#48 推しのためにまず節約から始めることにした件
「10分、休憩」
公園でのダンス練習、途中で類がそう言って、ひまりはその場に座り込んだ。
すぐに燐が駆け寄ってくる。
「ひまり、疲れた? お菓子食べる」
「あ、ありがとう……でも、今は、水が飲みたいかも……」
「分かった」
燐はすぐに荷物を置いていたベンチまで走って行って、水のボトルを持ってきた。
ひまりが礼を言って受け取ると、燐はひまりのためにお菓子を用意している。
ダイエット中のひまりのために、フルーツやナッツ中心の栄養を意識したものだ。
(燐ちゃん、同じメニューに付き合ってくれてるのに体力あるな……)
燐はひまりがレッスン場以外でも練習をしていると気づいて、呼ばなくても姿を見せるようになった。
ダンスの練習は人数が近い方が、実際のステージと近い動きができる。
いつでも類にケンカ腰なのは困っていたが、ひまりは燐が参加してくれて助かっていた。
(他の3人の役を全部やってる類くんが人間離れしてるんだけど……)
類はベンチに座ってタブレットを操作している。
しかし、一度欠伸を漏らすと、そのまま目を瞑ってしまった。
「寝てる……」
ひまりは規則正しい寝息を立てている類をじっと見つめた。
無防備な寝顔。最近は特に厳しくひまりを指導する目も、今は穏やかに閉じられている。
(類くん、疲れるよね……関係ないのに、わたしのためにやってくれてるもんね……)
類はRe⭐︎LuMiNaとは無関係だ。
本当ならひまりが一人でダブルセンターの役目と向き合って、一人で練習をするべきだ。
それなのに、こうして時間を割いて付き合ってくれている。
(わたし、ちゃんと類くんにお返しできてるのかな……)
「ひまり、どうしたの?」
「あ、ううん!あの、なんか、類くんと燐ちゃんってちょっと顔が似てるなーって思って」
類の寝顔を眺めていたことが恥ずかしくなり、ひまりは慌てて誤魔化した。
しかし、以前から気になっていたことだった。燐と類は共に表情が乏しいことを差し引いても、よく似た顔立ちをしている。
燐はこくりと頷いた。
「燐は組織で作られた大量生産タイプ。奴の顔を作り直したときに、一番作りやすい顔を参考にしたはず。だから、似てる」
燐は淡々と説明した。
ひまりは別世界の燐の話に慣れ始めて、もう驚かなくなっていた。
「へー?ちょっと兄妹みたいなんだね」
ひまりは単なる感想として言ったつもりだが、燐の表情が明らかに曇る。
「嫌」
「何が?」
「あれと兄妹とか、嫌すぎる」
燐は類の元に走って行くと、寝ている類の頭をぼかりと殴った。
「燐ちゃん!ぶっちゃダメだよ!」
ひまりが言うと、燐は仕方なく戻ってくる。
公園に打撃音が響いたが、類は寝続けていた。
しばらくは起きないだろう、とひまりは類に背中を向けて、燐を隠しながら囁いた。
「あのさ……燐ちゃん、ちょっと教えてほしいんだけど……」
「何?」
「燐ちゃんに仕事を頼むのって高いって聞いたんだけど、例えば、類くんに頼むとしたらいくらなのかな?」
ひまりが聞けば何でも教えてくれる燐だ。
類本人には聞きづらいが、いない所で尋ねるのも憚られる質問。類が寝ている今しかないとひまりは尋ねた。
「あいつの値段?」
燐に聞き返されて、ひまりは真剣な顔で頷いた。
ひまりが恐れているのは、きらりが適正な値段を払って正当な手順を踏んで、類に仕事を依頼することだ。
ひまりはアイドル活動の給料で、学生にしては多めのお小遣い程度を稼いでいる。
ひまりよりも遥かに多く仕事をしているきらりは、もっと沢山の給料を得ているはずだ。
(きらりがお金払って類くんに依頼したら……わたしは止められないよ……)
燐は記憶を辿るように少し考えた後に、指を2本立てた。
「……2?」
ひまりは恐る恐る尋ねると、燐は頷いた。
「200万?」
燐は首を横に振った。
「……2,000万?」
燐はまた首を横に振った。
「ま、まさか……2億?!もしかして、円じゃない?!」
燐は小首を傾げた。
「……覚えてない」
「……燐ちゃん!」
ひまりは思わず声を上げた。
燐は僅かに困惑した顔で指を下げた。
「でも、類を買ったのは鴉。組織の関係者だから、半額以下に値切ってこの値段」
「鴉……」
「そう。今は兎山家の父親をやっている」
(類くんのお父さん、仕事でどこかに行ってるって言ってたっけ……それは本当なのかな……?)
