#50 違う将来と約束だけが先の未来に残った件
6時間目の数学の時間、ひまりは連日の練習で半分眠りかけていた。
(眠い……でも、寝ちゃダメ……)
ひまりは重い瞼を必死で持ち上げて、意識を保とうとする。
「それじゃ、次の問題。兎山」
数学教師の声が響いた。
(あ、類くん、当てられてる)
類が呼ばれたことに気づいて、ひまりは少し目が覚める。
しかし、しばらく沈黙が続いた。
「兎山?答えは?」
「n=18」
「はい、正解……って、伊波。お前、兎山じゃないだろ」
答えたのが周だと気づいて、教師は周を見た。
周は頭を掻いて誤魔化す。
「あれー?すいません。俺かと思って答えちゃいました」
「まぁ、お前にしては珍しく合ってるからいいけど」
「なんすか、それ!」
周が大きな声で言って、教室に笑いが起こる。
それで、教師はそれ以上は気にせずに問題の解説に進んだ。
(類くん、どうしたのかな……?)
ひまりは首を伸ばして周の後ろの席の類を見た。
類は肘をついてノートを取っているように見えて、確実に居眠りをしていた。
授業が終わって、ひまりは類の席に駆け寄った。
「類くん、大丈夫?」
ひまりが心配そうに声をかけると、類は目を擦って欠伸をする。
「大丈夫」
「疲れてるよね?夜、ちゃんと寝れてる?」
「なー、類が居眠りなんて珍しいよ」
周が言いながら類にお菓子の箱を差し出す。
類は無意識のまま手を伸ばして受け取ると、周はひまりにも箱を差し出す。
「でも、ひまりちゃんも寝てたでしょ?」
「うわ……バレてる?」
「うん、椅子ガッターンて音してたし」
「うぅ……恥ずかしい」
周の言葉に、ひまりは顔を赤くした。
そこに、鬼火が駆け寄ってくる。
「ねーそこの居眠り3人組」
「俺は今日は寝てねーよ」
「伊波はいつも寝てるでしょ。担任から、進路希望まだ出してないって」
「あれ??締め切り過ぎてたっけ?」
周はとぼけたことを言うが、周が提出を忘れるのはいつものことだ。
鬼火は周は気にせず、ひまりと類を見た。
「2人は?出し忘れるなんて珍しいね」
「あの……あんまり決まってなくて……」
ひまりは曖昧に答えた。
「まだ高2だし深く考えることないよ。決まってないなら適当な大学書いておけば大丈夫だって」
「うん……そうだよね」
「図書室の進路コーナー参考になるよ。今日中に職員室に持ってきてだってさ」
「ありがとう。分かった」
「だってさ、類」
周は話の途中で突っ伏して寝始めていた類の頭を突いた。
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鬼火に教えられた図書室の進路コーナーには、大学案内の資料が並んでいる。
他に生徒がいないのをいいことに、周は資料を広げている。
「俺、まだ全然決まってないんだー……でも、穴場で競争率が低そうで、就活の時に有利な学部がいいな」
「周、狡いことを考えるな」
ようやく目が覚めてきた類が、資料を捲りながら答える。
「先見の明があるって言うんだよ。でも、家から通えるところがいいなー……」
「周くん、一人暮らししたいとかはないの?」
「無いよ。俺、家事が何にもできないもん」
「あー……帆夏ちゃんも、同じこと言ってた」
「うわー……そしたら、俺は実家を出て家事修行すべき?」
「うーん……どうだろう……」
ひまりは周に答えつつ、少し羨ましい気分になった。
(周くん、このまま帆夏ちゃんと付き合うつもりなんだよね……いいなぁ……)
ひまりも大学案内をパラパラと流し見しながら考えた。
ひまりは、アイドルを続けるにしても、一応大学に行くように親から言われている。
できれば受験前には仕事をセーブして、なるべくレベルの高い大学に行くように、というのが親の希望だ。
アイドルをいつ辞めても、他の仕事に就けるように。
(今はそれが普通だよね……でも、行きたい大学って言われてもな……)
ひまりが考えていると、春藤が顔を覗かせた。
「伊波ー!終わったなら一緒に帰ろう」
