」
「いや、それよりも、さっきのアダルト動画!」
「……!!」
アダルト動画ってバレてるし。
すっとぼけた感じで「この魔法少女ってなんですか?」なんて言っておきながら、わかってるじゃん!!
美人な人がそういうことを口にするとドキッとしちゃうけど。絶対に騙されない。早く追い返そう!
「ま、まずは腹ごしらえが先ですから。事を成すには、お腹がいっぱいでないと」
「事を成す? よくわからないですけど、お腹空いている時の方が、貪欲になれて良い感じの時もありますよ?」
「そ、そ、そういうの……、俺は知らないんで……」
「勉強不足ですねー。私が教えてあげましょうか?」
「……」
ちょくちょく、ドキッとすること挟んでくるな……。
気があるかと思わせる『デート商法』を得意としているのだろう。
絶対に悪いヤツだぞ、コイツは。ダメされないぞ……。
「お腹いっぱいの方が、元気に遊べますから! 早く食べましょう!」
「えぇー、カレーなんていつでも食べれますよー?」
「それは自分で作るからでしょ。俺だって、動画なんていつでも見れるんで!!」
「あぁー、確かに。一理ありますね」
大林は、妙に納得した感じになった。これで、やっと帰ってくれるのかな?
「それじゃあ、あなたはカレー食べててもらって。私は動画を見ておくのが良いんじゃないですか? Win-Winとはまさにこのこと」
「Lose-Loseだよ! 俺は誰だかわからない人が作ったカレーなんて食べな……」
そこまで言って止めた。さすがに言ってはいけない一言と思って踏みとどまった。
一瞬、鋭い瞳がこちらを睨んできた気がするけど、気のせいだと思いたい。やっぱりカレーは、手抜きせずに丁寧に作ったのだろう。
本当にカレーを作り過ぎただけっていうのが正しかったとしたら、最悪のお隣さんと思われてしまうから。
「カレー、美味しいですからね? そこまで言うなら、一緒に食べましょうか」
「……はい!」
あれ……?
今の流れ、すごく綺麗に誘導された気がする……。
この流れで「はい」以外の返事はありえないっていうくらいには、追い詰められていた。
コイツは、もしかしなくても、やり手かもしれないぞ……。
勧誘もされてしまうのだろう、きっと。せめて安い壺で手を打たせてもらいたい……。
いや、弱気になるな、俺!
勧誘を断ればいいだけ。それだけだ!
大林は、もってきたカレー鍋をコンロへと置いた。
「キッチンすごい綺麗ですね! 百点超えて、百二十点ですよ!」
「全然使ってないからね。っていうか、なんですか、その二十点の加点は……」
「調理器具が何もないことで加点です。すごく広くていいですよ。私は家からお玉も持ってきてるんで、大丈夫ですよ!」
本当にただカレーを食べさせに来たのか、鍋に刺さっていたお玉でかき混ぜながらカレー鍋を温め始める。
「あれ、そう言えばアレが見当たらないんですけども。もしかして、炊飯器とかって無いんですか?」
「そうだね。俺は炊飯器も持っていない。基本的にはコンビニで買ってきたものばかり食べてるから」
「あらー、そっか。さすがに私、ライスは持ってきてないです」
大林は困ったように首を傾げた。
仕草がいちいち可愛い。これもきっと、宗教施設にある劇団かなにかでレッスンでも受けたのだろう。敢えてオーバーにリアクションすることが大事みたいな。どこの舞台女優なんだか……。
大林は、何かを思いついたように大げさに手を叩いた。
「じゃあ、私の家から持ってきますね。今度はドアから入れてくださいね!」
「あ、はい……」
結局何をしても入ってくる気だろうから、最初から諦めておこう。こういう時は、めも肝心だろう。
ドアもベランダも塞いでしまったら、コイツはきっと壁に穴をあけてやってくるだろうからな。
そんなことでもされてしまったら、敵わないから部屋に招き入れるしかない。大人しく待っておこう。
……ただ、この隙にパソコンは電源切っておこうかな。本当に俺のアダルトな動画を見られてしまったら、大変だから。
――ピンポーン。
思ってるよりも何倍も早く戻ってきたようだった。
慌てて玄関に行こうとすると、大林は自分でドアを開けて入ってきた。鍵は締めていなかったけど、こっちが行く前に入ってくるとはな……。
そして、ご飯を持ってくるとは言っていたけど、炊飯器ごと持ってきたようだった。
「え、えっと……。炊飯器ごと持ってきちゃうんですね?」
「そうそう。もしもの時のことを考えていっぱい炊いておいたんです。私の美味しいカレーが美味し過ぎたらご飯足りなくなるんで」
「た、たしかにー?」
とりあえず何かしら反応しないと、カレー以外の話題にされたら困るので乗っておく。さっきの時間でPCで立ち上がっていたアプリを閉じ切れなくてパソコンは付けたままだ。なるべくコイツに従おう。見られたら一大事だから。
「じゃあ食べましょう。そこの机で食べましょ?」
「はい」
なぜ俺の家で、コイツに仕切られているのかはわからないけれども、なるべく穏便にことを荒げないで終わるものなら終わってもらおう。席について、手を合わせる。
「それでは、いただきます!」
「いただきます」
流れに身を任せて、カレーを口へと運ぶ。
カレーは思っていたよりも本格派だった。
香辛料から作っているタイプと言っていたが、それは本当のようで食べたことが無い味がしている。噛むたびに味が変わっていくのだ。きっと何種類も香辛料を使っているのであろう。
「味はどうかな?」
「これ、すごく美味しいです」
「でしょ?」
大林は、今日一番の嬉しそうな笑顔を見せた。部屋の空気が一気に華やいだ気がした。どんな芳香剤よりも効果があるだろう。
そして、俺の感想を聞いた大林は、少し目線を外してしまった。
「あの、えっと……」
さっきまですらすらと喋っていたのだが、急に言葉に詰まっているようだった。
もしかすると、本題の勧誘が始まるのかもしれない。そろそろ警戒する必要があるだろう。
言いづらそうな事をいう前の感じ。あれだけスラスラマイペースに話していたっていうのに。大林は重くなった口を開いた。
「あの、またカレーを作り過ぎちゃったら、持ってきていいですか?」
……あれ、カレーの話?
