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元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている。  作者: 甘酢ニノ


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#28 元暗殺者の休日が、推し活に侵食され始めた件

 休日の朝。

 目が覚めると、いつもより遅い時間だった。


 時計を見ると午前9時を回っている。

 組織にいた頃には考えられない時間だ。あの頃は夜明け前に叩き起こされることも多かった。

 任務の準備、体力訓練、武器の手入れ――24時間が常に緊張と共にあった。

 だが今は、ただの高校生。寝坊したところで命の危険はない。


 俺は起き上がって、リビングに向かった。

 休みの日はいつも昼まで寝ている天音が、珍しく先に起きてソファでスマホを見ていた。

 画面には見覚えのある緑色の衣装を着たアイドルが映っている。


「あ、お兄ちゃん、お寝坊さんだ」


 天音がにやにやと笑いながら顔を上げる。


「珍しいー。お兄ちゃんがこんな時間まで寝てるなんて」

「そうね。お兄ちゃん、疲れてるの?」


 母が心配そうに声をかけてきた。

 キッチンからコーヒーの香りが漂ってくる。いつもの朝の光景だ。


「別に」

「文化祭の準備?」

「……そう」


 体力的には問題ない。暗殺者時代に培った体力は、高校生活程度の活動では消耗しない。

 夜通し走り続けることも、何日も眠らずに標的を追い続けることもできた。

 だが――ニコニコしながらクラスメイトと話すこと、相手の機嫌を損ねないように言葉を選ぶこと、適度に笑顔を作って場を和ませること。

 それが、想像以上に大変だった。

 人を殺すための技術は学んだが、人と仲良くするための技術は学んでいない。


「お兄ちゃんのクラスも大変なんだねー間に合いそう?」

「多分」

「ふーん、まぁ無理しないでね」


 天音はそう言って、またスマホに目を戻した。

 画面を覗き込むと、Re⭐︎LuMiNaの公式サイトが表示されている。

 俺が見ていることに気づいて、天音はスマホを俺に見せた。


「Re⭐︎LuMiNa、今日、ミニライブとお話会があるんだよ!」

「そうか」

「お兄ちゃんも来る?」

「……行く」


 少し悩んで答えた。

 アイドルのライブが見たいという気分ではない。

 しかし、ひまりは文化祭で接客班になって、いつもと違う系統の生徒と朝も昼休みも放課後も準備をして、うまく付き合えている。

 それなのに、休日にはライブに出演してファンサービスまでしている。

 俺とは桁違いの体力に尊敬してしまい、見学に行くつもりだった。


 天音は俺の答えを聞いて目を丸くした。


「本当?!絶対行かないって言うと思ったのに!」

「そしたらどうするつもりだったんだ?」

「無理やり引っ張って連れてくつもりだったよ!」


 既に外出する準備ができている天音は、ソファから立ち上がる。


「うちの家族はみんなRe⭐︎LuMiNaに協力的だねー」


 天音がそう言って嬉しそうに続けた。


「お母さん経由で、お父さんにもお願いしたんだよ」

「……何を」

「Re⭐︎LuMiNaのひまりちゃんに毎日投票してください!って」

「……は?」

「お父さん、ちゃんと毎日投票してくれてるって。お母さんが言ってた」


 鴉が、ひまりに投票している。

 暗殺者だった男が、地下アイドルに投票している。

 その光景を想像して、俺は頭が痛くなった。

 あの男が、スマホを片手に10代のアイドルのアイコンをタップしている姿。

 考えるだけで現実感がない。


「お父さん、優しいよね」

「……優しいんじゃない。天音に頼まれて断れないだけだ」

「でも、ちゃんとやってくれてる。だから、お兄ちゃんも応援しようよ」


 天音がまた俺の腕を引っ張る。


「……わかってる」


 俺は仕方なく頷いた。


 ーーー


 Re⭐︎LuMiNaのミニライブ会場に到着すると、既に多くのファンが集まっていた。


 会場はビルの一角にある屋内のイベントスペースで、天井が高く、吹き抜けになっている。

 周囲はすでに人でいっぱいで、天音と俺は吹き抜けの2階から会場を見下ろした。


「ライブはちょっと遠いけど、あとでお話会あるから安心してね!」

「……ああ」


 特に不安にもなっていなかった俺は、天音の横に並んだ。

 2階、3階もファンで埋まっていて、周囲のファンたちが開演を待ちわびている。

 皆、ペンライトを持ち、既に推しメンバーのカラーに合わせて色を変えていた。


『それでは、Re⭐︎LuMiNaのミニライブを始めます!』


 司会者がそう言うと、周囲から歓声が上がる。

 ペンライトが一斉に振られ、一瞬薄暗くなった会場が光に包まれた。

 そして、ステージにメンバーが次々と現れる。


 まずはセンターのきらり。赤い衣装が照明に映えて、圧倒的な存在感を放っている。

 次に麗奈、ゆめ、RIN、そして最後にひまり――。

 5人が揃うと、音楽が流れ始めた。


 ひまりのパフォーマンスは、以前と明らかに違っていた。

 動きに無駄がない。視線の使い方、体の角度、手の動き、すべてが計算されている。

 以前のひまりは、どこか自信なさげで、動きも小さかった。

 だが今は違う。ステージ上で堂々と踊り、観客の視線を集めている。


「ひまりちゃん、すっごい上手になってる!ひまりー!」


 天音が名前を呼ぶと、ひまりがステージから2階を見上げた。

 一瞬、俺と目が合う。

 かなり距離があったのに、視線の動きで俺に気づいたことがわかった。


 ひまりは表情を変えずに、俺から視線を外して何事もなかったかのようにダンスを続けている。

 さすが、プロだ。


 だが、振り付けで客席に背を向けた瞬間、ひまりの表情が崩れた。

 アイドル用の完璧な笑顔ではなく、本心の笑顔が堪え切れずににじみ出ている。


(表情管理が甘い……)


 そう思ったが、同級生が来たらやりづらい気持ちはわかる。むしろ、よく我慢している方だ。


 3曲のライブが終わると、きらりがマイクを持って前に出た。


『ありがとうございました!みんな、楽しんでくれた?』


 ひまりがマイクを客席に向けると、それに応えるように歓声が上がる。


『ありがとう!それでは最後に、お知らせです!』


 以前のインスタライブと同じように、きらりがスタッフから差し出されたスケッチブックを受け取る。

 メンバーも内容を知らないようで、きらりがページをめくるのを少し緊張した顔で待っている。


『なんとぉ……来週、人気投票の中間発表があります!』


 会場がざわめく。


『みんなの応援が、私たちの力になります!ぜひ、最後まで応援よろしくお願いします!』


(中間発表、か……)


