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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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3/55

#2 隣の席の地味女子、昨日のアイドルと声が同じなんですけど?

 朝の教室。

 いつも通り俺は早めに登校していた。


 理由は簡単。

 人が多い場所が、あまり得意じゃないからだ。

 高校になっても、静かな朝だけは俺の安らぎの時間。


 窓際の席に座り、外を眺める。

 昨日のライブを思い出していた。


(……あの子、大丈夫だったかな)


 泣いていた彼女の顔が、ぼんやりと頭に浮かぶ。

 俺は首を振って、思考を切り替えた。


「……おっはよーっ、類!」


 そんな静寂を、元気よくぶち壊す声が響く。

 顔を上げると、クラスのムードメーカー伊波周がいた。


 チャラい笑顔。

 寝ぐせ全開。

 遅刻ギリギリの常習犯。


「お前、また髪立ってる」

「細けぇ! 朝の五分は睡眠に費やすタイプなんだよ、俺は」

「で、遅刻ギリギリに走ってきて、結果汗だくで五分損してるわけだ」

「そう! ……って、あれ? 俺なんか論破された!?」


 俺が数少ない「まともに会話できる相手」と認識している男だ。

 なぜか懐かれている。理由は不明。


 たぶん、出席番号が近いからだ。

「伊波」と「兎山」。あいうえお順で隣になる。

 それだけの理由で、周は俺を親友だと思っているらしい。


「そういや類、昨日なにか用事あった? LINEしたのに既読無視しただろ?」

「……妹の付き添いで」

「へぇ、デート?」

「妹だって言ってるだろ」

「だって、あの可愛い中学生だろ」

「やめろ。妹を”可愛い”って言う奴に碌なのいない」


 周が笑いながら椅子の上で振り返り、俺の机に顎を乗せる。


「ははっ、やっぱお前怖ぇな。顔は無表情なのに声のトーンだけ本気なんだもん。で?何の付き添い?」

「ライブ」

「ライブ!?お前が!?何の⁈」


 大袈裟に机から転げ落ちそうになる周。

 周囲の数人も「マジ?」みたいな顔をしてこちらを見る。


(あんまり目立ちたくないのに……こいつ、いつもうるさいな……)


「アイドルの。妹が好きで」

「アイドルって、どのグループ!?」

「Re⭐︎LuMiNa」

「まって、あの地下アイドルで人気のやつ!? やっべ、俺も行きてぇー!今度誘ってくれよ!」

「いや、次はない」


 俺には、昨日の熱気がまだ理解できない。

 あれは戦場だった。音と光と狂気の坩堝るつぼだ。


「つーか類がアイドルのライブ行くとか意外すぎ。どうだった?」

「……騒がしかった」

「そりゃそうだろ!感想それだけ!?」


 周が笑う。

 俺は適当に相槌を打ちながら、昨日の光景を思い出していた。

 ステージ上のアイドルたち。

 その中で、一人だけ――どこか影のある少女。


 そのとき、教室のドアが静かに開いた。


「お、おはようございます……」


 落ち着いた声が響く。

 地味な眼鏡、黒髪をまとめたポニーテール、きっちりした制服。

 ――強羅ひまり。


 クラスでは”真面目でおとなしい女子”として通っている。

 声を荒げたことなど一度もない。

 いつもノートを丁寧に取り、教師の信頼も厚い。


 彼女は俺の隣の席――正確には、俺の右隣に座る。

「おはようございます」と軽く会釈して、カバンを机に置いた。


 その瞬間、ふと違和感が走る。


(……ん?)


 なんだろう。

 今の挨拶の声――どこかで聞いたような。


「ねぇ、強羅さん」

「……はい?」


 周が何気なく話しかけた。

 ひまりは少し驚いたように顔を上げる。


「Re⭐︎LuMiNaって知ってる?」

「……え?」


 一瞬、ひまりの肩がピクリと動いた。

 眼鏡の奥の瞳が、わずかに揺れる。


「ど、どうして急に?」

「いや、類がライブ行ってたって言ってたからさー。強羅さん的な女子は、そういうの知ってんのかなー?って」

「そ、そうですね……知ってはいますけど……」


 ひまりは少し視線を泳がせた。

 そして、眼鏡の位置を直す。


 その仕草を見て――俺の脳裏に、昨日の光景が蘇った。


 暗がりで泣いていた少女。

 涙を拭う仕草。


(……似てる)


 いや、似てるだけか?


「強羅さんも好きなの?アイドル」

「あ、いえ……そこまで詳しくは……」

「そっかー。でも知ってるんだ?」

「は、はい……噂程度には……」


 ひまりの声が、わずかに上ずっている。

 周は気づいていないようだが、俺の観察眼はその変化を見逃さなかった。


(……動揺してる)


 なぜだ?

 普通、アイドルの話題でここまで動揺するだろうか。


「そっか! じゃあ今度、類と一緒にライブ行こうぜ! 強羅さんも興味あるなら――」

「おい周」


 俺は周の言葉を遮った。


「お前、強羅に迷惑かけるな」

「え、なんで?」

「朝から声がでかい」

「いいじゃん!俺が元気な証拠だろ!」

「知らん」


 周は「え〜」と不満そうな顔をする。

 ひまりは少しほっとしたような表情を浮かべた。


「ありがとう。兎山さん」


 その声を聞いて――俺は再び、違和感を覚えた。


(……この声)


 昨日、ライブ会場の裏で聞いた――あの、泣き声。

 そして「ありがとう」と言ったあの声。


 似ている。

 いや、似てるだけなのか?


 眼鏡越しの彼女は、まるで別人のように控えめで、アイドルのような派手さは一切ない。

 髪型も違う。昨日はツインテールだったが、今日はポニーテール。

 メイクもしていない。


(……まさか、な)


 俺は首を振って、思考を切り替えた。

 ありえない。

 昨日の彼女がこんな地味キャラなはずが――


「類、お前今日ボーッとしてない?」

「寝不足」

「あー、ライブで疲れたんだ?やっぱ楽しかったんだろ?」

「まぁ、少しは」


 俺は適当に返事をしながら、隣のひまりをちらりと見た。

 彼女は俯いたまま、ノートを開いている。


 その横顔――どこか、昨日のステージで見た少女と重なる気がした。


(……気のせいか)


 俺は外に視線を戻した。


 そんなことを考えていると――


 チャイムが鳴り、ホームルームが始まった。


 担任の教師が入ってきて、出席を取る。

「伊波」「はーい」

「兎山」「はい」

「強羅」「…….はい」


 ひまりの返事の声を聞いて――俺はまた、昨日の声を思い出した。


(……やっぱり、似てる)


 だが、確証はない。

 暗殺者時代に培った観察眼でも、声だけで同一人物だと断定するのは難しい。


(……もう少し、観察が必要か)


 俺はそう結論づけた。


 そして、授業中もときどき――隣の席のひまりを、さりげなく観察していた。


 ノートを取る仕草。

 教師の話を聞く姿勢。

 ペンを持つ手。


 すべてが、“普通の真面目な女子高生”そのものだった。


 だが――


 ふとした瞬間、彼女が小さくため息をつく。

 その表情は、どこか疲れているようで――

 昨日、ステージ上で見た”限界のサイン”と、似ていた。


(……やっぱり、気になる)


 俺は心の中で呟いた。


 この”疑い”が”確信”に変わる瞬間は、すぐそこまで迫っていた。

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