翡翠3
黙々と夕食を食べ終わると、翡翠はすぐに後片付けを済ませ、間を置かずにシャワーも浴びた。
家族の共用スペースですることは何もかも終わらせて、すぐに自室にこもりたい。
あいつが来る前に。
髪を乾かして、洗面所から出ると、リビングから話し声が聞こえた。
しまった。
ドライヤーの音で、ドアの開く音が聞こえなかったのだ。
そうっと玄関を見ると、赤いハイヒールと、男物の黒い革靴が脱ぎ捨ててあった。
いつもなら、翡翠の部屋で、一緒に寝るのだけど。
ごめん、ミルク。
今日はリビングでがまんして。
どうせ、ママが構いたがるだろうし。
翡翠は、気配を消して、自室に入り、カギをかけた。
自分でとりつけたかんぬき式だが、これがあると安心して眠れる。
耳栓を入れて、カバンを開け、宿題と予習を始める。
壁一枚の向こうで、何が起こっていようが。
わたしには、関係ない。
今のわたしにできるのは、ここを出て自立する力をつけることだ。
奨学金をとり、できるだけ遠くの大学に進学して、下宿したい。
そのために、勉強するだけだ。
どんどん、とドアを叩く音が、耳栓ごしにも聞こえた。
翡翠は、仕方なく耳栓を取る。
ドアノブが激しくがちゃがちゃ回っている。
「翡翠? 帰ってるの?」
ヒステリックなママの声だ。
顔をしかめてドアの前に立つと、翡翠は大きめの声で答えた。
「いるよ」
「なにこれ? 開かないんだけど? 勝手にカギをつけるんじゃないわよ!」
「ママ、近所迷惑だから」
ママの手がドアノブから離れたようだ。
ややあって、まだとがった声で、
「パパが、翡翠の顔が見たいって」
翡翠は、顔をゆがめた。
こっちは、金輪際見たくないんだよ。
「ママ」
「パパに挨拶くらい、しなさい!」
「ちょっと、宿題がたまっているから、無理」
「パパと宿題と、どっちが大切なのよ?!」
宿題に決まっている。
でも、そう言えばママが激高するだろう。
「ごめん、本当に、間に合いそうにないの。
パパみたいに優秀になりたくて、がんばってる、って伝えといて」




