#27 賑やかさの裏で、踏み出せない一歩を探し始めた件
暗幕を持ってひまりと教室に戻る。
すると、ひまりと比較的仲の良い鬼火が声をかけてきた。
教室の装飾を担当している、美術部所属の個性的な方向に派手なタイプの女子だ。
「強羅さん、重そうなもの持ってるね。それで占いコーナー作るの?」
「う、うん。占い班の他の人、いなくなっちゃったんだって」
「えー?兎山くん1人なの?手伝おうか?」
鬼火は目をキラキラさせて言った。
「でも、鬼火さん、教室の装飾は?」
「他の人に任せとけばいいよ!たくさんいるもん!だって、兎山くん一人で作れる?」
「できないこともない」
俺が答えると、周が横から口を挟んでくる。
「類にやらせるな。また何か壊すぞ!」
「あたしがやっていい?こういうの得意かも!」
鬼火はそう言って、俺が返事をする前に暗幕を奪っていった。
その様子を見て、他の女子たちも集まってくる。
「兎山くんが困ってるなら、わたしも手伝う!」
「わたしも、ちょうど手が空いてるから手伝うよ!」
「わたしは、忙しいけど兎山くんが困ってるなら一緒にやる!」
あっという間に、女子たちが占いコーナーの準備を始めた。
俺が手を出す余地はなさそうだ。
「類はヒモになる素質がある」
周が呟いて、俺は聞こえないふりをした。
ひまりは少し離れたところで、その様子を見つめていた。
「わたしが、手伝おうと思ってたのに……」
ひまりも参加したいようだが、今は人がたくさんいて俺でも近づけない。
俺はこのまま眺めているだけでいいのかと考えていると、周が俺を突いた。
「なあ、類」
「……何だ」
「そもそも、お前は占いってどうやるつもりなんだ?」
「春藤は、『話を聞いたら適当におだてて、気持ち良くさせて帰らせれば大丈夫。相手がカモにされたと気づく頃には文化祭は終わってる』と言っていた」
「フジの言う事を信じるなよ……お前まで何かの罪になるぞ」
「……まあ、なんとかやってみる」
俺は教室の隅の椅子に座り、机を挟んで周を正面に座らせた。
「えっと、手相とか見るの?」
「手相は見ない」
「え、じゃあどうやって占いっぽくするんだよ?」
「観察する」
俺は周の表情、姿勢、視線の動きを注意深く観察した。
暗殺者時代に培った観察眼。
相手の心理状態、体調、悩みまで読み取ることができる。
「周は、最近何か悩んでるな」
「え?そうかも」
「人間関係だ」
「!」
周の目が見開いた。
「なんで分かるんだ?」
「視線の動き。お前、人と話す時、いつもより少しだけ目を逸らす癖がある。それは相手に対して何か気まずいことがある証拠だ。最近は顕著にそれが出ている」
「……すげえ」
周は感心した様子だった。
人生における問題には大抵人が絡んでいるから、突き詰めるとどんな問題も人間関係に行き着く。
コールド・リーディングのテクニックの一種だが、俺が占いで見通したと思わせておくことにした。
「それに、肩が少し張っている。ストレスを抱えている証拠だ」
「マジか……」
周は驚いた表情を見せた。
その様子を見ていたクラスメイトが数人集まってくる。
「なになに、何やってるの?」
「類が占いの練習してる。結構悪くないかも」
「え、マジで?私もやってほしい!」
一人の女子が周をどかして代わりに椅子に座る。
俺は彼女を観察した。
「最近よく眠れてない」
「え!?なんで分かるの!?」
「進路のことで悩んでいる」
「うわ……当たってる……!なんで?!」
それは、目の下に薄いクマがあって、瞼が少し重そうだからだ。
そして、この女子生徒の持つボールペンには大学名が印刷されていて、オープンキャンパスに参加してもらったものだと予想がつく。
が、俺は説明をせずに、占いで見えたことにした。
「……確かに最近、勉強で夜更かししてて……」
「無理はするな。体調を崩す」
「は、はい……」
女子は驚いた様子で頷いた。
「兎山くん、マジで当たるじゃん!」
「俺もやってほしい!」
「私も!」
次々とクラスメイトが集まってきた。
俺は一人ずつ、観察して答えていった。
しかし、同じ教室で過ごすクラスメートだ。
話したことがなくても会話が聞こえてくるし、毎日見ていれば悩みも解決方法も思いつく。
「家族のことで悩んでる」
「なんで!?当たってる……!」
