#42 一晩そばにいた理由を、当人たちは自覚していなかった件
薄暗い部屋の中。
ベッドの上の人影は、ひまりに気づくとすぐに体を起こす。
短く浅い呼吸が、ひゅうひゅうと苦しそうに喉を鳴らしている。
「類くん、ひまりだよ」
「何しに来た」
低く掠れた声で返ってくる。
ひまりのことは認識できているようだ、と少し安心した。
RINから類の過去を聞いた後だと類に対して恐怖がこみ上げてくるが、それを隠してひまりは明るい声を出した。
「類くん!燐ちゃんから薬を貰ったの。これを飲めば治るかもしれないよ」
ひまりは袋からカプセルを一つ取り出して、類に差し出した。
しかし、類はそれを見た瞬間に手で払いのける。
「三桁の言ってることなんて信じられるか」
「類くん……」
(それは……まぁ、そうだよね……)
類の力は、ひまりの手が痺れるほどの強さだった。
類がこうなっているのはRINのせいで、そのRINが持っている薬など飲めないだろう。
しかし、ひまりはRINのことを信用していたし、今の類を助けるにはこれしかない。
(よし……!)
ひまりは、ベッドに乗って類の正面に座った。
類が警戒を強めて、薄暗い部屋の中で目が鋭く光る。
意識が朦朧としているはずなのに、目だけがランランと光っていた。
ひまりは軽い調子のまま、カプセルを一つ自分の舌の上に乗せた。
「ほら、類くん、大丈夫だよ」
ひまりはそう言って、舌を出して類に見せる。
そして、類の手に自分の手を添えた。類の熱い手に少しだけ指を絡める。
類は警戒したまま、戸惑った顔をした。
「何を……」
(相手の目をよく見て……呼吸を合わせる……)
いつだったか類に教えてもらったことを思い出す。
類の視線が揺れた瞬間を狙って、ひまりは類の両手を押さえて顔を近づけた。
類が抵抗する前に、乾いた類の唇に自分の唇を重ねる。
「ん……!」
類が抵抗したが、ひまりは両手を押さえつけたまま唇を離さなかった。
そして、カプセルを舌で類の口の中に押し込む。
吐き出そうとする類を抑えて、舌で類の喉まで薬を押し込んだ。
「……っ」
類の喉がごくりと動いたことを確認して、ひまりはゆっくりと顔を離した。
類が文句を言ったり吐き出す前に、類の体を抱きしめる。
「大丈夫。類くんが死んじゃったら、わたしも本当に薬を飲むから」
そう言ってひまりが類の背中を撫でると、類は少しだけ大人しくなる。
熱い体で短く苦しそうにしていた呼吸が、少しずつ落ち着いてきた。
ひまりは以前、周に言われたことを思い出した。
(わたしからマイナスイオン的なのが、出てるとか……?)
「類くん、わたしといると安心する?」
ひまりが尋ねると、類はひまりの肩に顔を埋めたまま頷いた。
「硬くないけど、まぁ」
類は、そっけなく答える。
(硬さが、関係あるのかな……?)
ひまりは過去に自分が言ったことを忘れていて、類の安心する基準にそういう項目があるのだろうと勝手に納得した。
大人しくなった類をベッドに倒して、布団をかける。
「類くん、わたし、一緒にいた方がいい?」
「うん」
ひまりがそっと尋ねると、眠りかけていた類は一度頷いた。
「じゃあ、わたし、ずっとそばにいるね」
ひまりはそう答えて類の右手を握ると、類はすでに眠っていた。
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久々に、すっきりした気分で目を覚ます。
痛みで強制的に起こされることもなく、久々によく寝た。
内容は覚えていないけれど、ひまりが出てくる夢を見た気がする。悪夢以外の夢を見たのは久しぶりだ。
カーテンから光が差し込んでいて、今が朝だとわかった。
(……あれ?)
そこで、俺は自分の右手がずっと何かを握っていたことに気づいた。
それを辿ると、ベッドの横にひまりがいた。
「うわッッ!!」
「あー……類くん、起きたー……」
ひまりは眠そうに微笑む。
クマの浮かんだその顔を見れば、一晩中起きていて本当に一睡もしていないことがわかった。
「ひまり……なんで?」
「うん……類くん、大丈夫そうだね」
ひまりは俺の額に手を当てて、眠そうにふにゃりと笑う。
「熱、下がってる。よかった……この薬、置いていくから使って」
「お、送ってく……」
俺は立ち上がったが、久しぶりに立ったせいでよろけてドアにぶつかる。
ひまりは俺を見て、眠そうな顔のまま首を横に振った。
「大丈夫だよ。類くん、病み上がりなんだから。もう明るいから大丈夫」
ひまりが眠そうにふらふらと部屋を出ていくと、廊下にいた天音が部屋を覗き込んできた。
「あ、お兄ちゃん復活してる!強羅先輩、お家まで送っていきますよ」
「うん……天音ちゃん、ありがとう……」
そう言って、2人は家を出ていく。
俺がドアに寄りかかったまま動けずにいると、母親がいつの間にか横に来て俺の部屋の中にあったスマホを拾い上げた。
「愛だわー……」
母親が感心したように呟く。
何が、と俺が尋ねる前に母親が続ける。
「私、何度ももう大丈夫だから、お布団敷いたから寝なさいって言ったの。でも、『そばにいます、わたしがいたいんです』って言って動かなかったのよ」
母親は、もう一度しみじみと「愛だわ……」と呟いた。
俺は、恥ずかしさと申し訳なさで床に崩れ落ちる。
「元気になったなら、ご飯食べてお風呂入りなさい」
顔を覆って動けなくなった俺に、母親は声をかけてキッチンに向かっていく。
一人残された俺は、しばらく動けずに蹲っていた。




