表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/55

#47 ダンスも歌もMCも逃げ場がなかった朝練の件

 早朝、土手の道を俺とひまりは走っていた。

 まだ朝日が昇りかけている時間で、空はオレンジと青のグラデーションに染まっている。

 犬を散歩させる人や、ランニングをする人が、既に活動を開始していた。

 冷たい朝の空気が、肺を刺激する。


「る……類くん、ちょっと速い……」


 後ろから、ひまりの息切れした声が聞こえた。

 ちょうど1キロ走ったところで、俺は足を止めた。


「ウォーミングアップは完了だ」

「えぇぇ……い、今のが……?!」


 リュックからスポーツドリンクのボトルを出して、地面に座り込んだひまりに渡す。

 ひまりが無理そうだったらこの後のメニューを変更しようかと考えていた。しかし、ひまりは基礎体力は充分にあるようで、まだ元気そうだ。


「ここからは、これを使う」


 俺はポケットから紙を取り出して広げてみせる。

 ひまりはそれを受け取って、紙に書かれたタイトルを読み上げた。


「……『Re⭐︎LuMiNa 新曲お披露目ライブ・予想セットリスト』……?」


 紙には、天音が予想したライブのセットリストがびっしりと書かれていた。

 過去のライブの傾向、メンバーの発言、事務所の戦略分析。

 さらには「この曲の次はきらりの水分補給タイムが必要」「ひまりのダンスは後半で息切れするから、ここで休憩挟む可能性80%」といった細かいメモまで添えられている。


「うわぁー、こういうの嬉しい……というか、怖いくらい詳しい……」


 ひまりは笑顔で紙を見ていたが、だんだんと表情が固まっていった。


「……あの、これ……」

「どうした?」

「予想以上に当たってる……というか、ほぼ確定のセトリなんだけど……」


 ひまりは若干引いた顔で紙を見つめた。


「流出した?それとも、天音ちゃん、もしかして事務所の人?」

「一ファンの意見だ。でも、当たっているなら話が早い」

「えっと……これを元にライブの練習するってことだよね?」

「ああ。ダンスしながら歌うのは全力疾走するようなものだ。だから、走りながら歌う」


 俺が言うと、ひまりは困惑した顔をした。


「は、走りながら歌う?CDを流しながらやるってこと?」

「いや、ひまりは自分のパートを歌わないと。全曲にオフヴォーカルバージョンがないから、アカペラでいく」

「あのー……あ、あの!他の人のパートがないと歌いにくいから、CDを流した方がいいかも……」


 ひまりが逃げようとしていることに気付き、俺は続けた。


「ひまり以外のパートは、俺が代わりに歌うから大丈夫」

「え?」

「まずは1曲目『Jump into the Re⭐︎LuMiNa』から」


 俺は、きらりの声で歌い始めた。


「『光に届く 今この瞬間』」


 明るく弾けるような、きらりの声。


「『揺れる心を 抱きしめて』」


 次は、麗奈の低く落ち着いたトーン。


「『君がいるから 私は輝ける』」


 ゆめの高く澄んだ声。


「『あの頃の夢 覚えてる』」


 そして、RINの無機質だけど透明な声。

 ひまりは、完全に固まっていた。


「……類くん、それ、本人たちより上手いんだけど」

「そんなことはない。本人の歌唱力に合わせている。次はひまりのパートだ」

「え……ぜ、全曲の歌割覚えてるの?」

「ああ、その方が臨場感があっていいだろう」

「あの、恥ずかしながら!わたし、久し振りの曲だと歌詞も危うい歌があって……」

「そしたら、俺がひまりのパートを歌うから大丈夫だ」

「類くん……隠さなくなってきたね……」


 ひまりは少しだけ笑って、深呼吸をした。


「……分かった。やる!」


 ひまりが勢いよく立ち上がる。

 ひまりが走り出したのに合わせて、俺は1曲目のきらりのパートからもう一度歌い出した。



 30分程度続けて、セットリストの前半が終わったところで立ち止まる。

 天音の予想では、ここでMCタイムとなっている。


「ひまり、MCだ」


 振り返るとひまりは地面に座り込んだところで、そのまま倒れた。


「ま、待って……」

「MC」

「厳しいよー……」


 ひまりが動かなくなったので、ボトルを渡して天音のメモを確認する。

 Re⭐︎LuMiNaは地方に行った時にはその土地に絡めて食べ物や移動中の話をするが、基本的には決まりがなく、メンバーの雑談タイムになっているらしい。


「フリートークか。逆に難しいな」

「な、なんでもいいんだよ……ハマってるものとか、好きなものとか……」

「ひまり、最近ハマってるものは?」

「類くん……先に、話してて」


 ひまりは息を整えながら、のそのそと起き上がる。

 ハマってるものは特にない、と言いそうになるが、MCもライブの一部だ。

 他のメンバーが話す時間を把握するために、俺が代わりに何か話をしなければ。


「ハマってるものか……」

「類くん、料理は?」

「ああ、そうだな。まだ練習中だけど、それにしておこう。最近は一日で作り終わらないレシピが増えたから、お菓子作りにシフトしている」

「それ、極めすぎだと思うな……」

「ひまりは?ハマってるものとか、好きなものとか」


 俺が尋ねると、ひまりは少しだけ考えて顔を上げた。


「わたし、好きな人がいる」


 突然の言葉に、俺は少しだけ驚いた。

 数秒、沈黙が落ちる。

 ひまりは、俺ではなく土手の先を見つめていた。


「アイドルが、恋愛を匂わせていいのか?」


 俺が尋ねると、ひまりは小さく笑った。


「ダメだけど、でも、言いたい気分なの。今は」


 風が、ひまりの髪を揺らした。

 少しだけ震える声でひまりは続ける。


「告白したいけど、まだ言わない。わたしがアイドルだからじゃなくて、自分に自信がないから」


 ひまりは拳を握って立ち上がった。


「わたしが自信を持てて、堂々とその人の横に並べるようになったら、絶対に告白する」


 ひまりは鼓動を落ち着かせるかのように大きく息を吐いた。


「以上。MCおしまい」


 ひまりは言い終わると、俺が何か言う前に走り出す。


「類くん!MCタイム、終わり!次の曲行くよ!」


 ひまりの背中が、少しだけ震えているように見えた。


(……俺のことを、言ってるんだろうな)


 俺は以前、文化祭で既にひまりの気持ちを聞いていた。

 あれがあったから、ひまりの俺への気持ちを知っている。

 でも、今はそれに触れない方がいい。

 ひまりにはライブに集中してほしいし、俺も、ひまりに想いをぶつけられてもどう答えればいいのか決めかねていた。


「ひまり、ペース配分。そんなに飛ばしたら後半で潰れる」

「大丈夫!類くんがついてきてくれるから!」


 先に行くひまりの声が、風に乗って聞こえてくる。

 その背中は、小さいけれど、強く見えた。


(ひまりは、変わったな……)


 俺が慰めた日から、ひまりは少しずつ強くなっている。

 でも、俺が手助けをしなくても、ひまりは最初から過去を乗り越えて道を選ぶ強さがあった。


(だったら、俺も……)


 俺のスマホが、ポケットの中で震えた。

 画面を見ると、鴉からの連絡だ。

 メッセージだけ確認して、俺はスマホをポケットに戻してひまりを追いかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