……勧誘じゃないのか?
「カレーの方……?」
「はい。ライスもセットで考えてもらっていいです」
……カレーかライスかを聞いていたわけじゃないけれども。
また俺とカレーが食べたい。
そう言ってるっていうことだよな?
それは嬉しいかもしれないけれども、元の考えに戻ろう。このカレーを食べてる時間亜h、俺の自由時間を邪魔されるっていうことだ。それはちょっと嫌だぞ。
「いや、遠慮したいんだけど……」
思ったことが、ついつい口から出てしまっていた。
コイツを前にすると、なんだか遠慮なく言えてしまうな。
「はい。わかりました!」
聞き分けのいい返事をする。
ちゃんと言えば聞いてくれるのか。良かった。
ほっとしたのも一瞬だった。
すぐ次には俺の期待を裏切ることを言ってきた。
「また明日持ってきますね!」
笑顔で答えてくる大林。
やっぱりコイツ、話聞いてないぞ!?
「いや、もうカレーはいらないって」
「大丈夫ですよ、お金は取らないですから。材料費を少しだけ援助してくれればいいですよ」
「いやいや、やっぱり金を取るん……」
俺が言い終わる前に、ポケットに入れていたレシートを取り出して見せて来た。
総額を見ても、思ったよりもかかっていない……?
こんなに美味しくてこの料金。このくらいなら払ってもいいのかも……。
いや、ダメだ!
ここで払ってしまうのは、悪徳業者と一緒だ。これを許してしまうと、後からどんどん請求されていくんだ。
最初は少額、あとから、高額。
お米を炊く時の言葉と一緒だ。絶対に払っちゃダメだ。
丁寧に断りをする前に、大林は割り込んでくる。
「けど、お隣さん――鈴木さんと仲良くなるためだったら、これくらい自腹でも大丈夫なくらいです!」
「……?」
「私と鈴木さんの仲じゃないですか! 困ったときはお互い様ですから、何かあったら言ってくださいね!」
「は、はい……?」
本当にただ単に近所付き合いがしたかっただけなのか?
お隣に住んでる大林さん。
彼女は、近所付き合いが好きらしい。
けど、そういう『仲良しなご近所さんが欲しい』っていうのも、勧誘と一緒。
俺は、どんな勧誘も受けない。
「じゃあ、お腹も溜まってきましたし、動画見ましょうか!」
「はっ!? ダメだからダメ!!」
食べてる途中だったので反応が遅れてしまうと、大林はすいすいとパソコンの方へ行き、開いていた動画を再生させ始めた。
「あぁ、大丈夫ですよ、鈴木さんはゆっくり食べてて。まずは、私一人で鑑賞しておくんで」
「いやいやいやいや!!」
「あ、え……。鈴木さんって、そっちの趣味もあるんですか? さっきまでこれを見ていたっていうのに、カレー食べれたんです……?」
「違うから違うから!! それは、俺の趣味じゃないから!! たまたま紛れ込んできたヤツだから!!」
大林は、言葉では引いているように聞こえたが、表情を見ると、思ったよりも楽しそうに動画を見ているように見えた。
もしかすると、これはワンチャンあるんじゃないかと、そんなことを思わせる素振りに感じた。
「まぁ、ただ……。これを見ながらカレー食べるって、人間としては終わってますけどね」
「…………わかった。それは、もう見ないで……」
「まぁ、これでカレーが好きな理由もわかったので、また持ってきますからね」
「…………そのネタで、これ以上弄らないで……」
お隣さんは、今までのどんなセールスマンよりも手強い存在だ。俺の負けを宣言せざる負えない。
次来る時までには、動画消しておこう……。
End