 俺は、少し不安になった。


 ひまりは前にメンバーとうまくいっていないということをひまりが言っていた。

 今まで最下位のメンバーが上がれば、他のメンバーからの嫉妬が始まるだろう。

 最下位のままだと、ひまりが傷つく。

 どちらにしても、良い結果にはならない気がした。


『それではぁーRe⭐︎LuMiNaでしたー!!みんな、ありがとうー!』


 きらりの挨拶でメンバーがお辞儀をして、ミニライブは無事に終了した。


 ーー


 ライブ後、しばらく物販の時間を挟んでお話会というイベントが始まる。


 会場内に5つのブースが設置され、それぞれのブースにメンバーの名前とカラーが書かれた看板が立っている。

 CDを購入すると、メンバーの一人と一対一で話すことができる。

 そして、CDの枚数によって会話だけでなく、チェキを撮ったりサインをもらったりすることもできるらしい。


「お兄ちゃん、今売ってるCD、人気投票で5投票分になる券が付いてるんだよ!絶対買わないと!」


 消費意欲を煽るのが上手いと思いつつ、俺はひまりに引きずられて物販の列に並び、CDを1枚買ってしまった。

 既に天音の部屋に同じCDが何枚かあるのを見た気がする。

 俺はCDを聴かないから、これは母親に頼んで鴉に送ってもらおう。


「お兄ちゃん!これでメンバーと話せるんだよ!時間が限られてるから、言うことは事前に考えておいた方がいいよ」

「これは、誰と話しても投票には関係ないんだよな」

「え……うん。人気投票の票にはならないけど。当然、推しのところに行くよね」


 俺は、各メンバーのブースを見た。


 きらりのブースには、長い行列ができている。どんどん伸びていって、このままだと100人を超えるだろう。

 麗奈とゆめのブースもきらりほどではないが、それなりに並んでいる。

 ひまりのブースは中くらい。20人ほどが列を作っている。

 そして、RINのブースはかなり空いている。5、6人しか並んでいない。


「RINにする」

「え!?RINちゃん?」


 天音が驚いた声を出す。そして、周囲に聞こえないようにこっそりと俺の耳にささやいた。


「RINちゃん、かなり塩対応だよ!お兄ちゃんのような初心者にはレベル高いと思うけど」

「構わない」

「まあ、そこがハマるかもね!私はひまりちゃんに並ぶ!お兄ちゃんの感想、後で教えてね!」


 天音はそう言って、ひまりのブースに向かって行った。

 残された俺は、RINのブースに向かう。

 別に誰でもよかったが、俺と目が合っただけであんなににやけて素を出していたひまりだ。

 俺と話をした後にも他のファンの対応があるのに、気持ちの切り替えができないかもしれない。


 そして、RINはひまりが人気投票で競うメンバーの一人。

 敵のことを知っておけば、俺もそれなりの作戦が立てられるだろう。


 列はすぐに進み、数分で俺の番が来た。

 衝立で周囲と気持ちだけ仕切られたブースの中に入ると、RINが立っていた。

 黄色のリボンをつけた小柄な少女。

 おそらく可愛い部類に入る顔だが、無表情でこちらを見ている。


「……」


 RINは何も言わず、ただじっと俺を見つめている。


「はじめまして」


 根負けして俺が挨拶すると、RINは小さく頷いた。


「……はじめまして」


 その声は、感情が感じられない。機械的で淡々としている。

 これが塩対応というやつか。


「……」

「……」


 会話が一切ない。

