#37 ステージ裏にて、殺気・恋心・その他予想外の出会いの件
週末。
アイドルグループが一堂に会して開催されるフェス会場は、屋内のライブ会場と外の広場に設置された複数の会場がある。
10組以上のアイドルが出演する中で、Re⭐︎LuMiNaは人気上位のグループだった。
しかし、それは主にきらりや麗奈のような目立つ活動が多いメンバーがいるからで、グループとしては他の弱小アイドルと同レベル。
他のグループと同じように大部屋の控え室で準備をしていた。
(類くん……来てくれるかな……?)
出演の順番を確認しながら、ひまりは別のことを考えていた。
類は人気投票中間発表の後から数日、
ひまりは放課後に仕事が入って、類と練習ができなかった。
教室でアイドル活動の話はできないから、類が何を考えているのか確かめることができない。
(……4位で満足したらダメだった。類くんに教えてもらってるんだから1位を狙わないと)
4位になったことを喜んでいたのは、素直に嬉しい気持ちと、同じくらい自己保身の気持ちがあった。
最終発表が4位のまま終わっても、あるいは5位に落ちて終わっても、やっぱり自分はこの程度だった、と納得する準備をしていた。
それを類に見透かされたような気がして、ひまりは余計にショックを受けた。
(素直にもっと頑張るって言えば、一緒に喜べたかな……)
「ひまちゃん、大丈夫?」
「え?!う、うん……」
きらりに後ろから声をかけられて、ひまりは慌てて笑顔を作って振り返った。
「うん!大丈夫だよ」
だが、きらりにはお見通しだった。
ひまりの額を人差し指でつつく。
「嘘。さっきから、ずっと難しい顔してるよ。眉間にしーわー」
「うう……ごめん」
ひまりは小さく謝った。
周りにはライバルとも言える他のアイドルグループたち。
その中でメンバーが落ち込んでいると、グループの士気に関わる。
「謝らなくていいよ。何かあったの?」
きらりが優しく尋ねる。
ひまりが何と言おうか迷っていると、きらりはすぐに気づいた。
「人気投票のこと?」
「……うん」
言い当てられて、ひまりは観念して頷いた。
本当は、同じ人気投票で競っていてしかも1位のきらりにする相談ではない、と考えながら、きらりの優しさに甘えてしまう。
「類く……そのっ、わたしを応援してくれてる人がいて、わたしが4位なのは悔しいって言ってくれたの」
「え、それって嬉しいことじゃん!」
きらりが不思議そうに首を傾げる。
「うん、嬉しかった。でも……わたし、4位で満足してるって言っちゃって……」
ひまりは泣きそうになって俯いた。
きらりが続きを待ってくれていて、ひまりは涙を堪えてから続ける。
「わたし、そんな風に言われたの初めてだったから、嬉しかったんだけど……どうしたらいいんだろうって……」
「そうなんだ……」
きらりは静かに言って、ひまりの肩に手を置く。
「その人、前に言ってたひまちゃんが好きな人?」
「う…………うん」
きらりに隠し事はできない、とひまりは顔を真っ赤にして小さく頷いた。
「わかる。好きな人にそう言われたら、どうしようもなくなるよね」
きらりがニヤニヤしながら言った。
「き、きらり……」
「ひまちゃんは、いつも通り頑張ればいいんだよ」
「いつも通りで、いいのかな……?」
「そう!当然じゃん。だって、その人はいつものひまちゃんを見て、応援するって決めてくれたんだから!」
「うん……」
ひまりは、きらりの言葉を理解しながら俯いてしまった。
(でも、わたし、類くんにいっぱいしてもらったのに何も返せてない……)
ダンスを教えてくれて、いつも応援してくれている。
なのに、ひまり自身が4位で満足していると言ってしまった。
(類くん、がっかりしたかな……)
そう思うと、胸が苦しくなって顔が上げられない。
しかし、きらりはひまりの頬を両手で包んで顔を上げさせた。
「大丈夫。ひまちゃん、最近すっごく成長してるよ、本当に」
そう言ったきらりの瞳が鋭く光る。
きらりが真実を言っている、と気づいてひまりは頷いた。
「うん……」
「今日のステージ、全力でやろう。その人に、ひまちゃんの頑張りを見せてあげなきゃ!」
きらりが元の笑顔に戻って言う。
ひまりは少し元気を取り戻した。
「うん!ありがとう、きらり」
「どういたしまして!っていっても、まだ出番は先だし、そんなに気を張ってもしょうがないよ。わたし、コンビニ行ってくる!」
「え?一人で大丈夫?」
「まだ衣装も着てないし、バレないって!ひまちゃんも休憩してなよ!」
きらりは帽子を被って控室を飛び出していく。
