#6 秘密を共有したら、なぜか相談役になってた件
翌日の放課後。
俺は、再び校舎裏へ向かっていた。
約束していたわけじゃない。
ただ――なんとなく、今日も彼女がいるような気がした。
案の定、ひまりはそこにいた。
眼鏡を外し、イヤホンをつけて、ダンスの練習をしている。
昨日よりも動きが鋭い。
だが、時々――ステップを踏み間違える。
(……焦ってるな)
俺は壁に寄りかかりながら、彼女の動きを観察していた。
暗殺者時代に培った観察眼が、自動的に分析を始める。
足の運びが不安定。
体重移動のタイミングがずれている。
呼吸が浅い。
(……無理してる)
そう思った瞬間、ひまりがバランスを崩した。
「あっ――」
多分転ぶだろうと気付いていた俺は、既にひまりの隣にいた。
彼女の腕を掴み、転倒を防ぐ。
「……大丈夫か」
「う、兎山さん!?」
ひまりは驚いたように目を見開いた。
そして、慌てて腕を引っ込める。
「い、いつから……」
「さっきから」
「見てたんですか!?」
「見ていた」
ひまりの顔が真っ赤になる。
「も、もう……恥ずかしい……!見てるなら言ってください!」
「恥ずかしがる必要はない。練習してるだけだろ」
「でも……下手だから……」
ひまりは俯いた。
「下手じゃない」
俺は即答した。
「……え?」
「下手じゃない。ただ、焦ってる」
ひまりは驚いたように顔を上げた。
「わかる、んですか?」
「まあな」
俺はひまりから離れて壁に寄りかかりながら、続けた。
「足の運びが不安定だ。体重移動のタイミングもずれてる。呼吸も浅い」
「……そんなに、わかるんですか?」
「観察するのは、得意なんだ」
暗殺者時代の癖だ、とは言わなかった。
ひまりは少し考えて、小さく口を開いた。
「……実は、来週にイベントがあって」
「イベント?」
「はい。そこで……初めてソロパートを歌うかもしれないんです」
ひまりの声が、少しだけ震えていた。
「でも、わたし……人気最下位だから……本当にできるかわからなくて……」
「最下位、か」
天音が言っていたことを思い出す。
Re⭐︎LuMiNaの中で、ひまりは人気最下位。
努力しているのに、報われない。
「だから、練習しなきゃって……でも、焦れば焦るほど上手くいかなくて……」
ひまりは拳を握りしめた。
「わたし……ダメなんです。いつもこうやって、肝心なところで失敗するから……」
その言葉に、俺は少しだけ――既視感を覚えた。
施設にいた時、任務で失敗した新人が同じようなことを言っていた。
「俺はダメだ」と。
その新人は確かに肝心なところで失敗して死んでいた。
止めてやればよかった、と今なら思う。
しかし、アイドルのライブで失敗しても死ぬことはない。だから、背中を押す事ができる。
「大丈夫だ。強羅は、ダメじゃない」
俺はひまりを見た。
「ただ、力んでるだけだ」
「力んでる……?」
「そうだ。お前の動きを見てたが、基礎はしっかりしてる。ただ、無理に完璧にしようとして、力が入りすぎてる」
ひまりは目を見開いた。
「どうすれば……」
「深呼吸しろ。そして、力を抜け」
「力を、抜く……?」
「そうだ。完璧にしようとするな。ミスしてもいいと思え」
ひまりは少し戸惑ったように、俺を見た。
「でも……ミスしたら、ソロパートもらえないかも……」
「ミスを恐れてたら、余計にミスする」
俺は壁から離れ、ひまりの前に立った。
「お前は、今のままで十分だ。あとは、自分を信じろ」
ひまりは――泣きそうな顔で、俺を見た。
「……兎山さん」
「……なんだ」
「ありがとうございます」
小さく、本当に小さく頭を下げた。
そして――もう一度、ダンスを始めた。
今度は、さっきよりも動きが滑らかだった。
深呼吸をして、力を抜いて。
自分のペースで踊っている。
(……いい動きだ)
俺は壁に寄りかかりながら、彼女の姿を見ていた。
そして――ふと、思った。
(……俺、何してるんだ?)
アイドルの相談に乗るなんて、柄じゃない。
静かな高校生活を望んでいたはずなのに。
だが――
彼女の必死な姿を見ると、放っておけない。
それだけだ。
ダンスが終わり、ひまりは息を切らしながら振り返った。
「どう、でしたか……?」
「……良かった」
俺は素直に答えた。
「さっきより、ずっと良い」
「本当!?」
「ああ」
ひまりは嬉しそうに笑った。
その笑顔は――昨日、ステージで見た笑顔と同じだった。
「兎山さん……すごいです」
「……何が」
「わたし、ダンスの先生にも同じこと言われたことあります。『力を抜け』って」
ひまりは眼鏡をかけ直しながら、続けた。
「でも、兎山さんの言い方の方が……なんだか、すっと入ってきました」
「そうか」
「あの……」
ひまりが小さく口を開いた。
「また、ここに来てもいいですか?」
「……好きにしろ」
「その……もし良かったら、兎山さんも……見ててくれないかな?」
ひまりは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「わたし、兎山さんに見てもらってる方が……なんだか、落ち着くから!」
その言葉に、俺は少しだけ――戸惑った。
(……落ち着く?)
俺のような人間が、誰かに安心を与えられるなんて。
暗殺者だった俺が。
「構わない」
俺はそれだけ言った。
ひまりは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
そして――彼女は走って帰っていった。
残された俺は、夕陽の中で立ち尽くしながら、心の中で呟いた。
(……俺、何してるんだろうな)
静かな高校生活を望んでいたはずなのに。
今、俺は――一人のアイドルの相談役になっている。
だが――
悪い気分じゃない。
むしろ、少しだけ――
(……これが、普通の高校生活、なのか?)
詩子の言葉を信じたわけではないが、なぜかそう思った。
⸻
その夜。
家に帰ると、天音がリビングでスマホを見ていた。
「お兄ちゃん、おかえりー」
「……ただいま」
俺がソファに座ると、天音が顔を近づけてきた。
「ねぇねぇ、聞いて!ひまりちゃん、来週発売の新曲で、ソロパート歌うかもしれないんだって!」
「そうなのか」
「うん!SNSで見た!めっちゃ嬉しい!」
天音はペンライトを振りながら、興奮している。
「お兄ちゃんも来る?」
「……考えとく」
「え〜、来てよ!ひまりちゃんの晴れ舞台なんだから!」
天音がぐいぐい迫ってくる。
「……わかった。考えとく」
俺はそれだけ言って、自分の部屋に戻った。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
(……来週のイベント、か)
ひまりの晴れ舞台。
彼女が初めて、ソロパートを歌うかもしれない。
(行くべきか?)
俺が行ったところで、何も変わらない。
ただの観客の一人だ。
それなのに、彼女の頑張りを見届けたい。
そう思ってしまった。
(……俺、変わってきてるのか?)
暗殺者だった頃の俺は、他人に興味を持つことなんてなかった。
任務をこなし、生き延びる。
それだけだった。
だが、今――
俺は一人のアイドルの成長を、見守っている。
(……普通の高校生活)
多分違う。ドラマにそんな展開は滅多に出て来なかった。
でも、少しずつ気持ちが動き始めているのは嫌な気分ではなかった。




