幸子1
掛け時計が、ぼーんぼーんと鳴り始めた。
五回…。
幸子は、はっと顔を上げた。
薄暗い洗面所。
いつの間に、こんなに時間が過ぎてしまったのだろう?
しゃがんでもたれかかっていた洗濯機から離れ、立ち上がろうとした幸子は、よろめいて、思わず洗面台に手をついた。
身体は冷え切り、関節はこわばっていた。
でももう、夕飯の支度をしないと。
幸子は、せかせかと台所に入り、電灯を点けた。
米を量ってボウルに入れ、冷たい水でざっざっと研ぎ始める。
義雄がお腹を空かして帰ってくる。
食卓の上に温かい夕ごはんが並んでいなければ、すぐに不機嫌になって、また自室にこもってしまうだろう。
そうなったら、幸子がどんなになだめすかしても、絶対にご飯を食べなくなる。
大事な成長期なのに。
体格が父親似ならばよいのだが、祖父に似てしまっていたら、あまり背が伸びないかもしれない。
もっとも、幸子の父親の世代は、戦後の混乱期で栄養不良だったから、背が伸びなかった可能性がある。
幸子自身は、同世代の中で中ぐらいよりは少し背丈が高い方だ。
だからカルシウムやたんぱく質をしっかり摂りさえすれば、なんとかなるはずなのだ。
あの子は、いつからこうなってしまったのだろう。
あんなに思いやりのある、かわいい子だったのに。
「ママ、肩をもんであげる」
小さい手で一所懸命に肩をもんでくれたことがあった。
何をしてもとれない、つらい肩こりが、少し和らいだような気がしたっけ。
学校の調理実習で習ったと、親子どんぶりを作ってくれたこともあった。
障子の張り替えを手伝ってくれたこともあった。
あの子の笑顔を見ると、それだけで、がんばろうという気になれた。
反抗期なのだ。
幸子は水に浸しておいたコンブの鍋を火にかけ、その間にみそ汁の具を刻む。
今日は、牛肉を買ってきたから、甘辛く焼きつけて、ほうれん草を添えよう。
この匂いには、きっと食欲をそそられるはずだ。
以前は、このおかずでご飯を何度もおかわりしていたから。
反抗期なんて、ごく普通のことだ。
おとなりの田中さんちのクニヒコ君だって、ばばあとののしってくるそうだし。
そんなことを大声で笑いながら話す、陽気な田中さんの奥さんを思い出して、幸子は自分を慰める。
うちの方が、まだましだ。
義雄にばばあなんて言われたら、わたしはもう、死んでしまうかもしれない。