「恋愛の悩みだろ。確率的に文化祭までに思いを伝えた方がいい」
「え!?バレてる!?」
「お前は部活のこと。早く顧問に言った方がいい」
「うわ……マジか……」
次々と的中させる俺に、クラスメイトたちは驚きの声を上げた。
「兎山くん、すごいね!」
「私、兎山くんのファンになっちゃいそう」
女子に囲まれて、俺は諦めて適度に微笑んだ。
なぜかというと、その方が普通で、面倒なことにならないからだ。
「兎山くん、ちょっと怖い人かと勘違いしてたかも……!」
「全然話せるし、優しいじゃん!」
周囲が盛り上がる中、俺は笑顔を保ったまま頷いた。
ーーー
その様子を、ひまりは少し離れた所から見ていた。
類の周りには、たくさんの女子が集まっている。
みんな楽しそうに笑って、類に話しかけている。
そして、類は――いつもと違う表情で、笑顔を見せている。
「……」
ひまりは、自分の手元を見つめた。
話しかけたい。
でも、今の類の周りには人がたくさんいて、近づけない。
自分が割り込んだら、きっと邪魔になる。
「……」
ひまりは小さく息を吐いて、立ち上がった。
そして、誰にも気づかれないように、廊下に出た。
教室の賑わいが聞こえない場所まで行って、窓から外を見る。
空は青く晴れ渡っている。
が、ひまりの心は重い。
「……」
類くんは、元々すごい人なんだから。
みんな気づいてなかっただけで、本当は人気者になれる。
注目されて、頼られて、すごいって言われる方の人。
それに比べて、自分は――。
そこまで考えて、ひまりは大きな溜息を吐く。
「強羅さん、元気ないね」
声をかけられて、ひまりは振り向いた。
そこには、周が立っている。
「元気だよ!ちょっと忙しいなって思っただけ」
「それならいいんだけど」
そう言って、周はひまりの横に並んだ。
「あのさ、類のこと」
「うん!人気者だったね。類くん、きっと文化祭ではモテモテだよ!」
自分で傷を抉るようなことを言って、ひまりは後悔した。
周は、ひまりが類を好きだと気づいている。
他の人の前でなら我慢ができても、周の前では涙が堪えきれないかもしれない。
しかし、周は苦い声で言う。
「いやあれはヤバいな。類が相当無理してる」
「え……?でも、類くん、笑ってたよ」
「そう。面白くもないのにニコニコしてる時はだいぶ無理をしている」
「……」
「そして、俺にまで優しくなって気持ち悪い」
周は泣きそうな声で言った。
いつも無表情な類が笑顔で接してくるなど、周にとっては天変地異の前触れか凶兆だ。
「そうなんだ……」
ひまりは俯いた。
感情が伴っていなくても笑顔は作れる、とひまりに教えてくれたのは類だ。
「多分、相当ストレス溜まってると思う」
「……そういう時って、どうしたらいいのかな?」
ひまりは顔を上げて尋ねると、周は少し考えた。
「うーん……強羅さんは、何もしなくていいんじゃないかな」
「で、でも!類くんが困ってるのに……!」
「そばにいるだけで大丈夫だよ。類、強羅さんの近くが気に入ってるみたい」
「……え」
「多分、強羅さんからマイナスイオン的な何かが出てるんじゃないかなぁ……?」
「そんなわけないよ!わたしがいても……わたしなんか、類くんの……」
ひまりは言おうとして、言葉を止めた。
自分がいても類くんは喜ばない。
自分なんか、類くんの力になれない。
たとえそれが事実だとしても、類と一緒にいたい。
それがひまりの正直な気持ちだ。
「うん……わかった。わたし、類くんの近くにいる」
力強く答えたひまりに、周がおお、と感心して息を飲む。
「それで、わたしに何かできることがあるなら、絶対にやる」
「さすが、強羅さん!名前に強いって入ってるだけあるね!」
「……」
ひまりは一瞬、複雑な表情を見せた。
「わたし、類くんみたいな可愛い苗字がよかったって、さっき言ったよね?」
「ああ、そうだったね。類と結婚するとかしないとかのくだりの時ね」
「……伊波くん、わたしのことは、これから下の名前で呼んでいいからね」
周に茶化されていることに気付いて、ひまりは少し頬を膨らませて言った。
「え、いいの?じゃあ、ひまりちゃん」
「うん、周くん」
2人は同じ気持ちを持つ者同士で笑い合った。
(わたしに何ができるかわからないけど……わたしにできることなら、全部してあげたい)
ひまりはそっと決心した。




