#41 多分聞いてはいけない過去と違法な薬を受け取ってしまった件
その組織の目的は、完全な人間を作ることだった。
暗殺者や殺人人形ができるのは本来の目的ではなく、その過程での副次的な結果だった。
一期につき数百人の子供たちが集められ、彼らの実験に適合した順に番号が振られる。
一桁は、完全な人間に最も近い者だった。
その多くはすでに人の形はなく、データや肉塊の姿で数人、残っているだけ。
二桁は、それに少し劣る存在。
実験開始の人数は10から99の90人だが、実験の中ほどが過ぎると生きているのは三分の一以下で、その中で人間として意識を保っているのは、さらに半分。
だから、任務を任せられるダブルは貴重な存在だった。
そして、三桁はそれ以下。
RINは150。百人程度が生き残る三桁の中では、上位の存在だった。
組織では、完全な人間として一桁に実験を続ける資金調達のために、二桁や三桁がその超人的な能力で合法非合法を問わず様々な仕事を受けていた。
RINは、本当に61が嫌いだった。
任務で二桁と組まされる三桁は、二桁が任務の最中に暴走した時の餌。
言うことを聞かなくなった二桁の邪魔をして、研究員が止めるまでに命を懸けて時間を稼ぐ役目だ。
普通の二桁は銃で2、3発撃てば止まるのに、61は止まらない。
顔面を半分吹き飛ばされて、それでようやく動かなくなったことがあった。
150は、その時のことを今でも覚えている。
61の顔は、半分が肉と骨だけになっていたが、目を潰されたから止まっただけで、まだ任務を続けようとしていた。
それなのに、本人は「任務で失敗したから、お仕置きとして顔を潰された」と認識している。
本当に頭がおかしい、と150は思っていた。
一番嫌いになったのは、ある任務でターゲットを追っていた時だ。
建物に近づいた時に、目の前に爆発が起こって150は、吹き飛ばされた。
一瞬気絶して気づいた時、61が150に覆いかぶさっていた。
61の体は爆発の破片で穴だらけで血が流れていた。
しかし、150が目を覚ましたことを確認すると、61は150をぽいっと放って戻っていった。
150のことを研究員か護衛対象と同じように扱っている。
150の三桁としてのわずかばかりのプライドはズタズタにされて、心から61のことが大嫌いになった。
150の期を最後に、組織は様々な事情で維持できなくなり、彼らは二桁と三桁を売って一桁の実験を続ける費用を捻出しようとした。
しかし、言うことを聞かずに問題行動の多い61は、どこにも引き取り手がなく殺処分候補になった。
当然だ、と150は正直嬉しかった。
しかし、寸前で過去に組織にいた96に買い取られていった。
96は数字こそは61よりも下だが、その時の期はレベルが高く、伝説的な存在。
96も様々な問題がある人間らしいが、61のような問題行動はなく、組織を出た後も信頼されていた。
すでに日本の軍事企業に買い手が決まっていた150は不満だった。
どうして、61みたいな頭のおかしい奴が96の元で生き残るんだ、と。
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「燐ちゃん……この話、あんまり人にしたらいけないんじゃないかな……」
レッスン場近くの公園。
夜の街灯が光る中で、ブランコに座ったひまりは、RINの話を聞いてまず尋ねた。
RINは不思議そうに首を傾げる。
「そうなの?」
多分、とひまりは頷いた。
RIN本人は何でもなさそうに話していたが、ひまりは聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと嫌な汗をかいていた。
「燐は、ひまりが聞けばなんでも教える」
「燐ちゃん、それはありがたいけど……あんまり人を信じすぎちゃダメだよ!」
「燐が信じるのは、ひまりだけ」
「そっか……」
ひまりは、RINの言葉に少し安心する。
RINはブランコから立ち上がると、ポケットから小さなビニール袋を取り出した。
中には、数個のカプセルが入っている。
「ひまりにあげる」
RINに袋を差し出されて、ひまりは受け取った。
何かの薬だということはわかる。
「これ、何……?」
「組織を出る時に貰ってきた。二桁に効くかわからないけど」
「これで、類くんが治るかもしれないってこと?!」
ひまりは希望を持ってRINに尋ねた。
RINはわからない、と無表情のまま首を横に振る。
「効果が無くても一錠なら死なない。依存性は無い。効かなかったら、自宅じゃないトイレに流して捨てて」
「……」
ひまりは手の中に小さなカプセルの重みを感じる。
(これ、危険なものだよね……毒になるかも、ってこと?)
