幸子5
白米やみそ汁にも箸をつけているのを横目で確認してから、ごくさりげなく、本当に目立たないようにさりげなく、自分の席にも料理を並べる。
座りかけて、千切りキャベツにかけるドレッシングを忘れていたことに気づく。
さっと立って、冷蔵庫を開け、ドレッシングを義雄の前にそっと置いた。
「待つなよ」
義雄の声を、久しぶりに聞いた。
ざらざらとした、中途半端な高さの声。
いつの間にか声変わりが進んだのか、まるで見知らぬ男の声のようだ。
その声にどきりとしたせいか、言われたことの意味が、幸子は一瞬わからなかった。
「え?」
義雄は、いらいらした様子で続けた。
「待つなって、言ったろ? 待たれたら、迷惑なんだよ」
幸子は、当惑した。
このくらい、待つうちには入らない。
待つというのは、もっと、あてどなく、長く苦しいことだ。
帰ってくるのがわかっていて、一緒に食事することを楽しみに、針仕事をしながら過ごしているのは、幸子にとっては、待つことではない。
「でもまだ、七時だし、このくらい、ママは何でもないのよ。
一緒に食べた方がおいしいでしょ?」
しかし義雄は、顔をしかめて怒鳴った。
「待たれるのは、いやなんだって! さっさと先に食べてろよ!」
整った顔立ちの義雄が顔をしかめると、迫力がある。
まだあどけなさの残る、中学二年生の息子の爆発に、幸子は圧倒される。
頭がいい男の子は、女にはわからない、難しいことを考えているのかもしれない。
幸子には理解しにくい理屈でも、きっと義雄なりに、整然とした理屈なのに違いない。
ような気がする。
だから、幸子はいつも、負けてしまう。
「わかったわ。よっくんの言う通りにするわ。
よっくんの気持ちを考えずに、ごめんなさいね」




