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義雄1

 今日もまた、怒鳴ってしまった。


 義雄は、学生カバンをベッドの上に放り投げると、枕にパンチをくらわした。



 ママの顔を見ると、どうしようもなくイライラしてしまう。



 玄関のドアを開けるまでは、気分が良かった。

 今日はママにも優しくできると思っていた。

 なのに、あのほほ笑みを見た途端に、胸の底から黒いもやもやが発生してきて。



「待つなって言ってんだよ!

一緒に食べたいなんて、ありえないだろ!」


 激しいが、小声で、義雄は毒づく。


 あんな目つきの母親と一緒に食べるなど、耐えられない。

 息子の一挙一動を冷静に観察し、分析するような目。

 あれが、母親が息子を見る目だろうか?



 母親って、もっとこう、わがままで、自信たっぷりで、横暴なもんじゃないのか?


 義雄は、隣の家の、田中先輩の母親を思い浮かべる。



 母親ってのは、あんな風に豪快に、振り払われようが意に介さず、息子の首根っこをひっつかみ、頭ごなしに怒り飛ばすもんじゃないのか?


 やめろよばばあ、と口答えはするものの、おとなしくされるがままになっている先輩が、実は母親を誰よりも大切に思っているのは、周知のことだ。


 学校じゃだれからも一目置かれている、不良っぽい田中先輩も(かな)わない、最強の母親。


 あんな母親になら、きっと、どんな息子だって降参するのじゃないかと、義雄は思う。


 


 義雄は、母親から、頭ごなしに怒られたことがない。


「よっくん、こうしたほうがいいんじゃない?」

「よっくん、周りの人のことをかんがえようね?」

「よっくんの考えもわかるけれど、ママはこう思うの。どうかしら?」


 いつも、優しくたしなめる。

 声を荒げたのを見たことがない。


 怒るというよりも、悲しんでいる。

 義雄が、悪いこと、してはいけないことをしたことを。

 広い、慈しみの心で。



 物心ついたころから、ママに注意されるたびに義雄は、打ちひしがれて、身の置き所がなくなった。

 自分はママを悲しませる、悪い息子なのだ。

 だから深く反省し、ひたすら良い子を目指すしかなかった。


 いと高きママにふさわしい息子に。




「お前んちの母親、いいよなあ。きれいだし、出しゃばらないし、家庭を守って。

ああいうのを、『良妻賢母』っていうんだろう?

うちの母ちゃんに、爪の垢を煎じて飲ませたいって、おやじが言ってたよ」


 

 そう。本当に、そうだ。

 「良妻賢母」のお手本のような表情。

 控えめで品のある、穏やかに全てを許している表情。


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