公正16
どこに行った?
どこだ?
翡翠?
朝はいつも通り、にこやかに見送ってくれたじゃないか。
公正は再び急いで自宅に戻り、ドアを開けた幸子を押しのけると、階段をずんずん上がって義雄の部屋に乱入した。
「その犬は、だれから預かった?」
ミルクは、翡翠をつなぎとめる鎖だった。
鎖を外しさえすれば、翡翠はどこへでも行ける。
公正の大声におびえた小さな犬は、股の間に尻尾を垂らして、ベッドの下に引っ込んだ。
義雄は、椅子に座ったまま身体を向けて、平然としらを切った。
「友だちです」
「なんという名の友だちだ?」
どうやって友だちになったのか知らないが、ミルクを預かったということは、翡翠とかなり親しくなったのだろう。
何としても、翡翠の行き先を聞き出す。
早く、早く。
翡翠が、遠くまで行かないうちに。
「なんで急に、おれの友だちのことを気にするんですか?
別に、おれの友だちがだれだって、あなたには関係ないでしょう?」
こんな風に、本気で歯向かってくる息子は、初めて見た。
公正は、かっとなって手を振り上げ、その勢いで義雄をなぐった。
手が痛かった。
暴力を振るったのは、物心ついてから初めてだった。
自分のしたことに驚く自分がいたが、ここで引っ込むわけにはいかない。
「親に、口答えするな!
聞かれたことに答えろ!」
義雄は、顔の打たれた側を押さえ、しばらく目を見開いていた。
それからちょっと後ろを振り向くと、机の上からカッターナイフを取り上げた。
「こんな時だけ、父親ぶるんだね」
義雄はゆっくりと、刃を出したり引っ込めたりしてみせた。
カチカチ、カチカチと音が響く。
「もう、いい!」
公正は、義雄の部屋を出て、自宅を後にした。
それっきり公正は、姿を消した。