ひまりも、安心したせいでお腹が空いてきていた。
廊下に各グループが持ち寄ったお菓子が並んでいて、出演者が自由に食べていいことになっている。
何かもらって控室で食べて休憩しよう、とひまりは廊下を歩いていた。
「ひまり」
後ろから呼びかけられて、振り向くとRINが立っていた。
「燐ちゃん、一緒にお菓子食べない?」
「大丈夫?」
RINが無表情のまま尋ねる。
RINにまで自分が落ち込んでいることがバレていたのか、とひまりは恥ずかしい気分になった。
内心を隠すように拳を握って大げさに元気よく答える。
「うん!もう大丈夫。きらりが励ましてくれたから」
「そう」
RINはこくりと首を動かして頷く。
やっぱりRINちゃんはいい子だ、とひまりは考えた。
アイドル歴半年なのに、不甲斐ない先輩の自分を優しく見守っていてくれる。
だからこそ、類とRINがすれ違っていることが残念だった。
自分が間に入って誤解が解けるなら、とひまりは勇気を出してRINに尋ねた。
「あのね、燐ちゃん。この前の文化祭、兎山くんって人に会った?」
ひまりがその名前を出した瞬間、RINの空気が変わった。
無表情は変わらなかったが、周囲の空気を一瞬で凍り付かせるような感覚。
始めて直面したひまりでも、分かるくらいの強烈な感覚だった。
「兎山類が、何?」
RINの声が、一瞬だけ震えた。
怒りか、それとも恐怖か。ひまりには判断がつかなかった。
「……燐ちゃん?」
ひまりが不安になって呼びかけると、RINは一つ呼吸をしていつもの雰囲気に戻った。
「ひまり、気をつけて」
「え?何に?」
「61は危険」
「……61?」
ひまりは尋ねたが、RINは答えない。
黙ったままひまりに背を向けて、廊下の角に消えていった。
ーーー
ライブ会場の裏口。
俺は、スタッフに混じって通路を歩いていた。
フェス会場は広くて、日雇いのアルバイトスタッフが大勢いる。
屋外の誘導スタッフは揃いのTシャツとキャップを被っている。
天音から聞いた情報の通りだ。潜入するのは簡単だった。
(控室のRINの様子が見たいな……)
どこかでバックヤードに入れないかと考えながら、バイトリーダーの説明を聞き流す。
その時――
ゾクリと背筋が凍る感覚があった。
(殺気……)
このあからさまな殺気は三桁のもの。おそらくRINのものだ。
怯えることはない。むしろ、隠す気がない明け透けな殺気に、これだから三桁はと呆れてしまうところだ。
まだ俺の存在は気づかれていないはず。
俺は呼吸を整えて、自分の気配を消す。
組織で訓練された技術や感覚を無意識下にまで隠して、普通の人間になりきる。
自分の存在感を薄めて、能力を低くする。
周囲の気配を察する力も落ちるが、RINが相手なら心配することはないだろう。
(ただ……顔を見られたらひまりには気づかれるな……)
俺はキャップのつばを下げて顔が見えないようにする。
バイトリーダーの説明が終わったようで、まとまって移動が始まった。
俺も列の中ほどに入って目立たないように進む。
しかし、突然横から伸びてきた手が俺の腕を掴んだ。
「君、何してるの?」
よく通る明るい声。
そのまま腕に引かれて、俺は横道に連れ込まれた。
「外列整理のために、移動中ですけど」
「違うよ。だって君、イケメンで有名な、ひまちゃん推しの子じゃん」
俺がキャップを少し上げて相手を確認すると、相手も深く被っていた帽子を少し上げる。
Re⭐︎LuMiNaの絶対的センター、赤色担当、きらりだ。
「……」
俺はきらりの顔を知っている。
ステージで何度も見たし、ひまりと話していた電話越しの声も知っている。
だが、きらりの方は俺を知らないはずだ。
ステージから俺を見たことがあったとしても、今の俺はキャップで顔を隠していた。
そして、意識して気配を隠していたのに、大勢のバイトの中から迷わず俺を見つけた。
(……この子、何者だ?)
俺は、久々に背筋が凍る感覚を覚えた。
単なるアイドルだと思っていた。RINがいるせいできらりはノーマークだったが、ただのアイドルじゃない。
しかし、まだ確信は持てなかった。
「ちょうどいいや。暇ならコンビニについてきてよ!」
「いえ、バイト中です」
「嘘だー全然説明聞いてなかったじゃん!」
きらりは有無を言わさず、俺の腕を引いて会場の出口に向かう。
俺は一応傍から見ていればそれなりに真面目なバイトに見えるように、金に困った大学生を装っていたつもりだ。
きらりが只者じゃないのか、俺の演技力が思っているよりもお粗末なのか。
俺は諦めてキャップを取り、きらりに引き摺られていった。




