翡翠6
それでも、翡翠はお礼をつぶやく。
「ありがとう、パパ」
できるだけ、無表情に。
しかし男は、陶然とささやく。
「ほんとうに、よく似てる」
翡翠は、顔をそむける。
このごろ、とみに聞くようになったこのセリフが、大嫌いだった。
聞くたびに、自分の容貌をめちゃめちゃにしたくなる。
「勉強で肩が凝ったんじゃないか?
肩をもんであげるから、おいで」
男が、手招きした。
翡翠は、じりじりと後じさりした。
「大丈夫、凝っていないから」
「遠慮しなくていいよ。さあ、」
男は、翡翠の手首をつかむと、くるりと向きをかえさせて、座っている自分の前に、後ろ向きにしゃがませた。
「親子じゃないか。父親が娘の身体を心配して、何が悪い?」
耳元でささやかれて、翡翠はぞっとした。
肩に大きな手が置かれた。
伝わってくる体温が、気味悪い。
ぷうんと、なにかの香水が匂った。
香水をつけるようになった?
この前翡翠が、パパは変な臭いがする、と吐き捨てたから?
男の顔色が変わったので、翡翠はあわてて説明したのだった。
「遺伝的に近いと、変な臭いを感じるんだって、保健の先生が言ってた」
「この匂いなら、臭くないだろ?」
ふふっと笑って、男の手が、肩や二の腕を行ったり来たりする。
翡翠は、ポケットの中のシャーペンを握りしめた。
男の息が、翡翠の頭皮にかかった。
洗いたての、結んでいない髪の毛に、鼻を突っ込んでいるのだ。
男の手は、偶然のようにして、時々髪に触れる。
手がすべったようなふりをして、たまに華奢な鎖骨の辺りをかすめる。
もともとは、手を触るだけだった。
「ほら、見てごらん。
手の形、指の形が、そっくりだね」
横に並べた大きい手と小さい手は、みごとな相似形だった。
「親子って、不思議だなあ。ほんとうに、翡翠はぼくの娘なんだなあ」
「やめてよ、そんな言い方。
当たり前でしょ。あなたの子よ」
あの頃は、ママもずっと穏やかで、冗談に笑いあうほど、二人の仲もよかった。
「顔は似てないけど」
「そうだな、ママ似だな。
ママみたいな美人になるぞ」
ママに向かってそう言いながら、男はなおも、じいっと翡翠の顔に見入っていた。
「いやむしろ、ぼくの母に似ているかな?」
小さいつぶやきだったので、翡翠にしか聞こえなかった。