 俺の前に並んでいたファンは、切腹でもするのかという気合いを入れてブースの中に入っていって何事かと思っていた。

 しかし、この緊張感では無理もない。


 俺は、RINの目を見た。

 何かを隠している目だ。

 表面上は無表情だが、目の奥に何かがある。


(この子は……普通じゃない)


 一般人とは明らかに違う。

 まるで、常に周囲のすべてを警戒しているような、特殊な訓練を受けた人間の雰囲気を纏っている。

 RINも、俺の目を見ている。そして、その瞳がわずかに揺れた。


「……あなた」


 RINが、小さく呟いた。

 俺は黙って答えを待つ。


「調子に乗らないで」


 明らかに敵意が込められた言い方だ。

 だが、俺は何も思い当たる節がない。怒りよりも先に困惑してしまった。


「はい、時間です!」


 横にいたスタッフが大きな声を出す。

 それは、俺を追い出そうとするよりも、RINの奇行を止めるためのようだった。


「……」


 スタッフに押されるようにしてブースを出る。


 調子に乗るな、と言われた。

 初対面のアイドルに。CD購入特典のお話会で。

 意味がわからなくて、頭に疑問符しか浮かばない。


「お兄ちゃん、どうだった?!」


 しばらくして、ひまりとのお話し会を終えた天音が、立ち竦んでいる俺に駆け寄ってきた。


「ちゃんと話せた?RINちゃん、塩対応だったでしょ」

「塩というか、デスソースって感じだった」

「何それ?」

「RINは、ファンが嫌いなのか」

「えー?そんなことないよ!ちょっと無表情で不愛想なだけ!お兄ちゃんがRINちゃんを怒らせるようなこと言ったんじゃないの?」


 俺は少し考えた。

「初めまして」という挨拶が気に食わなかったのかもしれない。

 しかし、一応アイドルが、ファンにあんなことを言うとは予想もしていなかった。


 俺は自分がコミュニケーション能力が低いと認識していた。

 しかし、RINがあれでアイドルをやれていることを考えると、俺のコミュニケーション能力は世間一般で見ると上位の方なのかもしれない。


「あたしは、ひまりちゃんと話せたけどなー。家族全員で毎日投票して応援してます!って言えた」

「そうか」

「ひまりちゃん、すごく頑張ってるって!毎日練習してるんだって!」

「ああ」

「あとね、お兄ちゃんが来てくれて嬉しかったって!でも、なんで一緒に並ばなかったの?って聞かれちゃった」

「……」


 見られていたか。

 ひまりに何と説明しようか考えて、少し気が重くなる。


「ねえ、お兄ちゃん!ひまりちゃん、きっと中間発表で順位上がるよ!頑張るって言ってたもん!」

「そうだな」

「やっぱり現場は最高だね!推しと直接話せるもん!」

「俺も、RINと話して、俺は自分が思っているよりもダメな奴じゃないって気づけた」

「えぇ?!何?!RINちゃんと、そんな感動的な話してたの!?」

「ある意味、感動した」

「もー!兎山家は一家でひまり推しなんだから!!人気投票が終わるまでは推し変ガマンしてよー!」


 天音が俺の腕を引っ張って言った。


「さ!お兄ちゃんが自分から来てくれたし、ひまりとも話せたし!このままケーキでも食べに行こう!」


 天音が元気に言って駆け出して行く。

 俺はRINと話したせいで生まれた根拠のない自信と疑問を一旦全て忘れて、天音を追い駆けた。

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