#51 一緒に輝く理由を、ようやく言葉にできた件
クリスタルアークでの最終リハーサルが終了し、最後のミーティングが終わる。
「はい、お疲れ様でした!」
マネージャーの声が響いた。
「みんな、明日は本番だからね。もっと偉い人たちが来るから、ちゃんと挨拶するように」
マネージャーが念を押す。
今日、スタッフと出演者以外がいないのは、きらりが頼んだからだとひまりは知っている。
ひまりの事情を知っていて、落ち着いた環境でリハーサルをしたいと事務所にお願いしてくれたと、ひまりは麗奈から聞いた。
(きらりにお礼を言わなきゃ……)
しかし、同時に不安もよぎる。
(でも、きらり、わたしが明日も無理だと思ってるのかな……)
ひまりは、少しだけ申し訳さと卑屈な気分になった。
「みんな!明日は頑張ろうねー!」
きらりが一人一人と目を合わせて元気に言った。
ひまりは、目が合っているはずなのにその視線を受け止めきれない。
類とダイエットをしたから、ほぼ以前の体重まで戻っている。
衣装もメイクも映えるし、見た目だけならきらりと並んだ時にいい勝負ができるんじゃないかとひまりは考えていた。
しかし、圧倒的にアイドルとしてきらりが優れているとわかる。
(……どうしよう……わたし、泣かないで笑顔を作れるかな……)
会場を出る直前、ひまりは巨大なステージにもう一度立った。
(明日……ここで、歌うんだ)
まだ足が震えている。
Re⭐︎LuMiNaのライブが本当に始められるのか、前のように開始直前で中止になるのでは、と恐怖が残る。
(大丈夫……頑張ろう。類くんも来てくれるって言ってたし。泣かないようにしよう……)
「ひまり、帰ろう」
「うん、ありがとう。燐ちゃん」
燐が後ろから声をかける。
ひまりの家と燐が住む事務所の合宿所は真逆の方向だったが、最近は燐がひまりを家まで送るのが当たり前になっている。
ひまりは、待ち合わせもしていないのに度々自宅近くに燐が出没するから、もう疑問に思わなくなっていた。
夕暮れの道を並んで歩く。
明日のライブで緊張していたひまりが黙っていると、燐は自分からは話さないからそのまま沈黙が続く。
ひまりはその沈黙が心地よかったが、なんとなく口を開いた。
「ねえ、燐ちゃん」
「何?」
「燐ちゃんは、どうしてアイドルになったの?」
ひまりは、鴉が言っていたことを思い出す。
組織にいた人間は、依存先を設定している。
鴉が小学校以来会っていない同級生と結婚したのは、その設定があったから。
強力な催眠のようなものなのだろうか、とひまりは考える。
「もしかして、燐ちゃんがわたしを好いてくれるのは……そういう風に設定されてるから?」
だとしたら、ひまりを守ろうとする燐の行動に納得がいく。
ひまりの言うことなら素直に聞き入れるのも、ひまりが尋ねれば重要機密事項でも教えてくれるのも、ひまりの練習にあれだけ付き合ってくれるのも。
「もしそうなら……」
ひまりは、感情の読めない燐の目を見た。
「燐ちゃんが自分の意思で生きられるように、燐ちゃんを解放したい。今までありがとう……でも、わたしは燐ちゃんがいなくても大丈夫だよ」
無表情で無愛想な燐でも、Re⭐︎LuMiNaのメンバーで仲間だ。
燐がひまりを好きでなくなっても、ひまりは燐を好きなままでいる。
そう覚悟してひまりは言ったのに、燐はいつもの無表情で首を横に振った。
「違う」
「……違うの?」
「燐の依存先は社長。一度設定したら簡単に変更できない」
「そうなんだ……そしたら、やっぱりどうして……?」
「社長が死んで、燐はやることがなくなった。行く場所もないし、やりたいこともない」
あの時の虚しさを、燐は今でもはっきり思い出すことができる。
一人で誰もいない路地裏に座り込んで地面を見つめていた。
今まで組織で受けた訓練も、耐えてきた実験も、全て無意味なものになった。
組織は解散して、一度買われた三桁が戻る場所はない。
