#31 メイドとアイドルの両立が、思ったより命がけだった件
今日は、Re⭐︎LuMiNaのレッスンスタジオにメンバー全員が集まっていた。
個人の仕事が多いリーダーのきらりや、舞台のスケジュールが詰まっている麗奈まで揃っていることは珍しい。
「はい、お疲れさま!」
マネージャーが一度手を叩いて、ちょうどレッスン終了時間になった。
「みんな、今日もよく頑張ったね!明日もよろしく!!」
きらりが笑顔で言って、ひまりはそっと手を上げようとした。
それに気付いたきらりが、あっと声を出す。
「そうだった!明日、ひまりちゃんお休みだよね?」
「はい、お休みもらいます」
「学校の文化祭だっけ?」
グループの共有スケジュールに前から登録していたから、練習は休めることになっていた。
ひまりは申し訳なく頭を下げるが、きらりは通信制の高校に通っていて文化祭は不参加だったこともあり、興味津々だった。
「文化祭って、何するの?」
「クラスで喫茶店。メイドとか執事とかいて、占いもするの」
「へー!盛りだくさんで楽しそう……!」
「まさか、ひまりはメイド服着たりしないわよね?」
「……」
麗奈に言われて、ひまりは黙った。
ひまりは自分は裏方の調理を希望したのに、無理矢理接客に回されてしまった、と言い訳したいが、麗奈がわかってくれるとは思えない。
「ひまり、アイドルの自覚が足りないわ」
「いいじゃん!ひまりは学校では隠しているんだし、学生の時しか経験できないことは楽しまなきゃ」
きらりが明るく言うと、麗奈はそれ以上言えずに仕方なく黙った。
「きらり、ありがとう……!」
ひまりがほっとして言うと、スマホを見ていたゆめが呟く。
「ならさ、写真撮って来てよ。SNSに載せたらグループも文化祭も宣伝できていいじゃん」
「だから、ひまりは学校では隠してるの。それに、通ってる学校がバレたら困るでしょ」
勝手なことを言うゆめに、麗奈が注意をした。
きらりが目くばせをして、その隙に荷物をまとめてひまりはレッスン室の出口に向かう。
「それじゃあ、明日はごめんなさい。お疲れ様でした!」
レッスン室を出て廊下を曲がると、燐が廊下でスマホを見つめていた。
レッスンが終わってさっさと帰る準備をしていたらしい。
「燐ちゃん、お疲れ様。わたし、明日お休みもらうね」
ひまりが言うと、燐は小さく頷いた。
ひまりは言うべきか迷ったが、燐はなぜかひまりの言う事は素直に聞いてくれることが多い。
これから困らないように先に注意しておこう、とひまりは口を開いた。
「あの……燐ちゃん」
「何?」
「この前のお話会で……ファンの人にちょっとキツいこと、言ったでしょ?」
燐がこてんと首を傾げた。
「あれはファンじゃない」
「燐ちゃん、お話し会に参加してくれる人は、全員わたし達を応援してくれる人だよ。どんな人でも全員ファンだと思って、大切にしないと」
「……わかった」
燐はこくり、と頷いた。
しかし、燐は理由もなく人を怒らせるようなことを言う子ではない。
燐が類に「調子に乗らないで」と言ったのには、彼女なりの理由があったはずだ。
「燐ちゃん、あのね……」
ひまりは少し迷った。
類は言わなくていい、と言っていたが、誤解は解いておいた方がいいだろうと考えてひまりは続けた。
「内緒だけど。あの人、私の同級生なの」
「……」
「悪い人じゃないよ。すごく優しいし、真面目だし……わたしにダンスを教えてくれて、わたしたちの仕事のこと、よく理解してくれてる」
「……」
「だから、燐ちゃん。もしかしたら、何か誤解してるのかもしれない」
燐は、今度は何も答えずに頷きもしなかった。
空気が重くなったことに気づいて、ひまりはあえて明るい声を出した。
「そうだ。燐ちゃん、もし良かったらわたしの学校の文化祭、来ない?」
「文化祭?」
「明日からの週末、学校で文化祭やるの。燐ちゃんも来てくれたら嬉しいな」
「文化祭って、何?」
「学校の、お祭りみたいな……?」
ひまりが説明しても、燐は首を傾げていた。
どうやら文化祭を知らないらしい、とひまりは理解する。
きらりのような通信制の学校に通っていたり、高校に通っていない子は知らないこともあるだろう。
「あ、その人に会って謝れっていうんじゃないの!ただ遊びに来るだけ。これからのお仕事に役立つかもしれないから、よかったら来てね」
燐はしばらく黙っていた。
それから、小さく呟いた。
「……わかった」
「ありがとう、燐ちゃん!来れたら連絡して!じゃあね」
「……うん」
もし燐が来てくれたら類に会えるといい、とひまりは考えた。
