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義雄10

「やたらに気を遣ってくるし、異常に世話を焼きたがるし、いつもオレの顔色をうかがっているんだ。

オレのために生きてるっていうか」



「それは、とてもいいお母さんじゃない?

一生懸命なのよ、きっと。

一人息子を、立派に育てようとして」


 翡翠が、大人びた口調でたしなめてきた。

 義雄は、もどかしげに首を振る。


「違うんだ。

一緒にいると、こう、息苦しくって。

見張られてる感じ。ちょっとも気が抜けない。

頭のてっぺんから足の先まで、窮屈でたまらないんだ。

一緒にいたくないんだよ」


 それから、思わずつけ加えた。


「…あの人だって、きっと、同じように感じているのかも」


 そうか。

 そうかもしれない。


 父親を弁護するようで、気持ち悪かったが、でも、すとんと()に落ちた。



「いわゆる、良妻賢母なんじゃないかな」

 翡翠は、なだめるようにつぶやいた。


「世間からしたら、ほめられるような人物よね」


 続く言葉には、意地悪そうな響きが混じっていたが、義雄は気づかない。


「でも、わたしは、良妻賢母なんて、きらいだな。

いい子ぶりっ子ていうか。

偽善者みたいよね」


 それから、はっとしたように、口元を押さえた。


「ごめんなさい。

よしおのお母さんの事じゃないの」



「いや、その通りだ」

 義雄は、長年の胸のつかえがとれたような気がした。


「偽善者。

あの女に、ぴったり」


 そう口にした時、義雄の内側に、ぴしっと亀裂が走った。


 乾いて張りつめた子どもの皮が割れて、その裂け目から、ゆっくりと若いオスが頭をもたげたのだった。


 新しい力がみなぎる、よろこびの一方で、もう取り戻せない子ども時代への愛惜(あいせき)で、激しく狼狽(ろうばい)もしている。



「ひすいのところは?

どんなお母さんなの?」


 混乱を隠し、努めて何気なく、義雄は聞いてみた。



 翡翠は、急に悲し気な顔をして、うつむいた。

 義雄は、あわてた。


「ごめん、言いたくなかったら、言わなくていいよ。

だれにだって、言いたくないことってあるよな…」


 翡翠は、頭を振って、義雄をまっすぐに見た。

 その目の強い光に、義雄は気圧(けお)された。


「あの人はね」


「母親じゃなくて、女なの」



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