一人で生きていかなくてはならないが、そこまでして続けるほどの命かと考えていた。
「でも、あの日、Starry@Prismのライブ映像を見た」
「わたしの、ライブ?」
「そう。ひまりはキラキラ輝いて笑顔で歌ってた」
燐に言われて、ひまりはその時のことを思い出す。
あの時は、ずっと楽しかった。
ダンスも歌も下手なところから少しずつ上達して、メンバーと毎日競い、センターを掴んだ時は本当に嬉しかった。
(わたし、今よりも、ずっと素直だったな……)
「こんな風に生きてみたらどうなるかなって考えた。それで、一緒にやりたいって思ったから、ここにいる」
「え……燐ちゃん、わたしを見てアイドルをやりたいって思ってくれたの?」
ひまりが尋ねると、燐は首を横に振った。
「違う。ひまりと一緒にアイドルをやりたいって思った。だから、Re⭐︎LuMiNaにいる」
燐のルックスと身体能力なら、どこのアイドル事務所でも活躍できるはずだ。
でも、Starry@Prismのひまりを見て、ひまりと一緒に活動するためにRe⭐︎LuMiNaに来てくれた。
燐の言葉に、ひまりの目から涙が溢れた。
あの時のステージ。
楽しかった日々は、突然終わった。
でも、全てが無駄じゃなかった。
(Starry@Prismのわたしが、みんなが、燐ちゃんを救っていたんだ……)
「燐ちゃん……!」
ひまりは、燐を抱きしめた。
「ありがとう……!」
「お礼を言うのは、こっち」
「ううん、燐ちゃんみたいな人がいてくれたらいいなって、ずっと思ってたの……!」
ひまりは、泣きながら笑った。
「明日、頑張ろうね!」
「うん。ひまりと一緒に頑張る」
ひまりの腕の中で、燐も小さく笑った。
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類は自室のパソコンの前に座っていた。
画面を共有して、鴉に丁寧に説明をする。
「お前が放置していた領収書は、このファイルにまとめてある」
『へぇ……』
「紛失した分はネットで調べて偽装した。発行元に照会すればバレるがそこまでしないだろう」
『ふむ……』
「報告書は全日分、スケジュールと移動経路から推測して作った。必要なところだけ使え」
『類……天才じゃないか……!』
鴉が本心で言っていることが分かり、類は複雑な気分になった。
(どうしてこいつは、誰でもできる仕事ができないんだ……)
類は気づいたことがある。
鴉というのは本物の天才だ。
61と96。
優秀な人間が揃っていた期だとしても、鴉は類よりもはるかに下の番号だ。
だから、大したことはないだろう、と考えていた。
しかし、今まで鴉と関わって理解した。
鴉は、雑用が回ってくる三桁にはならないようにしつつ、負担が大きい仕事を担当する二桁上位を避けて、96を自ら選んでいた。
そして、誰かの下で使用されるのは嫌だ、と青い反抗心で小学生の時に自分の脳を弄り、組織の許可なしに勝手に同級生を依存先に設定をした。
二桁のトップであっても、そんな芸当は不可能だ。
ただ、大人になってからやはり勤め人の方が楽だと考えを変え、こうして会社員になったはいいが書類が何一つ提出できずに類に泣きついている。
天才ではあるが、先見の明がある方ではない、と類は考えていた。
『そしたらデータはメールで送って……いや、もう俺の代わりに会社に提出しておいてくれ』
「その前に、頼みがある」
『ドーム会場を貸し切ってやっただろう』
「それとは別」
『……何だ?』
鴉は訝しげに答えた。
書類仕事をやれと言われるのではと警戒しているようだ。
「お前と俺の得意分野だ」
『なんだ、そんなことか』
類が言うと、鴉は安心したように笑った。
類にとってはパソコンで報告書を作る方が遥かに簡単だが、鴉のような天才にとっては違うらしい。
『それでどうだ?四カ国語話せるようになったか?』
鴉が軽い口調で尋ねる。
「……ああ、楽勝だった」
類は机の横で山になっている語学書を見ないようにして答えた。