「ああ、終わった。それじゃ、俺は提出して帰るよ。じゃあね」
「うん、バイバイ」
第3希望まで適当な大学名をすらすらと書いた周は、鞄を持って春藤と図書室を出て行った。
(周くん、やっぱり帆夏ちゃんと付き合ってよかったんだよ。二人とも幸せそうだもん)
残されたひまりは、少し寂しくなった。
そして、類の様子を窺う。
類は大学案内を捲っていたが、あまり興味はなさそうだった。
ひまりが自分を見ていることに気づいて、類はひまりに尋ねる。
「ひまりは、進学か?」
「うん……仕事は続けるけど、大学は行かないとね」
類くんは?とひまりは尋ねる勇気がまだ出ない。
微妙な沈黙が流れて、先に口を開いたのは類だった。
「ひまりは……」
「……うん?」
「ひまりは、どうしてあんな嫌な目に遭ったのに、アイドルを続けるんだ?」
類の質問に、ひまりは少し驚いた。
類はひまりの過去に興味などないと考えていたからだ。
だから、類の方から聞いてもらえて嬉しいと思ってしまう。
ひまりは、少し考えてから口を開いた。
「前のグループは、解散してわたし以外はみんな引退しちゃった」
ひまりの声が少しだけ震える。
メンバーはあの時の事はもう忘れたいと言って、誰とも連絡を取っていない。
「でも、全員いなくなったら、メンバー全員、悪いことをして逃げたみたいになるでしょ」
事務所のコンプライアンス違反をしたのはメンバーの一人だけだ。
そして、当時はひまりよりも年上で大人に見えたそのメンバーも、年齢が近づいた今なら子どもだったと分かる。
周りの大人が止めてあげるべきだった。
だから、あの子一人を悪者にするのは違う、とひまりは考える。
「ファンも、わたしたちを応援していたことが嫌な思い出になっちゃう」
類は、黙ってひまりの話を聞いていた。
「だから、わたし1人でもアイドルを続けて、あのグループの思い出が嫌なものじゃなかったって証明したい」
そう語るひまりの目は、強く光っていた。
「わたしが輝き続ければ、あのグループも輝いてたんだって、思ってもらえるかもしれない。そう思ったの」
そこまで言って、ひまりは少し照れくさそうに笑った。
「……そうか」
類は小さく頷いた。
「それで、る、類くんは?!進学?」
ひまりは照れた勢いで尋ねると、類は少し考えた。
その少しが、何故だか長く感じた。
「そうだな、進学かな」
「そっか、類くん、成績いいもんね。きっといい所に行けるよ」
ひまりは笑顔で言った。
しかし、ひまりは類の様子を見て気づいた。
類は、何かを隠している。
(もしかして、類くん、どこか行っちゃうの……?)
しかし、それを尋ねたら答えが返ってきてしまう。
それが怖かった。
「……ひまり?」
類が不思議そうに見ている。
「あ、ううん!何でもない!別の大学かなって思ったら、ちょっと寂しくなっちゃった」
ひまりは慌てて笑顔を作った。
たとえ類がいなくならなくても、学校が別になったらひまりと類はクラスメートではなくなる。
アイドルをしていたら男子と気軽に連絡を取れず、徐々に距離が遠くなっていくだろう。
(類くん、モテるからすぐに恋人ができちゃうかな……ううん、なるべく会うようにしよう!絶対!)
ひまりの目にじわりと涙が浮かんで、それを振り払うように無理矢理明るい声を出した。
「類くん、大学に行ってもライブには来てね!」
「まだ先の話だろ」
「そうだけど、でも約束!」
ひまりは、小指を差し出した。
類は呆れた顔で少しだけ笑う。
「そんな子どもみたいなこと……」
「いいの!口約束も契約なんだからね!」
類が自分から動かないことに気づいて、ひまりは類の手を掴んで小指を絡めさせる。
「約束」
ひまりが真剣な声で言うと、類はじっと絡み合った小指を見つめる。
ひまりは類の手の温もりを忘れないように、強く握った。
読んでいただきありがとうございます!
残り4話です!ブクマや評価が増えなかったので続編は書かず完結させます。
最後までよろしくお願いします!




