#38 推しの裏で潜入したら、センターに嘘が秒でバレてる件
「君、事務所でも有名だよ。ひまちゃんにかっこいいファンがついてるって」
きらりは帽子を深く被っていたが、変装といえるものはその程度だった。
会場の近くのコンビニにはフェスの客らしき人も多くいる。
しかし、きらりはバレる気配がない。一般人の中に完全に溶け込んでいて、アイドルのオーラを全く感じさせなかった。
「どこの事務所にも所属してないなら、うちの男性部門からデビューさせられないかなって社長が言ってた」
きらりは話しながら、コンビニのパックのサラダとペットボトルの炭酸水を手に取る。
俺は詳しくないけれど、アイドルっぽい食べ物だと感心した。
「君、名前は?」
突然振り返ったきらりに尋ねられて、俺は自然な間を保って答えた。
「あまね」
「あまねくん?」
「そう、外周の周と書いて、あまね」
「嘘。類くんでしょ。ひまちゃんが言ってたもん」
やりにくい相手だ。
俺は顔を顰めそうになる。きらりはチョコレートの箱を一つ手に取って笑った。
「嘘つきの類くんだなー」
きらりは、節をつけて歌うように言ってレジに向かっていく。
「類くんは、ひまちゃんの彼氏?」
「違う」
「そうなの?でも、ひまちゃん、君の話ばっかりしてるけどなー」
セルフレジで会計をしながら、きらりは悪戯っ子のように笑った。
そして、きらりは少し真面目な表情になる。
「君、ひまちゃんのこと心配してるんでしょ? だから、バイトのフリして潜入してるんだ」
「ああ」
俺は素直に頷いた。
「ひまりが危険な目に遭ってないか確認したかった。過去のこともあるから……」
俺は、かまをかけて言ってみた。
ひまりの「過去」について、俺は何も知らない。
しかし、きらりと同じグループのRINを疑っていると言うと、俺が敵だと認識される可能性がある。
ひまりに危険がないとわかれば何でもいいと思ったが、きらりはすぐに頷いた。
「あー……前のグループのこと?」
前のグループ、とは。
ひまりが所属していたStarry@Prismのことだ。
今は解散して、ひまり以外のメンバーは芸能活動を引退した、としか知らないが、俺は話を合わせた。
「そう。ひまりは今も悩んでるみたいだから」
「うん……ひまちゃんって、ほんとに責任感が強いよね。そんなに背負わなくてもいいと思うんだけど……」
「ひまりから少し事情は聞いたが、何か助けになれないかと思って」
「そうなんだ……ひまちゃんを心配してくれる人が近くにいて良かったよ」
きらりが笑顔で言う。
それなりに信用してもらえたようだ。
「ひまちゃん、最近やっと本気になってきたし、君のおかげだね」
「……俺は何もしてない」
「してるよ。ひまちゃん、君のこと『応援してくれる人』って言ってたもん。それで、君に守ってほしいって思ってるんだよ、きっと」
「……」
俺は黙り込んだ。
人気投票の中間発表のことで、ひまりを傷つけてしまったばかりだ。俺がひまりを守れているのだろうかと心配になる。
「あ、そうだ!」
きらりが突然、明るい声で言った。
「実は、今はわたしの方が危険な目に遭ってるんだ」
「危険な目?」
「そ。ストーカーになっちゃったファンがいて、この会場でイベントする時は絶対参加してるから、多分今日も来てる」
「それは、危険な状態だな」
「ねー?まぁ慣れてるけど」
命の危険がある状態だと思ったが、きらりは世間話のように軽く話している。
今もマネージャーをつけないで一人で会場の近くにいて、危機感が欠けているように見えた。
(それとも、本当に自分なら大丈夫だと思ってるのか……?)
