#39 ステージ裏の治安最悪で刺傷と誤解と殺気で大渋滞だった件
Re⭐︎LuMiNaの出番が終わると、きらりはメンバーと別れて一人で控室に向かった。
ライブ会場ではRe⭐︎LuMiNaのトークがまだ続いているし、他のアイドルグループは別のステージで出演中だ。バックヤードにはほとんど人はいない。
それなのに、わざわざ出番を抜け出して単独行動をしている。
(まさか……)
嫌な予感がして、俺はきらりの後を追った。
控室に向かう通路。
人気のない、蛍光灯で照らされた廊下をきらりが歩いている。
その時――
前方から、見たことのある制服の男が現れた。
俺が10分だけバイトをしていた誘導係のバイトリーダーだ。
「きらり……」
男は異様な笑みを浮かべながら近づいてくる。
きらりは立ち止まってにこりと笑った。
「やっぱり!来ると思った」
「やっと二人きりだ。俺のこと、わかるよね?」
男はすでにポケットから小さなナイフを取り出していた。
しかし、きらりはとぼけた様子で首を傾げる。
「ごめんね!ルールを守れない子のことは、覚えてないの」
「きらりのそういうところが……ムカつくんだよ!!」
男がナイフを振り上げる。
それがきらりの顔に振り下ろされる前に、俺はきらりの前に出た。
ナイフが左肩に刺さって、そのまま胸まで切り裂かれる。
この程度なら大丈夫だろうと、ナイフはそのままにして男の関節を極めて地面に叩きつけた。
「うわぁぁ!!」
男が暴れる前に、首の頸動脈を指で押さえて締め落とす。
すぐに男は意識を失って動かなくなった。
ついでに男の服を脱がせて動けないように拘束して、仕事は終わりと立ち上がる。
ナイフは、まだ胸のあたりに刺さったままだ。思ったよりも深い。
「ねー?絶対わざと刺されたでしょ」
きらりが楽しそうに尋ねてくる。
俺は少し考えて正直に答えた。
「お前に、恩を売っておいた方がいいかと思った」
「おっ、類くん、今度は正直者だね!」
きらりは元気に言って、俺の背中を叩いた。
(襲われるためにわざと一人で歩いていたお前には言われたくない……)
俺は、そう思ったが口には出さなかった。
気絶しているバイトリーダーをこの後どうすればいいのだろうと考えていると、Re⭐︎LuMiNaのメンバーとスタッフが廊下を歩いてきた。
「あ、マネージャー!例のストーカー捕まえたよ!」
きらりは虫でも捕まえたくらいのテンションでスタッフの一人に言った。
ひまりが俺と刺さったままのナイフに気づいて悲鳴を上げる。
「る、類くん!!」
俺は大事になる前に、ひまりに背を向けて逃げた。
しかし、ひまりは俺を追いかけてくる。
「類くん、大丈夫!?ち、血が出てない!?」
「平気だ」
俺は平静を装って答えた。
目立たないように逃げているのに、ひまりが泣きそうな声で追いかけてくる。
「平気じゃないよ!救急車呼ぶから、動かないで!!」
ひまりから逃げていると、ちょうどいい倉庫を見つけて中に入った。
狭い室内に機材やガラスケースが積まれている。窓がないからドアを閉めると真っ暗だ。
俺に続いてひまりが入ってきたが、ドアの隙間から入ってくる光では、互いの姿がシルエットしか見えない。
「大丈夫だ。少し掠っただけ」
「ほ、本当に……?」
この暗さなら見えないだろうと、俺はシャツを脱いで傷口を確認した。
ナイフは左肩から胸まで切り裂いている。深くはないが出血がひどい。
「い、痛いよね?救急セット持ってこようか?」
「大丈夫」
痛みをコントロールするのには慣れていた。
俺は呼吸が乱れないように意識をして、ナイフをゆっくりと抜く。
血が一気に溢れ出たが、傷口にシャツを押し込んで止血をする。
代わりの服として、会場で見つけた誰かの作業着を用意していた。
申し訳ないが、裸で帰るわけにはいかないから許してもらおう。
「えっと、今日は天音ちゃんは?」
「天音は、今日は模試があって来てない」
「へぇ……中2なのに模試、受けてるんだ」
「行きたい大学がもう決まってるんだって」
「おー……すごいんだねぇ」
俺が普通に話しているから、ひまりも落ち着いてきていた。
大した怪我ではない、と信じてくれたらしい。
放っておいたら危険だが、家に帰って処置をすればすぐに治る怪我だ。
「ひまり!」
声と一緒に、倉庫の扉が勢いよく開いた。
同時に、RINが俺に向かって蹴りを放ってくる。
それなりのスピードだが、所詮は三桁の攻撃。怪我をしていても余裕で避けられるスピードだ。
だが、倉庫は狭い。
避ければ、ひまりに攻撃が当たるかもしれないし、周囲の機材やケースが壊れてひまりが怪我をするかもしれない。
(……仕方ないか)
俺は、避けずにそのままRINの蹴りを受けた。
「ぐっ……!」
RINの蹴りが、俺の腹部に突き刺さる。
ひまりにぶつからないように堪えて、衝撃を全て受け止めることになった。
「類くん!」
ひまりが悲鳴を上げる。
RINは俺に攻撃を受け止められて不満そうな顔をしていた。
俺はRINの足を掴んで、逆さに持ち上げる。
「もう少し周りを見て動け、三桁」
俺はRINを放り投げる。
RINは床に転がったが、すぐに立ち上がってひまりを庇うように正面に立った。
「ひまり、大丈夫?」
「え?う、うん……RINちゃん、なんで?」
「61は危険。近づいたら、危ない」
RINがひまりに言った。
もしかして、RINはひまりに余計なことを教えているんじゃないか、と嫌な予感がする。
「ひまり、RINから……」
何か聞いたのか。
と尋ねようとしたが、血圧が急降下する感覚があった。
一瞬で頭が冷えて音が聞こえなくなる。
「……っ」
同時に吐き気がこみ上げてきて、口を押さえる。
(まずい……)
痛みを耐えるというレベルではない。
これは、生命に関わるダメージだ。RINの蹴りは、三桁とは思えないほど重かった。
(そうか。俺と組んだことがあるってことは、俺を止めるだけの能力があるってことか……)
視界がぼやけて、足がふらつく。
だが、ここで倒れるわけにはいかない。
「類くん?」
ひまりが、俺に駆け寄る。
俺の様子がおかしいことに気づいて、不思議そうに俺を見ていた。
RINのせいで止血が緩んで、ぽつぽつと血が垂れる感触がある。
「大丈夫だ」
「でも……え?」
ひまりが床の滴に気づく前に、靴で踏み消した。
「俺は動けるうちに、帰る」
「類くん、待って」
ひまりが、俺の腕を掴もうとする。
「大丈夫。また学校で」
俺はそれだけ言って倉庫を出た。
視界が、少しずつ暗くなっていく。
(家まで……持つか……?)
その辺で行き倒れたら、より面倒なことになる。
どうにかして自力で姿を隠さないと。
壁に手を付いて、体を引き摺って何とか会場を後にした。




