#46 ご褒美ケーキのあとに現実(ダイエット)が来た件
学校から離れたファミレス。
俺の正面の席で、ひまりはテーブルに突っ伏していた。
俺に示されたひまりのスマホ画面には、『Re⭐︎LuMiNa 新曲発表ライブ』の企画書が映し出されている。
外部の人間の俺に見せてもいいのだろうかと思いつつ、ひまりが見せてくるから有難く見ていた。
「ひまりがセンターで、何が問題なんだ?」
俺が尋ねると、ひまりは顔を上げた。
眼鏡の奥の瞳が、少し潤んでいる。
「違うよ。ダブルセンター。わたしときらり、2人でセンターなの」
ひまりは力なく呟く。
俺はダブルセンターよりも、企画書に書かれた会場名の方が気になった。
『クリスタルアーク』
(ひまりが立てないっていう会場じゃないのか……?)
俺はさりげなくひまりの表情を観察した。
眼鏡の奥で視線が少しだけ泳いでいるが、ひまりは会場について何も言わない。
(まだ、向き合えていないのか)
触れてほしくないのか、それとも自分の中で整理できていないのか。
ひまりが自分で答えを見つけるまで待つべきだと考えて、俺はそれには触れないことにした。
「ダブルセンターは初めてなのか?」
「うん。しかもきらりとだよ。2人並べられてさ、もう公開処刑だよー!」
慰めようとしたが、適した言葉が思いつかなかった。
どちらが可愛いというものではないが、ひまりときらりでは圧倒的にオーラが違う。
グループ活動中は、きらりは他のメンバーから浮かないように抑えていることが分かるくらいだ。
もし、きらりがひまりとダブルセンターではなく、ひまりを圧倒して敗北させることが目的なら、簡単にできるだろう。
「……それよりも、こいつは何でここにいるんだ?」
俺は話題を変えて、ひまりの隣でべったりとくっついている燐のことを尋ねた。
燐は学校を出たところからひまりにくっついていて、ひまりも当たり前のように受け入れている。
「燐ちゃん、学校行ってないから練習がない間、暇なんだって」
「ひまりのスマホの位置情報を共有した。見つけるの簡単」
燐がとんでもないことを言うが、ひまりは全く気にしていない。
「あんまりひまりにくっつくな」
「燐はひまりと一緒にいつも練習してる。着替えも一緒にしてる。お風呂にも一緒に入れる」
燐は何故か得意げに胸を張った。
「お前はできない。その立場をわきまえろ」
燐は親指を立てて首を切るジェスチャーをする。
そして、なぜか勝ち誇ったようにドヤ顔を決める。
(……こいつ、本気で俺に勝ったと思ってるのか?)
殺る気は満々ということだ。三桁に調子に乗られるのも癪だ。
売られた喧嘩を買ってやろうかと腰を浮かせたが、ひまりは突っ伏したまま燐の頭を押さえる。
「もー燐ちゃん、ケンカしないの」
「ひまり、分かった」
ひまりに言われて、燐はすぐに大人しくなった。
しかし、ひまりが見ていないのをいいことに、俺に中指を立てている。
俺は燐をなるべく見ないようにした。
「そうだ、ひまり、これ」
「なぁに?」
ひまりが顔を上げて、俺は保冷バッグに入れていた箱をひまりの前に置いた。
「人気投票2位のお祝い。おめでとう」
俺が言うと、ひまりの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、類くん!開けていい?」
俺が頷くと、ひまりは箱を開けた。
中にはザッハトルテとかいうケーキが入っている。
せっかくだから小さなホールにして、Re⭐︎LuMiNaのロゴをシュガーペーストで入れている。
「うわー!可愛いー!どこのお店の?」
「作った」
「つ、作っ……」
「これくらいは作れて普通だって母親と天音が言っていた」
「類くん、それは騙されて……っ、ううん、ありがとう!わー……ここで食べちゃダメだよねー、でも写真撮ろう……」
ひまりは嬉しそうにスマホを取り出して、ケーキの写真を撮る。
その笑顔を見て、俺は少し安心した。
燐も笑顔になったひまりを見て、さらに励まそうと声をかける。
「ひまり、前のグループでセンターだった。だから大丈夫」
燐はケースに入れたブロマイドをひまりに見せた。
文化祭の時に俺に見せてきたのと同じ種類のブロマイドだ。
今よりも幼くて小柄なひまりが、赤い衣装を着ている。
「センターだったから、この時は赤なのか」
「にわか」
俺が感心して言うと、燐は俺を鼻で笑う。
俺は燐を無視した。
でも、と俺は続けそうになって口を閉じた。
センターだった割には、ひまりはダンスが下手だった。
最近は上達したが、最初の頃はバランスが悪くて体の使い方が不自然で、一般人より上手くてもアイドルグループのセンターに立てるレベルではなかったように思う。
ひまりは俺が言おうとしていることに気づいて、撮影を一旦止めて顔を赤くした。
「あー……あの、わたし、このグループが解散した後、ちょっと引きこもっちゃって……」
「引きこもったのか」
「うん……それで、10キロくらい太っちゃって……今、ちょっと減らしたんだけど、体が重くて重くてー……あはは……」
ひまりは笑顔で言っているが、その時にひまりがどれだけ追い詰められていたのか想像した。
前のグループがデビュー直前で解散して、仲間だと思っていたメンバーが自分を残して全員いなくなる。
全てを抱え込んで一人で部屋に閉じこもって、それでも、もう一度アイドルをやろうと立ち上がった。
俺はひまりの前に置いたケーキを回収して、燐に処理を託した。
「え?ちょ、ちょっと!!」
「10キロは増えすぎだ」
「さ……、2キロくらい減らしたもん。ギリギリ平均だから太ってはないよ!」
ひまりが必死に反論する。
俺もひまりが太っているとは思っていない。
今でも充分可愛いが、それは別の話だ。
「短期間で体重が大きく増減するのは、体に良くない」
俺は、ひまりの目を見て言った。
「自分が動きやすい適正体重になるまで、ダイエット。俺が付き合う」
「うう……」
ひまりは少し考えてから、ぐっと拳を握った。
「……分かった!自信を持ってきらりの隣に立てるように、もっと綺麗になる!」
ひまりが拳を握り締める。燃えやすいタイプで助かった。
「燐も、頑張る」
燐もひまりの真似をしてぎこちなく拳を握る。
役には立たなそうだが、邪魔はしなさそうだから燐を見逃すことにした。




