翡翠10
翡翠は、自転車をいつもの空地に停めると、カギをかけて、前のカゴからミルクを抱き上げた。
ミルクを抱いたまま、いつもの神社に向かう。
鳥居の貫の上に、白い小石が載っているのを見ると、ずんずん神社の奥に入っていく。
いつも人気はないのだが、きれいに掃き清められているところをみると、誰かが掃除しているのだろうか。
夕方なのに境内は明るく、木々の若葉がまぶしい。
小鳥の陽気なさえずりが、高い所から降ってくる。
「早いわね」
さっと立ち上がった人影に、翡翠は気安げに声をかける。
「もう、待ちくたびれたよ」
すねた口調。
まだ声が定まらないのだろう、時々声がかすれたり、音程が急に変わったりする。
もう、中三か。
この半年で、義雄はぐんと背が伸びた。
会ったばかりの頃は、翡翠と同じくらいの背たけだったのに。
翡翠は、眩し気に見上げる。
「ミルクも来たんだ?」
義雄は急に相好を崩した。
ちょっとかがむと、翡翠の腕からミルクを無造作に抱きとって、わしゃわしゃと撫でた。
まだまだ子どもっぽいけれど。
骨格ががっしりしてきて、顔立ちも男らしくなってきた。
なんだか、ほんの少しだけ、若者っぽくなった、っていうのかな。
翡翠は、何とも言えずくすぐったい気分になる。
わたしの、弟。
自分の中に、こんなに温かくなる部分がまだ残っていたことに、翡翠は驚く。
この弟の愛情を利用しようと思っている、計算高くて冷たい姉なのに。
「犬って、本当にかわいいよね。
ひすいは、いいな。
飼わせてもらえるんだから」
ミルクを連れてくるようになってから、何度も聞いた言葉。
「よしおは、犬が好きなのね」
「うん。…いや、でも、…犬っていうよりか、ミルクが好き、かな…」
赤くなった顔をミルクの背中に当てて隠す様子は、翡翠まで、見ていてむずがゆくなってくる。
「よしおは、進路は決めた?」
翡翠は、話題を変える。
「うん。…今のところ、S高校かな」
ここら辺の、トップ校だ。
口調に、自慢げな響きが混じる。
「まあ、このままいけば大丈夫だろう、って先生が。でも、油断するなって言われた」
「ひすいは?」
上から目線にならないように気をつけているのだろうが、バレバレだ。
「ん…まあ、だいたい」
大学だけどね。