ひまりは、袋を握りしめた。
もし、これが本当に毒だったら――
類くんに飲ませて、もっと悪くなったら――
そう考えると、震えそうになる。
(でも、このままじゃ類くんは……)
ひまりは、涙をこらえた。
どんなに危険でも、類を助けられるかもしれない。
それに、RINがひまりにくれた貴重なものだ。
ひまりは、薬をカバンにしまった。
「燐ちゃん、ありがとう! 類くんに渡してくる!」
公園から走り出そうとして、類の家を知らないことに気づく。
誰かに聞けばわかるだろうかとスマホを取り出すと、横にいるRINからメッセージが届いた。どこかの住所とURLと届いている。
「61の家」
「ありがとう……類くんの家、知ってるの?」
「監視のため」
ひまりがURLを開くと、地図アプリに一つの目印が表示される。
「ひまり、61のところに行くの?」
「……うん」
RINに無表情のまま尋ねられ、ひまりは迷わず答えた。
「行く。類くんに会いたい」
「……そう」
RINは無表情のままだったが、諦めたように小さく頷く。
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類の家に着いた時にはすでに夜になっていたが、ひまりは明日まで待っていられないとインターホンを押した。
しばらくして、天音が驚いた顔をして出てくる。
「強羅先輩、どうしたんですか?」
「ごめんね、遅い時間に。類くんに、会いに来たの」
ひまりが言うと、天音は少し困った顔をした。
「でも……」
ひまりが家の中を窺うと、家の中から声が聞こえた。
「クール便?届いてないって」
女性の声だ。母親の詩子が誰かと通話をしている。
「明日もダメだったら病院連れてくから。困るって言われても、しょうがないでしょ」
詩子の声には、少しだけ焦りが混じっていた。
「……え?本当?それは困るわ……でも、このままじゃ……わかった。明日までは待つ」
詩子の会話が途切れた時に、天音が詩子に声をかける。
「お母さん、お客様」
「天音、誰?」
家の中から、女性が顔を出した。
天音とよく似た顔をしていて、ひまりは母親だとすぐにわかった。
「お兄ちゃんの彼……」
「兎山くんと同じクラスの強羅です!」
天音が言おうとしていることに気づいて、ひまりは慌てて自己紹介する。
天音は不満そうな顔をしたが、ひまりの言葉に続けた。
「お兄ちゃんのお見舞いに来てくれたんだって」
「ああ……ごめんね。類はちょっと今……」
詩子は申し訳なさそうに断ろうとしたが、ひまりはその言葉を遮った。
「150から薬をもらって、61にも効くかもしれないんです」
ひまりが賭けのつもりで言うと、詩子の表情が変わる。
「あなた、知ってるの?」
「はい」
詩子が耳に当てたままのスマホから誰かの声が聞こえる。
それで詩子は頷いた。
「……わかった。強羅さん、上がって」
「はい!」
ひまりは靴を脱いで家に上がった。
廊下を歩きながら、ひまりは詩子を観察する。
(そういえば、この人って何なんだろう……?)
類を引き取った鴉と結婚している詩子は、当然組織のことを知っているはずだ。
しかし、天音も母親で普通の人間のように見える。
(組織の人と結婚してるってことは……この人も普通じゃないのかも……)
「強羅さん、私のこと気になる?」
「え?!あの、はい!」
詩子に突然尋ねられて、ひまりはつい正直に頷いてしまった。
詩子はひまりの様子を見て、楽しそうに小さく笑う。
「私とあの人はクラスメートだったの」
「え……クラスメート?」
ひまりが、驚いて尋ねる。
「そう。小学校の時。あの人は任務で来てたんだろうけど、普通に仲良しになって、その後、色々あってすぐに転校してお別れになっちゃったけど、大人になってから突然、結婚しないかって」
「突然……、ですか?」
「私も離婚して天音と2人になった時だし、楽しくなるならいいかなって」
詩子が、さらりと言う。
(それで、結婚ってできちゃうんだ……すごい……)
ひまりは違う意味で普通ではない詩子に慄いていた。
詩子は一つのドアの前で立ち止まる。
「強羅さん、類のこと、よろしくね」
「はい」
ひまりが、緊張しながら頷いた。
詩子がドアを開けて、ひまりはカーテンが閉められた薄暗い部屋に入る。
詩子はドアの隙間から通話中のスマホを部屋の中に入れたが、ひまりは、それに気づかなかった。




