#44 寂れた町中華で、夢には期限があると知った件
平日の夕方。
きらりに呼び出された場所は、おそらくRe⭐︎LuMiNaの事務所の近くの商店街の一角。
年季が入った町中華で、若い女性はもちろん学生もいなさそうだ。
本当にここで合っているのかとスマホを確認していると、メッセージが届いた。
鴉からだと気づいて、無視しようとしたが誤って開いてしまう。
『クール便が届いていないか?』
突然何の質問だと眉を顰める。
クール便の買い物は特にした覚えがないし、俺宛に届いたとしたら母親がすぐに渡してくれるだろう。
「届いてない」と返信すると、鴉の返事がきた。
『類の生体パーツの替えを送ったが、ロストバゲージしたようだ』
「……」
『品名に食品と書いたのが良くなかったのかもしれない』
思わず店先で頭を抱えてしまった。
『つまり、俺の体の一部が勝手に世界旅行してるってことか』
『ああ、夢のある話だな』
俺はスマホをしまった。
(こいつとは、二度と話をしたくない……)
どうでもよくなって店の中に入る。
広くはない店内を見渡すと、隅の席に座っていた帽子を被った女性が手を上げた。
「類くーん、こっちこっち」
きらりがサングラスを少し傾けて、俺に手を振る。
オーラを完全に隠していて、呼ばれるまで気づかなかった。きらりのテーブルにはラーメンと炒飯がセットで並んでいる。
「類くん、何か食べる?奢るよー?」
「この前はサラダを食べていなかったか?」
「だってあの時はライブ前だもん。今度、ドラマでアクションするから筋トレ中なの。類くん、担々麺がおすすめだよ」
「いらない」
俺が言うと、きらりは残念そうにメニューを閉じて、自分用に杏仁豆腐を追加注文した。
「この前、怪我させちゃってごめんね。後でひまちゃんに怒られちゃったよ」
「3日寝込んだ」
「はいはい、ひまちゃんから聞いた。ごめんなさい。類くんが自分から刺されたのにね」
「まだ傷が残っている」
「わーかったってば。そんなに言わなくても教えるよ!ひまちゃんのことでしょ」
きらりはそう言って食べる手を一旦止めて話し出した。
おそらくラーメンが空になって麺が伸びる心配がなくなったからだ。
「ひまちゃん、前は別のグループにいたの。Starry@Prismっていう、5人組のアイドルグループ。知ってる?」
「ああ、もう解散したグループだろう」
「そ、解散の理由はメンバーの1人が、関係者と枕営業をしてトラブルになったから」
ネットニュースや週刊誌で度々見る話だ。
しかし、ひまりが巻き込まれたんじゃないかと思うと、よくある事だと聞き流すことはできない。
「坂城統括プロデューサーってのがいてね、アイドルは一度は挨拶に行くようなすっごく偉い人なんだけど、メンバーの1人がそういう関係になってそれがバレたの」
「ひまりは……?」
「ひまちゃんは、そういうことしないよ。でも、一人がすると全員すると思われるからねー……ひまちゃんも他のメンバーも嫌な思いして、ひまちゃん以外はみんな引退しちゃったの」
しかも、ときらりが声を大きくする。
まだあるのか、と俺は陰鬱な気分になった。
「バレたタイミングが最悪で!これからドームでメジャーデビュー発表のライブしますって本当に直前。ひまちゃんも、そのトラウマでクリスタルアークでライブできないんだよね」
「クリスタルアーク?」
「結構大きなドーム会場。そこでライブをすることが、うちの事務所ではアイドルグループとして売れる条件みたいなもの。それができないから、Re⭐︎LuMiNaに未来がないかなぁ」
きらりは軽い口調のまま言った。
グループ1位のきらりはソロ活動や一人でTV出演する時でも、Re⭐︎LuMiNaのために仕事をしているのを俺でも知っている。
そのきらりが冷静にそう言うなら、それが事実なんだろうと思えた。
「わたしは一人の仕事があるし麗奈ちゃんは舞台があるし。ゆめちゃんはインスタとかYouTubeバズってて、RINちゃんは謎だけど……アイドル一本で行きたいひまちゃんは、どうだろうね」
きらりの言葉に、俺は胸が痛くなってきていた。
これは後悔だ。
(今までひまりを応援しているつもりだった)