そして結局いくらなんだ、とひまりは解けないままの謎に頭を悩ませる。
「そういえば、最近鴉から連絡があった」
ひまりが頭を抱える横で、燐がぽつりと言った。
「連絡?」
「そう。『類を助けてくれて、ありがとう』って。お菓子が送られてきた」
燐が持っていた薬を使って類が治ったことの礼だろう。
ひまりは、眠っている類をちらりと見た。
(類くん、燐ちゃんを嫌ってるのに勝手に親からお礼を言われて、嫌だろうな……)
思春期の男子の気持ちが分かるひまりは、少し類に同情した。
燐はそのまま言葉を続ける。
「あと、『君も必要なら仕事を紹介しようか』って言われた」
「仕事?」
「燐は断った。Re⭐︎LuMiNaで忙しい」
「うん、そうだよね!」
燐の言葉に嬉しくなってひまりが答えると、燐は胸を張って頷いた。
しかし、ひまりは燐の言葉に引っかかっていた。
(「君も」……?)
その言い方は、燐以外にも仕事を紹介したということだ。
ひまりの胸に、冷たいものが広がった。
(まさか、類くんに……)
ひまりの胸に、不安がよぎる。
(ううん……それは考えても仕方ないよね……わたしはとにかく、節約をしよう。きらりが類くんに依頼をしたときに負けないように。いくらか分かんなかったけど)
ひまりが一人、決意していると、欠伸をしながら類が歩いてくる。
「10分経った。何の話してるんだ?」
「お前の金額の話」
「ふぅん……俺は知らないけど、組織に聞けば分かるんじゃないか」
「組織はもう解散した。連絡は取れない」
「へぇ、無くなったのか?知らなかった」
「お前以外はみんな知っている。ひまりにも言った」
「どうしてひまりの方が俺よりも詳しいんだよ」
「お前が周りを全然見てないからだ」
(まずは、コンビニでお菓子を買うの我慢しよう。ダイエットにもなるし。そういう細かい出費を抑えるのが大事だよね……!)
類と燐が横で言い合いをしているが、ひまりは構っていられなかった。
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放課後、燐が来ないように校内の空き教室を選び、類はタブレットを取り出してライブ会場、クリスタルアークの映像を映し出した。
画面には、巨大なドーム会場の中心に輝くステージが映っている。
「大きさは調べれば出てくるけど、数字だけじゃイメージができないからな」
「う、うん……」
ひまりは画面を見た。
キャパ1万人以上の巨大な会場。
(あの日も、ここで……)
物販や待機列で埋まる場外。
ペンライトが波のように光る2階席。
触れられそうな程近いセンター席。顔が見えるアリーナ席。
(みんなで頑張ろうねって、直前に円陣組んだな……)
大きなステージと客席に伸びる花道。
リハーサルで浴びたスポットライトの熱さまで覚えている。
(あの時、突然、終わったんだ……)
「大丈夫か?」
類の声が遠く聞こえる。
ひまりの指が震えていることに気づいて、類はタブレットを消した。
ひまりは大きく呼吸を繰り返しながら、両手で顔を隠す。
「ねえ、類くんは……トラウマってある?」
ひまりの質問に、類は少し考えた。
自分の経験がひまりの役に立つかもしれない、と真剣に過去を辿ったが何も思いつかない。
「ない」
「あの、色々大変な目に遭ったって、聞いたけど……?大怪我したとか……」
「あれはそんなこともあったなっていう、思い出」
類は申し訳ないと思いつつ正直に答えた。
ひまりは、泣きそうな顔で笑う。
「類くんは強いね。わたしは、全然ダメ。弱いよ」
ひまりの瞳がみるみる潤んで、抱えた膝に顔を埋める。
類はひまりの隣に座った。
「会場に行くのが怖いのか?それとも、ステージに立つのが?」
「そんなの、分かんないよ……」
「分かった。確かめてみよう」
「え?」
「実際に会場に行って、何が駄目なのか確かめる」
類の言葉に、ひまりは顔を上げた。
「で、でも……」
「俺も一緒に行く。動けなくなったら、俺が家まで連れて帰る」
類はひまりの目を見て言った。
「それでダメなら、また考えればいい」
ひまりは、類の目をじっと見つめた。
(行きたくない……けど、類くんと一緒でも無理だったら、多分一生無理だ)
ひまりは、小さく頷いた。
「……うん。行ってみる」
「よし。今日の夜に行ってみよう」
「え?今日の夜?」
「こういうのは、早い方がいい」
「類くん、本当に合理的だね……」
類は立ち上がって、ひまりに手を差し伸べる。
ひまりは少し笑って、類の手を取って立ち上がった。
「ありがとう、類くん」
「気にするな」
二人の手は少しの間、繋がったままだった。