(類くん、怒ってなかったけど、ちゃんと誤解は解いておきたいな……類くんに燐ちゃんも応援してほしいもん)
そんな大らかな気持ちになれるのは、類が最推しはひまりで推し変はしない、と約束してくれたからだ。
ひまりはにやけそうになるのを堪えてレッスンスタジオを出た。
燐は、ひまりの背中を見送って、小さく呟く。
「……嘘だ」
その声は、誰にも聞こえなかった。
ーー
文化祭当日。
俺はいつもの時間に登校したが、いつもと違って生徒が集まって、既に開店の準備が進んでいた。
「兎山くん、これ!」
鬼火が俺のもとに駆け寄ってきて、黒い布の塊を差し出して来る。
美術準備室から持って来た暗幕の残りかと思ったが、広げるとフード付きのマントのような形に縫われていた。
「……なんだ、これ」
「占いではこれを着てろって、春藤が言ってた」
「どうして?」
「顔が見えない方が雰囲気が出るって」
鬼火が勝手に俺にマントを着せて、フードを被せる。
深く被ると、ほとんど顔が見えなくなっていた。
「それで、客と揉めた時は顔を見せて、そのイケメン具合で黙らせろって。できそう?」
「できないこともない」
「……なんで揉めること前提なんだよ」
周が春藤に言ったが、春藤は無視をする。
「さ!準備して!始まる前に広報班は校門に行ってね!!」
春藤がそう言って、生徒たちは持ち場に移動して行った。
文化祭が始まると、校内は一気に賑やかになる。
クラスの喫茶店は、開店直後から行列ができていた。
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
メイド服を着た女子たちが、元気よく客を迎える。
その中に、ひまりもいた。
「い、いらっしゃいませ……」
ひまりは緊張した様子で接客をしている。時々お盆をひっくり返しているのも見る。
しかし、そういう形式美があるらしく、客たちの人気を集めていた。
「あの子、めっちゃ可愛くない?」
「眼鏡のドジっ子メイドとか完璧すぎ」
「天然記念物として国で保護すべき」
といった声が聞こえて来て、よくわからないが好評だった。
俺は、その姿を遠くから見守りつつ、喫茶店の一角に設置した占いコーナーにいた。
午前中の早い時間は客が来ないだろうと、俺はスマホでRe⭐︎LuMiNaのことを調べてた。
赤担当、リーダーのきらりは隙が無い。
明るい性格でスキャンダルもなく、アイドルの理想のような存在だ。
青担当、麗奈はアイドルと舞台の仕事が重なった時、舞台の方を優先することが多い。
事務所も理解しているが、アイドル活動を踏み台にしているとRe⭐︎LuMiNaのファンから嫌われていることもある。
ピンク担当、ゆめ。
小柄で可愛い姿をしていて、一番アイドルらしい守りたくなるような姿をしている。
しかし、実は物事をはっきり言うタイプで、その気の強さと見た目のギャップが受けているが、ファンが一転してアンチになることもある。
作戦を練っていると占いコーナーの扉が開いた。
「お兄ちゃん!占って!」
飛び込んで来てそのまま椅子に座ったのは天音だった。
制服ではなく、白いジャケットにパンツ、腰に剣を持っていて、髪はまとめて短髪のように見えていた。
「なんだ、その格好」
「演劇で王子様役やるの!」
「そうか」
「お兄ちゃんと学校で会えて嬉しいよ!ね、占って!」
天音が掌を俺に向けて来た。
手相占いか、と俺は天音の手を握って、手の甲側の親指の付け根を押す。
「お兄ちゃん、これ何?」
「合谷」
「合谷?」
「頭痛、肩こり、ストレス……幅広い効果がある」
「やったー!これで演劇も頑張れるよ!ありがとう!でもこれ、占いじゃなくてツボ押しだよ!」
そんなことよりも、と天音が俺に顔を近づけて耳元で囁く。
「強羅先輩、めちゃくちゃ可愛いよね!お兄ちゃんもそう思う?!」
「思う」
俺は天音の魚際を押しながら答えた。
親指の付け根あたり。手の使い過ぎや呼吸器に効果があると言われている。
「だよね!!正直、1番似合ってるよ!!でも、なんか、アイドルで見たことあるような気がするんだよね……」
天音が首を傾げる。
「……気のせいだろ」
中衝。中指の爪の辺り。記憶力が上がるツボだ。
天音が記憶を忘れるように、俺は押さずに逆に引っ張った。効果があるのかは知らない。
「そうかなぁ……でも、本当に可愛かった!さすがお兄ちゃんの彼女だよね!それじゃ!」
天音はそう言って、また走り去って行った。
今のひまりはアイドル活動中と違って眼鏡をかけているが、天音のように勘が良い人間には気付かれる可能性がある。
(ひまり……バレるなよ)
俺は、少し不安になった。




