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翡翠4

 ママの荒い足音が、遠ざかる。


 何歩か進む間に表情をとりつくろって、ママはにこやかに居間のドアを開けるだろう。

 そして翡翠の言ったことに、もっと砂糖をまぶして、あいつに差し出すだろう。


 あいつの機嫌をとるために。


 男なんて、ちょっとおだてれば、すぐに満足して寛容になるのだ。

 声変わりしたばかりの中坊(ちゅうぼう)でさえ。



 翡翠は、消しゴムにシャーペンをぐりぐり突き刺した。

 消しゴムの中で、シャー芯がぽりっと折れた。


 シャーペンを抜くと、消しゴムに黒い点が残った。


 穴ではない、ただの点に見えるけど、この奥には、短いシャー芯が埋もれている。

 使い続けていると、ある日突然、消しゴムで消したつもりが、黒い線がつくのだ。

 シャー芯の復讐。


 バカなことを考えている暇はない。


 あいつに関わる時間を減らそうと思ったら、今必死にがんばるしかない。




 



 トントン、と、今度は控えめなノックの音。

 翡翠は、はっと動きを止めて、息を殺した。


 寝ていると思わせたかった。


「翡翠?

起きてるんだろう?

あったかいココアを持って来たよ」


 ああもう、あきらめてくれないかな。

 寝てるんだから。


「タヌキ寝入りせずに、ここを開けておくれ。

渡したいものが他にもあるから」


 翡翠は、それでもなお、息を詰めて待ったが、ドアの前の気配は去らない。


「そんなに頑固だと、ママがさみしがることになるよ。

あっちの家も、ぼくを待っているんだから」


 卑怯だ。

 ママを盾にとって。


 あいつが来なくなると、ママは決まって、翡翠に当たり散らした。

 いつものように放任してくれた方がマシだと、何度思ったことか。

 ひっきりなしに言いがかりをつけては、翡翠に怒鳴ったり、暴力をふるったりするのだ。


 ママ。

 こんな男の、どこがいいの?


 たった一人の娘を差し出してまでも、こんな卑劣な男をつなぎとめておきたいの?


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