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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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31/55

#30 執事とメイドの試着がまさかの恋の転換点になった件

「着た」


 俺が別室から戻ると、鬼火が待ち構えていた。


「そのまま動かないで」


 鬼火に言われて、その場で動きを止めた。

 執事服を着た俺を鬼火が上から下まで眺めて、俺の足元に座る。


「裾が長いか……目印つけるからそのままでいて」

「普通よりも俺の足が短いのか?」


 尋ねると、鬼火は呆れた顔をした。


「裾上げが前提で作られてるの。繊細な奴だなぁ……肩とか腕は?」

「普通」

「うーん……他の人が着るなら、もうちょっと緩い方がいいかな……」


 鬼火は手際よくまち針を付けていた。

 建築だけでなく裁縫までできるのか、と感心してしまう。美術部は何でもできる集団なのかもしれない。

 ひまりの方はどうだろうと動かないまま占いコーナーの方を見ると、ブースからひまりと春藤の声が聞こえた。

 あの狭い中に2人入って着替えをしているようだ。


「は、春藤さん……自分で着れるから……」

「甘い!もっと服を生かした着方をしないと!体を服に合わせるの!」

「ま、待って!変なところ触ってる!」

「わかった!直接着よう!」

「ぬ……脱がせないで……!だめー!」


 ひまりの悲鳴が上がる。

 2人が暴れるから、段ボール製の占いコーナーがグラングランと揺れている。


「試着室が大変なことになってる」


 俺が言うと、鬼火は作業を止めて振り返った。


「試着室じゃないっての。春藤!壊すな!!」


 鬼火の怒号で一旦占いコーナーがぴたりと止まった。

 そして、ぺいっとひまりが放り出される。


「うわぁっ……め、眼鏡、返して……!」


 ひまりは例の如く眼鏡を春藤に取り上げられてフラフラしていた。

 そのまま俺の方に倒れて来たひまりを、俺は胸で抱き止める。


「あ……ありがとう、類く……」


 ひまりは礼を言ったが、俺を見上げてその言葉が途中で止まる。


「る、類くんが、執事になってる……!!!」


 ひまりの目が大きく見開かれた。

 顔が赤くなっているが、いつもの照れる様子とは違って興奮しているようだ。


「しゃ…っ、写真!写真!!撮ってもイイデスカ?!」

「もー……兎山くんは本番で着ないから。特別、ね」


 何故か春藤が俺に代わって許可を出す。

 ひまりは春藤から眼鏡を受け取り、スマホを構えて俺の方に向けた。

 嫌だ、と言おうとしたが、やけに腰が入った本格的な姿勢で撮り始めるから、止めるタイミングを逃してしまった。


「目線、目線こっちにください!」

「……」

「ポーズお願いします!手を上にして、自然な感じで!」


 パシャシャシャシャシャシャ……と連写するシャッター音が響く。

 春藤と鬼火が「強羅さんって結構大きい声出すね」とこそこそ話しているのが聞こえた。

 ひまりはアイドルだから撮られるのに慣れているのかと思っていたが、撮る方も慣れているらしい。

 しばらくしてシャッター音が止まり、ひまりはキラキラした目でフォルダの写真を確認する。


「うわぁ……宝物にする……全部印刷しようかな……」

「……満足したか?」

「う、うん。あ、待って!あと、握手!握手してください!」

「なんで?」

「記念に……だめ、かな?」


 ひまりが両手を差し出す。その手は、少し震えていた。

 なんの記念なんだ、と思いつつも、俺はひまりに手を差し出した。

 ひまりは小さな両手で包むように俺の手を握って、体温が移る前に手を離す。


「あぁ……この手、一生洗わない……」

「洗え」

「ねー?もう終わった?」


 俺とひまりを眺めて待っていた春藤と鬼火が尋ねてきた。


「あ、はい!」


 ひまりが言うと、春藤と鬼火は2人がかりでひまりの服を調整する。

 ひまりは、いつもの地味な雰囲気とは全く違って見えた。

 フリルのついたエプロン、膝をちょうど隠すくらいの丈の大きく膨らんだスカート、白いニーソックス。

 メイド服の白と黒が肌の白さを際立たせていて、ポニーテールにした黒髪に白いヘッドドレスが映えている。

 俺の写真を撮るために眼鏡を付けていて、メイクをしていないからアイドル衣装とは違ったが、いつもの顔でも充分だった。


「ひまり、似合ってる」


 俺はひまりを見て素直にそう言った。


「え……」

「可愛いと思う」


 そう言って、ひまりが答える前に俺はスマホを構えた。

 先程散々撮られたから、俺もシャッターを切る。


「ちょ、ちょっと類くん!撮らないで……!」

「強羅さん、動かないで。スカートの長さ調整してるの!」

「針刺さるよ!危ないから!」

「うぅ……」

「笑顔」


 俺が言うと、ひまりはぎこちない笑顔になった。


「可愛い」


 先程のお返しのつもりで俺が言うと、ひまりは顔が真っ赤になる。

 それでも、アイドルでステージに立っている時のような笑顔を見せた。

