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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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#53 光の中で見送った背中と、残された約束のこと

「5分前です!」


 スタッフの声がステージ裏に響く。

 ぐしゃぐしゃに泣いていたひまりは、ギリギリでメイクが終わったところだった。

 泣きすぎて腫れた目がファンにもメンバーにもバレないように、直前まで保冷材を当てて冷やす。


「大丈夫!メイクしたからかわいいよ!」


 メイクスタッフがひまりの背中を押した。

 それを聞いて、燐が不満そうな顔をする。


「ひまりは、メイクしなくてもかわいい」

「燐ちゃん……ありがとう」


 燐はひまりが泣いていた訳を分かっている様子だった。

 しかし、何も聞いてこない。ひまりは口を開くとまた泣き出してしまいそうで、燐の無関心が有難かった。


「よーし、みんな、行くよー!」


 きらりが笑顔で言って、せり上がり舞台に並ぶ。

 その時、ひまりは自分の手が震えていることに気づいた。


(あれ……?普通に緊張してる……?)


 考えてみれば、アイドル歴が長いひまりでも、この規模の会場に立つのは初めてだった。

 さっきまで怖くて控室に引き籠っていたから、会場の外にどれだけの客が集まっていたのか知らない。

 だが、チケットは完売と聞いているから、あれだけあった客席が全部埋まっているということだ。


(うわ……どうしよう……!緊張するとか、そこまで考える余裕がなかった……!)


 ひまりが慌てていると、横からきらりの手が伸びてきてひまりの手を強く握った。


「ひまちゃんが動けなくなったら、わたしが繋ぐから大丈夫」

「え……?」


 きらりは真っ直ぐに前を見つめていた。


「それに、麗奈ちゃんがいるでしょ!即興で演技して誤魔化そう!」


 麗奈も前を向いたまま頷いた。


「ええ、任せて」

「ネットで嫌なこと書かれてもさ、ゆめちゃんが別で炎上するから大丈夫!」

「何それー!」


 ゆめが大きな声で抗議して、ひまりは笑ってしまった。


「うん、ありがとう!」


 ひまりは、みんなを見回した。

 燐は心配そうにひまりを見ていたが、ひまりが笑顔になったのを見てほっと前に向き直る。


「さ、行こう」


 きらりが言って、舞台がせり上がった。


 轟音のような歓声が、5人を包む。

 満員の客席。

 ペンライトが波のように揺れている。


(すごい……こんなに、たくさんの人が……)


 ひまりは緊張していたのを忘れて、この嬉しさを分かち合いたくてメンバーを見た。


 きらりが早速走り出して、麗奈はいつも通り涼しげな笑顔を向けている。

 ゆめがぴょんぴょんと跳ねてファンサをしていて、燐はマネージャーに言われた通りファンに手を振っている。


(みんな、一緒だ)


 そして、類がこの会場のどこかにいると確信していた。

 客席の一人一人は米粒よりも小さいけれど、類がいることだけは分かる。


(類くんがいる……だから、わたしはもっと頑張れる!)


 音楽が流れる。

 ひまりは類と何度も練習した通りに歌い出した。



 毎日の走り込みで、ひまりは持久力がついていた。

 ライブの後半、新曲を披露する時間になってもひまりの体力はまだ残っている。


「それでは、新曲『サヨナラからはじまりへ』」


 きらりが宣言して、会場の照明が一度暗くなる。

 ひまりはきらりと並んでセンターポジションに立った。


「わたしね、ステージの上では、やっぱりきらりが一番頼りになる」


 ひまりはきらりに囁いた。

 きらりは、少し驚いたように暗闇の中で目を大きくしたが、すぐに笑顔になった。


「うん。わたしも!」


 ひまりは、きらりが本心で言っていることが分かった。


(もしかして、ダブルセンターって、わたしがセンターに立てるようにきらりが考えてくれたのかな……?)


 きらりと並んで劣った自分が比較されると怯えていたのが、嘘のようだった。

 一人でセンターに立てない元センターのひまりを、きらりが引っ張り上げてくれた。

 ひまりと背中合わせに歌って、同じダンスをしてもひまりはもう怖くなかった。


(類くん、見ててくれるかな)


 ひまりは、客席を見渡した。

 類の気配はずっと感じている。ここにいる、とひまりに伝えてくれているようで、ひまりは安心していた。


 これが、最後かもしれない。

 類に見せられる、最後のステージかもしれない。


(だから、今できることは、全部出し切る……!)