だが、ひまりはアイドルでい続けること自体が、苦しんでストレスを感じながら必死だったんだ。
それなのに、と拳を握りしめた。
(ダンスが上手くなれとか、人気投票の順位を上げろとか、ひまりを、追い詰めていただけかもしれない……)
自分の無力さを感じながら、ひまりの顔を思い浮かべた。
いつも笑顔のひまりだが、その笑顔の裏には不安があったんだ。
「でもさ!」
ときらりが大きな声を出した。
「ひまちゃん、類くんのこと本当に好きだから、類くんが応援すると変わるかもね」
「……」
「最近、ひまちゃん本気で頑張ってるもん!前まで手ぇ抜いてたのに、やっと本気になってくれたみたい」
「……それは、俺のせいか」
「そう!類くんのおかげだよ」
きらりが、嬉しそうに笑う。
「Re⭐︎LuMiNaだって、そろそろクリスタルアークでライブするかもしれないし」
きらりは含みのある言い方をした。
そして、箸を手に取る。俺にする話は終わったようだ。
俺が席を立つと、きらりは後ろから声をかけた。
「あ、わたしと会ったこと、ひまちゃんには言わないでね」
「わかった」
「お願いね。だってわたし、ひまちゃんに……あー……」
きらりが、言葉を濁す。
「……何だ?」
「あー……ううん、何でもない!」
きらりが、ニヤリと笑って言った。
「とにかく、内緒ね!」
(きらり、ひまりに何か言ったのか……?)
何か嫌な予感がする。
その様子が気になったが、聞いても教えないだろうとわかっているから、俺は聞かずに店を出た。
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重い気分のまま歩いていると、鴉から電話があった。
きらりと話している間も何回も着信がきている。さっさと終わらせようと俺は通話ボタンを押した。
「俺の肝臓が見つかったのか?」
『いや、そんなことはどうでもいいんだ』
俺が電話に出ると、鴉の声が聞こえた。
俺の人体の一部が「そんなこと」扱いされて、怒りを通り越して呆れてしまう。
『仕事が見つかった』
「仕事?」
『ああ。しかも、給料制だ』
鴉は珍しいことに、分かりやすいほど嬉しそうだった。
確定申告が面倒臭いというのは暗殺者を辞めた理由の一つでしかないと考えていたが、この様子だと本当にそれが嫌だから辞めたのかもしれない。
「何の仕事だ?」
『詳細は言えないが、俺たちの得意分野だ。情報系の企画職かな』
「……企画?」
『ああ、誰かが企画しないと進まないいざこざが世界中にあるからな』
「暗殺じゃないのか」
『暗殺は古い。今は、もっとスマートなやり方がある』
「……」
『情報を操作すれば国が勝手に戦ってくれるんだ。目の前で血が流れないし、こちらの手は汚れない。完璧だ』
「暗殺より悪質だ」
『そうか?俺は、これからの時代に合ってると思うが』
楽しそうに言っていた鴉だが、ただ、と声を落とす。
『仕事内容も居場所も明かせないから、これから類たちと連絡が取れなくなる』
「それは清々するな」
俺はつい本音が漏れたが、鴉は冗談だと思ったのか優しく笑った。
『いいや、類も来ないか? ついでにもう1人くらいなら入社させてもいいと言ってくれた』
「俺も?」
突然言われて、俺は答えに迷った。
鴉についていって、仕事をする。
暗殺者ではないだろうが、得意分野だと言うなら似たような仕事だ。
物心つく前から行われていた組織での訓練も、半年間、鴉から受けた訓練も生かすことができる。
『どうする?』
「……今は、決められない」
俺は、正直に答えた。
『そうか。じゃあ、考えておけ』
鴉がぷつんと電話を切って、俺はスマホの画面を見つめた。
普通の高校生をやれと言ったり、自分の仕事に誘ったり、鴉の言うことには一貫性がない。
俺には普通の生活はやはり無理だと評価を改めたのかと考えたが、すぐに思い直す。
奴は何も考えていない。気まぐれに生きているだけだ。
だから、俺はそれに付き合う義理はない。好きにしていいんだ。
(それなら、俺は何をしたいんだ……)
改めて考えると何も思いつかなくて、俺は今日一番重い気分になった。