 さすが、プロだ。


 しばらくして、春藤と鬼火はひまりから離れる。


「よし!強羅さん、脱いで!次の服に着替えるよ!」

「え?ま、まだあるの?」

「当然!女子は5、6種類あるから。あ、男子はそれだけだから、兎山くんは着替えたら帰っていいよ」

「えー……類くん、それだけなんだ……」


 ひまりの声に、明らかな落胆が混じっていた。

 俺が先に帰ることではなく、衣装が1種類しかないことに対してだ。

 ひまりはこれから何度も着替えるなら、男子はいない方が楽だろう。

 俺がいても手伝えることはないし、さっさと帰ろう。

 しかし、これからひまりが色々な制服を着るのに、何か惜しい気がする。


「兎山くん、強羅さんの写真は後で送ってあげるから」

「わかった」


 俺は頷いた。


「えぇ?!ど、どういうこと?!類くん!」


 ひまりが小さく声を出すが、俺はそれを聞かないふりをして教室を出た。


 ーー


 衣装を着替えて、動かないで春藤と鬼火に囲まれるということを繰り返しながら、ひまりは考えていた。


(類くんに、可愛いって言ってもらっちゃった……)


 類の言葉にはいつも通り感情が篭っていなかったから、本心は何を考えていたのかわからない。

 しかし、類から直接言われた言葉はひまりの心にじわじわと浸透していた。


(そうだ、わたしは、アイドルなんだから。応援してくれるファンがいるんだから、少なくともわたし自身は、自分が可愛いって自信を持たないと……)


 ひまりは少し考える。

 そして「よし!」と気合いを入れた。


 演劇部の衣装倉庫では、周は一人で着ぐるみを着て遊んでいた。

 クラスの喫茶店で使う衣装は届いてすぐに春藤と鬼火が持って行ったが、ついでに届いた着ぐるみは残されている。

 商店街のお祭りやショッピングモールにいるクオリティに若干不安がある着ぐるみが好きな周は、自分が着てなり切って楽しんでいた。

 ピンクのウサギの着ぐるみを着て、鏡の前で確認する。


「身長はギリかなぁ……動くのには問題ないか……」


 文化祭でも着るか、と考えていると、倉庫のドアが勢いよく開いた。


「周くん!ちょっと聞いて」

「あ、衣装合わせ終わった?」


 ひまりはそれには答えず、周の前の椅子に座った。

 倉庫までの道案内で付いてきた鬼火も、ひまりが何を話すのかと横に座り、周はピンクのウサギのまま同じように椅子に座った。


「類くんがたくさん女子に話しかけられちゃうのは、わたしみたいな地味女が類くんと話してるから。『あいつが話せるなら自分なら付き合える』って思う女子が増えているからなの」

「確かに、それはあるなぁ……最近、兎山くんのストーカーみたいなのもいるし、多分困ってるよ」


 ひまりの言葉に、鬼火が頷く。


「わたしのせいで、類くんがお手頃な人間だと思われてる。もしも類くんを狙うのが学校一の美女だったら、類くんに話しかけたりしないはず」

「まぁね。そんな男子、恐れ多くて手が出せないよ」

「ふーん……女子って大変なんだなぁ」


 周が呑気に言って頷くと、長いピンクの耳が揺れる。

 ひまりは周に厳しい目を向けた。


「周くん、今、真面目な話してるの」

「俺が真面目にウサギになってるところに、ひまりちゃんが来たんだろ」


 周はそう言って、ウサギの頭を外した。


「それで?ひまりちゃんが学校一の美女になるってこと?」

「その通り。わたし、これに出ます!」


 周は冗談のつもりで言ったのに、ひまりが真剣にうなづく。

 そして、チラシを1枚取り出して、周と鬼火の前に掲げた。

 文化祭の最後に開催されるミスコンの応募用紙。


「わたし、本気出す。すごく可愛くなって正体を隠して出場する。それで、類くんが『好き』って言うの。そんな可愛い子が類くんを狙ってるなら無理だって、みんなに思わせる」


 ひまりの目は、本気だった。

 周と鬼火はその作戦を聞いて納得しつつ、それぞれの疑問を口にした。


「まぁ……それはいいけど、強羅さんと兎山くんが付き合えば解決するんじゃないの?」

「……それは……そうだけど……」

「そうそう、正体を隠さなくていいじゃん。ミスコンで公開告白して、そのまま付き合えばいいのに」

「そ、それができたら……」


 自分はアイドルだから、誰かと付き合うことはできない。

 だから、ミスコンでは謎の女として登場して、告白はしないまま消えなくてはならない。

 アイドル活動を隠しているひまりはそう説明することができず、言葉に詰まった。


「ひまりちゃんも類も、お互い好きなのに。今の関係が変わるのが怖いかもしれないけど、付き合ってみたら案外上手くいくかもよ」


 周は珍しく真面目に言ったが、ひまりと鬼火は周をじろりと睨んだ。


「それ、周くんには言われたくない……」

「それはマジでそう」

「え!?何で?!俺、今、良いこと言ったよね!?」


 女子2人に突然責められて、周は慌てて言う。


「強羅さん、頑張って!よくわかんないけど、協力するよ!」

「鬼火さん……ありがとう!」


 周の前でひまりと鬼火の友情がまた一つ深まり、置いてけぼりにされた周は納得いかずに項垂れた。

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