 ひまりは、涙を堪えながら歌い続けた。

 曲がクライマックスに差し掛かる。


 その時、なぜか、類がどこにいるのか分かった。

 客席の一番後ろの出口の前。

 ひまりが見つめると、遠くて表情が見えない人影が、小さく頷いたのを見た。


 そして、その直後に類の気配が消える。

 人影も、ペンライトの光に掻き消えるように見えなくなった。


(あ……行っちゃった……)


 それでも、ひまりは笑顔で歌い続けた。

 涙を見せずに、最後の音が鳴り止むまで。


(約束したもんね。いつか、また会える)


 そのために、もっともっと立派なアイドルにならないと。

 ひまりの胸に、新しい夢が生まれていた。


 -----


 翌日、ひまりはいつものように教室に入った。

 しかし、類の席は空いている。


「ひまり!兎山くんのこと、知ってた?」


 春藤が周を連れてひまりに駆け寄ってきた。

 ひまりは答えに迷って首を横に振る。


「何のこと……?」

「ひまりも知らないんだ。兎山くん、学校辞めたんだって」

「……そう、なんだ」

「ひまり、何か聞いてたの?」


 ひまりがあまり驚いていないことに気づいて、鬼火が追及してくる。


「ううん……初めて聞いた」

「そっか……ひまりも知らないんだから、何か急な事情があったんだよ」


 春藤は周を宥めるように言った。


「んー……」


 周ははっきり答えずに首を傾げる。

 平気そうな顔をしていると思ったが、すぐに背を向けて教室を出て行った。

 春藤は、珍しく黙ったまま周の後を追いかけた。


「伊波、兎山くんに懐かれて、弟みたいに思ってたからねー」


 鬼火が溜息をつく。

 そして、ひまりを心配そうに見た。


「ひまりは、大丈夫?」

「……うん」


 約束したんだから、とひまりは胸の中で繰り返す。

 しかし、スポットライトを浴びていたステージから日常に戻ると、類がいない教室があまりに空っぽな気がした。


 -----


 放課後、ひまりは類の家の前に立っていた。

 もしかしたら、まだ家にいるんじゃないか。

 その可能性はゼロだとひまりは分かっていたが、嘘でも期待をしていた。

 チャイムを鳴らすと天音が出てくる。


「強羅先輩……?」

「天音ちゃん……類くんは……?」


 ひまりが尋ねると、天音は少し寂しそうに答えた。


「お兄ちゃん、お父さんが連れて行っちゃった」

「そうなんだ……」

「うん……」

「……」


 重い沈黙が流れる。

 お邪魔しました、とひまりは帰ろうとしたが、天音は玄関の扉を開けた。


「強羅先輩、お兄ちゃんの部屋、見ますか?」

「……いいの?」

「うん!上がってください!」


 天音に招かれて、ひまりは家の中に入った。

 類の部屋には一度入ったことがある。

 学生らしく制服や問題集があったように覚えていたが、部屋の荷物は全てまとめられて、沢山の本は捨てるためにビニール紐で縛られていた。


「全部処分するんだって。ここに帰ってくるか分からないから、って」

「……」


 ひまりは、部屋を見回した。

 類がいた痕跡が、消えていく。

 この部屋で、一晩類の手を握っていたことがずっと昔のように感じる。


 その時、ひまりは本の山の中に何かを見つけた。

 ノートの表紙に兎山類と書かれて、名前の横にウサギのサインが書いている。

 ひまりが可愛い苗字で羨ましい、と話したことがあった。

 それを思い出すと、次々と類との思い出が鮮やかに蘇ってきた。

 放課後に秘密で練習したことだけではない。

 2人で一緒に帰った放課後、周と3人で話した休み時間も、春藤を始めとする女子に圧倒されて面倒臭そうな顔をしている類をひまりが眺めていたことも、ひまりが一人でいると何となく傍に来てくれたことも、ひまりの日常の記憶にはいつも類がいた。


「強羅先輩」


 天音が小さな声で言った。


「あのね、お兄ちゃんが言ってた。本当はダメだけど名前はそのままにしておくから、どこかで会ったら呼んでいいよって」

「天音ちゃん……」

「だから、お兄ちゃん、きっと帰ってくるよ」


 ひまりは、ノートの文字を指でなぞった。


「……うん。類くんは、絶対帰ってくる」


(類くん……待ってるから、絶対、また会おうね)


 約束、と類の声が聞こえた気がした。

読んでいただきありがとうございます!

曲名は表記だけ変えて借りました。調べると出てくるので最推しを知ってください!

あと1話、よろしくお願いします!

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