俺が考えていると、きらりは俺の額に人差し指を突き付ける。
「今日、君がわたしのこと守ってくれたら、ひまちゃんの過去のこと、教えてあげる」
「取引か」
「うーん?それよりも、君がどれくらい使えるか、試してみたいんだ」
「使える?」
アイドルのきらりにしては、冷静な言葉だった。
きらりは笑顔のまま頷く。
「そう。だって、役に立たない人に教えたって、ひまちゃんのためにならないでしょ」
「確かにそうだな」
「うん、ひまちゃんを守ってほしいのは、本当だし」
きらりの目が、一瞬だけ鋭く光る。
その真剣な瞳を見て、俺はきらりの取引に乗ることにした。
「……わかった」
「よろしくね!嘘つきの騎士様」
きらりは嬉しそうに言って、チョコレートの箱を俺に渡した。
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会場に戻ってきらりと別れる。
同じバイトたちはどこに行ったのだろうと探していると、先にバイトリーダーに見つかってしまった。
「おい、お前!そこで何してるんだ!?」
「すいません。荷物運びを手伝えって設営業者に言われて、会場の中に入ってました」
「何だと……?どこの業者だ?」
バイトリーダーに尋ねられて、俺は適当に近くにいた作業着のスタッフを指差した。
バイトリーダーは文句を言うために走っていく。申し訳ないと思うけれど、Re⭐︎LuMiNaのきらりに連れ回されたと白状しても仕方ない。
もうこのバイトは辞めよう、と俺はシャツと帽子を脱いで会場の隅に隠した。
一般客に戻って会場内を歩いていると、室内のステージでRe⭐︎LuMiNaのライブが始まるとアナウンスが入った。
屋外の大きなステージではなく、中規模の室内会場。観客席は200人程度が入る広さで、外の客が一斉に中に押し寄せてくる。
(外の会場の方が、たくさんの客が見れるのに……)
俺は少し違和感を覚えた。
きらりや麗奈のような人気メンバーがいるのに、なぜ大きなステージじゃないのか。
しかし、四方から見ることができる外のステージと違って観客席は正面だけだから、警戒すべきポイントも少なくなる。
観客席の前方には警備スタッフが並んでいるし、興奮した客がステージに登ってくることはないだろう。
ライブが始まり、Re⭐︎LuMiNaのメンバーがステージに登場した。
きらりは満面の笑みで手を振る。ストーカーに怯える様子は全くない。
麗奈は安定した歌声で、ゆめはファンサービスに夢中になっている。RINは相変わらず無表情のまま、完璧なダンスを披露していた。
そして、ひまりはちゃんと笑顔を作っていて、ダンスも歌も前よりも上達していた。
最近、放課後に練習ができなかったから、ひまりの姿を見るのは久しぶりな気がする。
(なんだか、ひまりと遠いな……)
ひまりは、観客席を全て見ていて、全員と目を合わせようとしているようだった。
しかし、俺は観客席の後方で意識して気配を消しているから、ステージから俺に気づくことはないだろう。
(RINの方は、相変わらずだな)
RINは無表情で笑顔一つ見せないが、ダンスのレベルは高い。
一人だけアクロバティックな振りを入れられているが、楽々こなしていた。グループの中で目立っているから、ファンから注目されるのもわかる気がする。
そして、実際のところ、三桁のRINの実力がどの程度なのか気になる。
俺はきらりのストーカーを探すついでに、隠していた気配を一瞬だけ元に戻してみた。
その瞬間、RINがステージ上で動きを止める。
すぐに俺の方に視線を向けたが、観客の中にいることはわかっても俺個人を特定はできていない。
(気づいたか……150なら三桁でも上位だし、そのくらいはできるか)
そして、肝心のきらりのストーカーの方は、全くわからない。
全員がRe⭐︎LuMiNaのパフォーマンスに夢中になっている。きらりのストーカーも、元がファンなら今は敵意よりもライブを楽しんでいるだろう。
(ライブが終わってから考えるか……)
俺は今は諦めて、一観客に戻ることにした。




